すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.苦難の中での祈り

・イザヤ書は40章から第二イザヤという預言者の言葉が始まります。バビロニアに国を滅ぼされ、異国の地で捕虜となって苦しんだイスラエルの民に、「主が私たちを解放してくださる」との希望の預言が語られます。そしていよいよ捕囚の民の帰国が始まり、人々はイスラエルを目指して帰国の旅につきます。しかし故国に帰ってみると、住んでいた家には他の人が住み、畑も他人のものになっていました。彼らは「主がエルサレムをエデンの園にして下さる」と励まされて帰国しましたが、現実は予想を上回る厳しさです。彼らは言います「主の手が短くて救えないのではないか。主の耳が鈍くて聞こえないのではないか」(59:1)。主に対する信仰まで揺らぎ始めています。人々はつぶやき始めます「私たちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている」(59:9)。約束が違うではないか、どこにエデンの園があるのか。帰らなければ良かった、バビロンの方が良かったと民は言い始めているのです。
・預言者は信仰をなくした民に語り掛けます「これまでの救済の歴史を忘れたのか、主は私たちを救い続けて来られたではないか」と。「私は心に留める、主の慈しみと主の栄誉を、主が私たちに賜ったすべてのことを、主がイスラエルの家に賜った多くの恵み、憐れみと豊かな慈しみを」(63:7)。「エジプトから救い出された主の慈しみを思い起こせ」と預言者は語ります「主は輝く御腕をモーセの右に伴わせ、民の前で海を二つに分け、とこしえの名声を得られた。主は彼らを導いて淵の中を通らせられたが、彼らは荒れ野を行く馬のようにつまずくこともなかった。谷間に下りて行く家畜のように、主の霊は彼らを憩わせられた。このようにあなたは御自分の民を導き、輝く名声を得られた」(63:12-14)。
・主は私たちに語られた「あなたは私の民、偽りのない子らである」(63:8)。そして主は私たちの救い主となられた。「主は私たちの苦難を常に御自分の苦難とし、御前に仕える御使いによって私たちを救い、愛と憐れみをもって私たちを贖い、昔から常に、私たちを負い、私たちを担ってくださった」(63:8-9)ではないか。そして今、私たちを「バビロンから救い出してくださったではないか」。それなのになぜつぶやくのか「主の手が短くて救えないのではないか。主の耳が鈍くて聞こえないのではないか」と。

2.天を裂いて降りたまえとの祈り

・預言者は語りを続けます「主が今、あなた方を捨てられたように見えるのは、あなた方が主に背いたからだ」と。かつてモーセを用いてあなた方を救われた主は、あなた方の背信によって、今あなた方から目をそむかれた。だから今主はあなた方と共におられないと預言者は語ります。「彼らは背き、主の聖なる霊を苦しめた。主はひるがえって敵となり、戦いを挑まれた」(63:10)。しかし、民を諫める預言者自身も神の沈黙に悶えています。神の沈黙は罪に対する裁きだと理解していても、このままでは民の心が死に絶える。預言者は民を諫めると同時に主に嘆願の叫びをします「どうか、天から見下ろし、輝かしく聖なる宮から御覧ください。どこにあるのですか、あなたの熱情と力強い御業は。あなたのたぎる思いと憐れみは、抑えられていて、私に示されません」(63:15)。
・預言者は祈り続けます「あなたは私たちの父です。アブラハムが私たちを見知らず、イスラエルが私たちを認めなくても、主よ、あなたは私たちの父です。私たちの贖い主、これは永遠の昔からあなたの御名です」(63:16)。それなのに、「なにゆえ主よ、あなたは私たちを、あなたの道から迷い出させ、私たちの心をかたくなにして、あなたを畏れないようにされるのですか。立ち帰ってください、あなたの僕たちのために、あなたの嗣業である部族のために」(63:17)。「民はあなたの力とあなたの憐れみに疑問を感じています。どうかあなたの力と憐れみを彼らに示してください」と預言者は叫びます。
・神の沈黙に対する民の呻きは預言者の呻きでもあります。預言者は祈ります「あなたの聖なる民が、継ぐべき土地を持ったのはわずかの間です。間もなく敵はあなたの聖所を踏みにじりました。あなたの統治を受けられなくなってから、あなたの御名で呼ばれない者となってから、私たちは久しい時を過ごしています。どうか、天を裂いて降ってください。御前に山々が揺れ動くように」(63:18-19)。「私たちをバビロンから連れ出し、エルサレムに導かれたのはあなたではないですか。最後まで面倒を見てください。今こそ天を裂いて降って来て、この地上の出来事に介入して下さい。あなたが私たちと共におられることのしるしを見せて下さい」とイザヤは祈り続けます。
・63章の祈りは64章にも連続しています。預言者は自分たちの罪の故に、神が沈黙しておられることを知っています。だから祈ります「私たちは皆、汚れた者となり、正しい業もすべて汚れた着物のようになった。私たちは皆、枯れ葉のようになり、私たちの悪は風のように私たちを運び去った。あなたの御名を呼ぶ者はなくなり、奮い立ってあなたにすがろうとする者もない。あなたは私たちから御顔を隠し、私たちの悪のゆえに、力を奪われた」(64:5-6)。しかし、それにもかかわらず預言者は救いを求め続けます。「しかし、主よ、あなたは我らの父。私たちは粘土、あなたは陶工、私たちは皆、あなたの御手の業。どうか主が、激しく怒られることなく、いつまでも悪に心を留められることなく、あなたの民である私たちすべてに目を留めてくださるように」(64:7-8)。
・私たちは罪を犯した。あなたから糾弾されても仕方がない。それでも「主よ、私たちを救ってください。あなたが私たちを造られたではありませんか」と預言者は激しく求め続けます。「あなたの聖なる町々は荒れ野となった。シオンは荒れ野となり、エルサレムは荒廃し、私たちの輝き、私たちの聖所、先祖があなたを賛美した所は、火に焼かれ、私たちの慕うものは廃虚となった。それでもなお、主よ、あなたは御自分を抑え、黙して、私たちを苦しめられるのですか」(64:9-11)。

3.激しい祈りに応えられる主

・預言者の激しい祈りに応えて啓示された言葉が、今日の招詞イザヤ65:17-18です。次のような言葉です「見よ、私は新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない。代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。私は創造する。見よ、私はエルサレムを喜び躍るものとして、その民を喜び楽しむものとして、創造する」。主は荒廃したエルサレムに代り、新しいエルサレムを創造されるとの幻をイザヤは示されました。「苦難の時は過ぎ去り、救いの時が来る」とイザヤは歌い始めます。預言者はどのような絶望の中にあっても希望を持ち続け、その希望を幻として民に提示します。それが預言者の役割です。
・預言者は主の言葉を語ります「私はエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞えることはない。わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者もなお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は呪われた罪びととされる」(65:19−20)。神が共におられる故に、エルサレムは再び繁栄の都となる。そこには泣き声や叫び声は絶え、幼くして死ぬ子どもも、命の日を満たさない老人もいなくなる。イザヤの時代、乳幼児死亡率は高く、天寿を全うせず死ぬ者も多かった。その中での希望の言葉です。
・聖書が私たちに告げることは、「いかなる場合でも希望を持ち続けよ。主はそれをかなえてくださる」という約束です。その約束を信じ続けた人がヴィクトール・フランクルです。彼は1905年にウィーンで生まれた精神科医でしたが、ユダヤ人でしたので、第二次大戦中、ナチスによって、強制収容所に送られます。彼の妻や子、また両親は収容所の中で殺されています。フランクルは、持ち物を全部取り上げられ、素っ裸にされた時、心の中でこうつぶやきました「あなたたちは私から妻を奪い、子どもたちを奪うことができるかもしれない。私から服を取り上げ、体の自由を奪うこともできるだろう。しかし、私の身の上に降りかかってくることに対して、私がどう反応するかを決める自由は、私から取り除くことはできない」。
・フランクルは収容所で絶望して自殺を決意した二人の囚人に語りかけました「あなたを必要とする何かがどこかにあり、あなたを必要としている誰かがどこかにいるはずです。そしてその何かや、誰かは、あなたに発見されるのを待っているのです」(V.E.フランクル「生きる意味を求めて」から)。フランクルは、非人間的な扱いを受ける収容所の中で、なお人間としての誇りを失わず、人々に優しい言葉をかけ、生きる希望を持ち続け、与え続けました。そして、人々が次々と死んでいく中でも、彼は生き延びました。彼と同じように、希望を持ち続けることを選んだ人たちも、また生き延びることができました。彼は言います「どんな状況でも人生にイエスと言うことができるのです」(V.E.フランクル「それでも人生にイエスと言う」)。これがイザヤ書の信仰であり、私たちの信仰でもあります。
・今週、バプテスト連盟総会に参加しました。主題聖句は箴言4:25-26「目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。どう足を進めるかをよく計るなら、あなたの道は常に確かなものとなろう」でした。主題聖句の解説文は記します「“御言葉はそう言っているが現実はこうだ”というのではなく、“現実はどうであっても御言葉はこういっている”と御言葉にまっすぐ聞き従って行こう」。カール・バルトは死の前日の1968年12月に親友のトルナイゼンとの電話で語りました「意気消沈だけはしないようにしよう。主がこの世界を治めていたもう。神は私たちが滅びるままには放置されない」。現実がどんなに暗い時にも希望を持ち続ける、神が見えない時は叫び続ける、そして叫べば主は「天を裂いて降ってくださる」、このイザヤの信仰こそが私たちの信仰です。


カテゴリー: - admin @ 08時05分50秒

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1.失望し落胆する民への預言者の言葉

・クリスマスを前に、11月はイザヤ書を読んでいきます。イザヤ書は40章から、バビロン捕囚からの解放の預言を記します。捕囚とは国が亡び、異国に強制連行されるという体験でしたが、50年もたつとそれなりに、人々はバビロンの地で生活基盤を築いていました。その人々に第二イザヤと呼ばれる預言者が「解放の時が来たから、共に故国に帰ろう」と呼びかけました(40:1-2)。しかし人々は今さら廃墟のエルサレムに帰りたくないと言い張っていました。その人たちに預言者は、「主が解放して下さったのだ。共にエルサレムに帰ろう、主は荒野をエデンの園に、荒れ地を主の園にされる」と励ましました(51:3)。励まされた人々は帰国の途につきます。紀元前538年のことです。しかし、帰国した民を待っていたのは、厳しい現実でした。イザヤ61章はこのような背景の中で語られています。
・帰国した人々が最初に行ったのは、廃墟となった神殿の再建でした。帰国の翌年には、神殿の基礎石が築かれましたが、工事はやがて中断します。先住の人々は帰国民を喜ばず、神殿再建を妨害しました。また、激しい旱魃がその地を襲い、穀物が不足し、飢餓や物価の高騰が帰国の民を襲いました。神殿の再建どころではない状況に追い込まれたのです。そして人々はつぶやき始めます「私たちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている」(59:9)。約束が違うではないか、どこにエデンの園があるのか。エルサレムなどに帰らなければ良かった、バビロンの方が良かったと民は言い始めているのです。
・この状況は、日本が戦争に敗れ、満州や朝鮮で暮らしていた人々が強制送還された時と共通するものがあります。着の身着のままで現地を追われ、日本に帰りさえすれば何とかなるとして、帰国した人々を待っていたのは、食糧難と迷惑そうな親族や近隣の顔でした。捕囚の民が50年ぶりに帰国すると、住んでいた家には他の人が住み、畑も他人のものになっていました。彼らは言います「主の手が短くて救えないのではないか。主の耳が鈍くて聞こえないのではないか」(59:1)。これに対して、そうではない。問題は主にあるのではなく、あなたがたにあるのだと言って立ち上がった預言者が、第三イザヤです。彼は言います「主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て、お前たちの罪が神の御顔を隠させ、お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ」(59:1-2)。

2.悲しみが喜びに

・預言者は人々に語ります。「主は私に油を注ぎ、主なる神の霊が私をとらえた。私を遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために」(61:1)。主は、困難の中にあるあなたがたを慰めるために私を立てられた、良い知らせを伝えるために私に言葉を与えられた。預言者は続けます「シオンのゆえに嘆いている人々に、灰に代えて冠をかぶらせ、嘆きに代えて喜びの香油を、暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために」(61:3前半)。良い知らせ(福音)は、灰(悲しみ)を冠(喜び)に変える。主は悲しんでいるあなた方に、喜びの冠を与えると言っておられる。主はあなた方を通して、この廃墟をエデンの園に変えられる。あなた方こそ「とこしえの廃墟を建て直し、古い荒廃の跡を興す者」なのだ(61:4)と預言者は人々を慰めます。
・預言者は語ります「あなたたちは主の祭司と呼ばれ、私たちの神に仕える者とされ、国々の富を享受し、彼らの栄光を自分のものとする」(61:6)。あなた方はバビロンで50年にわたる苦難を受けた。それはあなた方を主の民、主の祭司とするためだった、あなた方を通して諸国の人々を解放するためだった。あなた方は単に自分の救いを求める者ではなく、神の祝福を隣人に、異邦人に伝える者となるのだ。あなた方が自分のためだけに幸いを求めるから、主は苦難を与えられる。隣人のために幸いを求めてみよ。主はあなた方を豊かに祝福されるだろうと預言者は語ります。
・中断された神殿再建が再び始まったのはそれから20年後でした。神殿再建を導いたのは、ダビデの血筋を引くゼルバベルです。人々は、ゼルバベルを王にいだいて国の独立を求めましたが、宗主国ペルシャ帝国によって弾圧され、イスラエルはその後も国の独立を果たすことが出来ませんでした。しかし、彼らは、捕囚時代に編纂された旧約聖書を守りながら生き抜くことを通して民族の同一性を保持し、旧約聖書はやがて当時の共通語ギリシャ語に翻訳され、多くの異国人がこの翻訳聖書を通して主に出会うようになります。イザヤは預言しました「彼らの子孫は、もろもろの国の中で知られ、彼らの子らは、もろもろの民の中に知られる。すべてこれを見る者はこれが主の祝福された民であることを認める」(61:9)。ユダヤ人は、国が敗れることを通して、主の民として異邦人に仕える者になり、やがてはこのユダヤ人の中からイエスと呼ばれるキリスト=救い主が生まれてこられます。

3.イエスが第三イザヤの口を通して福音を語られた

・バビロン捕囚から500年の時が流れ、イエスが生まれられました。イエスはその宣教の初めに、故郷ナザレでイザヤ61章を読まれ、宣言されました。それが今日の招詞、ルカ4:20−21です。「イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し始められた」。イエスの時代、人々は安息日に会堂に集まり、聖書を読み、説教を聞き、祈りました。最初に信仰告白が読まれ、次に聖書日課に従って先ず律法の書が、次に預言書が読まれ、読んだ人がそれについて短い話をするのが慣例でした。その日の預言書の個所はイザヤ61章であり、イエスは渡されたイザヤ書の巻物を朗読されます。それがイザヤ61:1-2の預言です「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」。
・イエスは、イザヤの預言を、現在の人々の困窮に焦点を当てて語られています。イザヤ61章が語られた時代は、人々が将来に希望を持てない時代でした。イエスの時代も同様でした。当時の人々は食べるのがやっとの貧しい生活を強いられていましたが、その貧しい人々に良い知らせが語られるとイエスは慰められます。税金が払えない人は獄に入れられていましたが、彼らは獄から解放される。病に苦しむ人はその病が癒される。土地を持たず、苦しむ人には土地が与えられるとイエスは言われたのです。人々はメシヤが来て、自分たちの生活が良くなることを待望していました。その人々にイエスは言われました。「私がそのメシヤである。あなた方の救いは、今日私の言葉を耳にした時に成就した」と(ルカ4:21)。
・イエスは人々に救いを告げられましたが、多くの人々にとって救いとは今現在の苦しみからの解放でした。イエスは霊の命を与えようとされましたが、人々は肉のパンを求めました。イエスは神の国を与えようとされましたが、人々は地上の王国を欲しました。人々の驚嘆と尊敬の中に始まったイエスの宣教が、三年を経ずして、人々のつぶやきと憎悪の中に、十字架の死をもって終るに至ったのはこのためです。イエスの業は挫折したのでしょうか。そうではありません。十字架につけられて死なれたイエスを神は復活させて下さいました。その復活のイエスに出会い、何人かの信じる者たちが起こされていきます。弟子たちを通して、イエスの業は継承されていったのです。そして今イエスの業を継承するために、私たちがこの教会に集められています。
・イエスは言われました「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)。この言葉はどのようにして実現するのでしょうか。私たちを通してです。私たちは闇の中にいましたが、イエスと出会って光を見出した。光を見出した者が次に行うことは、その光、良い知らせを隣人に伝えていくことです。伝えるとは、言葉と同時に行為で伝えることです。隣人の重荷を私たちが一緒に担う事です。しかし、現実はそう甘くはありません。たとえば夜中に突然一人の人が教会に来られ、行くところが無いので今夜一晩泊めてほしいと言われた時、私たちはどうするでしょうか。その人に泊まっていただくことは可能なのでしょうか。身元のわかっている方であれば可能かもしれませんが、見ず知らずの方を教会にお泊めするのは不可能でしょう。言葉と同時に行為で伝えることは簡単な事ではありません。
・しかしヤコブは私たちを励まします「もし、兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう。信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」(ヤコブ2:15-17)。イザヤの時代は今から2500年前、イエスの時代は2000年前です。時代が変わっても、本質的な問題は何も変わっていません。人々は現在の生活に不満を持ち、明日の生活に不安を持っています。その中で唯一変わった事はイエスの言葉に耳を傾け、従う人々が生まれたことです。私たちは神の業を行うように、ここに集められ、神の言葉を聴いています。もう自分のことばかりにかかわりわずらうことをやめ、隣人のために働く者となりたいとの希望を持って、私たちは今ここに集められています。


カテゴリー: - admin @ 08時28分16秒

11 04

1.死を忘れるな

・今日、私たちは召天者記念礼拝を行います。私たちの教会では11月第一主日に召天者を覚える礼拝を行いますが、これは教会の暦で11月第一日曜日が「聖徒の日(死者の日)」、亡くなった信徒たちのために祈る日にしていることを覚えてのことです。死者の日は、元々はケルトのお盆(ハローウィン、秋の終わり・冬の始まりの収穫祭)に死者の霊が家族を訪ねてくる風習を教会が取り入れたものと言われています。私たちの教会ではこの日に召された方々のお名前をお呼びし、死の意味を共に考えていきます。今日は詩篇90編を通して死と生の問題について御言葉を聴いていきます。
・詩篇90編がまず私たちに語ることは「死を忘れるな」と言うことです。5-6節は語ります「あなたは眠りの中に人を漂わせ、朝が来れば、人は草のように移ろいます。朝が来れば花を咲かせ、やがて移ろい、夕べにはしおれ、枯れて行きます」。朝は咲いていた花も夕には枯れます。人の一生もそのようなものだと詩人は歌います。人は誕生し、少年期、青年期を経て壮年期に至ります。生きているうちに何事かを為したいと思い、学び・働き・結婚し、家族を形成します。幸運に恵まれ、一代で財を成す人もいれば、多くの家族に恵まれる人もいます。健康に恵まれた人は70代、80代まで生きることが出来ます。しかし、振り返ってみれば、その人生は労苦と災いだと詩人は歌います。「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります」(90:10)。
・詩編が歌われた3000年前の平均寿命は30年、40年だったでしょう。その当時、70年、80年生きることの出来る人はまれであった。ただその幸運を生きた長生きの人でも、振り返ってみれば、一瞬の人生であると詩人は歌います。現在の私たちは当時の人がうらやむほどの長寿を生きることが出来ます。しかしいくら長寿になっても少しも幸せとは思えない。神を見失った、神が共におられないからです。詩人は歌います「朝にはあなたの慈しみに満ち足らせ、生涯、喜び歌い、喜び祝わせてください」(90:14)。
・私たちは生まれ、死んでいきます。人生とは誕生と死の間にあるひと時の時です。多くの人は自分がこの限界の中にあることを認めようとしません。だから近親者の死に直面する時、私たちは「死んではならないはずのものが死んだ」という矛盾の中で苦しみます。聖書は「私たちは死という限界の中にあることを覚えよ」と求めます。それが12節の言葉です「生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように」。詩人は、生涯の日を正しく数える、死ななければならない存在であることを受け入れることが出来ますようにと神に求めています。
・私たちは自分が死ぬ存在である、人生が死によって限界付けられていることを認めようとしない存在です。パスカルは語りました「人間は死と悲惨を癒やすことが出来ないので、自分を幸福にするためにそれらを考えないようにした」。別な人は語ります「私たちは死の前に衝立を置いて、そのこちら側で営まれている生活を幸福な生活とよんでいる。本当の幸福はそのような貧弱な幸福ではないではないか」。私たちはいつも死を他人事ととらえます。死とは身内の死、親族の死、友人知己の死であり、自分の死ではありません。死が他人事である限り、私たちは死について考えようとしない。死について考えないとは現在の生についても考えないことです。聖書は私たちに求めます「あなたは死ぬ。死ぬからこそ、現在をどう生きるかを求めよ」。

2.死を考えまいとする私たち

・私たちは死を考えまい、あるいは忘れようとします。その試みの一つが「魂の不死、あるいは霊魂の不滅」という信仰です。人は死ぬがそれは肉体が滅びるのであって霊は滅びない、霊は肉体の死を超えて生きる。古代以来多くの人々がそう信じてきました。プラトン、アリストテレスから始まり、カントに至るまでそうです。教会に来ているクリスチャンの大半も実は信じているのは復活ではなく、霊魂の不死ではないかと思えます。母親は死んだ夫について子どもたちに教えます「お父さんは今天からお前を見守ってくれている」。私たちも墓参りに行き、死者に呼びかけます「来ました」。心情的には理解できますが、この信仰は聖書の信仰ではありません。
・二番目は現在の生の肯定を通して、死から逃れようとする考え方です。私はまだ死んでいない、今しばらくは死なないだろう、生きているうちに充実した生を楽しみたいと世の多くの人は考えます。パウロはそのような生き方は空しいと語ります「「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」(第一コリント15:32)。このような生き方を私たちは「良し」とするのか。しかし、このような生き方、死を考えまいとするいき方はいつか破綻します。死は必ず訪れるからです。
・聖書は、人間の真の生き方は、死を忘れないこと、自分の限界を知ることだと述べます。有限性を知ることは自分が被造物に過ぎない、死に対する決定権が自分にはないことを認めることです。そこから創造者である神を思う心が生まれます。死をおそれずに死と向き合う唯一の道は、命の創造者である神を覚えること、だから詩人は歌います「主よ、あなたは代々に私たちの宿るところ。山々が生まれる前から、大地が、人の世が、生み出される前から、世々とこしえに、あなたは神」(90:1-2)。
・私たちは神に創造されました。それにもかかわらず私たちは死にます。それは何故か、罪の咎として死が与えられたと詩人は語ります。7-9節「あなたの怒りに私たちは絶え入り、あなたの憤りに恐れます。あなたは私たちの罪を御前に、隠れた罪を御顔の光の中に置かれます。私たちの生涯は御怒りに消え去り、人生はため息のように消えうせます」。罪の結果として、神の怒りとして、死があるとすれば、死から解放される道は神による罪の赦ししかありません。だから詩人は祈ります「主よ、帰って来てください。いつまで捨てておかれるのですか。あなたの僕らを力づけてください」(90:13)。詩人は神が正義の神である故に罪びとに死が与えられることを知ります。同時に神は憐れみの神であり、人が求める時、恵んでくださる方であることを信じます。故に願います「朝にはあなたの慈しみに満ち足らせ、生涯、喜び歌い、喜び祝わせてください。あなたが私たちを苦しめられた日々と、苦難に遭わされた年月を思って、私たちに喜びを返してください」(90:14-15)。

3.死を恐れるな

・今日の招詞にヨハネ11:25-26を選びました。次のような言葉です「イエスは言われた『私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか』」。ラザロが死んで4日目にイエスはベタニヤ村に来られ、兄弟の死を悲しむマルタに言われました「あなたの兄弟は復活する」(ヨハネ1:23)。マルタは答えます「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」。マルタが信じているのは霊魂の不滅であり、今ここでのラザロのよみがえりではありません。そのマルタにイエスは言われます「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない」。神は死者を生き返らせることが出来る。死んだラザロを今よみがえらせることが出来る。その神の力、神の憐れみを信じるか。マルタは信じることが出来ません。イエスはマルタのためにラザロを墓から呼び出され、ラザロは再び生きるものとなりました。神の憐れみがイエスを通して示されました。
・死んだ後どうなるのか、誰にもわかりません。神を信じる者にもわかりません。ただわかることはイエスが死んで復活されたこと、イエスが今も生きておられることの二点です。イエスによって死が乗り越えられた故に、私たちはイエスが復活されたように、信仰者に復活の約束が与えられていることに希望を置きます。イエスの復活を信じる時、信仰者は今ここで永遠の命の中に入ります。永遠の命とは、死んで天国に行くことではなく、今、死から解放されることです。神を信じる者は、水のバプテスマを受けます。バプテスマは水に入り、水から引き出される行為です。水に入りイエスと共に復活の命に生きる。パウロの語る通り、「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(第一コリント15:54-55)。だから私たちは死を悼みません。死とは終わりではなく、新しい命の出発だからです。
・信仰を持たない人々にとって、「死は嘆き悲しむ出来事」であり、「死は受入れるしかない」出来事です。パウロ時代の手紙は書きます「死に対して私たちが出来ることはありません。だからあなたたちはお互いに慰めあって下さい」(NTD新約注解・パウロ小書簡P442)。これは現代においても同じです。多くの日本人は死を全ての終わりと考えています。しかし、パウロは言います「イエスが死んで復活されたと私たちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます」(第一テサロニケ4:14)。キリストが復活されたのであれば、キリストを信じて死んだ兄弟もまた復活するとパウロは語ります。世の若者たちは死ぬことを考えないし、老人たちは自分たちの時代はもう終わったとして人生を諦めます。それに対して私たちは、若いうちから死を覚えて現在を誠実に生き、歳をとればこの世での残された日々を大切に生き、死ねば天に召される生き方に召されています。「死を忘れるな」、そして「死を恐れるな」。これが聖書の語るメッセージです。


カテゴリー: - admin @ 08時04分24秒

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1.ダビデの犯した悪

・詩篇51編は罪の悔い改めと赦しを求める詩として有名です。人々はダビデ王が罪を犯し、預言者ナタンがそれをとがめた時に、ダビデが悔い改めた言葉として、この詩を唱和してきました。それが表題の「ダビデの詩、ダビデがバト・シェバと通じたので預言者ナタンがダビデのもとに来た時」(51:1-2)という解説です。ダビデの犯した罪については、サムエル記下11-12章に詳しく書かれていますので、最初に物語を見て行きます。当時、イスラエルはダビデ王の下に統一され、王国として栄え始めていました。ダビデは近隣諸国を征服し、領土を拡大していきます。ダビデは得意の絶頂期にありました。そのダビデがある日の夕暮れ、王宮の屋上から湯浴みする一人の婦人を見ます。彼女は兵士ウリヤの妻バテシバで、「女は大層美しかった」とサムエル記は記します。夫ウリヤはアンモン人との戦いのために出征し、不在でした。ダビデは婦人を王宮に呼び、彼女と寝て、その結果バテシバは妊娠します。
・バテシバの妊娠に困惑したダビデは、夫ウリヤを前線から呼び戻し、妻と寝させることによって自分の犯した悪をごまかそうとしますが、ウリヤは前線の将兵が戦いの中にある時、自分一人、家で妻と寝るわけには行かないと断ります。ダビデの目論見は失敗し、彼は自分の犯した悪をごまかすために、上司である将軍ヨアブに手紙を持たせ、ウリヤを最前線に立たせて死なせるように命じ、ウリヤは死にます。「罪は罪を生む」、姦淫が殺人にまで発展したのです。バテシバはやもめとなり、ダビデはバテシバを妻として宮殿に迎え入れ、彼女は男の子を生みます。
・サムエル記はこの事実を淡々と述べた後、最期に記します「ダビデのしたことは主の御心に適わなかった」(サムエル下11:27)。他の国では王が臣下の妻を奪ったとしてもさしたる罪ではないかもしれませんが、イスラエルにおいてはその罪は放置されません。王は神の委託下にあるからです。「主はナタンをダビデのもとに遣わされた」(同12:1)。ダビデの前に現れたナタンはダビデに一つの物語を語ります(同12:1-4)。「多くの羊や牛を持つ豊かな男が自分の羊をつぶすのを惜しみ、一匹の羊しか持たない男の羊を取り上げ、それを客に出した」。ダビデは叫びます「そのような無慈悲なことをした男は死罪にされるべきだ」。ナタンは断言します「その男はあなただ」(同12:7)。ナタンは主の言葉を続けます「あなたをイスラエルの王にしたのは私であり、あなたを恵んできたのも私である。それなのに何故、ウリヤの妻を欲してウリヤを殺すような悪を為したのか」(同12:7-10)。この言葉にダビデは頭をたれ、告白します「私は主に罪を犯しました」(同12:13)。

2.ダビデの物語として詩編51篇を読む

・ダビデの悔い改めの言葉を受けて詩編51篇が始まります。「神よ、私を憐れんで下さい、御慈しみをもって。深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐって下さい。私の咎をことごとく洗い、罪から清めて下さい」(51:3-4)。ダビデは神に背き、罪を犯しました。その結果平安は彼から去りました。罪は赦されなければ消えません。だから彼は神に罪を洗い清めて下さるように祈ります。「あなたに背いたことを私は知っています。私の罪は常に私の前に置かれています。あなたに、あなたのみに私は罪を犯し、御目に悪事と見られることをしました。あなたの言われることは正しく、あなたの裁きに誤りはありません」。私は咎のうちに産み落とされ、母が私を身ごもったときも、私は罪のうちにあったのです」(51:5-7)。
・ダビデはウリヤの妻を横取りし、夫ウリヤを謀殺しました。罪は一義的には人に犯した罪です。しかし、それは突き詰めると神に逆らう行為です。神という絶対的な存在が無い時、本当の罪意識は生まれません。神がいない時、人はわからなければ何をしても良いと思う存在です。ダビデは罪の結果の子が生まれるまで、1年余りも平気で暮らしていました。人は、「その男はあなただ」と告発されなければ、自分の罪が見えないのです。罪を告発されたダビデは、その罪が生まれ落ちた時からあったことを自覚します。ここでは単に「ウリヤを殺すという罪を犯した」ことだけではなく、これまでに犯した様々な罪が詩人を圧倒し、「自分の存在それ自体が罪人である」と告白しているのです。
・「存在そのものが罪」である時、その罪は自分の力では洗い流すことはできません。いくらヒソプ(石鹸)で洗っても落ちません。だから神に罪を洗い流して下さるように祈ります「ヒソプの枝で私の罪を払ってください、私が清くなるように。私を洗ってください、雪よりも白くなるように。喜び祝う声を聞かせてください、あなたによって砕かれたこの骨が喜び躍るように。私の罪に御顔を向けず、咎をことごとくぬぐってください」(51:9-11)。罪の清めとは単に処罰が赦されることでは済まず、古き自己が葬られ、新たな自己に生かされなければ救済はありません。ですからダビデは主に願います「神よ、私の内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けて下さい。御前から私を退けず、あなたの聖なる霊を取り上げないでください。御救いの喜びを再び私に味わわせ、自由の霊によって支えてください」(51:12-14)。
・「私を変えて下さい。私自身が問題なのです」とダビデは血の汗を流しながら祈っています。罪からの清め、救いとは人格を変える出来事なのです。人格を変える出来事を経験した者は他者のために祈り始めます。「私はあなたの道を教えます、あなたに背いている者に、罪人が御もとに立ち帰るように。神よ、私の救いの神よ、流血の災いから私を救い出してください。恵みの御業をこの舌は喜び歌います。主よ、私の唇を開いてください、この口はあなたの賛美を歌います」(51:15-17)。
・そして中核の言葉が祈られます「もし生贄があなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、私はそれをささげます。しかし、神の求める生贄は打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません」(51:18-19)。罪の赦しは悔い改めの結果与えられるものであり、それは神殿に犠牲の動物を捧げることによって赦されるようなものではありません。私たちが捧げるべき生贄は「砕かれた霊」であり、主は「砕かれた悔いる心」を受け入れて下さる、それを信じてダビデは祈りを捧げました。
・詩篇編集者はこの詩に「ダビデの歌」との表題を付けましたが、内容的にはダビデ時代のものであるよりも、捕囚期以後の詩である可能性が高いといわれます。しかし、旧約の人々も新約の人々もこの詩をダビデの詩として親しんできました。その理由を高橋三郎氏は「イスラエルはその王なるダビデの醜悪な罪をこの詩を唱和する毎に想起し、打ちのめされた罪人の告白の中にこそ、信仰による生の原点を見出した」と表現します(高橋三郎「エロヒーム歌集」)。人々はダビデを慕いました。それはダビデがイスラエルを繁栄に導いた王であるからではなく、王であるにも関わらず、自らの罪を認め、神の前に悔い改めたからです。人は罪を犯さないから偉大なのではありません。「罪を心から悔いることのできる人」が偉大なのです。

3.私たちの物語として詩編51篇を読む

・詩編51編は、いろいろなことを私たちに示します。ダビデは王でした。権力者が悪を犯しても世間は何も言いません。しかし、人の目に隠れていることも神は明らかにされます。神はダビデの罪を公衆の前にさらけ出されました。権力者であれば、ダビデがするようなことは誰でもするでしょう。それにもかかわらず、ダビデは裁かれなければなりません。このバテシバを通じてソロモンが生まれ、このダビデ-ソロモンの系図からイエス・キリストが生まれたことをマタイ福音書は記します。「エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ・・・ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」(マタイ1:1-16)。マタイはあえて「ウリヤの妻によってソロモンが生まれた」と記します。それはキリストの系図もまた、汚れていたことを示すためです。人間は罪の中に生まれ、その罪を背負って生きる存在であり、その人間の罪を背負うためにキリストは来られたことを示すためです。私たちの系図も罪で汚れています。誰も知らない罪、隠しておきたい出来事、神は全てをご存知であり、それを承知の上で私たちを招かれています。
・今日の招詞にヨハネ8:11を選びました。次のような言葉です「女が、『主よ、だれも』と言うと、イエスは言われた。『私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない』」。姦淫の罪を犯した女性にイエスが言われた言葉です。イエスのもとに、人々が姦淫の現場で捕えた女を連れてきて、言いました「先生、この女は姦通をしている時に捕まりました。こういう女は石で打ち殺せとモーセは律法の中で命じています。あなたはどうお考えになりますか」。それに対してイエスは言われました「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、石を投げなさい」(ヨハネ8:7-8)。イエスの答えを聞いた者は「年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った」(同8:9)。自らを「罪なし」と言える者は一人も居なかったのです。イエスは身を起して女に言われました。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか」。女が「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われました「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」イエスはそれ以上、咎めようとせず女を赦されました。
・この女性はマグダラのマリアではないかと言われています。イエスが十字架にかけられた時、ゴルゴタの丘まで付き従い、イエスが葬られた後は、その墓に行き、復活のイエスに最初に出会った女性です。マグダラのマリアは、イエスの慈しみと、赦しにより新しく生まれ変わったのです。女を石打ちから守った温かい抱擁力、悔い改めを待つ忍耐、おおらかな罪の赦し、これらは全て主の慈しみ(ヘセド)からくるものです。神を信じる人とそうでない人は何が違うのでしょうか。共に罪を犯します。キリスト者は罪を犯した時、それを神に指摘され、裁かれ、苦しみます。その苦しみを通して神の憐れみ(ヘセド)が与えられ、また立ち上がることができます。神を信じることの出来ない人々は犯した罪を隠そうとします。「罪を犯した」と認めることが出来ないため、罪が罪として明らかにされず、裁きが為されません。裁きがないから、償いがなく、償いがないから赦しがなく、赦しがないから平安がない。罪からの救いの第一歩は、罪人に下される神の裁きです。「私は罪を犯した」と悔改めた時、神の祝福が始まることを聖書は繰り返し、私たちに伝えます。


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1. 神の都をたたえる歌

・詩編46編は「神はわれらの避け所また力、悩める時のいと近き助け」と歌い、多くの讃美歌の題材にもなってきました。宗教改革者マルチン・ルターは、この詩編をもとに新生讃美歌538番「神はわがやぐら」を書いたといわれています。ルターは歌います「神はわがやぐら、わが強き盾、苦しめる時の、近き助けぞ」と。詩編46編の主題は万軍の主に対する信頼です。8節、12節に「万軍の主は私たちと共にいます。ヤコブの神は私たちの砦の塔」と繰り返えされています。この世にいる限り私たちには苦難がありますが、神は私たちが受ける苦難をご存知であり、必ずそこにいて助けてくださると詩編46編は歌います。
・最初に詩人は、天地を支配される主をほめたたえます。主ご自身が「私たちの砦、避けどころ」であるがゆえに、大地や山々が揺れ動き、海が荒れ狂おうとも、私たちは恐れないと詩人は歌います。この避け所、ヘブル語マフセーはギリシャ語聖書ではエルピス(希望)と訳されています。「神こそ私たちの希望」と歌われているのです。「神は私たちの希望、私たちの砦。苦難の時、必ずそこにいまして助けてくださる。私たちは決して恐れない」(46:2-3a)。「地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも、海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々が震えるとも」(46:3b-4)。「山々が揺らぎ」、「海の水が騒ぎ」、「山々が震える」、いずれも創造以前の原始の混沌(カオス)を意味する言葉です。主は原始の混沌を秩序(コスモス)に変えて、天地を創造されたと聖書は語ります。だから「山々が揺らぎ、海の水が騒ぎ、山々が震える」とも、「私たちは決して恐れない」と詩人は語ります。
・2011年3月11日に東日本に大きな地震と津波が起こり、2万人近い方が亡くなり、多くの人が問いました。「神が愛であるならば、何故このような地震や津波を起こし、何万人もの命を奪われたのか」。しかし冷静に振り返ると、東日本を襲った地震と津波は、北米大陸プレートが過去に相当の回数行って来た自然界のリズムによるものです。自然災害は身に引き受けるしかありません。しかし自然災害でありますから、「山々が揺らぎ、海の水が騒ぎ、山々が震える」とも、私たちは決して恐れる必要がありません。対処法を神が示してくださるからです。
・天地を支配される方は、また歴史をも支配される方です。国々がどのように武力を誇ろうとも、主の前においては何の意味もなく、主の御声で地の力は溶けさり、主は住まいである聖所、神の都シオンを守って下さると詩人は歌います。「大河とその流れは、神の都に喜びを与える、いと高き神のいます聖所に。神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。夜明けとともに、神は助けをお与えになる。すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。神が御声を出されると、地は溶け去る」(46:5-7)。現実のイスラエルは東のメソポタミヤ、西のエジプトの二大帝国の狭間の中で、常に独立が脅かされ、繰り返し占領され、支配されてきました。その中で詩人は「主が共におられる故に私たちは揺るがない。主は弓を砕き、槍を折り、盾を焼かれて、地の果てまでも戦いを終わらせる方だ」との信仰を表明します。詩人は歌います「主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。主はこの地を圧倒される。地の果てまで、戦いを断ち、弓を砕き、槍を折り、盾を焼き払われる」(46:9-10)。
・詩人は、「私たちはこの主に依り頼んで国の平和を守る」と宣言します。「力を捨てよ、知れ、私は神。国々にあがめられ、この地であがめられる」(46:11)。「私たちは主に依り頼んで国の平和を守る」、と詩編は歌いますが、私たちの国は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と歌います(日本国憲法前文)。詩編と憲法前文の違いは、詩編は「主に依り頼んで国の平和を守る」と語るのに対し、日本国憲法は「諸国民の公正と信義に信頼して国の平和を守る」とします。でも本当に「諸国民の公正と信義に信頼」できるのか、近隣のロシアや中国、北朝鮮をそんなに信頼できるのか。信頼できないからこそ、日本は自衛隊を持ち、アメリカと軍事同盟を結んで、アメリカの核の傘の下で、「国の平和を守ろう」としています。

2.神の都とは何か

・「主が共におられる故に私たちは揺るがない。主は弓を砕き、槍を折り、盾を焼かれて、地の果てまでも戦いを終わらせる方だ」の信仰の背景にあるのは、「神の都シオンは永遠である」というシオン神学があります。イザヤは「万軍の主の御座であるエルサレムは滅びない」と宣言し、国際情勢の変動に動揺する為政者に対して、「恐れるな、平静であれ」と説き、「大国に頼るな」と戒めました。アッシリアが攻めて来た時、イザヤの預言通り、エルサレムを包囲した敵軍が撤退し、エルサレムは守られたという歴史があります。「主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた」(イザヤ37:36-37)。ペストが発生してアッシリア軍は大打撃を受け、退いたと言われています。ここからシオン神学が生まれました。エルサレムは神の都だから滅ぼされることはないと。
・それに対して後代の預言者エレミヤは、罪を犯した民を主は罰せられ、神はシオンでさえも捨てられると説きます。エレミヤの言葉を「聖なる都」に対する冒涜とした祭司たちは裁判でエレミヤの死刑を求め、シオンの不可侵性を守ろうとしましたが、エレミヤの預言通り、エルサレムは紀元前587年にバビロン軍に占領され、焼かれました。シオンは不可侵ではなかったのです。
・エルサレムが聖なる存在ではなく、神が聖なる方だと知った人々は、「争いを終わらせる主」を待望するようになります。ミカは歌います「終わりの日に、主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい、多くの国々が来て言う『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私たちに道を示される。私たちはその道を歩もう』と・・・主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(ミカ4:1-3)。「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」、この言葉はニューヨークの国連ビルの土台石に刻まれている言葉として有名です。20世紀は戦争の世紀でした。第二次世界大戦が終わった時、人々はもう戦争は止めようとして国連を組織し、武器を捨てるという決意で土台石にこの言葉を刻み込んだのです。

3.新しい天と新しい地

・今日の招詞にヨハネ黙示録21:1-2を選びました。次のような言葉です「私はまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。更に私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た」。この世は悪の世であり、支配者は権力を振るい、逆らう者は殺されていく不条理があります。しかしいつまでも悪の支配は続かない。「主は地の果てまでも、戦いを絶ち、弓を砕き、槍を折、盾を焼き払われる」方だとの信仰は新約にも継承されました。
・ヨハネ黙示録は、紀元95年前後、ローマ皇帝ドミティアヌスの時代に書かれました。ドミティアヌスは帝国全土に自分の像を祀らせ、これを神として拝むことを強制し、従わない者は迫害しました。多くのキリスト教徒は、「皇帝は人であり、神として拝むことは出来ない」として拒否し、捕らえられ、殺されて行きました。著者ヨハネも不服従の罪でパトモス島に流されています。そのパトモス島でヨハネは幻を見ました。ヨハネは証言します「私はまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった」(21:1)。「最初の天と最初の地」とは、古い世界、この現実世界のことです。ローマ皇帝が力で世界を支配し、従わない者を殺し、迫害の中で教会は消え去ろうとしている世界です。しかし、神が創り給うた世界はいつまでも悪の支配するところではない、古い世界は「去って行く」、そこから獣が出てきた混沌の象徴である海も消えていくとヨハネは知らされました。ヨハネは「聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来た」(21:2)のを見ます。
・エルサレムは、エル(神)・サレム(平安)と呼ばれました。神の平安の都が、現実の歴史の中では、争いや流血の場となっていました。エルサレムはアッシリア、バビロニヤ、ギリシャ、ローマといった諸帝国に次々に占領され、破壊の歴史を経験してきました。ヨハネ時代のエルサレムも、ユダヤ戦争の結果、ローマに占領され、神殿も破壊されています。その流血の町エルサレムが清められ、天から新しいエルサレムが降りて来る様をヨハネは見ています。そのような日が来るとの希望でヨハネ黙示録は閉じられています。ヨハネの教会を迫害した皇帝ドミティアヌスは手紙が書かれた1年後の紀元96年に暗殺され、迫害は終りました。その意味でヨハネの預言は成就したのです。しかしその後も迫害は繰り返し起こりました。人々はヨハネ黙示録の記すキリスト再臨を待望しましたが、キリストは来ませんでした。そして終末の時も始まらず、2000年の時が流れました。この終末とキリストの再臨をどのように考えるべきかが、現代の教会に与えられた課題です。
・「死の谷を過ぎて〜クワイ河収容所」という記録の中で、著者アーネスト・ゴードンはイギリス軍の将校として、日本軍の捕虜となり、鉄道工事に従事し、「死の谷」の収容所生活を送りました。マラリヤ、ジフテリヤ、熱帯性潰瘍等の病気に次々に罹り、「死の家」に運び入れられ、人生を呪いながら命が終わる日を待っていた著者のもとに、キリスト者の友人たちが訪れ、食べずにとっておいた食物を食べさせ、膿を出して腐っている足の包帯を替え、体を拭く奉仕をします。彼らの献身的な看護によって、著者は次第に体力を回復し、彼らを動かしている信仰に触れて、無神論者だった彼が聖書を読み始めます。そこに彼が見出したのは「生きて働いておられる神」でした。彼は書きます「神は私たちを捨てていなかった。ここに愛がある。神は私たちと共におられた」(176P)。詩編46編が歌うように、「万軍の主は私たちと共にいます。神は私たちの砦の塔」であることを彼は実感したのです。
・病をいやされたゴードンは仲間たちと共に奉仕団を結成して病人の介護を行い、死にゆく仲間の枕元で聖書を読み、祈り、励まし、死を看取ります。やがて無気力だった収容所の仲間たちから笑い声が聞こえ、祈祷会が開かれようになり、賛美の歌声が聞こえてくるようになります。彼はその時、思います「エルサレムとは、神の国とは結局、ここの収容所のことではないか」(202P)。彼もヨハネと同じ「新しいエルサレム」の幻を見たのです。彼は最後に書きます「人間にとって良きおとずれとは、人がその苦悩を神に背負ってもらえるということである。人間が最も悲惨な、最も残酷な苦痛の体験をしている時、神は私たちと共におられた。神は苦痛を分け持って下さった。神は私たちを外へ導くために死の家の中に入ってこられた」(383P)。「万軍の主は私たちと共にいます。神は私たちの砦の塔」なのです。


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