すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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12 17

1.マリアのエリサベト訪問

・待降節第三主日の今日、与えられた聖書箇所はルカ1章39〜45節、「マリアのエリサベト訪問」と呼ばれる箇所です。ルカはまず、洗礼者ヨハネの父、祭司ザカリアに天使ガブリエルが現れ、高齢の妻エリサベトが「子を産む」という預言を伝えます(1:5-25)。6ヶ月後に天使ガブリエルは、ガリラヤのナザレの町に現れ、マリアに対して、彼女が「神の子の母となる」ことを告げます(1:26-38)。今日の箇所は、この2人の女性が会う場面です。エリサベトは長い間子が与えられず、しかも高齢になっていたので、子を持つことは既にあきらめていました。ところがそのエリサベトが懐妊します。高齢で不妊の女性を通して洗礼者ヨハネが生まれた、そこに神の力が働いたとルカは理解しています。マリアもそうです。彼女はヨセフと結婚する前に、聖霊によって子を身ごもったとルカは記します。人間的には信じられない、だからマリアは言います「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。
・この不思議な体験をした二人の女性が、今ここに出会っています。「マリアとエリサベトは親類であった」(1:36)とありますから、エリサベトはマリアの叔母さんだったのかもしれません。高齢になった叔母さんが子を身ごもった、そして自分も信じがたいあり方で子を身ごもった、その喜びと不安を分かち合うために、マリアが叔母さんの家を訪れたのです。エリサベトはマリアに出会うと、「あなたは女の中で祝福された方」(1:42)と言います。エリサベトは自分の身に起こった不思議な出来事がマリアにも起こったことを聞き、彼女を祝福します。この祝福が有名なアヴェ・マリアです。「恵まれた女よ、おめでとう」という歌の前半は、このエリサベトの言葉から採られています。
・その時、エリサベトの胎内の子が、「喜んで躍った」(1:41)とルカは記します。ルカは成人した後のイエスと洗礼者ヨハネの関係が、このマリアとエリサベトの会話の中に先取りされていると理解しています。やがてエリザベトの子、洗礼者ヨハネが神の国運動を始めた時、マリアの子、イエスはヨハネの許に行って洗礼を受け、そこからイエスの宣教活動が始まりました。洗礼者ヨハネは「イエスを教育し、世に送り出す」ための役割を果たしたのです。ここでエリサベトの述べた言葉、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」(1:45)は重い意味を持つ言葉です。実のところ、二人にとって、この懐妊を受け入れることは勇気のいる事柄であったからです。

2.聖霊による懐妊

・エリサベトに子が与えられる経緯をルカは1:5-25に記します。エルサレム神殿の祭司であったゼカリアに「妻エリサベトが懐妊して、預言者となるべき子が与えられる」との天使の告知がありますが、ゼカリアは妻が不妊の女であり、もう高齢になっていたので、これを信じません。しかし告知通りにエリサベトは懐妊します。彼女は主を賛美して言います「主は今こそ、こうして、私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去ってくださいました」(1:25)。古代ユダヤ社会では子を生めない女性は恥だと考えられていました。日本でも不妊に悩む多くの夫婦が不妊治療を行っていますが、なかなか子が与えられない現実があります。特に40歳を超えると妊娠の可能性は極端に低下するそうです。エリザベトは何歳だったのでしょうか。50代、あるいは60代だったかもしれません。子を産むことのできる年代をはるかに超え、望みはなくなっていました。その彼女が懐妊した、「主は私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去って下さいました」との言葉はエリサベトの苦しみと喜びを如実に示しています。
・それから6ヶ月後、今度はナザレの少女マリアに主の霊が現れます「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(1:28)。天使はマリアに伝えます「恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」(1:31)。未婚のマリアに「あなたは身ごもって男の子を産む」と告げられます。マリアはこの知らせを聞いて困惑したと思われます。婚約中の女性が婚約相手以外の子を産む、それは人の眼からみれば不倫を犯したことになります。現に婚約者ヨセフもそう思い、マリアを密かに離別しようとします(マタイ1:18-19)。マリアは戸惑い、抗議します「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。夫なしに子を産む、社会の差別と偏見の中で身ごもることは大変なことです。
・天使は答えます「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神に出来ないことは何一つない」(1:35-37)。「神に出来ないことは一つもない」、その言葉を受けて、マリアはためらいながらも答えます「私は主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」。「何故私にこのようなことが起こるのか私にはわかりません。わかりませんが、あなたがそう言われるのであれば受入れます」とマリアは答えます。

3.主の恵みを喜ぶ

・今日の招詞にルカ1:46-48を選びました。次のような言葉です「そこで、マリアは言った。『私の魂は主を崇め、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めて下さったからです。今から後、いつの世の人も、私を幸いな者と言うでしょう。』」ヨハネの母エリサベトに祝福されたマリアは、「感謝の賛歌」を歌います。その冒頭の句が今日の招詞です。後に「マグニフィカート(ラテン語=崇めます)」と呼ばれるようになるマリアの賛歌は、今日でもカトリック教会でミサの典礼歌として歌い継がれています。新生讃美歌でも151番「わが心はあまつ神を」として残されています。
・マリアの賛歌はサムエル記やイザヤ書等の旧約の伝統に立つ歌です。そこには新約の教会にも継承された信仰が歌われています。「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません」(1:51-53)。「権力のある、富んでいる者は、身分の低い人、飢えた人、貧しい人と場を入れ替わる」という運命の逆転こそ、イエスの福音(良い知らせ)の真髄です。イエスは語られました「貧しい人々は幸いである、神の国はあなたがたのものである。今飢えている人々は幸いである。あなたがたは満たされる。今泣いている人々は幸いである。あなたがたは笑うようになる」(ルカ6:20-21)。イエスの教えられた神は、「身分の低い人、飢えた人、貧しい人」に眼をとめて下さる方だとの信仰がここに歌われています。
・この物語は私たちに大切なメッセージを与えます。一つは、「子が与えられることは神の祝福の業だ」ということです。ユダヤ人は「子は父と母と神の霊から生まれる」と理解しました。現代の私たちは、「子は与えられるものではなく、造るものだ」と考えています。「造る」、そこには神はいませんから、作るのをやめる=人工妊娠中絶もまた人間の自由となります。日本での妊娠中絶は年間20万件、100件の懐妊のうち20件は中絶という形で、生まれるべき命が闇から闇に葬り去られています。「子は与えられる」、「子は父と母と神の霊から生まれる」ことの大事さを今日、再確認したいと思います。
・もう一つのメッセージは、「神にできないことはない」という信仰です。エリサベトもマリアも信じがたい言葉を受け入れ、「お言葉通り、この身に成りますように」と受け入れました。そこから偉大な物語が始まりました。「神が為されるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」という信仰です。「御心のままに」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。
・エリサベトはやがて子を産み、その子は洗礼者ヨハネとして、人々に神の国の到来を伝える預言者となります。しかし、時の王ヘロデ・アンティパスの不道徳を告発したため、捕らえられて処刑されます。マリアもやがて子を産み、その子はやがてナザレのイエスと呼ばれ、多くの人々が彼に従って行きましたが、世を乱す者としてローマ帝国に捕らえられ、十字架刑で殺されます。二人の母親への「おめでとう」という言葉は、「やがて二人の母親の心を刺し貫く」(2:25)出来事に変わります。二人とも暴力によって子供を奪われていく困難な人生を歩みます。しかしそれは意味ある人生でした。マリアはイエスの死後、初代教会の祈りの輪の中に加えられ(使徒1:14)、多くの人がイエスの語られた福音により、「生きる力」を与えられるのを見ることが許されたのです。
・聖書の語る祝福とは、「幸福な人生を求める人に」与えられるのではなく、「意味のある人生を求める」人に与えられるような気がします。意味ある人生とは何か、それを示唆する有名な祈りがあります。「病者の祈り」として知られています「私は神に求めた、成功をつかむために強さを。私は弱くされた、謙虚に従うことを学ぶために。私は求めた、偉大なことができるように健康を。私は病気を与えられた、より良きことをするために。私は求めた、幸福になるために富を。私は貧困を与えられた、知恵を得るために。私は求めた、世の賞賛を得るために力を。私は無力を与えられた、神が必要であることを知るために・・・求めたものは一つも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。神に背く私であるのに、言い表せない祈りが答えられた。私はだれよりも最も豊かに祝福されている。」この祝福をいただくために、私たちは今日、ここに集められました。


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12 10

1.マリアへの受胎告知

・待降節第二主日の今日、イエスの受胎告知の記事を読みます。イエスがお生まれになる前、御使いがマリアに現れ、「あなたは男の子を産む。その子こそ神の子である」と告げたという、有名な物語です。聖書ではその物語がルカ1章26節以下にあります。それによれば、天使ガブリエルがナザレの町に住むマリアという娘に現れ、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(1:28)と挨拶し、その後に子が生まれることが告知されています。「マリアよ、おめでとう」という言葉のラテン語訳が有名な「アヴェ・マリア」で、多くの作曲家が曲を作っています。また、フラ・アンジェリコの「受胎告知」という絵を通しても、有名な場面です。私たちはこの受胎告知をロマンチックな出来事と捉えています。
・しかし、その後の文章を読んで解ることは、告げられた出来事は、人間的にはおめでたいどころか、非常に重い、困難な出来事であるということです。「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさ」(1:31)とマリアに告げられていますが、マリアはまだ、結婚していません。未婚の娘が子を産む、当時においても現代においても、それは困難な出来事です。その困難な出来事が「おめでとう」という言葉で告げられています。
・当時の慣習では男が18歳、女が14歳になれば結婚適齢となり、親の決めた相手と婚約し、数年の婚約期間をおいて結婚します。従って、天使がマリアを訪れた時、マリアは15歳ごろであったと思われます。ユダヤの戒律は、婚約に結婚と同じ様な拘束を与えます。仮にマリアが婚約者の知らない処で身ごもった場合、姦淫の罪を犯したとして石打の刑で殺されるか(申命記22:23-24)、あるいは婚約を取り消されて「罪の女」として共同体から追放される可能性を持ちます。従って、未婚の娘が身ごもるという出来事は命をも左右する出来事でした。だからマリアは不安におののき反論します「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。
・このマリアの不安、懸念が不当なものでないことは、マリアが身ごもったことを知らされた婚約者ヨセフの態度からもわかります。ルカ福音書は婚約者ヨセフに触れませんが、マタイ福音書によれば「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」(マタイ1:19)とあります。「ひそかに縁を切ろうとした」、ヨセフはマリアが、不倫によってか、あるいは暴力によって身ごもったと考えています。もし不倫であればマリアは戒律により殺されるでしょう。暴力によるものとしても、自分以外の男の子を宿した娘を嫁に迎えようとする男はいません。だからヨセフは密かにマリアを離縁しようとします。しかし、神の使いがヨセフに現れ、「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである」(マタイ1:20)と語ったため、この言葉を受け入れてマリアを妻としたとあります。
・もしヨセフがマリアを妻として迎えなければ何が起きていたのでしょか。マリアはナザレの町で出産することは出来ないでしょうから、遠い町に行って子を産んだでしょう。当時の厳しい戒律の中にあって、彼女は一生日陰者とされ、生まれた子もまた同じ苦しみを生きたと思われます。マリアは御使に対して「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と答えますが(1:38)、この言葉はまさに命がけの言葉であったのです。マリアはここで、夫とは無関係にたった一人で子を産む決断をしたのです。

2.暗き中を生れられたイエス

・女性にとって子を授かることは祝福ですが、夫や家族の保護を離れて子を産むことは重い出来事です。古代ローマでは奇形児や虚弱児、姦通や暴力により生まれた子は、殺害や遺棄の対象になりました。マリアが直面したような状況に追い込まれる女性は今日の日本でもあります。日本では年間18万件の妊娠中絶が行われていますが、未婚女性が妊娠中絶を選ぶ理由の最大は「結婚前の妊娠」です。現代の日本で毎年18万人の女性たちが心身ともに傷つきながら子供を中絶しています。他方、未婚のまま子供を生む選択をされたシングルマザーの方が13万人います。彼女たちはお腹の子供の命を守るために生み、社会の荒波の中で厳しい生活をされています。この現代日本でも、「生むか生まないか」の厳しいマリアの選択を迫られている人が毎年相当数に上っていることを考える必要があります。
・戒律の厳しい2000年前のユダヤ人社会においては、マリアの負った十字架はさらに重たいものでした。そしてこの重い十字架をイエスも負われました。イエスの存命時に、その出生について多くの非難中傷があったと伝えられています。聖書からもそのことを読み取れます。マルコ6:3ではナザレの人々がイエスを「マリアの息子」と読んでいますが、父親の名(ヨセフの子)で呼ばれるのが通常の社会にあっては異様な呼び名です。ルカ福音書は「イエスはヨセフの子と思われていた」(ルカ3:23)という微妙な表現を用います。またマタイが福音書冒頭に4人の罪ある(世間からは不倫と呼ばれるような)女性を入れた系図を置いたことも、「婚姻外の妊娠」というユダヤ教側からの批判に応えるためであったとされています。マリアが負った十字架をイエスも負われたのです。
・何故神は、イエスをこのような、人が信じることが難しい、あるいは人に嘲笑される危険性を持つ形で降されたのでしょうか。それは「人間を不幸にするのは人間であり、人間は祝福されるべき出産を、夫婦という形が整わない場合は呪いの下においてしまう」罪を取り除くためです。ナザレで説教されたイエスに人々は言います「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」(マルコ6:3)。イエスが疑わしい出生の形で生れられた故に、人々はイエスの言葉に耳を傾けなかったとも読み取れます。そして人々はやがてイエスを十字架につけます。イエスの苦難は人間がもたらしたものです。
・私たちの人生も同じです。幸せな結婚をしても夫の両親と折り合いが悪ければ、その結婚は地獄になる可能性があります。希望の学校に入学しても同級生から仲間はずれにされれば、学校生活は悲惨なものになります。男性たちは精力の大半を仕事に取られ、妻や子供が病気で臥せっていても、それに目をつむって会社や役所に出かけます。以前の私がそうでした。このような結婚生活はいつか破綻します。人間は所詮、自分のために他者を愛する存在であり、相手に愛する価値がなくなればこれを捨てる存在です。
・人間をそうさせるものは自我であり、この自我(エゴ)を聖書は罪と呼びます。この自我が「祝福されるべき出産を、夫婦という形が整わない場合は呪いの下においてしまう」のです。このような罪の奴隷になっている人間を救うために、神はあえてイエスを困難な状況の中でこの世に送られたと私たちは理解します。神は御子を暗き中に降されたのです。これが聖書の語るクリスマスの出来事です。12月の讃美歌として新生讃美歌179番「暗き夜に」を歌いましが、この讃美歌はクリスマスの意味を鋭く言い表した讃美歌だと思います。私たちの主は「暗き夜に」お生まれになったのです。

3.暗き中を降られた神

・今日の招詞にフィリピ2:6−9を選びました。次の様な言葉です「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」。イエスは私生児だと陰口されるような状況下でマリアの胎に宿り、ベツレヘムの馬小屋の中で産声をあげられました。聖書は、それは神自らが、私たちと苦しみを共にする為だと語ります。神自らが卑しくへりくだられた、そのへりくだりの極致が十字架の死です。パウロはそれを招詞の言葉で表現しています。
・私たちはルカによるイエスの降誕物語を信仰告白として受けとめます。ルカが伝えたいことは、マリアが処女降誕によってイエスを生んだことではなく、思いがけぬ困難を与えられながら、信仰を持って受け入れていったことです。マリアは「神にできないことはない」(1:37)という言葉を受けて、信じがたい告知を受け入れ、「お言葉どおり、この身に成りますように」と受け入れました。そこから偉大な物語が始まったのです。「神がなされるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」、彼女はそれを信じた。ルカはその信仰の決断をここに示しているのです。
・マリアに与えられた道は困難な道でした。しかし、戸惑いながらも彼女は答えます「お言葉どおり、この身に成りますように」。婚約者ヨセフは当初マリアを離別しようとしますが、マリアの罪ではないことを知り、やがて彼女を妻として受け入れ、お腹の子を自分の息子として認知します。ルカ1章後半に「マリアの賛歌」がありますが、その47-48節で彼女は歌います「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも、目を留めてくださったからです」。岩波訳聖書で佐藤研氏はそれを次のように訳します「私の心は私の救い主なる神を喜びます。そのはしための悲惨を顧みて下さったからです」。「はしための悲惨を顧みて下さった」、婚約者ヨセフが受入れてくれた喜びをマリアは歌ったと佐藤氏は訳しています。
・私たちの人生には不条理があります。理解できない苦しみや災いがあります。希望の道が閉ざされて考えもしなかった道に導かれることもあります。しかしその導きを神の御心と受け止めていった時に、苦しみや悲しみが祝福に変わる経験を私たちはします。「お言葉どおり、この身に成りますように」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。「思い通りにならないことは世の常であり、最善を尽くしても惨憺たる結果を招くこともある。最善を尽くすことと、その結果とはまた別な次元のことである。しかし、最善を尽くさなくては、素晴らしい一日をもたらすことはない」(飯嶋和一著「出星前夜」p212から)。「お言葉どおり、この身に成りますように」、今日はこの言葉をクリスマスの福音として共に聞きたいと願います。


カテゴリー: - admin @ 08時05分58秒

12 03

1.最期の預言者、最初の証人

・イエスの生涯を記すものが四つの福音書ですが、その中でルカ福音書だけがイエスの生誕と同時に洗礼者ヨハネの生誕の次第を書きます。それがルカ1章の記事です。今週から降誕節が始まります。今日はルカ1章5‐25節から洗礼者ヨハネの誕生預言について学び、来週主日は1章26-38節からイエス・キリスト誕生預言を学び、この二つの命の誕生の預言から私たちに何が語られているのかを聞いていきます。
・洗礼者ヨハネは「最期の預言者」だと言われています。預言者は歴史の転換点で現れ、神の言葉を預かって、それを人々に告げます。旧約聖書はその預言者の言葉を集めたものです。旧約の終わり、キリストの降誕以降、預言者は現れていません。それは「キリストが来られ、神が人間の歴史に最終的、直接的に介入された以上、神の言葉を預かる預言者は要らなくなった」からです。へブル書は語ります「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によって私たちに語られました」(ヘブル1:1-2)。「御子によって私たちに語られる」、キリストこそ生ける神の言葉であり、私たちはキリストを通して神に出会うことが出来ます。
・洗礼者ヨハネは「最期の預言者」ですが、同時に、「最初の証人」でもあります。ヨハネは人々に神の言葉を伝えましたが、最終的に伝えたのは「イエスこそキリストである」ということでした。ヨハネはイエスより先に生まれ、先に活動を始めました。ヨハネの「悔い改めよ、神の国は近づいた」(マタイ3:2)との宣教の噂を聞いて、イエスは故郷ナザレを出られてヨハネのもとに行かれ、ヨハネから洗礼を受けられました。従って、ヨハネはイエスの先生でした。しかし、イエスが独立され、人々がヨハネを離れてイエスの元に集まり始めた時、ヨハネは語ります「彼は必ず栄え、私は衰える」(ヨハネ3:30)。人間的に見れば師であるヨハネが、弟子であるイエスを、「神の子」と証言しました。ヨハネは最初のキリストの証人でした。そのヨハネの誕生預言を聖書にそって見ていきます。

2.ヨハネの誕生預言

・ヨハネの父親はザカリア、母はエリサベトです。母エリサベトは不妊の女性でした。ユダヤの人々にとって子が与えられないことは神の祝福がないことを意味し、子を持てない女性は恥ずべきもの(1:25)とされていました。二人は熱心に「子を与えて下さるように」祈っていましたが、子は与えられず、高齢になり、もう子を持つことを諦めていました。そのザカリアに御使いが現れ、子を与えるとの言葉が伝えられます「恐れるな、ザカリアよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベトは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい」(1:13)。二人は長い間祈りが聞かれなかったため、もう祈ることも止めていたのでしょう。だから、年老いてしまった今になって、子を与えるとの約束が御使いから与えられても、にわかに信じることは出来ません。ザカリアは答えます「どうしてそんな事が、私にわかるでしょうか。私は老人ですし、妻も年をとっています」(1:18)。「私たちは長い間祈って待ったのにあなたは子を与えて下さらなかった、いまさら子を与えると言われてもどうして信じることが出来ましょうか。もし、本当に子を与えてくださるなら、そのしるしを見せて下さい」、ザカリアはそう言ったのです。ザカリアは神の約束を信じることが出来なかったのです。
・人間は未来が見えない時には、神の約束を信じることが出来ません。ザカリアとエリサベトの夫婦は子を持てる年齢を既に越していました。これはザカリアだけでなく、信仰の祖と言われたアブラハムに子が与えられた時も同じでした。アブラハムが100歳、サラが90歳の時に、子を与えるとの神の約束がありましたが、アブラハムは信じませんでした「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」(創世記17:17)。妻のサラも信じませんでした「私は衰え、主人もまた老人であるのに、私に楽しみなどありえようか」(創世記18:12)。神は往々にして、信じることの難しい約束をされます。それは人生の喜びは神の恵みと力から出るものであり、決して人間の力から出るものでないことを示す為です。そのために、あえて年老いた不妊の女から約束の子を産ませ給う、それが神の経綸、導きです。
・ザカリアは信じることが出来ない故にしるしを求め、神はしるしとしてザカリアの口を閉ざされます。彼はものが言えなくなりました。それはザカリアが神の言葉を信じなかったためではありません。ザカリアを信じる者へと導くためでした。ザカリアは子が生れるまで9ヶ月の間、口を閉ざされます。ザカリアは祭司であり、祭司は民に神の言葉を伝え、民のために祈ることが職務です。口が利けなければ勤めを果たすことが出来ない、彼は困ったでしょう。それ以上に祭司として神に仕える身であり、子を与えてくれるよう熱心に祈っていながら、いざ約束を果たそうという神の言葉があった時、それを信じることが出来なかったことに苦しめられたことでしょう。しかし、この9ヶ月間の苦しみがザカリアの感謝を大きくします。子が生れて、再び口が利けるようになった時、ザカリアの口から最初に出たのは神への讃美です。「ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した『褒め称えよ、イスラエルの神である主を』」(1:67-68)。
・子が生まれた時、彼は御使いに告げられた通り、子に「ヨハネ」という名をつけます。ユダヤでは名前は特別の意味を持ちます。ヨハネは「主は恵み給う」の意味で、正に9ヶ月間、口を閉じられるという苦しみを通して、子のヨハネが恵みとして与えられた感謝がその名前に現れています。高齢になってもう子を持てなくなった時に、子を与えると言われても信じることが出来ないのは当然です。その信じることの出来ない者に神の不思議な業が示され、信じる者とされていきます。私たちも同じです。苦しみや悲しみの中で神が共におられると信じることが出来ない時があります。しかし神はその私たちを信じる者に変えて下さる、私たちは「信じるから救われるのではなく、救われたから信じる」のです。
・この物語はルカ福音書のみにありますが、おそらく歴史的事実というよりも伝えられた伝承をルカが編集したものと考えられています。岸本羊一牧師は「葬りを超えて」という説教集の中で語ります。「ザカリアとエリサベトの物語は、ルカが創った寓話であって、事実ではありません。つまり起こった出来事そのものではなく、旧約聖書の中の人物たちの姿を幾重にも反映しながら、人間とはこういう者だという仕方でルカが展開したものです・・・寓話を通してしか伝えられない、事実を超えた真実をルカは伝えているのです」。ザカリアは神のために香を焚いていた時にその名を呼ばれました。ルカは「ザカリアは神を礼拝しながらも神に出会うことを予期していなかった」、私たちの信仰とはそのような程度なのです。しかしそのザカリアに神は語りかけられます。この場面について榎本保郎牧師は語ります「どうして神を喜ばせていくかではなく、神が私たちの方にどのようにして近づかれ、何をされたかに眼をとめていくのがキリスト教である・・・私たちの信仰の基盤は、私のような者を神が心にかけて下さったということを知ることである」と(新約聖書一日一章から)。ルカはそのことを伝えたかったのです。

3.一人一人の名を呼ばれる神

・ルカ1章前半はヨハネの誕生予告、後半はイエスの誕生予告です。神は先にザカリアの名を呼ばれ、次にはマリアの名を呼ばれます。ルカ1章の「二つの命の誕生」から教えられることは、私たちの信じる神は、一人一人の名を呼ばれる神であるということです。神はザカリアに現れて彼の名を呼ばれました。ザカリアは一人の平祭司に過ぎませんでした(当時のユダヤには2万人の祭司がいました)。神はマリアに現れ、彼女の名を呼ばれました。マリアはナザレの年端も行かない田舎娘にしか過ぎませんでした(マリアは当時14−15歳と推測されています)。その二人に「ザカリアよ」、「マリアよ」と主は名前を呼ばれます。私たち一人一人の生もまた、このように覚えられています。
・今日の招詞にイザヤ46 3-4を選びました。次のような言葉です「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、私に負われ、胎を出た時から、私に持ち運ばれた者よ、私に聞け。私はあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。私は造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う」。500年前、戦争に負け、バビロンに捕囚として連れて行かれたユダヤの民は、自分たちの神がバビロンの神に打ち負かされた、だから国が滅んだと思いました。しかし、彼らがバビロンで見たのは、動物の引く車に載せられて運ばれる偶像の神々でした。偶像の神は人に持ち運ばれないと自分では歩くことも出来ない。それを見た時、捕囚の民は知りました「私たちの信じる神はこのように人によって持ち運ばれる神ではなく、私たちを持ち運び、背負われるためにここにもおられる神である」と。その信仰を告白したものが招詞の言葉です。
・神はザカリアに現れてヨハネの誕生を祝福されました。神はマリアに現れてイエスの誕生を祝福されました。神は私たち一人一人に現れて、その誕生を祝福されています。どのような人も神の祝福を受けて生れてきます。そして、私たちに、「あなたがたの年老いるまで変らず、あなたがたを持ち運ぶ。造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う」との約束が与えられています。私たちは、この約束故に、苦難の時も希望をもって生きて行くことが出来ます。私たちはそれぞれが自分の小さな十字架を背負って、ここにいます。しかしその解決は既に目途がついています。何故ならば神が「あなたがたの年老いるまで変らず、あなたがたを持ち運ぶ」と約束して下さるからです。ザカリアはその約束を信じることが出来ませんでしたが、約束は果たされました。アブラハムも信じなかったが神は約束を果たされた。そして私たちも「この約束を信じても良い。苦難の時には私があなたを持ち運ぶ」と宣言されて、それぞれの人生を歩むのです。


カテゴリー: - admin @ 08時22分45秒

11 26

1.主の僕の死

・イザヤ書を読んでおりますが、今日が最終回です。イザヤ書40章以下はバビロンの地に捕囚されていたイスラエル民族の解放を歌う個所です。今日の53章もその解放の歌の一部です。イスラエルは紀元前587年にバビロニア帝国に国土を占領され、都エルサレムは滅ぼされ、ダビデ王家は壊滅し、王を始め主だった人々は捕囚としてバビロンに捕えられました。国が滅んだのです。古代においては珍しい出来事ではありませんでした。強い国は弱い国を滅ぼす、そして国を滅ぼされたものは民族も消滅していきます。しかし、イスラエルは国家としては滅びましたが、民族としては滅びず、捕囚より50年を経て、イスラエルの民がエルサレムに帰還するという出来事が歴史の中に起こりました。国を滅ぼされ、根無し草になった民族が50年の後に民族の同一性を保って故国に帰るということは、これまでの歴史になかったことでした。それを見た異邦の民は驚き、そこに神の働きを見ました。それがイザヤ53章の記事です。
・異邦の民は、「国を滅ぼされた民が50年の時を生き残り、帰ってきた」ことに驚いて語ります。「だれがわれわれの聞いたことを、信じ得たか。主の腕は、だれにあらわれたか」(53:1)。こんなことがありうるのだろうか、この出来事には神の意思(主の腕)が働いているとしか思えないと彼らは語ります。「そもそもイスラエルとは何か。彼らは世界史において何の重要性も持たない弱小民族ではないか。ダビデ・ソロモン時代に一時的に栄えたにせよ、大半はエジプトかメソポタミアの大国の支配下にあった。そして彼等はバビロニアにより、国を滅ぼされたではないか。都エルサレムは陥落し、彼等の信奉する神を祭るエルサレム神殿も焼かれたではないか。主だった人々は捕囚としてバビロンに連れて行かれたではないか。イスラエルは国を滅ぼされた。やがて民族としても滅びるだろう、私たちはそう思っていた」。それが2節の言葉です「彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない」(53:2)。
・イスラエルが滅んだ時、異邦の民は思いました「彼等の神が弱いから、強い神に打ち負かされたのだ。彼らは滅んだ、それで終わりだ。弱いものは強いものに滅ぼされて亡くなる。それだけのことだ」と。その思いが3節にあります「彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。」(53:3)。そのイスラエルが今故国エルサレムに帰ってきた。そして彼らは廃墟となっていた神殿の再建に取り掛かった。国を無くし、神に見捨てられたはずの民が復活した。捕囚の民がエルサレムに帰ってきたのを見た異邦の民はそこに神の働きを見ました「イスラエルは神の召命を受けた特別な民族かもしれない」と。4節です「まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと」(53:4)。
・イスラエルの帰還を通して神は何をされようとしておられるのか。もしかしたら彼らは何かの使信を持って帰還したのかも知れない。彼等の受けた苦しみを通して神は何かを伝えようとされているのかもしれない。その思いが5節にあります「しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ」(53:5)。

2.イスラエルの使命

・イスラエルは国家としては前587年に滅んでいます。しかし、捕囚の苦しみの中で彼らは自分たちの存在の意味を探り、自分たちが神により選ばれ、特別な使命を与えられた民族であるとの自覚を持つようになります。その自覚の元に編集されたのが創世記であり、出エジプト記でした。旧約聖書の中心である律法の書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)はこの捕囚時代にバビロンでまとめられたと言われています。国家を無くし、国民共同体としては滅んだイスラエルが、今信仰共同体として、聖書の民として戻ってきたのです。
・地上で迫害され、抹殺されたはずのものが帰還したのを見た迫害者たちはあ然と息を呑んで、帰国の民を迎えました。イスラエルはやがて神殿を再建し、バビロンの地で書き始められた聖書はその後も書き続けられました。紀元前3世紀頃にはイザヤ、エレミヤ等の預言書もまとめられ、旧約聖書は次第に正典として扱われるようになり、やがてギリシア語にも翻訳され、民族を超えて異邦人にも読まれ始めます。この聖書こそがイスラエル、後のユダヤ人に民族の同一性を保たせました。彼らは二度と国家を形成することはありませんでしたが、民族としては世界中に広がっていき、世界各地に彼等の礼拝所である会堂(シナゴーク)が立てられ、聖書が読まれました。ローマ帝国の時代には帝国人口の五分の一はユダヤ人であったといわれています。
・そのユダヤ人の中からイエス・キリストが生まれ、イエスはユダヤ教の会堂で教え、後継者であるペテロやパウロは、世界各地にあったユダヤ教会堂(シナゴーク)を拠点に福音を伝道していきます。イエスが十字架で死なれたのは紀元30年ごろですが、10年後の紀元40年ごろには帝国の首都ローマにキリスト教会が立てられました。歴史を振り返る時、イスラエルの民はキリストを準備するために国を滅ぼされ、民族は世界中に散らされ、その会堂を中心に使徒たちが宣教を行い、福音は世界中に広がっていったといえます。イザヤ書49章6節で預言された出来事が、本当の出来事になりました「私はあなたを僕として、ヤコブの諸部族を立ち上がらせ、イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。だがそれにもまして、私はあなたを国々の光とし、私の救いを地の果てまで、もたらす者とする」。

3.私たちの出来事としてイザヤ書を読む。

・今日の招詞にヨブ記19:25-27を選びました。次のような言葉です「私は知る、私を贖う者は生きておられる、後の日に彼は必ず地の上に立たれる。私の皮がこのように滅ぼされたのち、私は肉を離れて神を見るであろう。しかも私の味方として見るであろう。私の見る者はこれ以外のものではない。私の心はこれを望んでこがれる」。イザヤ書を読んできましたが、その中から明らかにされたのは、「苦難には意味がある」ということです。
・苦難を通して人は神を求め、神の応答を通して歴史が形成されます。イスラエルはバビロニアに国を滅ばされることを通して、自分たちが何故砕かれたのかを求め、その求めの中で旧約聖書が編集され、聖書によって生かされる民に変えられていきました。イスラエルを滅ぼしたバビロニアも、そのバビロニアを制圧したペルシャも今はいません。更にペルシャを滅ぼしたギリシア帝国もローマ帝国も滅んで消え、彼等は今、遺跡の中にのみ存在します。しかし、イスラエルの民は2500年の歴史を生き抜き、同じ民族として現在も生きており、50年前の1945年には地上の国家として復活しました。彼等を生かし続けたものは明らかに、苦しみの中で与えられた聖書です。私たちも人生において多くの苦難に出会い、その苦難はある時には限界を超えているように思われ、絶望した人たちは自殺していきます。しかし、苦難には意味があり、苦難を通して神が語られていることを知る者は、その苦難が時の経過と共に祝福に変えられていくのを知ります。
・旧約聖書のヨブ記では、財産に恵まれ、家族に恵まれ、自分を正しい人間だと思っていたヨブに災いが起こり、財産を奪われ、息子たちを殺され、自身も重い病気に犯されました。彼は神を呪い始めます「何故あなたはこんなに私を苦しめるのか」と。その後の長い苦悩の中でヨブは、「神は神であり、自分は人間に過ぎない」ことを知り、悔改めます。その悔改めの言葉が今日の招詞です。「私は知る、私を贖う者は生きておられる」。人がこのことを見出した時、外面にどのような苦難があろうとも神との平和が与えられ、平安に導かれます。ヨブはイエス・キリストを知りませんが、彼は仲裁者を求め続けました。
・捕囚から帰国したイスラエルの民もキリストを知りませんでしたが、彼らを贖う神を知り、その神の業をイザヤ53章で表現しました。そして、このイザヤ53章こそが、キリストの教会を立ち上げていった聖句として知られています。初代教会の人々は、「この人こそメシアだ」と信じたイエスが十字架で死んで行かれる姿を見て、失望し、散らされていきました。その彼らが、復活のイエスに出会い、「やはりこの方はメシアであった」と再度信じ、宣教の業を始めます。しかし彼らはメシアであるイエスが何故十字架で死ななければいけないのか、わかりませんでした。
・聖書学者の大貫隆氏は、弟子たちがイザヤ53章を通して、イエスの十字架死の意味を知ったと述べます「イエス処刑後に残された者たちは必死でイエスの残酷な刑死の意味を問い続けていたに違いない。その導きの糸になり得たのは聖書であった。聖書の光を照らされて、今や謎と見えたイエスの刑死が、実は神の永遠の救済計画の中に初めから含まれ、聖書で預言されていた出来事として了解し直されるのである。彼らはイザヤ53章を『イエスの刑死をあらかじめ指し示していた預言』として読み直し、イエスの死を贖罪死として受け取り直した」(大貫隆「イエスという経験」)。捕囚から帰国した民の嘆きが、キリストの教会を生んだのです。
・人は平和の時には神を求めません、神などいなくとも暮らしていけるからです。そして世の出来事に一喜一憂して人生を送ります。多くの人の人生はこのようなものです。その時、ある人には苦難が与えられます。苦難を与えられた人は、最初はその苦しみを自分では解決しようとし、次には他の人の助力を求めます。そしてどうしようもなくなった時初めて、神を求め、神は求められた時には答えられます。E.ケーゼマンという神学者は語ります「信仰は常に自然的諸可能性の墓場を乗り越えて成長する」。人間の力が絶えた所から神の力が働くと彼は言うのです。苦難なしには滅びがあるだけで、苦難こそ神が与えられる祝福であることを、イスラエルの民の歴史は示しています。また私たち自身も人生の中で経験してきたことです。「私を贖う者は生きておられる、生きて私と関わりを持とうとされている」。これが福音であり、私たちの信仰です。私たちはこの福音を伝えるためにこの教会に集められているのです。


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1.偶像を捨てよ

・第二イザヤ書を読んでいます。イスラエルは紀元前587年にバビロニアによって国を滅ぼされ、国の指導者たちは捕囚として遠いバビロンまで連れて来られました。捕囚された人々のある者は、自分たちの神ヤハウェがバビロンの神マルドゥクに破れた、これからはマルドゥクを礼拝しようと言い出していました。また50年にもわたる神の沈黙の中で、人々は「主は私を見捨てられた、私の主は私を忘れられた」(49:14)とつぶやき、民のある者はバビロンの異教的風習になじみ、偶像の神々に生きる支えを求めました。
・しかし、武力で栄えた者は武力の衰えと共に衰退します。世界帝国となったバビロニアもネブカドネザル王の死を契機に衰退し、新興国ペルシアに周辺領土を奪われ、ペルシア軍は首都バビロンにまで迫ってきました。バビロンの人々は避難を始め、守り神である神々も移動を始めました。神殿にあった神像が台座からとり下ろされ、台車に載せられ、それを家畜が引いていきます。偶像礼拝者たちは危急の時には、その神々を自分たちで救い、背負わなければいけないのです。それを見た預言者が、イスラエルの人々に「よく見よ」と呼びかけます。それがイザヤ46章1節の言葉です「ベルはかがみ込み、ネボは倒れ伏す。彼らの像は獣や家畜に負わされ、お前たちの担いでいたものは重荷となって、疲れた動物に負わされる」。
・ベルとはバビロンの主神マルドゥク、ネボはその子です。バビロンの人々を救うとされた守護神は、バビロンを救うことが出来ないばかりか、自分自身をも救うことが出来ない。神々を救うためには獣たちに台車を引かせ、台車が倒れるとそれを引く獣たちも共に倒れるではないか。それを歌ったのが次の46:2です「彼らも共にかがみ込み、倒れ伏す。その重荷を救い出すことはできず、彼ら自身も捕らわれて行く」。「偶像は人を救い得ない、その証拠にベルとネボの惨めな姿を見よ」と預言者は語ります。
・預言者はイスラエルの民に語りかけます「私に聞け、ヤコブの家よ。イスラエルの家の残りの者よ、共に。あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた」(46:3)。バビロニアの偶像神は人や家畜に背負われないと動くことも出来ない。あなたたちは今までこのような偶像神に心を奪われてきた。今こそ目を開き、耳を立てよ、「私こそ」と主なる神は言われます。「私こそあなたたちが生まれた時から、あなたたちを背負い、担ってきたのだ」と。私は偶像の神々のように、人に背負われはしない。逆にあなた方を背負い続けるのだと預言が為されます「同じように、私はあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。私はあなたたちを造った。私が担い、背負い、救い出す」(46:4)。46章4節は短い文節の中に、私=アニーという言葉が5回も登場します。それをそのままに訳すと次のようになります「あなたがたが年をとっても、私は同じようにする。あなたがたが白髪になっても、私は背負う。私はそうしてきたのだ。なお、私は運ぼう。私は背負って、救い出そう」(新改訳聖書から)。新改訳の方が、神の人に対する熱い思いが良く出ていると思えます。
・古代の戦争は神々の戦争であり、負けた国の神像は焼かれ、神殿から引き摺り下ろされて辱められ、勝利者の国に持ち去られました。捕囚の時にエルサレム神殿の宝物も同じようにバビロニア軍に奪われました。預言者は神の言葉を伝えます「お前たちは私を誰に似せ、誰に等しくしようとするのか。誰に私をなぞらえ、似せようというのか。袋の金を注ぎ出し、銀を秤で量る者は、鋳物師を雇って神を造らせ、これにひれ伏して拝む。彼らはそれを肩に担ぎ、背負って行き、据え付ければそれは立つが、そこから動くことはできない。それに助けを求めて叫んでも答えず、悩みから救ってはくれない」(46:5-7)。
・しかし私はそのようなものではない。私は天地を創造し、人々を動かして歴史を形成する。「背く者よ、反省せよ、思い起こし、力を出せ。思い起こせ、初めからのことを。私は神、ほかにはいない。私は神であり、私のような者はいない。私は初めから既に、先のことを告げ、まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。私の計画は必ず成り、私は望むことをすべて実行する」(46:8-10)。私の業を見よ、私は東からペルシア王キュロスを呼び起こし、私の計画を遂行させる。私こそ神、あなたを造り、あなたを救うものだ。「東から猛禽を呼び出し、遠い国から私の計画に従う者を呼ぶ。私は語ったことを必ず実現させ、形づくったことを必ず完成させる」(46:11)。

2.背負う神

・日本人は仏像に惹かれます。興福寺にあります阿修羅像はその一つで、三つの悲しみに満ちた顔が多くの人々を魅了しています。この阿修羅像は天平6年(734年)、光明皇后が造ったと言われています。藤原家出身の光明皇后は自分の子を天皇にするために自分の兄弟たちと争います。阿修羅像の三顔の内右側には皇位継承権を持つ大津皇子・長屋王等のライバルを打倒する戦いの顔であり、左側は争いに負けて処刑された甥の藤原広嗣の死、兄弟たちの天然痘による相次ぐ死などの度重なる災害を見る苦悩の顔であり、正面は懺悔して仏に縋り、悲田院や施薬院を設立して一門の安寧を願う姿だと言われています。人は罪を犯さざるを得ませんが、その罪を贖う存在を持たない人々は偶像に頼るしかありません。しかし、いくら懺悔の思いを込めて偶像を造り、それを拝んだとしても罪の赦しは来ません。阿修羅像が伝えるものは光明皇后の悲しみであっても、それ以上の救いはそこにはないのです。
・預言者自身、捕囚地バビロンの敗戦と捕囚の悲しみの中で、偶像に頼る同族を見てきました。44章で彼は語っています「木工は寸法を計り、石筆で図を描き、のみで削り、コンパスで図を描き、人の形に似せ、人間の美しさに似せて作り、神殿に置く・・・木は薪になるもの。人はその一部を取って体を温め、一部を燃やしてパンを焼き、その木で神を造ってそれにひれ伏し、木像に仕立ててそれを拝む」(44:13-15)。しかし「彼は自分の魂を救うことができず、『私の右の手にあるのは偽りではないか』」(44:20)と預言者は語ります。いくら懺悔の思いを込めて偶像を造り、それを拝んでも罪の赦しは来ません。バビロニアの偶像神も日本の阿修羅像も結局は人が造ったものであり、人に背負われなければ動くことが出来ません。
・それに対し、主なる神は言われます「私はあなたたちが生まれた時から、あなたたちを背負い、担ってきたのだ」と。私は偶像の神のように、人に背負われはしない。逆に「私はあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。私はあなたたちを造った。だから私が担い、背負い、救い出す」と言われる方です。私たちの信じる神は、私たちを「造った故に」、「担い、背負い、救い出す」方、ここに偶像神との決定的な違いがあります。神は私たちに宣言されます「ヤコブよ、あなたを創造された主は、イスラエルよ、あなたを造られた主は、今、こう言われる。恐れるな、私はあなたを贖う。あなたは私のもの。私はあなたの名を呼ぶ・・・私の目にあなたは価高く、貴く、私はあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする」(43:1-4)。

3.福音伝道のために

・今日の招詞にイザヤ49:6を選びました。次のような言葉です「こう言われる。私はあなたを僕として、ヤコブの諸部族を立ち上がらせ、イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。だがそれにもまして、私はあなたを国々の光とし、私の救いを地の果てまで、もたらす者とする」。世界史の上では何の重要性も持たないイスラエルという小さな国の挫折と回復の歴史が旧約聖書としてまとめられ、その旧約聖書がやがて世界史を動かす影響を持つようになりました。
・前回も見ましたように、捕囚から帰国したイスラエルの民は帰国後もペルシアの属国とされ、民族的には独立できませんでした。そしてペルシア時代の後はギリシアに、その後はローマ帝国により支配されます。彼らは政治的には大国の支配下に置かれ続けました。しかし民族として捕囚時代に編纂された旧約聖書を守りながら生き抜き、旧約聖書はやがて当時の共通語ギリシア語に翻訳されて、多くの異国人がこの翻訳聖書を通して主なる神に出会うようになります。ユダヤ人は、国が敗れることを通して、主の民として人々に仕える者になり、このユダヤ人の中からイエスと呼ばれるキリストが生まれてこられます。故に預言者は確信を持って言います。「人に侮られる者、民に忌み嫌われる者、司たちの僕」(49:7a)、人間的に見れば、戦争に破れて捕虜とされた民が帰還するに過ぎないイスラエルが、「諸々の王が立ち上がり、諸々の君が拝する」(49:7b)者となる。預言者は、神の救済の訪れを諸国民に宣べ伝える使命を抱いてエルサレムに帰ると預言者は歌います。
・この確信を私たちも持ちたいと願います。この教会は試練の中で、人々が散らされて行った歴史を持ちますが、主はこの教会を存続させて下さり、立派な会堂を与えて下さった。ただ現在は、教会に集う者の数が減らされ、会堂建築のための借入金返済負担が重くなり、教会員の元気がなくなっています。この時にこそ、私たちはこの教会の役割を再度考える必要があります。私たちの教会は大きくもなく、立派でもなく、礼拝に集まる人の数も30人前後にすぎません。しかし毎週の祈祷会や説教資料がホームページに掲載され、一日のアクセス数は200件を超えます。週ベースで見れば1000人を超える人々が、この教会のホームページを通してみ言葉に触れています。半年前から始まった礼拝のフェイスブックによる中継では50人から100人の人が視聴者になっています。目には見えませんが、神は確かに働いておられるのです。
・捕囚の民が解放の時を迎えた時を、預言者は、「恵みの時」「救いの時」と歌いました。「主はこう言われる。私は恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。私はあなたを形づくり、あなたを立てて民の契約とし、国を再興して荒廃した嗣業の地を継がせる。捕らわれ人には、出でよと、闇に住む者には身を現せ、と命じる」(49:8-9)。使徒パウロはかたくななコリントの民に対して、主の救いの業を無駄にするなと言って、この言葉を引用します。「私たちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。なぜなら、『恵みの時に、私はあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、私はあなたを助けた』と神は言っておられるからです」(第二コリント6:1-2)。教会が困難の中にある今こそ、教会の役割を考える時です。その時、この困難が神からの恵みに変わって行きます。この教会の見える現実は貧しくとも、神の言葉が語られ、多くの人が教会ホームページの文書や映像を通じて神の言葉に接しているのであれば、それで十分ではないかと思います。


カテゴリー: - admin @ 08時16分30秒

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