すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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03 19

1.「十人の乙女」のたとえ

・マタイ福音書では24章から「終末(世の終わり)」の出来事が描き込んであります。最初に神殿崩壊が語られ(24:2)、世の終わりのしるしが語られ(24:15〜)、準備をしない者は滅ぶ(24:36〜)と警告され、最後に「目を覚ましていなさい」(24:42)と語られます。その同じ文脈の中で「十人の乙女のたとえ」が語られます。次のようなたとえです。「天の国は次のようにたとえられる。十人の乙女がそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く」(25:1)。当時の婚礼では、花婿は花嫁を彼女の両親の家に迎えに行きます。花嫁の家では介添人の乙女たちが手にともし火を持って待機しており、花婿が来ればともし火を灯して花嫁に同行します。しかしともし火は15分くらいで消えてしまうため、予備の油が必要となります。介添人の中には油の準備していた「賢い乙女たち」と、準備を怠った「愚かな乙女たち」がいたとたとえは語ります。「そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。愚かな乙女たちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。賢い乙女たちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった」(25:2-5)。
・その時、突然の告知があり、遅れていた花婿が到着します「真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。そこで、乙女たちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。愚かな乙女たちは、賢い乙女たちに言った。『油を分けてください。私たちのともし火は消えそうです。』賢い乙女たちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい』」(25:6-9)。愚かな乙女たちが油を買いに行っている間に花婿が到着し、賢い乙女たちは花婿と一緒に婚宴の席に入りますが、やがて戸が閉められ、遅れて来た乙女たちは婚宴の席から締め出されてしまったとたとえは続きます。「愚かな乙女たちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた」(25:10)。愚かな乙女たちは戸を叩きます「御主人様、御主人様、開けて下さい」(25:11)。それに対して冷たい答えが帰ってきます「主人は、『はっきり言っておく。私はお前たちを知らない』と答えた。だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」(25:12-13)。

2.当時の教会はこの物語をどう聞いたのだろうか

・このたとえは、元来は「やがてくる神の国に備えて準備しなさい」というイエスの教えでしょうが、初代教会の人々は社会の不安と混乱の中で、物語を「主の再臨の遅延」として聞き直しています。マタイの教会は苦難の中にありました。福音書が書かれた当時、紀元70年にパレスチナはユダヤ戦争の戦場となり、ローマ軍がエルサレムを占領し、エルサレムは炎上し、神殿は崩壊します。エルサレムにいたマタイの教会は、戦乱の都を逃れて、シリアに逃れて難民生活をしています。その中でマタイの教会は、「主が来られ」、神の救いが成就することを切望していました。彼らは「主よ、来りませ(マラナタ)」と祈り続けていました。それは彼らが迫害を耐えるための大きな支えでした。しかし再臨(終末)はなかなか実現しない。終末遅延の問題は、当時の教会にとって緊急の課題でした。
・たとえの花婿の到着が遅れたのは、キリスト再臨の遅れを象徴しています。マタイの教会は再臨待望の熱意と、それがなかなか来ない焦燥感の中にありました。再臨を待望する者にとって、信仰の火を消すことなく、灯し続けることは重要でした。乙女たちが眠りこんだ真夜中、突然、花婿の到着が告げられ、灯油の控えの用意をしていなかった愚かな乙女たちは、賢い乙女たちに灯油の借用を申し込みますが、断られます。「その時を外したら機会は二度と来ない」、再臨の日の予告はないから、しるしを見逃さないため目を覚ましていなければならない。愚かな乙女たちは灯油を買いに行ったばかりに、婚宴に遅れ、会場の扉は閉じられ、主人は「私はお前たちを知らない」と冷たい答えをします。
・初代教会の人々にとってイエスの復活体験は強烈であり、終末は既に始まり、「再臨は近い」との熱意を持ち続けていました。ペトロの手紙は語ります「いつでも心を引き締め、身を慎んで、イエス・キリストが現れる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。無知であったころの欲望に引きずられることなく、従順な子となり、召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい」。(第一ペトロ4:13−15)。それでも再臨は来ませんでした。教会の中に主の再臨の実現を疑う人々も出て来ました。ペテロの手紙は語ります「愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせているのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。」(第二ペテロ3:8-9)。

3.私たちはどう聞くのか

・それから2千年の時が経ちました。現代の私たちは、主の復活と再臨の中間期にいます。この再臨(終末)の事柄をどのように考えるべきなのでしょうか。今日の招詞にマタイ24:38−39を選びました。次のような言葉です「洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである」。私たちのそれぞれの終末とは死です。「死に備えて今を生きているか」が私たちの課題です。その日に備えて何もしないのは愚かです。
・現代の私たちは死を認識しない生活をしています。かつては人生50年であり、若いうちに死ぬ人も多く、死がいつも隣にありました。しかし、人生80年時代になり、60歳になっても70歳になっても死なず、いつまでも生きるかのような幻想を私たちは持つようになりました。信仰においても死ぬことではなく、生きることが中心になってきました。しかし、主を信じ、その救いにあずかる事の中に「死がない」故に、近親者の死や自分の病気等により死が目前に迫ってくると、信仰者でさえ慌てふためく時代になりました。
・現代は科学の時代です。私たちは科学的真理を信じます。しかしその結果、私たちは科学が承認することしか受け入れることができなくなり、死からの解放であるべき復活を信じることが難しくなりました。復活を信じることの出来ない現代人は、ますます死の束縛の中に捕われ、死はタブーとなって社会から隠されました。しかし死は厳然としてあります。科学ですべてのことが語り尽くされるのではない。この科学の時代において、私たちは改めて復活信仰を正しく理解しなければならないのです。
・私たちは復活を信じます。復活を信じる者は、この世の生に執着する必要がなくなります。この世で成功し、人から賞賛されることが人生の目標ではなくなります。復活を信じる者は、障害を持って生まれ、幼くして命を召された子どもたちの人生も、志半ばで病に倒れて亡くなられた方の人生も無意味ではなかったと信じることが出来ます。このような信仰を与えられた者は、病気で苦しんでいる人々や、親しい人を亡くして喪失感に悩んでいる人々を助けることが出来ます。何故ならば自分の問題は既に解決されているからです。私たちはどう生きるべきかが解決済みであるゆえに、他者をどう慰め、どう励ますかが私たちの人生の主題になります。それが新年度の祈りの課題「信徒から弟子へ」が意味することです。
・ペテロは「主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです」と語りました。一日とはいろいろなことが出来る時間です。同時に、残された時は無限ではありません。精神科医フランクルは講演の中で語ります「ある人が訊ねた『いずれ死ぬのであれば、人生は初めから無意味ではないか』。その問いに私は答えた『もし私たちが不死の存在だったらどうなっていたのか。私たちはいつでもできるから、何もかも後回しにするだろう。明日するか、十年後にするかということが全然問題にならないからだ。しかし、私たちがいつか死ぬ存在であり、人生は有限であり、時間が限られているからこそ、何かをやってみようと思ったり、何かの可能性を生かしたり、実現したり、充実させようとする。つまり、死は生きる意味の一部になっている。死こそが人生を意味あるものにする」(「それでも人生にイエスという」)。死があるからこそ、この一度きりの人生は貴重であり、死に備えて現在を生きることこそが、「準備をして生きる」ことなのです。
・最後に震災の中で読まれた詩を朗読します。「最後だとわかっていたなら」という詩です。「あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、私はもっとちゃんとカバーを掛けて、神様にその魂を守って下さるように祈っただろう。あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、私はあなたを抱きしめて、そしてもう一度呼び寄せて、抱きしめただろう・・・私は忘れないようにしたい。若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを。愛する人を抱きしめられるのは今日が最後になるかもしれないことを・・・明日が来るのは当たり前ではない。3月11日を、すべての人が大切な人を思う日に」(2017年3月10日、岩手日報から)。もともとの詩はノーマ・コーネット・マレックというアメリカの詩人が書いたものです(1989年に10歳で亡くなった息子サムエルに捧げた詩「最後だとわかっていたなら(Tomorrow Never Comes)」)。その詩が9.11同時テロの後にアメリカでチェーンメールなどによって広まり、広く知られるようになったそうです。
・この悲しみを慰められる方はイエス・キリストしかいないと思います。キリストも同じ悲しみを知っておられるからです。ユルゲン・モルトマンは語りました「私たちの失望も、私たちの孤独も、私たちの敗北も、私たちをこの方から引き離さない。私たちはいっそう深く、この方との交わりの中に導かれ、答えのない最後の叫び、『どうして、わが神、どうして』に、その死の叫びに唱和し、彼と共に復活を待つ。私たちのために、私たちの故に、孤独となり、絶望し、見捨てられたキリストこそ、私たちの真の希望となりうる。」(モルトマン説教集「無力の力強さ」)。


カテゴリー: - admin @ 08時10分22秒

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