すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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04 21

2019年4月21日説教(ルカ24:33−49、復活のイエスの証人として)

1.弟子たちに現れたイエス

・イースター礼拝の時を迎えました。イースター(復活)は教会にとって何よりも大事な事柄です。何故ならば教会の礼拝はその基本において、「主イエス・キリストのよみがえり=イースターを信じる」ことにおいて成り立っているからです。復活された主は「今も共に生きておられる」、私たちはその復活の主に会うために、日曜日に教会に集まり、主を礼拝します。教会の礼拝はすべて、「主のよみがえりを記念するイースター礼拝」です。それほど「主イエス・キリストのよみがえり」は大きな意味を持ちます。その次第を記した文書が本日読みますルカ24章です。
・イエスは金曜日に十字架で亡くなられましたが、翌土曜日は安息日のため、一日待って、三日目の朝、日曜日早朝に、婦人たちは墓に急ぎました。あわただしく十字架から降ろされ、仮埋葬されたイエスの遺体に油を塗って丁寧に埋葬するためです。ところが、婦人たちが墓についた時、イエスの遺体はそこになく、二人の天使が現れ、「なぜ生きておられる人を死者の中に探すのか。イエスはよみがえられてここにおられない」と告げます(24:5-6)。婦人たちはそのことを弟子たちに報告しますが、弟子たちはそれを「たわごと」と思い(24:11)、信じなかったとルカは記します。
・同じ日曜日の昼間、エマオに帰る弟子たちにイエスが現れて同行されますが、弟子たちはその人がイエスであることがわからなかったとルカは報告します(24:15-16「話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」)。その後エマオに着き、共に食卓に着いて、イエスがパンを割き、祈られた時に弟子たちはその人がイエスだと分ります(24:31)。復活のイエスと出会った弟子たちは心を弾ませて夜の道を急いでエルサレムに戻り(24:33)、仲間の弟子たちに、「イエスが復活された」と伝えます(24:35)。
・その頃、エルサレムに残った他の弟子たちは失意と恐怖の中で、家の戸にかぎをかけて部屋に閉じこもっていました。自分たちも捕らえられると恐れていたからです。そこへイエスが現れます。弟子たちは復活のイエスを見て、「亡霊を見ているのだと思った」(24:37)とルカは記します。あまりにも不思議な出来事で、とても信じることが出来なかったのです。その弟子たちのために、イエスはくぎに刺された手足をお見せになって言われます「私の手や足を見なさい。まさしく私だ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、私にはそれがある」(24:39-40)。
・やっと信じた弟子たちに、イエスは復活の証人になりなさいと言われます「メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣伝えられると。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となるのだ」(24:45-47)。復活の日、十字架から三日目の日曜日に、イエスは早朝に婦人たちと墓で出会い、昼にエマオに向かう弟子たちに現れ、夜にはエルサレムに残った弟子たちに現れたとルカは伝えます。

2.私たちにとって復活とは何か

・復活の記事は私たちにいろいろなことを教えます。弟子たちが復活を信じたのは、復活のキリストが弟子たちに現れたからです。しかし、最初は弟子たちも信じることができなかった。婦人たちの証言を聞いても弟子たちはそれを「たわごと」と思い、エマオに向かう弟子たちも同伴したイエスがわからなかった。エルサレムに残った弟子たちも、最初は「亡霊を見ている」のだと思った。復活とはそれほど信じることの難しい出来事なのです。私たちが復活を信じることができるとしたら、それは私たち自身が復活のキリストに出会った時です。
・聖書学者のブルトマンは「新約聖書と神話論」の中で語ります「復活について歴史的に確認できるのは初代の弟子たちの復活信仰のみである。キリストの甦りとしての復活祭の出来事は決して史的出来事ではない。史的出来事としては、復活祭信仰は初代の弟子たちの信仰だけが把捉しうる」と。学問的には彼の語る通りで、人間の理性で判別できるのはそこまでです。それに対して、信仰者は理性を超えた真実を主張します。教義学者カール・バルトは反論します「ブルトマンは、甦りの出来事を“復活者を信じる信仰の発生”として解釈している時、復活の出来事を“非神話化”している。復活者を信じる信仰の発生は、復活者が歴史的に出現することによって起こって来るのであり、復活者の歴史的出現それ自体が甦りの出来事である。イエスご自身が甦って彼の弟子たちに現れ給うたのであって、そのことが甦りの歴史と甦りの時間の内容であり、その当時とあらゆる時代のキリスト教信仰とキリスト的宣教の内容である」。
・私たちはカール・バルトを支持します。何故ならば私たちも、それぞれの場で、復活のキリストに出会ったから、今ここにいるのです。もし、私たちが出会ったイエスが偽りであり、幻であるとすれば、私たちには何の希望もなくなり、私たちの信仰もまったくの無駄になります。パウロが言う通り、「キリストが復活しなかったのなら、私たちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です」(第一コリント15:14)。しかし私たちは復活のイエスに出会った、だから復活を信じます。
・そして復活を信じることによって、私たちはもはや死を恐れる必要はなくなり、死の縄目から解放されます。死の縄目から解放されるということは、死ですべてが終わらないから、現在の生を大事にする生き方をすることが出来ます。死に勝たれた方がおられるから、私たちは現在がどのように絶望的で、出口が見えない状況にあっても、希望を失わずに生きていくことが出来ます。この復活の希望があるからこそ、私たちは自分の十字架を負って、イエスに従っていきます。復活はそれほどに私たちにとって大切な出来事なのです。
・教会はこの復活信仰の上に立てられています。私たちは日曜日を「主の日」と呼び、この日に礼拝を守りますが、これは金曜日に十字架で死なれたイエスが、三日後の日曜日に復活されて弟子たちの前に現れたことから、教会はこの日を「主の日」と定め、日曜日に礼拝を守るようになりました。当時の人々にとって聖書(現在の旧約聖書)は絶対の神の言葉でした。その中心となる十戒には「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」(出エジプト記20:10)と規定します。「七日目」、つまり土曜日が安息日であったのに、教会はこれを「日曜日」に変えた。これは大決断でした。日曜日はそれほど重い日であり、私たちは復活の主に出会うために日曜日に教会に来るのであり、ホリデーではないことを銘記したいと思います。

3.復活の信仰に生きる

・復活されたイエスは弟子たちに「あらゆる人々に福音を告げなさい」と命令されました(24:47)。今日の証詞に私たちはマタイ28:19-20を選びました。次のような言葉です「だから、あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」。
・「あなたがたは行って、すべての民を私の弟子としなさい」、これが復活の主が私たちに命令されたことです。その命令を受けて弟子たちは宣教を始め、教会が立てられて行きました。教会はエルサレムから始まり、ローマ世界に広がり、ヨーロッパに広がり、アメリカに行き、そのアメリカを通して日本にも伝えられました。日本人もこの宣教命令を受けて教会を立て、新小岩教会が立てられ、新小岩教会の伝道所としてこの篠崎教会が立てられました。篠崎教会が立てられたのも、新小岩教会の人たちが、このイエスの宣教命令を自分たちへの言葉として聞いたからです。自分たちだけの信仰生活を守るのであれば、篠崎の地に教会を立てる必要などありません。そうではなく、篠崎に住む人々にイエスの言葉を伝えるために必要だからこそ、この地にこの教会が立てられた。それは復活のイエスの命令にその根拠を置く行為です。
・私たちはこの宣教命令、「あらゆる人々に福音を告げなさい」という命令をどう聞くのでしょうか。私たちが自分の信仰生活を守るだけであれば、ここ篠崎に教会がある必要はないかもしれません。今、多くの人々が小さい教会を離れて大きな教会に移動しています。大きな教会は教会員がたくさんいるから献金負担も軽いし、奉仕も誰かがしてくれる、重荷を担わなくとも教会生活ができるからです。それに対して小さい教会の場合は、教会員が少ないから、一人一人への負担が経済的にも、また奉仕の面でも重くなります。私たちがただ礼拝を守りたいだけであれば、この篠崎教会は不要です。近くに他の教会もあるし、無理して篠崎教会を維持する必要はありません。そうではなく、この地域の人に伝道することが教会の使命であり、それが復活の主が命じられたことだと私たちが理解する時だけ、この地に教会が必要です。
・パウロは復活の主に出会った経験をコリント教会への手紙の中で書きます。「最も大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてある通り私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてある通り三日目に復活したこと、ケファ(ペテロ)に現れ、その後十二人に現れたことです。・・・ 次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたような私にも現れました。」(第一コリント15:3-8)。復活のキリストに出会ったのは、すべて弟子たちであり、その他の人たちは復活のキリストに出会っていないことに注意する必要があります。復活のキリストは霊の体であり、信仰なしには見えないのです。私たちは復活のキリストに出会って、心が熱く燃えた経験を持ちます。今も熱く燃えているかが課題です。
・今、私たちの教会は存続の危機に立っています。古くからこの教会を支えてくださった方々が、お年を召したり、病気になられたりで、共に礼拝を守れなくなっています。他方、新しく会員になって支えて下さる方も少ない。いま、この教会は皆さんの力が必要です。もし皆さんが、今も熱く燃えているならば、この篠崎教会を基点として、ご一緒に伝道にまい進して行きたいと願う。もし、皆さんの熱が少し冷めているならば、今改めて復活のキリストを呼び求めてほしい。皆さんなしには、この教会は伝道できないのであり、皆さんなしにはこの教会は存続し得ない。この教会が復活のキリストの命令に応えて立てられていることを共に覚えたい。


カテゴリー: - admin @ 08時20分38秒

04 14

2019年4月14日説教(ルカ23:32-43、三つの十字架)

1.自分を救わない救い主

・受難日を前にルカ福音書を読んでいます。今日はルカ23章から、イエスがどのようにして、十字架上で死んでいかれたかを読んで行きます。イエスはローマ総督ピラトから死刑の宣告を受け(23:25)、兵士たちに引き渡され、鞭打たれ、十字架を背負って刑場まで歩かされました。そして「されこうべ」と呼ばれていた場所まで連れて来られます。「されこうべ」(ヘブル語ゴルゴダ、ラテン語カルバリ)、エルサレム郊外の石切り場が処刑場とされていて、周りから見ると「人間の頭蓋骨」のような形に見えたため、「されこうべ」という名をつけられました。
・十字架刑を宣告された囚人は横木を担いて街中を引き回され、刑場に着くと両手首を十字架に釘で打ち付けて固定され、十字架が立てられます。手足が固定されていますから囚人の全体重は腕にかかり、傷口からは血が流れ続け、次第に息ができなくなり、窒息して死んでいきます。死ねばその遺体は共同墓地等に投げ込まれ、禽獣の餌食にされます。十字架刑は人間の尊厳を徹底的に貶める残酷刑で、重罪を犯した奴隷やローマに逆らった反逆者等に対してのみ行われる特殊刑です。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札が掲げてありました。イエスはローマ帝国への反逆者として処刑されたのです。
・ルカは「他にも二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行き」、「犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた」(23:32-33)と記します。処刑場には三本の十字架が立てられました。そこには処刑を見るために来た議員たちがいました。彼らは十字架につけられたイエスを嘲笑して叫びます「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい」(23:35)。「自分を救えない者がメシア(救済者)といえるのか」という嘲りです。処刑の実行役であるローマ兵たちもイエスを侮辱します「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ」(23:37)。兵士たちの嘲笑の言葉も同じです「お前は救い主ではないのか。何故自分を救えないのか」。
・イエスは「自分を救えない救い主」と嘲笑されています。人々がイエスに求めたのは、栄光のメシアです。力によって敵を打ち倒し、人々の尊敬と信頼を勝ち取って、自ら道を切り開いていく救い主です。人々は、病人を癒し、悪霊を追い出されるイエスの行為に、神の力を見ました。力強い説教に、神の息吹を感じました。神の力があれば、自分たちの生活を豊かにしてくれるに違いないと期待しました。しかし、イエスは期待に応えることが出来ず、今惨めな姿を十字架に晒しています。「民衆は立って見つめていた」(23:35)。彼らもイエスに失望しています。全ての人が自分を嘲笑する中で、イエスは驚くべき言葉を語られます「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(23:34)。
・この言葉は新共同訳では括弧の中にあります。凡例によれば、「新約聖書においては後代の加筆と見られているが、年代的に古く重要である箇所を示す」とあります。つまり早期の有力写本の中にないため、本来のルカ福音書には含まれておらず、一部の聖書学者たちは「これは真正のイエスの言葉ではない」とします。しかし使徒言行録7:60ではステパノがこの祈りを祈っており(「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」)、初期の教会伝承の中にこの言葉があったことは確かで、私自身はこの祈りはイエスに肉声だと理解しています。イエスは「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」(6:36)と言われ、「もし兄弟が罪悔い改めれば、赦してやりなさい」(17:3)とも語られました。そのイエスだからこそ、自分を殺そうとする者たちのために、とりなしを祈ることが出来た。

2.一人は罵り、一人は憐れみを求める

・「父よ、彼らをお赦しください」というイエスの祈りは、イエスと共に十字架につけられていた二人の人間に別々の反応を引き起こしました。犯罪人の一人はイエスを罵ります「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ」。私が欲しいのは今この十字架の苦しみから解放する力なのだと彼は叫びます。彼はイエスを嘲笑した議員や兵士たちと同じ立場に立ちます。この世の理解では、「自分を救えない者は他者をも救えない」のです。人々は、「今現在の苦しみからの解放」を求めます。
・しかし、もう一人の犯罪人は別の立場に立ちます。彼は言います「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない」(23:40-41)。そしてイエスに懇願します「イエスよ、あなたの御国においでになる時には、私を思い出してください」(23:42)。彼は訴えました「私は罪を犯したのだから、死刑にされても仕方がありません。私には救って下さいと要求する資格はありませんが、それでも憐れんで下さい」と。その男にイエスは言われました「はっきり言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる」(23:43)。楽園=パラダイスです。
・二人の犯罪人はイエスと共に十字架につけられ、イエスの「父よ、彼らをお赦しください」という祈りを聞きました。一人はその言葉を虚しい言葉として聞きました。もう一人はその言葉の中に神を見出しました。イエスと共に十字架にかけられたこの二人はどういう人々なのでしょうか。ルカは彼らを「犯罪人」と呼び(23:32)、マルコは「盗賊」(マルコ15:27)と呼びます。しかし二人共ローマ軍によって十字架につけられていますので、単なる犯罪者や盗賊ではなく、ローマからの独立運動に従事した熱心党(ゼロータイ)と呼ばれた人々だったのでしょう。彼らもまたローマへの反逆者として、見せしめの刑に処せられています。

3.ゴルゴダで教会が生まれた

・今日の招詞にローマ6:6−8を選びました。次のような言葉です「私たちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。死んだ者は、罪から解放されています。私たちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます」。イエスの十字架の場には民衆がいました。彼らは黙ってイエスの処刑を見つめています。そして二人の犯罪者たちもいました。彼らはイエスと同じように十字架につけられ、苦しんでいます。民衆は傍観者ですが、二人の犯罪人は当事者です。二人は手足を釘で十字架に固定され、その場から去ることが出来ないからです。彼らは否応なしに「イエスと共に死んで」いきます。その中の一人はイエスに語ります「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、私を思い出してください」。それに対してイエスは約束されます「あなたは今日私と一緒に楽園にいる」。彼は「キリストと共に死んだから、キリストと共に生きる」、復活の恵みに預かったことでしょう。
・もう一人の犯罪人はイエスを罵りました「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ」。彼もまたイエスと一緒に死んだから、イエスと一緒に復活の恵みに預かるのでしょうか。私たちにはわかりません。しかしイエスはかつて言われました「人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉もすべて赦される」(マルコ3:28)。自分を殺そうとする者に対して「父よ、彼らをお赦しください」と祈られた方は、自分に罵りの言葉を投げかけたこの犯罪人のためにも祈られています。
・イエスの「父よ、彼らをお赦し下さい」という祈りについて、ある人は「人間が生まれて、祈り始めてから、これ以上に神聖な祈りの言葉が天に捧げられたことはない」と語ります。何故、イエスはこのような祈りをすることができたのでしょうか。聖書は、イエスが激しい葛藤の末に、この祈りに到達された事を示しています。捕らえられる前の晩、イエスはゲッセマネで祈られました「父よ、御心なら、この杯を私から取りのけて下さい」(22:42)。イエスは死を恐れ、自分を殺そうとする者に憎しみと恐怖を持たれていたのです。しかし、イエスは続いて祈られます「しかし、私の願いではなく、御心のままに行ってください」。人間としての思いと神の子としての思いが葛藤し、「イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた」(22:44)。その試練に勝たれたゆえに、今イエスは、自分を殺そうとする者たちのために祈ることが出来るのです。
・このイエスの祈りが二人の人間を信仰に導きました。一人はイエスと共に十字架にかけられていた男です。彼はローマ支配に武力で抵抗し、反逆罪で捕えられ、十字架にかけられています。彼は武力でローマを倒そうとして失敗し、今その過ちを悟りました。神の名によって行為しても、暴力は暴力であり、そこからは何も良いものは生まれない。そして心からイエスに求めます「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、私を思い出して下さい」(23:42)。イエスの十字架上の祈りが、ここに最初のクリスチャンを生みました。
・十字架の現場では、さらにもう一人のクリスチャンが生まれています。イエスの十字架刑の執行を指揮していたローマ軍の百人隊長です。彼はイエスの最後の祈りも聞きました「父よ、私の霊を御手に委ねます」(23:46)。ルカは記します「百人隊長はこの出来事を見て、『本当にこの人は正しい人だった』と言って、神を賛美した」(23:47)。彼はイエスが、自分を殺そうとする者たちの赦しを祈り、最後はすべてを神に委ねて死んでいかれた様を見て、そこに神の存在を感じたのです。その時、十字架というおぞましい出来事が、「神を讃美する」出来事に変えられていきました。復活のイエスに出会って、イエスを救い主と信じた人たちはいます。聖霊降臨に動かされて信徒になった人たちもいます。しかし、それに先立って、十字架の現場で信じた二人がここにいるのです。ゴルゴダの丘で教会が生まれたことを私たちは銘記したいと思います。


カテゴリー: - admin @ 08時13分59秒

04 07

2019年4月7日説教(ルカ22:54-62、挫折からの立ち直り)

1.「そんな人は知らない」と否認するペテロ

・新年度になりました。今日与えられましたのはルカ22章54節〜62節の記事、「ペテロの否認」として有名な個所です。ペテロは12弟子の筆頭であり、初代キリスト教会の中心的人物です。そのペテロが、イエスが捕えられ裁判を受けている時、イエスを三度知らないと否認したことを聖書は伝えます。なぜペテロはイエスを裏切ったのか。またイエスを裏切ったそのペテロがやがて挫折から立ち直り、教会の創立者といわれるほどの者になります。どのようにしてペテロは挫折から立ち直れたのか。
・イエスと弟子たちは最後の晩餐を終えて、一晩を過ごすためにゲッセマネの園に行きました。そこに大祭司から派遣された兵士たちが来て、イエスを捕えます。一緒にいた弟子たちはみな逃げ、ペテロも逃げましたが、イエスのことが気にかかり、「遠く離れて従った」(22:54)。ペテロは「イエスに従った」、イエスを愛していたからです。「遠く離れて」、自分も捕えられることを恐れていたからです。ペテロは邸の中庭まで入り込み、人々が火にあたりながらイエスを見張っている所まで行きました。イエスは夜中に捕らえられ、夜が明けるまで大祭司の中庭に拘留され、その間、兵士たちから暴行や侮辱を受けていたとルカは語ります(22:63-66)。その大祭司の中庭にペテロは忍び込みます。彼は目立たないように身を潜めて、イエスの様子をうかがっていました。しかし焚き火の明かりがペテロの顔を照らし出します。そこにいた女中の一人が、「この人も一緒にいました」(22:56)とペテロを告発します。ペテロは予想もしない所からの指摘にあわてて、「私はあの人を知らない」(22:57)と言いました。最初の否認です。
・ペテロは最後の晩餐の席上で、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」(22:33)と言っています。彼はイエスと一緒に死ぬ覚悟だったのです。だから他の弟子たちが逃げ去っていった中で、危険を冒して大祭司の邸まで追って来ました。そのペテロの覚悟が女中の一言で吹き飛びました。女中に指摘されて、ペテロは身の危険を感じ始めます。すると火の周りにいた他の者が、「お前もあの連中の仲間だ」と告発します。ペテロは「いや、そうではない」と否定します。二回目の否認です。人々は疑わしそうにペテロを見つめ、別の人が言います「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」(22:60)。ペテロの言葉の中にガリラヤの訛りを聞いたのでしょう。ペテロはそれをも否定します「あなたの言うことは分からない」(22:60)。

2.そのペテロを見つめるイエスの眼差し

・「言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた」とルカは記します(22:60)。その鳴き声でペテロは我に帰ります。そしてイエスが言われた言葉を思い出しました。「あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度私を知らないと言うだろう」(22:34)。その時「主は振り向いてペテロを見つめられた」とルカは記します。イエスが振り返られた、イエスの悲しげな顔がペテロに迫って来ました。ペテロは「外に出て激しく泣いた」(22:62)とルカは記します。
・ペテロは最後の晩餐の席上で、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」(22:33)と言っています。そのペテロにイエスは言われました「言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度私を知らないと言うだろう」(22:34)。その言葉通りになりました。しかし、イエスは同時に言われました「サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、私はあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(22:31-32)。ここにはつまずきの予告と同時に赦しの予告が為されています。人は「心は燃えても肉体は弱い」(マルコ14:38)ことをイエスはご存知だったのです。
・「心は燃えても肉体は弱い」、聖書はペテロの弱さを否定しません。むしろこの弱さを認めることによって、本当に強い人間になれると主張します。自分のしたことは間違っていた、自分がイエスを十字架につけた、この悔改めをした時に、ペテロの上にイエスの言葉がよみがえります「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」。イエスは全てをご存知です。私たちがいざと言う時には愛する人さえも容易に裏切る存在であることもご存知です。イエスが全てをご存知であれば、私たちは嘘をつくことも、自分を良く見せることも不要です。罪あるままで赦されたのですから、自分を正当化する必要はないし、全てを無かったことのように忘れ去る必要もありません。何よりも、私たちがイエスを捨ててもイエスは私たちを捨てられない。このイエスの信実に接して、不信実な私たちの挫折からの回復が始まるのです。その言葉が22:32「立ち直り」です。ギリシャ語エピストレポー、方向転換する、立ち戻る、悔い改める、の意味です。イエスの眼差しがペテロに「立ち戻り」を求めたのです
・ペテロの絶望の涙を私も流したことがあります。私は50歳で勤務先を辞めて東京神学大学に入りました。その前の4年間夜間神学校で学び、牧師としての必要な訓練は受けたとの自負がありましたので、大学で学びながら、伝道所の牧師に就任しました。しかし1年で挫折しました。伝道所の信仰とそぐわないとの理由で、数名の方から牧師辞任を迫られたのです。その時、泣きながら主に祈りました「あなたがそうしろと言われるから職を捨てて牧師になったのに、1年で辞めろと言われるのですか。何のために職を捨てたのですか」。東神大の二年目は学びに専念し、卒業と同時に篠崎キリスト教会に招かれて来ました。牧師を1年で辞めたことは辛い経験でしたが、この挫折を通して、教会とは何か、牧師はどうあるべきかの基本を、学んだと思います。「牧師になるために一度砕かれなければならなかった」、今ではこの挫折を恵みとして受け取っています。

3.ペテロの復活

・今日の招詞にヨハネ21:17を選びました。次のような言葉です「三度目にイエスは言われた『ヨハネの子シモン、私を愛しているか』。ペトロは、イエスが三度目も『私を愛しているか』と言われたので、悲しくなった。そして言った『主よ、あなたは何もかもご存じです。私があなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます』。イエスは言われた『私の羊を飼いなさい』」。イエスが十字架で死なれた時、弟子たちは逃げました。弟子たちは故郷のガリラヤに戻り、そこで元の漁師に戻ったとヨハネ福音書は記します。そこに復活のイエスが現れました。イエスはペテロに「私を愛するか」と三度聞かれました。三度裏切ったゆえに三度確認されます。三度目の確認にペテロは悲しんで言いました「主よ、あなたは全てをご存知です」。
・「あなたは私の弱さを知っておられます。私はかってあなたを裏切ったし、これからも裏切るかも知れません。それにもかかわらず、私があなたをどれほど愛しているかを、あなたはご存知です」。この復活のイエスと出会い、罪を赦され、過ちを犯した自分に教会が委ねられた事を知った時、ペテロは生れ変りました。やがてペテロは、「イエスは復活された。私たちはその証人である」と宣教を始めます。イエスを十字架につけた大祭司はペテロに、「イエスの名によって教えてはならない」と脅しました(使徒5:28)。その時ペテロは答えます「人間に従うよりも神に従わなければなりません」(使徒5:29)。かつて大祭司の女中の言葉に怯えたペテロが、今、その大祭司の前で、「イエスこそわが主であり、救い主だ。私を殺したければ殺しなさい」と告白するほどの者にされました。
・教会はこのペテロの立ち直りを通して生まれていきます。「私についてきなさい。人間をとる漁師にしよう」(マルコ1:17)という招きを受けて、ペテロたちは三年間イエスに従って来ました。その結果が、イエスの無力の死でした。イエスに従った三年間は何だったのか、徒労だったのか、「私たちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」が(24:21)、その望みが砕かれたのです。その絶望のペテロたちは復活のイエスに出会い、再度招かれて、絶望から、「立ち直り」ます。
・聖書はペテロがイエスを三度否認したことを何故、こんなに詳しく知っているのか。ペテロは弟子たちに、自分の失敗を繰り返し語ったのでしょう「私はイエスを傷つけた。失望させた。それでもなおイエスは私を愛し、赦して下さった。イエスはあなた方も同じ様に赦してくださる」と。人は弱い、過ちを犯す、しかし神はその過ちを責められない。自分が弱いことを認め、その弱さをも神が受け入れてくださる事を知る時に、人は挫折から立ち直ることが出来ることをペテロの経験は教えます。今日の応答讃美は新生486番「ああ主のひとみ、眼差しよ」です。ペテロの過ちを赦すイエスの記事が2番「ああ主のひとみ、まなざしよ、三度わが主を否みたる、弱きペテロを、かえりみて、赦すは誰ぞ、主ならずや」に歌われています。過ちを犯しても責めず、立ち帰りを祈るイエスの行為がペテロを立ち上がらせました。
・ペテロはイエスを裏切りました。イエスの後に従ったからです。他の弟子たちはイエスを裏切りませんでした。イエスの後に従わなかったからです。しかしイエスが、「私の羊を飼いなさい」と群れを委託されたのはペテロであって、他の弟子たちではありませんでした。従う故に挫折があり、挫折があるゆえに恵みがありました。ペテロの挫折は「勇気ある挫折」です。私たちの場合もそうです。従う故に挫折があるのですから、挫折を恐れる必要などない。むしろ挫折を通して私たちは主に出会うのです。挫折は神の火による潔めです。ペテロが弟子の手本とされているのは彼が失敗しなかったからではなく、彼が挫折から立ち直ったからです。神の国では失敗や挫折は恥ずべきことではないことをこの物語は私たちに教えます。「教会は神のもたらす罪の赦しによって創られる」のです。


カテゴリー: - admin @ 08時32分01秒

03 31

2019年3月31日説教(ルカ24:13−35、復活の主と出会う)

1.復活の証人の話を聞く

・イースターを前に、ルカ福音書から御言葉を聞いています。今日の個所はルカ24章、「エマオへの旅」と呼ばれる所です。ルカは、十字架に死なれたイエスが三日目に復活されて、エマオに向かう二人の弟子たちに現れたと記します。ルカは記します「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた」(24:13-14)。この日、週の始めの日、イエスが十字架で亡くなられて三日目の日でした。エマオまでの道のりは60スタディオン、11キロ、歩いて三時間の道のりです。弟子の一人はクレオパ(24:18)、もう一人はその息子のシモンであったと言われています。おそらく、彼等の家はエマオにあった、そして彼等はイエスの信奉者だったのでしょう。彼等は過ぎ越しの祭りにイエスがエルサレムに来られるとの連絡を受けて、一家でエルサレムに行きました。そこでイエスの十字架死を目撃し、失意の中に、親子で、エマオに帰るところであったと思われます。
・その二人にイエスが近づいて来られ、一緒に歩き始められましたが、二人は「目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」(24:16)とルカは記します。イエスは二人に「何を話していたのか」と問われました。クレオパが暗い声で答えます「この人こそ救い主と信じて従ってきた方が、十字架で殺され、しかもその遺体さえどこにあるのかわからなくなっているのです」。彼らはイエスと話しているのに、イエスがわかりません。悲しみと失意で心を閉ざしている人には、復活のイエスは見えないのです。彼らは過去にこだわっています。「この人は行いにも言葉にも力があった」、「私たちはこの人に望みをかけていた」、「この人は十字架につけられた」、「それからもう三日がたった」、「婦人たちが墓に行ったが遺体は見つからなかった」、「弟子たちも行ったが、見つからなかった」、全て過去形です。過去にとらわれ、そこから出ることが出来ません。
・その彼等にイエスは語りかけられました「物分りが悪く、心が鈍い者たち」(24:25)。十字架に直面した弟子たちは、怖くなって逃げ去りました。そして今「イエスは生きておられる」(24:23)との使信が婦人たちを通して伝えられたのに、弟子たちは「愚かな話と思い」(24:11)、信じることができません。二人もイエスの体が取り去られたことを不思議に思いながらも、イエスが復活されたとは信じていません。それでもイエスは弟子たちに現れ、彼等の目が開かれることを期待されます。だから、彼等に聖書の解き明かしをされ、「メシアは苦難を通して栄光を受けると書いてあるではないか」と語られます(24:26)。
・彼等の目はまだ開かれません。しかし、彼らは旅人の話にただならぬものを感じました。だから、目的地のエマオに着いた時、先を急ごうとする旅人をしいて引き止めます(24:29)。彼等が引き止めなかったら、イエスは先に行かれ、彼らはその人がイエスであることはわからなかったでしょう。イエスは求める者には、その姿を現されますが、求めない者はイエスに出会うことはありません。二人の弟子はイエスを強いて引き止めたから、イエスに出会いました。

2.二人はやっとイエスが分かった

・イエスは二人の求めに応じて、家に入られ、食事の席につかれました。そして、イエスが「パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」時に、「二人の目が開き、イエスだとわかった」(24:30-31)とルカは記します。「パンを取り、祝福して裂き」、イエスはかつて5つのパンで5千人を養われました。その時、イエスは、「パンを取り、祝福して裂き」、配られました(9:16)。二人はその時、その場にいたのかもしれません。二人がイエスを認めた時、イエスの姿が見えなくなりました。しかし、二人はお互いに言います「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」(24:32)。そして二人は「時を移さず出発してエルサレムに戻った」(24:33)。
・彼等がエマオに到着したのが夕暮時、食卓を囲んだのが午後7時頃、それからエルサレムまで3時間の道のりですから、エルサレムに着いたのは夜中近くであったと思われます。二人は「心が燃えて」じっとしておれなかった。「復活の主に出会った」ことを語らずにはいられなかった。そのため、彼らは食事をとることも忘れてエルサレムに急ぎました。心が燃えて語らずにいられない。その思いが私たちを伝道に駆り立てます。
・イエスの時代、多くの自称メシアが出て、一時期人々の注目を集め、弟子たちが集まったと歴史書は記します。多くは自称メシアの死により、運動が終っています。イエスの場合も十字架で死なれた時、弟子たちは逃げ去り、それで終るはずでした。ところが、逃げ去った弟子たちが、やがて「私たちは復活のイエスに会った。そのことによって、私たちはイエスが神の子であることを知った」と宣教を始め、信じる者たちが増やされていくという出来事が起こりました。復活があったかどうかは歴史的に証明できませんが、「私たちは復活の主に会った」と弟子たちが証言を始め、殺されてもその証言を曲げなかったのは歴史的事実です。復活は理性で認識できる事柄でもありません。現に弟子たちも自分たちの前にイエスが現れるまでは、「愚かなこと」と復活を信じていません。しかし、失意の中にエマオに戻る途上のクレオパとシモンが、エマオに着くや否や、食事をとることも忘れて、喜び勇んでエルサレムに戻っていったのは歴史的な事実です。マルコもその出来事を記しています(マルコ16:12-13「その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった」)。

3.復活信仰に動かされて

・今日の招詞に第一コリント15:58を選びました。次のような言葉です「私の愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」。復活とは再び生きることです。私たちが絶望し、自分の力ではどうしようもなくなったどん底から、神の働きが始まる事を見ることです。その時、死は終わりではなくなります。その時、不慮の事故で死んだ人の過去も無駄ではなく、中絶で闇から闇に葬り去られた胎児の命も無駄ではありません。復活の信仰を持つ者には、失敗の生涯はありません。何故なら、死が終わりではないからです。だからパウロは言うのです「主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」。
・悲しむ人は人生の半分しか見ていません。イエスの十字架死を見て「もう終わりだ」と嘆く二人の旅人も、人生の半分しか見ていません。しかし、人生にはもう半分があります。神が私たちを愛し、私たちが絶望の中に沈む時に、再び立ち上がることができるように手を貸して下さるという事実です。そのしるしとしてキリストが復活されました。そのことを知った時、私たちは変えられます。復活とは単に死んだ人が生き返るという生物学的な現象ではなく、死を超えた命が示される出来事なのです。それは、神がこの世界を支配しておられることを信じるかと問われる出来事なのです。私たちは「たまたま生まれ、たまたまここにいる」のではなく、「人生には意味があり、生かされている」ことを確認する出来事なのです。
・復活のキリストに出会ったのは、すべて弟子たちであることに注目する必要があります。復活のキリストは信仰がないと見えないのです。エマオに向かう二人の弟子も、自分たちの悲しみで心がふさがれている時にはイエスがわかりませんでした。二人がわかったのは、イエスがパンを裂いて祝福された時、すなわち彼らの信仰の回復をとりなして祈られた時です。マザー・テレサはカルカッタの修道院で教師をしていましたが、ある日、路上に捨てられて死につつある老婆の顔の中にイエスを見て、教師の職を捨て、奉仕の仕事につきました。しかし、他の人には、その老婆は、ただの死につつある人にしか過ぎませんでした。同じものを見ても、心の目が閉じている人は見えないのです。
・二人の旅人は十字架のあるエルサレムから逃げて来ました。現実から逃げていく時、そこには悲しみしかありません。しかし、その悲しみにイエスが同行され、力を与えられ、彼らはまた、現実の中に戻って行きます。この物語が私たちに示すことは、救いとは「死んで天国に行く」ことではなく、「生きている現在に神の国に招かれ、絶望が希望に変わり、逃げてきた現実に再び戻り、その現実を変えるために働き始める」という事実です。この二人の生き方は変えられたのです。それが復活の主に出会うことです。
・神は求める者には応えて下さる。二人の弟子たちはイエスを引き止めたから、イエスは共にいてくださった。私たちも神の名を呼ぶ時、目が開けて、イエスが共にいてくださることを知ります。その時、私たちは新しい命を受けます。新しい命を受けた者は次の者に命を伝えていきます。二人の弟子は沈んだ心で、エマオに向かっていました。その弟子たちが復活のイエスに出会い、心が燃やされました「道で話しておられる時、また聖書を説明して下さった時、私たちの心は燃えていたではないか」(24:32)。そしてすぐにエルサレムに戻りました。三時間かけて歩いてきた道を、夜遅くにもかかわらず、疲れているにもかかわらず、引き返したのです。自分たちの知った喜びを、他の人たちと語り合わずにはおられなかったからです。復活の主に出会うとは、悲しみで始まった旅立ちが、喜びと讃美に変わることです。


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2019年3月24日説教(ルカ17:11-19、癒しから救いへ)

1.十人のらい病者の癒し

・ルカ17章には、イエスがエルサレムに向かわれる途上で体験された一つのエピソードが記されています。「イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた」(17:11)。ユダヤ人は異邦人と混血したサマリア人を嫌い、彼らと交わろうとしませんでした。ですからガリラヤからエルサレムに向かう時、サマリア地方を通る道筋が近いのに、あえてサマリアを迂回してヨルダン川東岸を通ってエルサレムに向かいました。「エルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた」とは、そのことを意味しています。サマリアは、かつては北王国があった場所ですが、紀元前8世紀に北王国はアッシリアに国を滅ぼされ、住民の多くはアッシリアに強制移住させられ、残った民はアッシリアから移民してきた民族と混血していったため、ユダヤ人からは汚れた民族として忌み嫌われ、ユダヤ人とサマリア人は反目し合うようになりました。イエスが育ったガリラヤはユダヤ人の町でしたが、ガリラヤのユダヤ人がエルサレムに上る時は、サマリアを迂回していくのが普通でした。
・イエスがある村に入られると、ハンセン病を患っている十人の人が出迎えたとルカは記します「ある村に入ると、重い皮膚病(らい病)を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて『イエスさま、先生、どうか、私たちを憐れんでください』と言った」(17:12-13)。らい病(ヘブル語ツァーラト)は伝染病として、また神から呪われた病とされて、人々から忌み嫌われていました。そのため、「自分はらい病なので近寄らないでくれ」と叫ぶことを義務付けられていました(レビ記13:45-46)。だから彼らは遠くからイエスに癒しを呼びかけています。イエスはガリラヤでらい病の人を癒されており(5:12-16)、その評判がこの村にまで聞こえ、病人たちがわらをも掴む気持ちで出てきたのでしょう。らい病の人々はほかの人々と共に住むことは許されていなかったので、その村はらい病者を隔離した集団居留地(コロニー)だったかも知れません。マルタとマリアが住んでいたベタニア村も、らい病患者のための村だったと思われています(マタイ26:6)。
・らい病人の集団にはユダヤ人もサマリア人もいました。ユダヤ人とサマリア人は反目し合っており、通常は共に住むことはあり得ません。らい病という共通の困難な苦しみが民族対立の壁を破らせ、彼らを一つにしていたのでしょう。その彼らにイエスは出会われました。イエスは彼らを憐れみ、言われました「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」(17:14a)。律法では、らい病を癒された者は祭司の所に行って体を見てもらい、癒されたことが確認されて清めの儀式を行えば、社会の交わりの中に復帰することが許されるとあります(レビ記14:19-20)。
・十人はイエスの言葉を受けて祭司の所に向かいます。これは必死の信仰です。癒されるかどうかもわからないのに祭司の所に向かい始めているのです。その彼らの信仰が彼らの病を癒しました。道の途中で「彼らは清くされた」とルカは記します(17:14b)。ここで病気が癒されたことが、「清くされた」と表現されています。病気は罪の結果だと考えられていましたので、清められる事が必要だったのです。

2.一人のサマリア人の救い

・さて、病気を癒された十人のうち、サマリア人だけがイエスのもとに帰って来ました。他の九人は癒されたことをできるだけ早く祭司に証明してもらうために、神殿に向かいました。しかしサマリア人は戻ってきました。彼は、サマリア人ですからエルサレム神殿の祭司は彼の清めを祝福しないからです。同時に彼は、その前にやるべきことがあると思ったのです。「神のみがらい病を癒しうる。だから行くべきは祭司の処ではなく、癒しを執り成してくださったイエスの処だ」と思ったのです。だから「大声で神を賛美しながら」(17:15)、イエスの許に戻ってきたとルカは伝えます。
・サマリア人一人がイエスのもとに戻りました。イエスは彼を見て言われます「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか」(17:17-18)。彼ら十人の群れは同じらい病であった時は、生活の絆が固く保たれていました。しかし一度病が癒されると、ユダヤ人はユダヤ人、サマリア人はサマリア人に分離してしまいます。同じ恵みをユダヤ人は当然として感謝せず、サマリア人だけがそれを感謝して受け入れた。サマリア人は一人にされましたが、彼の顔は輝いています。神に出会ったからです。イエスは彼に言われます「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」(17:19)。癒されたのは十人でしたが救いの宣言を受けたのは一人でした。
・私たちは体の癒し、病気からの解放を求めます。それは切実な願いです。らい病を癒された十人の患者たちは必死に神の憐れみを求め、そして癒されました。しかし、イエスのもとに帰ってきたのは一人だけでした。この話が私たちに語りかけていることは、「十人が癒されたが、救われたのは一人だけだった」ということです。癒し(イオーマイ)と救い(ゾーエー)は異なるのです。現代でも、多くの人が病気の癒しや困難からの解放を求めて教会に来られます。そして御言葉に接し、自分を取り巻く困難が今までとは違うように見えてくる経験をされます。貧しいことが必ずしも不幸なことではなく、病気も神と出会うための契機であったと受け入れることが出来るようになり、感謝してバプテスマを受けます。しかし、1年たち、2年たち、最初の感動は薄れ、牧師や教会の人々との人間関係に息苦しさを覚え、次第に教会から足が遠のいて行きます。多くの人が癒されますが、救われる人は少ないのです。
・信仰には、“自我の業としての信仰”と“神の業としての信仰”の二つがあることを前に紹介したことがあります(赤星進「心の病気と福音」)。自我の業としての信仰は、「自分のために神をあがめていく信仰」です。熱心に聖書を読む、礼拝に参加する、だから癒して下さいという信仰です。しかし、この信仰に留まっている時、やがて信仰は失われます。もう一つの信仰のあり方、神の業としての信仰とは、「神によって生かされていることを信頼する信仰」です。イエスは言われました「恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国を下さる」(12:32)。信仰が “神の業としての信仰”へ成長する時、信仰の崩れはありません。何故ならば全てのことが、良いことも悪いことも、御心として受け入れられるからです。イエスはサマリア人に言われました「立ち上がって行きなさい」(17:19)。サマリア人は神の業に参加するよう召命を受けたのです。彼は祝福を受ける者から祝福を運ぶ者に変えられていったのです。

3.神の国は来た

・今日の招詞にルカ17:20−21を選びました。次のような言葉です「ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。 『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」。当時のイスラエルはローマの植民地でした。このことは、「自分たちは神の選びの民」と信じるイスラエル人にとっては耐えられない現実でした。彼らは神がこれら異邦人を滅ぼすために、メシア(救世主)を遣わし、いつの日か自由になる日が来ることを待ち望んでいました。だから彼らはイエスに尋ねます「神の国はいつ来るのですか」。
・それに対してイエスは答えられます「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』、『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」。神の国は既に来ている、私の到来と共に来た。今あなた方の目の前で、十人のらい病患者が癒されたではないか。こんなことはこれまでなかったことだ。イエスは先に語られました「私が神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」(11:20)。今起こりつつある事柄を見てみなさい。イザヤが預言したように、「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」ではないか(7:22)。あなたがたは私をメシアと認めない、だから神の業が為されても、ここに神の国が来たことが見えないのだとイエスは語られました。
・ファリサイ派はイエスをメシアと認めることが出来ませんでした。彼らの求めるメシアはユダヤをローマ帝国のくびきから解放し、ダビデ・ソロモン時代の栄光を与えるメシアでした。現在もユダヤ人はイエスをメシアと受け入れません。著名なユダヤ教神学者マルテイン・ブーバーは語ります「イエスにおいてメシアは来ているとの主張は真実でありえない。さもなくば、世界はこのように全く贖われていないように見えるはずはない。それゆえ、なお来るべきメシアというユダヤ教の期待はより信頼に値する」。確かにこの世はまだ贖われていない、罪の世界です。しかし、その荒廃の中にイエスが来られ、イエスに従う少数の弟子たちが現れました。
・イエスをメシア(キリスト)と信じる「キリストにある愚者」が起こされたことこそ、神の国が来た証しです。キリストにある愚者は、世の中が悪い、社会が悪いと不平を言うのではなく、自分たちには何が出来るのか、どうすれば、キリストから与えられた恵みに応えることが出来るのかを考える人たちであり、この人たちによって福音が担われ、私たちにも継承されているのです。神の国は既に来ている、私たちこそその神の国の住民なのです。サマリア人はらい病を患っているコロニーでは民族の差別を受けることはありませんでした。そしてそれはイエスのおられるところであればどこでもそうなのです。新しい年の教会の目標は「違いを受容し、喜び合う教会」です。日本人も外国人も共に礼拝できる教会を形成するために、新しい年の誓いを私たちは立てました。


カテゴリー: - admin @ 08時11分50秒

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