すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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02 10

2019年2月10日説教(ルカ10:17-24、弟子たちの派遣の意味)

1.十二人の派遣と七十二人の派遣

・ルカ福音書を読み続けています。ルカは9章1節以下でイエスが十二人を派遣されたことを伝えます。「イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わされた」(9:1-2)。この十二人の派遣はルカだけでなく、マルコ、マタイにもあります。おそらくイエスが弟子訓練のために送ったものでしょう。ところがルカ10章にはそれとは別に七十二人の弟子たちを諸方に送ったとルカは記します「その後、主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた」(10:1)。この七十二人の派遣はルカのみにあります。この記事は何を意味するのでしょうか。
・七十二人は聖なる数です。また当時の世界全体の民族の数を示すとも言われています。ここにあるのは世界全体に遣わされていく神の民の姿です。「十二人の派遣」は、「イエスが派遣された」とルカは記しますが、「七十二人の派遣」の場合は「主は遣わされた」とルカは区別しています(ここでは復活者イエスを指す「主」(ホ・キュリオス)が用いられています)。またここにある「遣わす」という言葉には、「アポテロー」という言葉が用いられています。後に使徒を示す「アポストル」の原語になった言葉です。
・おそらく、七十二人の派遣は生前のイエスによる派遣ではなく、復活後のイエスによる派遣命令をルカがここに記したと理解するべきでしょう。彼らに与えられた使命は宣教すること、「神の国が近づいた」と告知することです。しかし現実は厳しい「私はあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ」と言われる厳しい現実です(10:3)。復活されたイエスにより派遣されて、パレスチナやシリアで福音を告知した最初期の巡回伝道者たちが、周囲から激しい反対と迫害を受けた状況を反映している記事ではないかと思われます。そして17節から帰着した弟子たちの報告が語られます。

2.七十二人が帰って来る

・派遣された七十二人の伝道者は帰着し、彼等は伝道の成功を喜び勇んで報告します。「主よ、お名前を使うと悪霊さえも私たちに屈服します」(10:17)。それに対してイエスは「私はサタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を私はあなたがたに授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つない。しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」(10:18-20)と語られます。復活のイエスは伝道隊の成功の喜びと派遣する際の心配を、天上から転落する悪魔や、蛇やさそりなど忌むべき存在を用いて象徴的に語られ、成功に浮かれないようと彼等に伝えられます。
・21節以降のイエスの言葉は、イエスの派遣命令を受けて伝道活動を行う弟子たちへのイエスの祝福でしょう。イエス復活後の福音告知活動において、霊感を受けた預言者が、「アーメン、私はあなたたちに言う」という定式で、主イエスの言葉を語り、それが主イエスの言葉として共同体に伝承され、福音書に残されたものと思われます「そのとき、イエスは聖霊にあふれて言われた。『天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ。これは御心に適うことでした。すべてのことは、父から私に任せられています。父のほかに子がどういう者であるか知る者はなく、父がどういう方であるかを知る者は、子と、子が示そうと思う者のほかには、だれもいません』」(10:21-22)。
・今、弟子たちは、復活されたイエスに出会い、その栄光を拝し、そのイエスから遣わされて、イエスがなされる力ある業を体験しています。彼らは預言者たちによって約束され、王たちによって予表されていた終末の時代を体験しています。「それはなんと幸いなことか」と復活者イエスは彼らを祝福されます。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである」(10:23-24)。神の国は既に来ている、だからあなたたちは力強い業を為すことが出来るとイエスは約束されています。これは現在、教会に集う私たちにも贈られた言葉です。

3.イエスを見送った弟子たちに聖霊が与えられた。

・今日の招詞に使徒言行録1:10-11を選びました。次のような言葉です「イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる』」。ガリラヤで再度の召命を受けた弟子たちはエルサレムに戻ってきます。そのエルサレムに戻った弟子たちへ復活のイエスは語られます「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられる」(使徒1:4-5)。
・弟子たちは尋ねます「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」(使徒1:6)。最後の晩餐の時、イエスは言われました「あなたがたは、私が種々の試練に遭った時、絶えず私と一緒に踏みとどまってくれた。だから、私の父が私に支配権をゆだねてくださったように、私もあなたがたにそれをゆだねる。あなたがたは、私の国で私の食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる」(ルカ22:28-30)。王国はイエスを王として再建される、キリストが死から復活されたからには、約束の時は来たのではないか。「今こそあなたが王座につかれる時、王国回復の時ではないか」と弟子たちは問うたのです。
・しかしイエスの答えは意外なものでした「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる」(使徒1:7-8)。「神の国がいつ来るかは、父なる神がお決めになることで、あなたがたはそれを待てばよい。今あなたがたの為すべきことは、イスラエルだけではなく、全世界に神の国の福音を伝えていくことだ」と。弟子たちは、エルサレムに神の国が建てられ、自分たちが支配者になると期待していたのに、逆に自分たちがエルサレムから出て行くことを通して神の国を造って行かなければいけない。呆然とする弟子たちの前をイエスは昇天して行かれました。
・弟子たちはぼんやり天を見つめていました。その弟子たちに天から声がありました「なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」(使徒1:11)。天に帰られたイエスは再びおいでになる、そのことを準備するために、あなた方は為すべき事をしなさいと天からの声は促します。この声に促されて、弟子たちはエルサレムに戻り、仲間と心を合わせて祈り始めます。
・そして準備の整った弟子たちに聖霊降臨の時が与えられ、弟子たちは宣教の旅に出かけていきます。彼等は伝道の成功を喜び勇んで主に報告します。その言葉がルカ10章に再録されているのです。「主よ、お名前を使うと悪霊さえも私たちに屈服します」(10:17)。聖霊に押し出されて語られた言葉は、多くの人々の心を動かし、それは人々に「どうしたら救われますか」という悔い改めを促しました。聖霊が働いて弟子たちに言葉を語らせ、聖霊が働いて人々にそれが真実であることを悟らせました。信仰を与えられた者が召され、宣べ伝えることを通して、人は聞き、信じ、呼び求めるようになります。
・聖霊に促された言葉は傍観者であった群集を変え、回心者が与えられ、この回心者がまた祈り求めて、やがて語る者に変えられていきます。皆さんもかつて聞いて回心し、バプテスマを受けました。今、皆さんに求められているのは、聞く者から語る者へと変わることです。ルカは何故七十二人の宣教を語ったのか、それは伝道とは召命を受けた少数者が行う業ではなく、全員で行う働きであることを示すためです。「収穫は多いが、働き手が少ない」(10:2)。どの町にも村にも、イエスの助けを必要とされる人がたくさんいます。その人たちに福音を告げ知らせるのは、牧師だけではだめなのです。牧師一人が語っても、その言葉は広がりを持ちません。皆さんが語ることにより、働きが拡大されて行きます。聖霊を共にいただき、この教会を、「地上におけるキリストの体」として形成していく役割が私たちに与えられています。
・バプテスマを受けていない人は、ぜひバプテスマを受けていただきたい。バプテスマを受けるとは、傍観者から参加者になることです。まだ私たちの教会に属していない人は、ぜひ教会に加わっていただきたい。この教会を通して為される神の業に、共に参加してほしい。教会員の方には、この教会を通して神は働かれるとの信仰に固く立ち、迷わないでほしい。つまずくこともあるでしょうが、そのつまずきを超えて、この教会の礎になっていただきたい。教会は死んだイエスを記念するために集まる場所ではありません。生きて世界を支配されるイエスから、聖霊をいただいて、この世に出て行く力を与えられる場所なのです。


カテゴリー: - admin @ 07時58分21秒

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2019年2月3日説教(ルカ7:1-17、神の国のしるしとしてのいやし)

1.百人隊長の僕をいやす

・ルカ7章には二つのいやしの物語が記されています。一つは百人隊長の僕のいやしです。ルカは記します「ある百人隊長に重んじられている部下が、病気で死にかかっていた。イエスのことを聞いた百人隊長は、ユダヤ人の長老たちを使いにやって、部下を助けに来て下さるように頼んだ」(7:2-3)。百人隊長はイエスに面識がなく、ただイエスの癒しのうわさを聞いていました。だから部下が死の病にかかった時、イエスならばいやして下さるのではないかと思い、知り合いのユダヤ人長老たちにイエスへの紹介を願いました。彼はガリラヤ領主ヘロデの宮廷のあったカペナウムにおり、ヘロデに仕える異邦人軍人であったと思われます。彼はまだユダヤ教に改宗してはいませんが、安息日にはシナゴークで礼拝を行う「神を畏れる者」でした。ユダヤ人長老たちは彼をイエスに推薦します「あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。私たちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです」(7:4-5)。
・彼は重い身分の軍人であるのに謙遜です。異邦人と交際しないユダヤ人の習慣を重んじて、「私はあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ですから、私の方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。ひと言おっしゃってください。そして、私の僕をいやしてください」(7:6-7)と語ります。彼は権威の意味を知っている人です「私も権威の下に置かれている者ですが、私の下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、その通りにします」(7:8)。百人隊長の謙虚な信仰をイエスは称賛されます「イスラエルの中でさえ、私はこれほどの信仰を見たことがない」(7:9)。隊長の部下の病はその時いやされたとルカは記します(7:10)。
・イエスは百人隊長のどこに信仰を見られたのでしょうか。おそらく「イエスの言葉に絶対の信頼を置いた」ことに感動されたと思われます。百人隊長は言いました「お言葉だけをください。そうすれば私の僕の病気は治るでしょう」(7:7)。「イエスの言葉にはその力がある」、「イエスは神から来られた方だ」との信仰が僕のいやしを導きました。マルコは「(イエスは故郷ナザレでは)、ごくわずかの病人に手を置いて癒されただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった」(6:5)と書きます。ナザレの人々はイエスをよく知っているためにイエスの力を信じることが出来ませんでした。もし村人らが、イエスに信頼を寄せることができれば、イエスはもっと多くのいやしの業をされたでしょう。信仰のないところでは神の祝福は限定されるのです。いやしは今日でも起こるのでしょうか。起ると思います。ただこれは神の業であり、人間の希望の通りになるものではないことは当然です。

2.やもめの息子を生き返らせる

・二番目の癒しはやもめの息子のよみがえりです。この物語は他の福音書には記載がなく、ルカだけが伝える物語です。イエスは一人息子の死を悲しむやもめを、「憐れに思われました」(7:13)。この「憐れむ」という言葉、ギリシャ語「スプラングニゾマイ」は内臓=スプランクノンから来ています。この女性は先に夫を亡くし、今は子を亡くした。これから先、どうやって暮らしていけばよいのか、わからない。イエスはやもめのやるせない悲しみを見て、はらわたが引き裂かれるように憐れみを覚えられたとルカは記します。イエスは「死体に触れてはいけない」という当時の律法の禁止規定を超えて、「近づいて棺に手を触れ」、言われます「若者よ、あなたに言う。起きなさい」(7:14)。すると「死人は起き上がってものを言い始めた」(7:15)。死んだ人間がよみがえった、信じられないことが起こり、人々は、イエスの力に驚嘆します。「大預言者が我々の間に現れた」、「神はその民を心にかけてくださった」と人々は叫び(7:16)、「イエスについてのこの話しは、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった」(7:17)とルカは記します。
・何が起こったのでしょうか。日常の世界では、このような奇跡は起きません。私たちは、この物語は人間の物語ではなく、神の物語であることに留意すべきです。「若者よ、起きなさい」の「起きる」という言葉には「エゲイロー」というギリシャ語が使われています。また「大預言者が現れた」の「現れた」もまた「エゲイロー」です。ギリシャ語辞典によると、エゲイローという言葉は「起こされた、復活させられた」という意味であり、イエスの復活を描写する時に用いられます。つまりルカはここに復活者イエスの出来事を描き込んでいるのです。ルカがこの福音書を書いた時には、イエスは既に十字架の死からよみがえり、天に昇られ、そこから自分たちを見ていて下さると弟子たちは信じていました。そして天のキリストは、死を克服された方、パウロが「死は既に滅ぼされた、死は勝利に飲み込まれた」と宣言した方です(第一コリント15:54)。十字架を通り、墓からよみがえられたイエスの力が、今、死んだやもめの息子の上に働いたとルカは証ししているのです。ルカは「ナインのやもめの息子がよみがえった」という伝承に、教会の復活信仰を組み込んで福音書を構成しています。
・死者のよみがえりは、人間にとっては、驚くべき、信じがたい出来事です。しかし、よみがえった人もやがて死ぬという意味では、神の前では特段に驚くべき出来事ではありません。本当に驚くべきことは、「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられた」(第一コリント15:20)という福音の告知です。「キリストが死からよみがえられた、死は滅ぼされた。だから私たちも終わりの日によみがえる希望を与えられた」ことです。ルカはこの物語を通して、「私たちの人生は死では終わらない」ことを伝えようとしているのです。

3.神の力に信任する

・今日の招詞にルカ7:22を選びました。次のような言葉です「それで、二人にこうお答えになった。『行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている』」。今日の話に続く箇所です。洗礼者ヨハネの弟子が来て「来るべき方はあなたなのですか」とのヨハネの質問をイエスに伝え、それに対してイエスが答えられた言葉です。
・洗礼者ヨハネはイエスの師でした。ヨハネは、「終末の裁きの時が近づいた」と宣言し、人々に「悔改め」を迫りました。人々はヨハネの宣教に心動かされ、故郷ナザレにおられたイエスもユダヤに来られ、ヨハネからバプテスマを受けられました(3:21)。イエスは受洗後も、しばらくはヨハネの下で学びを深められましたが、次第にヨハネの言動に違和感を持たれるようになります。ヨハネのように「罪びとを断罪し、悔い改めに至らせる」ことが、果たして「神の国の良い知らせなのか」と疑念を持たれたのです。
・やがてヨハネはガリラヤ領主ヘロデ・アンテイパスを批判して捕えられ、死海のほとりのマケロス要塞に幽閉されます。イエスはそれを契機にヨハネ教団から独立して、宣教を始められます。やがてイエスの評判が獄中のヨハネに届きます。ヨハネの使信は、「裁きの時は近づいた、悔改めなければおまえたちは滅ぼされる」というものでした。ヨハネが期待したメシアは、不信仰者たちを一掃し、新しい世を来たらせる裁き主でした(3:9)。しかし、イエスは罪人と交わり、貧しい人を憐れみ、病人をいやされている。裁きの時に罪人は滅ぼされる運命にあるのに、イエスは罪人の救いのために尽力されている。
・だからヨハネはイエスに尋ねます。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」(7:19)。ヨハネにイエスはお答えになります。「神の国は既に来ている。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされているではないか」と。イエスは人々に、天の父が彼らを愛し、養い、導いて下さることを告げ知らせ、その喜ばしい知らせのしるしとして、病や悪霊からのいやしがあることを告知されます。
・いやしは今日でも起こるのでしょうか。起ると思います。本田哲郎神父は聖書のいやしについて語ります「文字通り“いやす”という言葉“イオーマイ” が出るのは、マタイとマルコで合わせて五回しかない・・・あとはすべて“奉仕する”という意味の、“セラペオー”が用いられる。英語 Therapy の語源となった言葉で、これを病人に当てはめると、“看病する”、“手当てする”となる。イエスにとって、神の国を実現するために本当に大事なことは、“いやし”を行うことではなく、“手当て”に献身することであった。イエスが為されたのは病の治癒ではなく、病人の苦しみに共感し、手を置かれる行為だった、その結果ある人々の病がいやされていった」と本田氏は語ります(「小さくされた人々のための福音」)。
・私たちは自分たちに出来るいやしの業に取り組む必要があります。私たちは足の不自由な人に、「起きて歩け」ということは出来ません。しかし、足の不自由な人が、教会に来ることが出来るように、玄関の段差をなくし、車椅子のままトイレを使えるように教会を整えることは出来ます。私たちは、病気で寝ている人の病気を治すことは出来ません。しかし、寝ている人を訪ね、その枕元で一緒に讃美することは出来ます。日曜日に教会に来ることが出来ない人のために、私たちは自分の家を解放して、家庭集会を行うことは出来ます。私たちは足の悪い人の足をいやすことは出来ませんが、イエスの前にその人を運ぶことはできます。そしてイエスは「私たちの信仰を見て」行為されます。イエスの前に人を運ぶ、その先は、赦しと癒しの権能を持たれるイエスにお委ねする。教会は多くのいやしの業を行うことが出来るのです。


カテゴリー: - admin @ 08時05分44秒

01 27

2019年1月27日説教(ルカ5:27-32、罪人を招くために来られたイエス)

1.徴税人と食事するイエスを批判する人々

・ルカ福音書を読んでいます。ルカは「イエスは"霊"の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた」(4:14-15)と記します。イエスが伝えたのは福音、すなわち「父なる神はあなたがたを救うために私を遣わされた」という喜びの訪れです。他方、当時の宗教指導者、ファリサイ派や律法学者たちは、裁きを伝えました「神の定めた律法を守らない者は裁かれる。だから律法を守りなさい」と。赦しの福音を伝えるイエスは、律法を守ることにより人は救われると強調するファリサイ派の人々と衝突されます。
・イエスはガリラヤ湖畔、カペナウムの収税所にいたレビに「私に従いなさい」と招かれます(4:27)。レビは徴税人です。徴税人は支配者ローマのために税金を集める仕事をしていましたので、不浄な異邦人の手先として働く汚れた者とされ、またしばしば不正の徴収を行なっていたため、人々から憎まれていました。イエスはその徴税人レビに、私の弟子となりなさいと招かれました。これは通常はありえないことです。ユダヤ教の教師は罪人とされた徴税人とは交際しない、ましてや弟子に招くことなどありえない。それなのにイエスはレビを招かれました。レビは招きに感動してイエスに従います。
・ある説教者はこの徴税人の名前がレビであること、レビ族は祭司階級としてユダヤでは尊敬されていた階級だったことから、彼は祭司階級であるのに徴税人になり、親族からも排除されて孤立していたのではないかと想像します。彼は徴税人であるために、社会から疎外され、差別されていました。その彼に評判の高いラビが声をかけ、弟子として招いてくれました。レビはその感謝の気持ちを示したいと願い、イエスと弟子たちのために食事会を催しました。
・席上にはレビの同僚である仲間の徴税人も招かれ、また「罪人」と言われる人々もそこにいました。ここでいう罪人とは犯罪者ではなく、律法を守らない、あるいは守れない人々、宗教的な罪人です。律法を守らない人々は罪人と断罪され、食肉業や皮なめし職人、動物を飼う羊飼い等の職業に就く者は不浄な者、汚れた者とされていました。その人々がイエスや弟子たちと同じ食卓についている。ファリサイ派の人々にとってそれはしてはいけない行為でした。だから彼らはつぶやきます「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」(5:30)。ファリサイ派、分離する者、律法を厳守し、自らの清さを守るために汚れた者から分離する故にそう呼ばれ、自ら「敬虔な者たち」と自称していました。
・その彼らにイエスは言われました「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である」(5:31)当たり前の言葉と思われますが、文脈を考慮すれば、かなり辛辣な批判の言葉です。「病人」とはイエスの周りに来た徴税人や罪人を指し、「丈夫な人たち」とはそのイエスの交友を批判した律法学者たちを指します。それに続く言葉はもっと辛辣です「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(5:32)。イエスは「神の国に招かれるのはあなたがたではなく、あなたがたが批判するこの人たちだ」と言われているのです。この言葉は罪人として排斥されていた人々にはまさに福音でありますが、自分を正しいとする人々へは厳しい批判の言葉になっています。だからイエスはファリサイ派や律法学者たちから憎まれ、やがては十字架死へと追い込まれていきます。

2.自分は正しいとする人はそうでない人を排斥する

・イエスは「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と言われました。自らを正しいとする人は律法を守らない、あるいは守れない人を排斥することによって、自分の正しさを維持しようとします。現代のキリスト者の一部の人々は「キリスト者たる者は禁酒禁煙であるべきだ」と考えます。自分が禁酒禁煙の人は他の人々がお酒を飲み、煙草を吸うことに耐えらず、何時の間にか禁酒禁煙が信仰の中心、律法になってしまいます。日本にキリスト教を伝えた宣教師の多くは禁酒禁煙のピューリタン信仰の伝統の中で育って来ました。だから彼らは言います「あなたは酒を飲み、煙草を吸う。それでもクリスチャンですか」。これは「どうして徴税人や罪人と一緒に食事をするのですか。あなたは本当に教師なのですか」とイエスに詰め寄ったファリサイ派と同じです。イエスはカナの婚礼で水をぶどう酒に変えて「飲んで楽しみなさい」と言われました(ヨハネ2:11)。またレビたちの会食の場でもぶどう酒が振舞われ、イエスも飲んで楽しまれたと思われます。それなのにイエスに従う宣教師たちが、「お酒を飲む人々は地獄に堕ちます」と主張するのはおかしいはずです。しかしそれをおかしいと思わないのが律法主義の怖さです。
・ファリサイ派たちはイエスと弟子たちに迫りました「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」と。ルカはパウロに従って異邦人伝道を行っていたギリシャ人であり、ルカの教会はユダヤ人と異邦人の信徒が入り混じっていた教会です。ユダヤ人から見れば異邦人は神の民ではない「汚れた民族」です。おそらく他のユダヤ人教会からは、「何故異邦人と共に食事をするのか」と非難されていたと推測されます。使徒言行録11章にローマ人百人隊長コルネリウスに洗礼を施したペテロがエルサレム教会に戻ると、仲間の使徒たちから、「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」(使徒11:3)と非難されています。私たちの中にある差別意識が、いつの間にか私たちの信仰をゆがめてしまう出来事がここにあります。今、私たちの礼拝に汚い身なりのホームレスの人が突然参加されたら、私たちも眉を顰めるかもしれません。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」と私たちも問われているのです。

3.律法ではなく福音を

・今日の招詞にルカ5:33-34を選びました。レビの召命に続く箇所です。「人々はイエスに言った。『ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています』。そこで、イエスは言われた。『花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか』」。イエスの時代には敬虔な人々は週2回月曜日と木曜日に断食しており、断食しない者は律法を守らない者と批判されていました。レビがイエスを宴会に招いた日はその断食日に当たっていたのでしょう。「断食日に飲み食いするとは何事か、それでも律法の教師なのか」とファリサイ派はイエスに迫りました。
・それに対してイエスは答えられます「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか」(5:35)。イエスは断食を否定されていません。しかし「今は婚礼の時ではないか、断食をするのは悲しみの時であり、今はその時ではない」と言われています。このすれ違いは「神の国」に対する理解の違いから来ます。パリサイ人にとって神の国に入るのは律法を守っている人々でした。だから彼等は必死になって律法を守ろうとしました。イエスにとって神の国に入る人は、神の招きに応える人でした。徴税人としてこれまで疎外されてきたレビが、悔改めてイエスの招きに応じました。「今日はそのレビが救われた祝宴の日ではないか、祝宴の日に何故断食するのか」とイエスは言われています。
・レビに代表される徴税人や罪人たちは、自分自身を正しいとは露ほども考えていませんでした。自分自身の罪を知りながら、しかし自分の力ではどうにもできず、苦しんでいました。イエスはそれゆえにレビを弟子に招かれたのです。ある牧師は述べます「イエスがレビを弟子として召されたのは、レビが弟子としてふさわしかったからではなかった。ただレビが医者を必要としていた病人であったからである」。この招きによってレビの人生は変えられていきます。
・イエスがレビに心を開き、彼に使命をお与えになったことを通して、レビは救われて行きました。この様な行動であれば、私たちも出来るのではないでしょうか。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」(2:17)。今日の礼拝に来ているみなさんは、ある意味で「丈夫な人」であり、礼拝から心の糧をいただいて生かされています。皆さんには医者はいらないかもしれません。しかし医者を必要とする人がいます。「心身の病のために長く礼拝を休んでいる人々」を私たちは知っています。「心にわだかまりを抱え、礼拝に来ることのできなくなった人々」の顔を私たちは思い浮かべます。「礼拝に来る必要を認めなくなった人々」が私たちの周りにもおられます。その人々こそ、意識する、しないにかかわらず、医者の手当を待っている人々です。彼らこそ私たちのレビです。そして私たちがレビを訪問し、電話をかけ、週報を届ける行為を行えば、ルカ5章の物語が、再現されるのです。
・ファリサイ派の人々は、徴税人や罪人と交わるイエスを許せませんでした。この不寛容がイエスを十字架にかけました。その十字架を仰ぐ私たちはもうファリサイ派と同じ過ちを犯してはいけません。もしかしたら私たちは自分を「社会人として、家族人として、やましいところはない」と考えているのかもしれません。しかしその時、私たちもまたファリサイ派の罠に陥り、救いを求めて教会に来た人々を排除しているのかもしれません。「イエスがレビを弟子として召されたのは、レビが弟子としてふさわしかったからではなかった。ただレビが医者を必要としていた病人であったからである」。レビはイエスを必要としていた、だからイエスはレビを招いて下さった。私たちもイエスを必要としていた、だからイエスは私たちを招いて下さった。その招きに答えて、私たちもイエスに従う行動が求められているのです。


カテゴリー: - admin @ 08時07分30秒

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2019年1月20日説教(ルカ5:1−11、招きに応えた時に起こるもの)

1.ペテロの召命

・ルカ福音書を読んでいます。ルカ5章はペテロの召命の記事です。イエスがガリラヤ湖畔におられた時、群衆がイエスの元に押し寄せてきたので、イエスは地元の漁師であるペテロに船を出すように頼み、船の上から群衆に教えられたとルカは記します(5:1-3)。ペテロと仲間たちは夜を徹して漁をしましたが、何も取れず、気落ちして網を洗っていたところでした(5:5)。ペテロは船上で語られるイエスの言葉を聞いていますが、何も感じません。漁の不作で心がふさがれていたためです。ペテロが求めているものは何か、イエスは承知しておられました。だから言われます「沖に出て網を降ろしなさい」(5:4)。漁は夜に行うのが通常であり、昼に漁をしても収穫が少ないことをペテロは経験から知っていました。ペテロは漁師であり、漁の専門家でした。他方イエスは漁のことに関しては素人です。しかし、ペテロはイエスに姑の病気を治してもらったことがあり(4:38-39)、またその説教も時々聞いて感服していたので、断るのも気がひけました。
・ペテロは「先生、私たちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えて網を降ろしました(5:5)。すると、多くの魚が網にかかり、網が張り裂けそうになりました(5:6)。ありえないことが起こりました。ペテロはこれを見てイエスが神の人であることを知り、恐れて、「主よ、私から離れてください。私は罪深い者なのです」(5:8)と言います。ペテロはこれまでイエスを律法の教師(ラビ)とみて、イエスを「先生」(エピスタテー)と呼んでいました(5:5)。しかし今、ペテロは驚くべき出来事を目の前に見て、自分が神の人の前に立っていることを知ります。ですから彼はイエスを「先生」ではなく、主(キュリオス)と呼びます。ペテロの中で何かが変わったのです。そのペテロに、イエスは「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」(5:10)と招かれます。そこにはペテロだけでなく、仲間の漁師たちもいましたが、彼らは全てを捨てて従ったとルカは伝えます。この弟子たちの召命の記事は私たちに「信仰とは何か」について多くのことを教えます。

2.イエスの招き

・夜通し働いても一匹の魚も取れず、疲れきって網を洗う現実がこの世にはあります。教会の業である牧会や伝道も、ある意味で徒労と虚しさとの戦いです。クリスマスやイースターの時に、数千枚のチラシを播いても誰も来てくれない時もあります。また一度は教会の礼拝に参加されても、その後二度と来ない方も多くあります。また、熱心に教会に来ていた方が牧師や信徒の一言で躓き、教会を離れることもあります。人間の智恵や経験では教会は形成できないと思います。限界があります。その限界を超えるものがイエスの呼びかけです。
・一晩中働いても一匹の魚さえ取れなかったペテロに言われたように、「もう一度やって見なさい」とイエスは言われます。そのイエスの招きを受けて、「無駄かもしれませんがやってみましょう。お言葉ですから」とペテロは答えました。これが応答であり、その時、虚しい現実が豊かなものになる経験を人はします。ペテロが経験したように「おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった」ことを見ます。その圧倒的な神の力に接した時、人は神の前にひざまずきます。イエスを「先生」と呼んでいたペテロが、イエスを「主」と呼び、自分の罪を告白します。罪の自覚、悔改めは恩恵の感動の中で生起するのです。
・イエスの復活を信じることの出来なかった12弟子の一人、トマスが経験したのも同じ感動でした。トマスはイエスが復活して最初に弟子たちに現れた時、そこにいませんでした。トマスは「復活のイエスに出会った」と語る弟子たちに言います「私は、その手に釘あとを見、私の指をその釘あとにさし入れ、また、私の手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」(ヨハネ20:25)。人間は見なければ信じることは出来ない存在です。そのトマスのためにイエスは再度現れ、自分の目で復活のイエスを見たトマスは、理屈抜きでイエスの前にひざまずきます「わが主よ、わが神よ」(ヨハネ20:28)。この信仰の体験、人知を超えた神の力、働きに触れることなくして信仰は生まれません。生きた神の現臨に触れる、その体験におののくことがなければ、頭だけの信仰では続きません。信仰は自分の身に起こった出来事への感動、応答なのです。
・罪を告白した者には祝福が与えられます。それは「恐れ」からの解放です。信仰生活を送るとは、主に委ねることが出来るので全ての恐れから解放されることです。イエスはペテロに言われました。「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になる」(5:10)。だから人は全てを捨てて従うことが出来ます。ルカは記します「そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った」(5:11)。

3.私たちの応答

・信仰にはこの原体験が必要です。では、どうすればこのような信仰体験をすることが出来るのでしょうか。招きに応答すること、「お言葉ですから」と従ってみること、それが一番大切なことです。神が命じられることを文字通りやってみる、聖書の教えの何か一つでも徹底的にやってみる時、私たちは不思議な体験をします。今日の招詞にヨハネ21:6を選びました。次のような記事です「イエスは言われた。『舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ』。そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった」。ヨハネ21章は、エルサレムで弟子たちの前に現れた復活のイエスが、三度目にガリラヤにおいて弟子たちに現れたと証言します。「シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それにほかの二人の弟子が一緒にいた。シモン・ペトロが、『私は漁に行く』と言うと、彼らは『私たちも一緒に行こう』と言った。彼らは出て行って舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった」(21:1−3)。エルサレムでイエスから宣教命令を受けたはずのペテロたちが、イエスの十字架に心を崩され、今は故郷ガリラヤで漁師に戻っています。
・彼らはイエス亡き後、何をして良いのかわからなかった。「その夜は何もとれなかった」、福音を宣教するといってもどうしてよいのかわからない。だから元の職であった漁師の仕事に戻っていたとヨハネは記します。イエス亡き後、弟子たちは限界にぶつかっていました。その限界を超えるものがイエスの呼びかけです。一晩中働いても一匹の魚さえ取れなかったペテロたちに、「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」とイエスは言われます(21:6)。聖書では右は神の側、左は人間の側を示します。人間的な判断でガリラヤの漁師に戻っていたペテロたちに、「神の力を信じなさい」とイエスは言われたのです。
・イエスの言葉に従って「網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった」(21:6)という出来事が起こりました。弟子たちは、初めは、岸に立ち、声をかけた人がイエスだと分からなかったようです。しかし愛弟子と呼ばれたヨハネは気づきました。「イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、『主だ』と言った。シモン・ペトロは『主だ』と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟に戻って来た」(21:7−8)。ペトロの後ろから、多くの魚を積んで重くなった舟が続きます。岸に着くと、彼らは網を下ろし、イエスと共にパンと魚で食事をとります。
・このヨハネ21章の物語はルカ5章弟子たちの召命物語とそっくりです。失望して何をしてよいかわからない弟子たちに復活のイエスが現れた、そのイエスの顕現伝承をもとにルカが弟子の召命物語を書いているのです。ネパールで医療支援活動をしているJOCS(キリスト教会海外医療協力会)の標語が、「舟の右側に網を下ろしなさい」というヨハネ21:6の言葉です。食べるものがない子供たちに食べ物を与えるのではなく、漁の仕方を教えることを通して、魚を取る業を教える。ネパールで十分な医療を受けられない人に対し、医師や看護婦を派遣して医療を与えるだけではなく、ネパール人の医師や看護婦を養成するための活動に従事する。医療を提供するだけでは、派遣の医師や看護婦がいなくなれば、元の木阿弥です。しかし、現地で医師や看護婦を養成すれば、派遣者がいなくなっても、医療活動は続きます。この団体において、「舟の右側に網を下ろしなさい」という聖書の言葉が彼らの活動を規定する力になっています。
・私たちも今日の御言葉「舟の右に網を下ろす」と言うことが、私たちの毎日の生活にとって何なのかを求め始めた時、復活のキリストに出会います。聖書では、右は神への道であり、左は人間の思いです(マタイ25:33、羊は右へ、山羊は左へ)。どうすれば私たちの業ではなく神の業が現れるかを考えた時、私たちは、そこに何かが生まれていくことを見ます。「どうせだめだ」として網を降ろすことを拒否した時、そこには奇跡は起こりません。だめでもいいから、イエスが言われるのだから、網を降ろす時、そこに驚くべき出来事が発生します。これは多くの人が経験している出来事です。個人の信仰も教会の形成もこの驚き、この感動が基本となって形勢されています。この恩恵の体験を通じて人は信じる者とされ、教会はイエスを「主」と仰ぐものにされていいきます。「信仰とは私が信じるのではなく、信じる者にさせられていく出来事」なのです。ドイツの神学者ゴルヴィッアーは語ります「教会はイースター(キリストの復活)の後に起こったのではなく、ペンテコステ(弟子たちへの聖霊降臨)と共に始まったのでもない。教会はペテロがイエスの言葉に従って網を降ろし、驚くべき出来事を経験した時に起こったのだ」。正にそうだと思います。


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1 故郷ナザレでのイエスの宣教

・イエスはヨルダン川で洗礼を受けられた後、ガリラヤに戻られ、その地で宣教の業を始められました。ルカは記します「イエスは"霊"の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた」(4:14-15)。ガリラヤ各地を巡回された後、イエスは生まれ故郷のナザレに行かれました。各地でのイエスの言葉と癒しの業は、評判となり、ナザレにも伝わっていましたから、人々は郷里出身の評判の預言者の話を聞こうと、会堂に集まって来ました。当時のユダヤでは、安息日に人々は会堂に集まり、最初に律法(モーセ五書)が読まれ、その後に預言書が読まれました。会堂に入られたイエスは係りの者から巻物を渡され、読まれました。預言書イザヤ61章の箇所でした。その箇所が、ルカ4:18−19に再録されています。もう一度確かめてみましょう。
・「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」。イエスが聖書を読み、席に着かれると、会堂にいるすべての人の目が、イエスに注がれました。何事かを期待する目でした。当時のユダヤの人々は約束の成就を待ち望んでいました。ユダヤは、ローマの植民地であり、ローマへの税金と、ローマが任命した領主への税金の二重の取り立てがあり、もし払えなければ妻や子を売り、それでも払えなければ投獄されました。
・また、多くの人々は自分の土地を持たない小作人でした。地主は都市に住む貴族や祭司たちで、彼らは収穫の半分以上を徴収しました。ですから小作人の手元に残るものは少なく、豊作の時でさえ食べてゆくのがやっとで、天候が悪く凶作になれば飢え、病気になれば医者にもかかれず死ぬばかりの生活でした。ですから彼らはひたすら救い主を待ち望み、この生活が変えられる日を待望していました。その彼らが注目する中で、イエスは「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき実現した」と話されたのです。「救いが今ここに来た」と宣言されたのです。

2 イエスの真の姿を見ようとしないナザレの人々

・イエスは人々の困窮を憐れんでイザヤ書「主の救いの年」の預言を語られました。同時にご自身がその困窮から人々を救い出す救い主であることを宣言されました。19節「主の恵みの年」は、「ヨベルの年」を指しています。ヨベルの年についてはレビ記25:8−17に書かれていますが、古代のイスラエルでは50年ごとに債務が免除され、奴隷は解放される定めがありました。そのとき雄牛の角で出来た笛(ヨベル)を吹きならして知らせたので、ヨベルの年と呼ばれました。そのいわれは、エジプトで奴隷として苦しんでいた民が主に救われ、今のような安泰な生活ができる。だから感謝のしるしとして、苦しんでいる人々の債務を赦してあげ、奴隷も解放しなさいという規定です。
・イエスは言われました「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき実現した」、今、そのヨベルの年が来ている。あなた方の債務は免除され、苦しみから解放される。今、それを知らせるために、父なる神から油を注がれた私が、ここに来ていると宣言されたのです。それを聞いた人々はその言葉に感動してイエスを讃えます「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いた」(4:22)。しかし、人々が求めたのは病の癒しであり、貧からの解放でした。それに対してイエスは、「神の言葉に信頼せよ」と言うだけで何も具体的なしるしを行わない。だから人々はつぶやき始めます。「この人はヨセフの子ではないか」(4:22)。大工のヨセフの子、自分たちと同じく貧しく、地位も権力もないヨセフの子が、なぜ解放の約束ができるのか。彼には私たちを解放する財力も権力もないではないか。一度は感動した彼らですが、イエスの中に預言者ではなく、大工の子を見てしまった時、イエスの言葉を聞けなくなってしまいました。ナザレの人々は父ヨセフのことも、母マリアのことも、その兄弟たちも知っています。また、イエスの子ども時代のこともよく知っていた。そのため心がくもって、イエスの真の姿が見えなくなってしまった。その結果、イエスが彼らのために用意された恵みと救いの言葉は、彼らの心には届きませんでした。何よりも一番大事なこと、信じる心が欠けていたのです。
・イエスは彼らに言われます。「あなたがたは『医者よ,自分自身を治せ』と言うことわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない」(4:23)と言われ、さらにつけ加えて「預言者は自分の郷里では歓迎されないものだ」(4:24)と言われました。イエスは目に見えるものしか信じようとしない、彼らの心を見透かされていたのです。ルカはイエスのナザレでの出来事を通して、心の目を開かなければ、真実は決して見えないことを教えているのです。

3 預言者は郷里で受け入れられなくとも

・今日の招詞にヨハネ6:35−36を選びました。次のような言葉です。「イエスは言われた。『私が命のパンである。私のもとへ来る者は、けっして飢えることがなく、けっして渇くこともない。しかし、前にもいったように、あなたがたは、私を見たのに信じない。』」イエスはナザレでは「何のしるしもできなかった」、あるいは「されなかった」とマルコも記します。ナザレの人々がイエスに求めたものは、目に見えるしるしでした。イエスは言われます「カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ」とあなた方は求めていると。人々はイエスに、病気を治し、石をパンに変えて腹一杯食べられるような奇跡を求めたのです。しかしイエスは拒否されました。だからナザレの人々は怒り始めたのです。
・イエスは村人に霊のパンを与えようとされましたが、人々は物質的なパンを求めました。イエスは人々にお互いが愛し合って生きることのできる神の国を与えようとされましたが、人々はローマの支配から自由な地上の王国を欲しました。ナザレの人々はせっかくイエスを自分たちの村の会堂に迎えたのに、イエスを否定してしまいました。私たちはこの物語をどうきくのでしょうか。私たちはイエスに何を求めているのでしょうか。私たちは自分たちが捕らわれており、目が見えず、圧迫され、債務を負っていることを本当に知り、それからの解放を求めているのでしょうか。私たちは本当にナザレでイエスが宣言されたように、「神の国は来た、解放の時は来た」と受け止めているのでしょうか。もし、そうならば何故私たちから応答の行為が出ないのでしょうか。
・ルカ4章のイエスの言葉を文字通り受け止めて行動した人々がいます。ジュビリー2000の運動を推し進めた人たちです。ジュビリーとはヘブル語「ヨベルの年」の英訳です。西暦2000年、イエス生誕2000年はヨベルの年、主の恵みの年でした。イギリスの聖公会を始めとするキリスト教諸団体が、発展途上国の累積債務免除運動を主の恵みの年の具体化として始めました。アフリカや中南米等の最貧国と言われる国々は、先進国からの債務の返済が国家予算の半分以上を占め、教育や福祉のお金を削って債務の返済を行っていました。その結果、貧しいものがさらに貧しくなるという悪循環の中にあり、これを打破するには累積債務の免除を行うしかないとして、教会は国連や先進諸国に働きかけました。99年のケルンサミットの時には1700万人の署名を集めて、債務の一部削減を合意させます。そして翌年の沖縄サミットでは貧困国のためのエイズ基金の設置が合意され、エイズ治療薬を無料で配布できるようになりました。エイズは治療薬の開発により先進国ではエイズは普通の病気になりましたが、薬を買えない貧しい国では依然死病でした。この基金の創立により、多くの命が救われるようになります。祈りが行為となった。これこそ私たちが目指すべき事柄ではないでしょうか。信仰の具体化です。
・「預言者は郷里で受け入れられない」、それは現在でもそうです。キリスト者は神の言葉を預かり、世を改める新しい世界観を世に示す役割を担っています。しかし人々はそんなものは要らない、毎日を楽しく暮らせるものを欲しいと言います。それゆえにキリスト者は人々から理解され難い。それが日本の社会でキリスト者が少数派であり続ける原因の一つと考えられます。それでも私たちは伝道を続けたいと思います。マルコは、「(イエスは)そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった」(マルコ6:5)と書きます。もし村人らがイエスを信じることができれば、イエスはもっと多くの業をされたであろうと彼は示唆します。信仰のないところでは神の祝福は限定されるのです。
・私たちは、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)ことを知っています。そして「求めなさい。そうすれば与えられる」(ルカ11:9)ことも知っています。例え私たちが少数であっても、私たちは何かが出来るのです。そのことを私たちが信じた時、神はあふれるような祝福を、「私はあなたたちのために、天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう」(マラキ3:10)といわれたような出来事が生じます。パウロは言いました「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです」(第一コリント1:21)。この宣教の言葉を私たちはイエスから委ねられ、述べ伝えていくのです。


カテゴリー: - admin @ 08時11分44秒

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