すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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10 15

1.エリフの登場

・ヨブ記を読んでいます。ヨブは家族と財産に恵まれ、周りの人からも尊敬されていました。しかし、そのヨブに理由のわからない苦難が次々に与えられ、子どもたちが次々に取り去られ、何千頭もの家畜が強盗に奪われるという出来事が起こり、更に彼自身に忌まわしい病気(らい病)が与えられます。周りの人々は相次ぐ災いを見て、「この人は神に呪われている」と考え、近づかなくなりました。そのヨブを見舞うために、三人の友人が見舞いに来ます。ヨブは自分の苦しみを友人に訴えました。しかし、返ってきた答えは「あなたが罪を犯したから災いを招いたのだ。悔い改めて、神に許しを請いなさい」という冷たいものでした。
・ヨブはこれほどの罰を受けるほどの罪を犯したとは思えず、神に対して異議申し立てを始めます。「私は言う、同じことなのだ、と。神は無垢な者も逆らう者も、同じように滅ぼし尽くされる、と。罪もないのに、突然、鞭打たれ、殺される人の絶望を神は嘲笑う。この地は神に逆らう者の手に委ねられている。神がその裁判官の顔を覆われたのだ。違うというなら、誰がそうしたのか」(9:22-24)。人は苦難に意味を認める限りはその苦難を耐えていけますが、苦難の意味がわからなくなった時、苦難は人を圧倒します。ヨブと三人の友人たちの議論が31章まで続きますが、ヨブは友人たちの説得に納得できず、叫びます「どうか黙ってくれ・・・私の議論を聞き、この唇の訴えに耳を傾けてくれ」(13:5-6)。ヨブはそれ以上、友人たちと議論をしてもしょうがないと思い、直接神に訴えます。「どうか、私の言うことを聞いてください。見よ、私はここに署名する。全能者よ、答えてください。私と争う者が書いた告訴状を、私はしかと肩に担い・・・頭に結び付けよう。私の歩みの一歩一歩を彼に示し、君主のように彼と対決しよう」(31:35-37)。ヨブは神を被告席に立たせ、三人の友人たちはもはや語る言葉を持たず、沈黙します。
・この後、32章からエリフという新しい登場人物の弁論が挿入されます。エリフは神を被告席に立たせて、自分の正しさを主張するヨブに我慢がなりません。「エリフは怒った。この人はブズ出身でラム族のバラクエルの子である。ヨブが神よりも自分の方が正しいと主張するので、彼は怒った。また、ヨブの三人の友人が、ヨブに罪のあることを示す適切な反論を見いだせなかったので、彼らに対しても怒った。彼らが皆、年長だったので、エリフはヨブに話しかけるのを控えていたが、この三人の口から何の反論も出ないのを見たので怒ったのである」(32:2-5)。エリフはヨブを追求します「ヨブはこう言っている。『私は正しい。だが神は、この主張を退けられる。私は正しいのに、うそつきとされ、罪もないのに、矢を射かけられて傷ついた。』ヨブのような男がいるだろうか。水に代えて嘲りで喉をうるおし、悪を行う者にくみし、神に逆らう者と共に歩む」(34:5-8)。「神は人よりも大なる方であり、被造物であるあなたが何故創造主である神と争うのか。そこにあなたの根本的な間違いがある」とエリフは主張します。「神には過ちなど、決してない。全能者には不正など、決してない。神は人間の行いに従って報い、おのおのの歩みに従って与えられるのだ。神が罪を犯すことは決してない。全能者は正義を曲げられない」(34:10-12)。

2.苦難を神の教育とみるエリフの議論

・エリフの主張は明解です。「神が罪を犯すことは決してない。全能者は正義を曲げられない」(34:12)。確かに被造物である私たちが、創造主である神と争うことはできない。それでも神に異議申し立てをせざるを得ない現実があります。イギリスのあるラジオ番組で流された実話があります。「一人の父親が癌に冒された娘を見舞うために、病院に向かっていた。父親はケーキの箱を抱えていた。途中に教会があり、彼は中に入って娘の癒しを祈った。やがて病院に着くと、彼は娘が死んだことを告げられた。彼は直ちに教会に戻り、祭壇の後ろの十字架像にケーキを投げつけた。それは命中して、ねばねばしたクリームがキリスト像の顔から肩にかけて、ゆっくりとしたたり落ちた」。ケーキを投げつけても娘は生き返りません。ヨブがいくら神を罵っても死んだ子供たちは生き返りません。しかし、悲しみを癒すためには、それは必要な「喪の作業」です。そのような異議申し立てを通して私たちは神と出会うのです。
・それは苦しい道のりです。でもその苦しみを通じて何かがなされる。弁護士の岡村勲氏は山一證券の顧問弁護士でしたが、山一破綻で損をした投資家の逆恨みで妻を殺され、犯罪被害者になって初めて、自分の目が開けたと語ります。「1997年、仕事の上で私を逆恨みした男によって妻が殺害されました。弁護士生活38年目にして犯罪被害者の遺族となって、被害者や家族がどんなに悲惨で、不公正な取り扱いを受けているかということを、初めて知りました。加害者の人権を守る法律は詳細に整備されているのに、被害者の権利を守る法律はどこにもありません・・・経済面では加害者は一切国の費用で賄い、弁護士も国の費用で依頼できますが、被害者は、被った傷害の医療、介護費、生活費はすべて自己負担なのです・・・私たちは、『犯罪は社会から生まれ、誰もが被害者になる可能性がある以上、犯罪被害者に権利を認め、医療・生活保障・精神的支援など被害回復のための制度を創設することは、国や社会の義務である』と考えます」。岡村氏の働き等により、犯罪被害者基本法(2004年)、刑事訴訟法が改正され(2007年)、事態は改善しました。苦難には自分が直面してこそ初めて知る真理が含まれています。ある信仰者は歌いました「病まなければ、ささげ得ない祈りがある。病まなければ、信じ得ない奇跡がある。病まなければ、聞き得ない御言葉がある。病まなければ、近づき得ない聖所がある。病まなければ、仰ぎ得ない御顔がある。おお、病まなければ、私は人間でさえもあり得ない」(河野進・病まなければ)。不条理を受け入れた時、見えてくる真実があるのです。

3.人は理論では救われない

・今日の招詞にヨブ記38:1-4を選びました。次のような言葉です。「主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて、神の経綸を暗くするとは。男らしく、腰に帯をせよ。私はお前に尋ねる、私に答えてみよ。私が大地を据えた時、お前はどこにいたのか。知っていたというなら、理解していることを言ってみよ」。ヨブは神に「私が何をしたので、あなたはこのような苦難をお与えになるのか」を問い続けてきました。しかし神は、「何故私に苦しみが与えられるのか」というヨブの問いに、何も答えられず、ただ言われます「私が大地を据えた時、お前はどこにいたのか」。神が天地を創造された時、ヨブはどこにもいません。まだ生まれていなかったからです。神は問い続けられます「お前は一生に一度でも朝に命令し、曙に役割を指示したことがあるか」(38:12)。誰が夜を終わらせて朝をもたらすのか、お前なのかと神は問われます。ヨブは答えられません。天体を支配しているのはヨブではないからです。神は更に問われます「お前は海の湧き出る所まで行き着き、深淵の底を行き巡ったことがあるか」(38:16)。ヨブは答えられません。ヨブの知っている世界はパレスチナだけだからです。
・ヨブの苦難は、自分を中心にした時には大問題になります。しかし、神は言われます「神を中心にして世界を考えてみなさい。一体お前はどれだけのことを知り、どれだけのものについて責任が取れるというのか。何一つお前は知らず、何一つ責任を取ることができないではないか」。このような問いかけが38章から41章まで続きます。神が語られたことは、前にエリフが語ったこととほぼ同じです。しかしエリフの語りはヨブに何の悔い改めも生じさせず、神の語りはヨブを変えました。エリフは正しいことを言いましたが、言葉は正しいから伝わるのではありません。人が自分の体験したこと、直面したことを語る時にはその言葉は伝わりますが、知らないことを知っているように語ってもその言葉は伝わりません。苦難を体験した者でなければ、苦しむ人を慰めることはできないのです。
・40章12-14節で神はこのように問われます「すべて驕り高ぶる者を見れば、これを挫き、神に逆らう者を打ち倒し、ひとり残らず塵に葬り去り、顔を包んで墓穴に置くがよい。そのとき初めて、私はお前をたたえよう。お前が自分の右の手で、勝利を得たことになるのだから」。神は語られます「お前が地上の悪人どもを滅ぼし尽くし、この地上に完全な正義を実現することが出来るなら、私はお前をほめよう。しかし、何故私が悪人どもを滅ぼし尽くさないのか、お前は知っているか。私は悪人さえ滅ぶのを喜ばず、彼らが悔改めて命に入る日が来ることを望んでいる。だから彼らを滅ぼし尽くさないのだ。そのことをお前は知っているのか」。ここでヨブは知らされます。創造世界の中心にいるのはヨブではなく、神であり、神の働きについて何も知らないのに、自分に起こった理不尽な苦しみだけを見て、神を問い詰め、神を告発していたのです。神との対話を通じて、ヨブは自分の罪を悔い改めます。「あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。それゆえ、私は塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔改めます」(42:5-6)。
・私たちが苦難にあった時、「何故」と聞くのを止めて、「何処へ」と聞き始めた時、苦しみは恵みになります。「この苦難を通してあなたは私をどこに導かれるのか」と問い始めた時、苦難の意味が変わってきます。ヨブは、苦しみを通して、「自分が生きているのではなく、生かされている」ことを知り、状況は何も変わらないのに、苦しみが苦しみでなくなりました。人は苦しみや悲しみを通じて、神に出会い、その出会いを通じて新しい世界が与えられます。パウロは語ります「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」(第二コリント7:10)。苦難の中で、私たちは神と出会い、苦難の中に意味を見出した時、新しく生きることが出来ます。そのことについてエリフは正しいことを語っています「神は貧しい人をその貧苦を通して救い出し、苦悩の中で耳を開いてくださる。神はあなたにも、苦難の中から出ようとする気持を与え、苦難に代えて広い所でくつろがせ、あなたのために食卓を整え、豊かな食べ物を備えて下さる」(36:15-16)。この苦しみを経験しないと本当の喜びはないのではないか。病気のために生涯寝たきりの人生を送った、水野源三さんは歌いました「もしも私が苦しまなかったら、神様の愛を知らなかった。多くの人が苦しまなかったら、神様の愛は伝えられなかった。もしも主イエスが苦しまなかったら、神様の愛は現われなかった」。


カテゴリー: - admin @ 08時01分21秒

10 08

1.友人の絶え間ない問責に怒るヨブ

・ヨブ記の二回目です。私たちは誰もが平穏無事な生活を望んでいます。しかし、現実には、私たちの人生には多くの悲しみや苦しみがあり、平穏な人生が波乱に満ちた苦労の人生になることもあります。「何故悲しみや苦しみがあるのか、その時、人はどうすればよいのか」を語った書がヨブ記です。主人公ヨブは家族と財産に恵まれ、周りの人からも尊敬されていました(1:1-3)。そのヨブに理由のわからない苦難が次々に与えられ、10人の子どもたちが亡くなる事故が起こり、彼の財産であった何千頭もの家畜が強盗に奪われるという出来事が起こります。更に、彼自身に「らい病」が与えられます。周りの人たちは相次ぐ災いを見て、「この人は神に呪われている」と考え、近づかなくなりました。最初、ヨブはこれらの災いを宿命として受容れます。彼は「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」(1:21)と語り、「私たちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」(2:10)と語ります。しかしヨブの内心では、神に対する不信と怒りが渦巻いていました。
・遠くから、三人の友人が見舞いに来て、彼をいかにも「かわいそう」という目で見た時、押さえつけていたヨブの感情が迸りでます。「ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は・・・彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、言った『私の生まれた日は消えうせよ。男の子をみごもったことを告げた夜も。その日は闇になれ』」(2:11-3:4)。
・ヨブは自分の苦しみを友人に訴えました。しかし、返ってきた答えは「あなたが罪を犯したから災いを招いたのだ。悔い改めて、神に許しを請いなさい」という冷たいものでした。「考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれたことがあるかどうか」(4:7)、「神が裁きを曲げられるだろうか。全能者が正義を曲げられるだろうか。あなたの子らが神に対して過ちを犯したからこそ彼らをその罪の手に委ねられたのだ」(8:2-4)、「神は偽る者を知っておられる。悪を見て、放置されることはない」(11:11)。ヨブが求めていたものは慰めでした。しかしヨブに与えられたのは説教でした。
・あるカウンセラーは語ります「カウンセリングにおいて最も重要なことは、相手との関係の樹立であり・・・教理(ドグマ)や固定化したアプローチの仕方は、逆に相手に大きな痛手を負わせてしまう。ヨブの3人の友人たちは,キリスト教のドグマと既成概念に立って真の援助を与えることに失敗する牧師のようなものである」。人を本当に苦しめるものは、外的、肉体的な苦難ではなく、人との関係です。自分が理解されず、逆に責められる時、人の怒りは頂点に達します。何故、聴いてくれないのか、とヨブは叫びます「どうか黙ってくれ・・・私の議論を聞き、この唇の訴えに耳を傾けてくれ」(13:5-6)。真に苦しんでいる人を慰めることは人間にはできない。答えを示そうとして躍起になることは、逆に相手の苦しみに塩を塗り、傷口を広げていくことに他なりません。出来ることはただ、「その人のために祈る」ことだけです。

2.神を告発するヨブ

・ヨブは正しい人だっただけに、これほどの罰を受けるほどの罪を犯したと自分では思えません。ヨブは神に対して異議申し立てを始めます。人は苦難に意味を認める限りはその苦難を耐えていけますが、苦難の意味がわからなくなった時、苦難は人を圧倒します。ヨブは語ります「私は言う、同じことなのだ、と。神は無垢な者も逆らう者も、同じように滅ぼし尽くされる、と。罪もないのに、突然、鞭打たれ、殺される人の絶望を神は嘲笑う。この地は神に逆らう者の手に委ねられている。神がその裁判官の顔を覆われたのだ。違うというなら、誰がそうしたのか」(9:22-24)。
・ヨブは神に恨み言を述べます「神は私の道をふさいで通らせず、行く手に暗黒を置かれた。私の名誉を奪い、頭から冠を取り去られた。四方から攻められて私は消え去る。木であるかのように、希望は根こそぎにされてしまった」(19:8-10)。周りの人たちはヨブの相次ぐ災いを見て、「この人は神に呪われている」と考え、また彼の崩れた肉体を気味悪く思い、彼に近づかなくなります。ヨブは嘆きます「神は兄弟を私から遠ざけ、知人を引き離した。親族も私を見捨て、友だちも私を忘れた・・・息は妻に嫌われ、子供にも憎まれる。幼子も私を拒み、私が立ち上がると背を向ける・・・骨は皮膚と肉とにすがりつき、皮膚と歯ばかりになって、生き延びている」(19:13-20)。ヨブは三人の友に対して叫びます「憐れんでくれ、私を憐れんでくれ、神の手が私に触れたのだ。あなたたちは私の友ではないか。なぜ、あなたたちまで神と一緒になって、私を追い詰めるのか。肉を打つだけでは足りないのか」(19:21-22)。ヨブは自分の言葉を墓石に記し、自分の死後に誰かがそれを読んでくれることを願います「どうか、私の言葉が書き留められるように、碑文として刻まれるように。たがねで岩に刻まれ、鉛で黒々と記され、いつまでも残るように」(19:23-24)。

3.私を贖う方は生きておられる

・ヨブは人間に絶望しました。その絶望の中で、ヨブは救済者を呼び求めます。今日の主題はここから始まります。ヨブは語ります「私は知る、私を贖う者は生きておられる、後の日に彼は必ず地の上に立たれる。私の皮がこのように滅ぼされた後、私は肉を離れて神を見るであろう。しかも私の味方として見るであろう。私の見る者はこれ以外のものではない。私の心はこれを望んでこがれる」(19:25-27)。今日の聖書個所はヨブ記の中核となる重さを持っています。
・ヨブの語る「贖い主、ヘブル語=ゴーエール」とは、「買い戻す者」の意味です。彼の死後に彼の知人や親戚が彼の名誉回復をしてくれることをヨブは望んだのでしょう。「私を贖う者」の元々の意味から見れば、自分にとって一番血の濃い近親者で、「身請け人」になってくれる人のことです。たとえば、人質になったり、奴隷に売られようとする時に、身代金を払って請け出してくれる人のことを、ヘブル語では「ゴーエール」と言いました(レビ 25:25−27)。この意味から言うと、ここに言う「私を贖う者」というのは、「最後まで私の肩を持ってくれる私の身請け人」、「誰が私を見限っても 決して私を捨てないで私の恥も悲しみも、すべてを引き受けてくれる人」という意味がこの表現に込められています。
・その方は「ついには塵の上に立たれるであろう」とヨブは告白します。ヨブが言いたいのは「自分がだれの目にも敗北者として死んで、土を被っても、その墓場の土の上まで来て私の恥を雪いで下さる方が、生きておられる。私がその時墓場の土の下にいても、土の塵の上から、『この下にいるのは私の僕なのだ。この者を侮辱することは、この私が許さない』と、その方は言ってくださる」、そんな確信を表したものです。「私は決して、こんな惨めたらしい敗北者の姿で終わるのではない。人は私の信仰の不毛を笑うだろうが、神は決して私をこのままお見捨てになる方ではない。その神に私は最後まで信頼する。」とヨブは語っています。ヨブは「神を告発する」ことを通して「神を求めている」のです(織田昭聖書講解ノート)。
・私たちに与えられるさまざまな苦しみの意味は、私たちにはわかりません。それでも、私たちは神を仰ぎ見て、どうしたらいいのかと問いかけながら歩みます。神は沈黙して語ってくださらないことが多い。しかし、神がいつか私たちを顧みてくださる希望をもちつつ、日々生活していきます。ヨブ記の最後は、神がヨブを元の境遇に戻して、以前の二倍の財産と十人の子どもを与えて、彼を労わり慰め、幸福のうちに後の人生を歩み終わらせます。私たちが、このヨブのような幸せな最後を与えられるとは限りません。人生の最後を迎える時に、どうしてこんなに苦しめられるのだ、と叫ばなくてはならないのかもしれません。それでも、神の救いを求めて神を仰ぎ見る時、神は必ず私たちの魂を労わり慰めてくださる。そういうメッセージがヨブ記には込められています。
・今日の招詞にマルコ15:34を選びました「三時にイエスは大声で叫ばれた。『エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。』これは『わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか』という意味である」。ヨブ記の言葉「私は知る、私を贖う者は生きておられる、後の日に彼は必ず地の上に立たれる」は、もともとの意味を超えて、人々に読まれてきました。「仮に自分が無念のままに、汚辱の中で死のうとも、神はそれを知り、いつの日か憐れんで下さるという希望」を人々はこの言葉に見ました。それはイエスの十字架の叫びとも重なります。人は死ねば「塵に帰る」、虚しい存在です。その虚しい存在が今神により生かされている。今生かされているという事実が、死後も生かされるであろうとの希望を持つことを許します。
・ヘンデル「メサイア」の歌詞の一部がヨブ記から採られていることは有名です。メサイア第3部第40曲はヨブ記19:25-26の言葉「私は知る、私を贖う者は生きておられる。またこの肉体が蝕まれようとも、私はこの身をもって神を仰ぎ見るであろう」から採られています。原文では「I know that my Redeemer liveth.and that He shall stand at the latter day upon the earth.And though・・・ worms destroy this body,yet in my flesh shall I see God.」となります。それに続く言葉は第一コリント15:20です「何故ならば、キリストは実際に死者の中から復活し、眠りについている人たちの初穂となられたからだ」(For now is Christ risen from the dead・・・ the first fruits of them that sleep.)。ヘンデルは、復活の希望の中に、不条理の克服を見ています。
・花の詩画集を書いておられる星野富弘さんは、中学校の体育の先生でしたが、クラブ活動の指導をしていた時、鉄棒から落下し、首から下がすべて動かなくなってしまいました。九年間の病院生活のなかで、口に絵筆をくわえて花を描き、詩を書くようになり、三浦綾子の本に出会い、聖書を読むようになって、洗礼を受けてクリスチャンになりました。彼は歌います「私の首のように、茎が簡単に折れてしまった。しかし、菜の花はそこから芽を出し、花を咲かせた。私もこの花と同じ水を飲んでいる。同じ光を受けている。強い茎になろう」。キリストの復活を信じる時、私たちはどのような状況に置かれても、「私は知る、私を贖う者は生きておられる、後の日に彼は必ず地の上に立たれる」と言えます。そして、この信仰がある限り、折れた茎から新しい芽が生まれるのです。「東北の津波で死んだ人の命も無駄ではない。幼くして死んだ子の命も生かされる」、これが福音に基づく希望です。


カテゴリー: - admin @ 08時13分08秒

10 01

1.ヨブの物語

・今日からヨブ記を読んでいきます。ヨブ記は、「人生にはなぜ苦難があるのか」を追求した書です。私たちは誰もが平穏無事な生活を望んでいますが、現実には、人生には多くの悲しみや苦しみがあり、平穏な人生が波乱に満ちた労苦の人生になることもあります。何故そのような不幸や悲しみが自分に起こるのか、私たちには理解できない。ある人は突然の難病に苦しめられます。ある人は家族を交通事故で失くします。突然、職を解雇されて家族がバラバラにされる人もいます。神がこの世を支配し、私たちを愛しておられるとすれば、何故このような苦難が私たちに起こるのか。「人生には何故苦難があるのか」、人間は昔からこの問いをして来ましたが、誰も答えを持ちません。
・2011年3月に起きた東北大震災もまた人々に大きな苦しみを与えました。2万人の方が亡くなった災害を見て、多くの人が「何故」と問いました。新約聖書をケセン語に訳した医師の山浦玄嗣(はるつぐ)さんは、岩手県大船渡で震災に遭いました。その時、テレビ、新聞、雑誌などのインタビューアが彼の処に殺到し、繰り返したずねたそうです「こういう実直で勤勉な立派な人々が何故こんな目に合わなければならないのか。神はこういう人たちを、いったいなぜこんなむごい目に遭わせるのか。あなたは信仰者としてどう思いますか」。山浦さんは語ります「わかるわけがない、私は彼らのしつこさに腹が立ってきました」(山浦玄嗣「3.11後を生きる」)。人は因果応報の考え方にとらわれています「災害に遭ったのは何か罪を犯したからだ」と決めつけ、それが見当たらない時は、「お前たちの信じる神はお前を救えないのか。何のために信心するのか」と問いかけます。
・この意味のわからない、不条理な苦しみが、何故あるのかを追求した書がヨブ記です。主人公ヨブは「無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。七人の息子と三人の娘を持ち・・・多くの財産があり、使用人も非常に多かった。彼は東の国一番の富豪であった」(1:1-3)とあります。彼は経済的にも社会的にも、家庭的にも大変恵まれていた。ところが、そのヨブに理由のわからない災害が襲います。最初の災いは子どもたちが集まっていた時、家が倒壊し、全員が死ぬという災害でした。10人の子どもたちが一瞬のうちに取り去られました。次に何千頭もの家畜が強盗に奪われるという出来事が起こりました。裕福だったヨブが、一夜にして財産を失います。今回の東北大震災でも多くの人がこのヨブと同じ体験をしました。家族を失い、家を失った人々は言いました「私が何をしたというのか。何もしていないのにこの苦しみが与えられるのか。神も仏もいないのか」。それに対してヨブは語ります「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」(1:21)。「ヨブは信仰を保った」とヨブ記は記します。

2.さらなる苦難が与えられる

・しかし、追い打ちをかけるように新たな苦難がヨブに与えられます。「らい病」です。らい病は肉が崩れ、腐臭を放ち、感染するので、忌み嫌われ、天刑病=天罰と言われていました。裕福な人、知恵ある者、正しい人と尊敬されていたヨブが、「神に呪われた者」として、周りの人々から卑しみと軽蔑の目で見られるようになります。ヨブは家を離れ、塵の上に座って嘆きます。ヨブ記は記します「サタンはヨブに手を下し、頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかからせた。ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった」(2:7-8)。彼の妻は「神を呪って死になさい」(2:9)と冷たく突き放します。らい病者は神に呪われた者、妻さえもそのような目で彼を見ています。しかしヨブは語ります「お前まで愚かなことを言うのか。私たちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」(2:10)。「ヨブはこのようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった」とヨブ記は記します。
・ヨブは表面的には神への信仰を保持し、告白しています。しかし彼の内面では、神に対する疑いが生じ、動揺し、苦悩していました。それが三人の友人がヨブを慰めるために来た時に爆発します。三人は変わり果てたヨブの姿を見て、言葉を失ってしまいます。「三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった」(2:11-13)。これまで平静を保っていたヨブが三人の無言の責めに接して終に心が崩れます。友人たちが「ヨブが罪を犯したからこのような災いを招いたのだ」と無言のうちに彼を批判していることが分かったからです。現にエリファズは語ります「考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれたことがあるかどうか」(4:7)。二人目のビルダトは語ります「あなたが神を捜し求め、全能者に憐れみを乞うなら・・・神は必ずあなたを顧み、あなたの権利を認めて、あなたの家を元どおりにしてくださる」(8:5-6)。三人目のツオファルも語ります「神は偽る者を知っておられる。悪を見て、放置されることはない」(11:11)。彼らは因果応報の立場に立ち、「あなたの災いはあなたが罪を犯したことに対する神の罰だ。神の前に悔い改めなさい」とヨブを暗黙のうちに、攻め立てていたのです。
・その無言の問責に、ヨブは自分の生まれた日を呪い始めます。「私の生まれた日は消えうせよ。男の子をみごもったことを告げた夜も。その日は闇となれ。神が上から顧みることなく、光もこれを輝かすな」。(3:1-4)。ヨブの心が崩れる契機になったのは三人の友の来訪です。人は病気そのものよりも、その病気を通して見える相手の気持ち、「罪を犯したからこのような罰を受けたのだ」という無言の問責に傷つきます。それまでのヨブは表面を取り繕っていましたが、無言の問責を受けて彼の気持ちが崩れました。人を傷つけるものは、人の視線と言葉なのです。「人は人を救うことはできない」、ヨブはやがて語ります「そんなことを聞くのはもうたくさんだ。あなたたちは皆、慰める振りをして苦しめる」(16:2)。

3.苦難の意味

・今日の招詞にヨハネ9:2-3を選びました。次のような言葉です「弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が、生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである』」。当時の人々は、罪を犯したから、病気や障害になると考えていました。しかしイエスはそのような因縁、宿命を否定され、「神の業が現れるために」と語られました。
・島崎光正さんというクリスチャン詩人が、次のような詩を歌いました「自主決定によらずして、賜った、命の泉の重さを、みんなで湛えている」。「自主決定によらずして」、島崎さんは二分脊椎症という障害を持って生まれました。二分脊椎は、生まれつき脊椎の癒合が完全に行われず一部開いたままの状態にあります。そのために脳からの命令を伝える神経の束(脊髄)が、形成不全を起こし様々な障害を生じます。医療技術の進歩により、二分脊椎症は障害の有無が誕生前にわかるようになり、障害を持った胎児が中絶される危険性が大きくなってきました。島崎さんは出生前診断の廃止を訴えて活動されました。
・彼はドイツのボンで開かれた二分脊椎症国際会議で証言されます「私は二分脊椎の障害を負った七十七歳となる男性です。私は生まれた時からこの障害を負っていました。両親と早くに離別をし、ミルクで養ってくれた祖母の話では、三歳の時にようやく歩めるようになったとのことです。その時から、すでに足を引いておりました。七歳となり、私は村の小学校に入学しました。やがて市の商業学校へと進学しましたものの、間もなく両足首の変形が現れ、通学が困難となり、中途退学をしなくてはなりませんでした。その遅い歩みの中から詩を綴ることを覚え、今日に至っています」。
・証言は続きます「今、私がもっとも関心を抱いておりますのは、出生前診断のことです。二分脊椎の障害を負った胎児も、診断により見分けのつく時代を迎えています。その時、安易な選別と処置につながることを恐れる者です。たしかに、障害を負って生まれてきたことは、人生の途上において様々な困難をくぐらねばならないことは事実です。私の七十七年の歩みを振り返ってもそう言えます。けれども、それゆえに、この世に誕生をみたことを後悔するつもりは少しもありません。神様から母の陣痛を通してさずかった命の尊厳性は、重いものと考えられます。身に、どのようなハンデを負って生まれて来ようとも、人間が人間であるがゆえの存在の意味と権利は、人類の共同の責任において確保され、尊重されてゆかねばなりません」。
・人は人生に行き詰まりを感じた時、人生の意味を尋ねます。過酷な運命を与えられた人は必然的に自分の生まれたことの意味を問われます。その時、ヨブのように繰り返し「神様、何故ですか。なぜこのような不条理をあなたはされるのか」と問い続ける時に、「神の業がこの人に現れるためである」との声が聞こえてきます。納得できません。しかし納得できなくとも、不条理もまた神が与えたもうものであり、不条理な運命の中に意味があることを見出した時、「運命」が「使命」に変わっていきます。島崎さんは与えられた運命を嘆くのではなく、神が何故この苦難を与えられたのかを模索し、障害を持った子を中絶して葬り去ろうという世の動きを阻止することが自分の使命だと受け止め、そのために生涯を捧げられました。病気や障害が癒されることが神の業ではなく、病気や障害を持ちながらも使命に生かされていく人が現れることこそ、神の業の現れなのだと聖書は語ります。


カテゴリー: - admin @ 07時46分28秒

09 24

1.主の戦いからギデオンの戦いへ

・ギデオン物語を読んでおります。今日が最終回です。ミディアンの大軍をたった300人の奇襲戦で破ったギデオンは、敗残の敵兵をヨルダン川を越えて、追跡していきます。ギデオンは途中、ガド族の町スコトの人々に支援を求めましたが、人々は拒否します。「ギデオンはヨルダン川に着き、彼の率いる三百人と共に川を渡った。疲れきっていたが、彼らはなお追撃した。彼はスコトの人々に言った『私に従ってきた民にパンを恵んでいただきたい。彼らは疲れきっている。私はミディアンの王ゼバとツァルムナを追っているところだ』。しかし、スコトの指導者たちは『私たちがあなたの軍隊にパンを与えなければならないと言うからには、ゼバとツァルムナの手首を既に捕らえているのか』と言った」(8:4-6)。スコトの町は長い間ミディアン人の支配下にありました。彼らはギデオン軍の貧弱な兵を見て、勝利を危ぶみ、協力を断りました。ギデオンは協力を拒んだスコトを呪って先を急ぎます。しかし、ペヌエルの町も同じように協力を断り、ギデオンは報復を誓います。「彼はそこからペヌエルに上って、同じことを要求したが、ペヌエルの人々もスコトの人々と同様の答えをした。そこで彼は、ペヌエルの人々にもこう言った『私が無事に帰って来たなら、この塔を倒す』」(8:8-9)。
・ミディアン軍はヨルダン川東岸の奥深くまで逃げていましたが、ギデオン軍が攻め、ついには王も捕らえられます。「ゼバとツァルムナは、約一万五千の軍勢を率いてカルコルにいた。すべて東方の諸民族の全軍勢の敗残兵であった。剣を携えた兵士十二万が、既に戦死していた。ギデオンは、ノバとヨグボハの東の天幕に住む人々の道を上って、敵の陣営を攻撃した。陣営は安心しきっていた。ゼバとツァルムナは逃げたが、彼はその後を追った。彼はこの二人のミディアンの王ゼバとツァルムナを捕らえ、その全陣営を混乱に陥れた」(8:10-12)。敵を制圧したギデオンは、今度は自分たちに協力しなかったスコトとベヌエルの人々を殺します。「ギデオンは町の長老たちを捕らえ、荒れ野の茨ととげをもってスコトの人々に思い知らせた。またペヌエルの塔を倒し、町の人々を殺した」(8:16-17)。これは主が命じられた戦いではありませんでした。6-7章の主語は「主」でしたが、8章の主語は「ギデオン」です。戦いの性格が「主の戦い」から「個人の報復」に変わり始めています。

2.個人崇拝に陥った晩年のギデオン

・ギデオン軍の大勝利によって、イスラエルに平和が戻りました。士師記は記します「ミディアン人は、イスラエルの人々によって征服されたので、もはや頭をもたげることができず、ギデオンの時代四十年にわたって国は平穏であった」(8:28)。人々は平和をもたらしたギデオンに、「王になって自分たちを治めてほしい」と要請します。「イスラエルの人はギデオンに言った『ミディアン人の手から我々を救ってくれたのはあなたですから、あなたはもとより、御子息、そのまた御子息が、我々を治めてください』」(8:22)。しかしギデオンはこれを断ります。「ギデオンは彼らに答えた。『私はあなたたちを治めない。息子もあなたたちを治めない。主があなたたちを治められる』」(8:23)。イスラエルを治められるのは主なる神です。同時代の文書であるサムエル記では、主は王を求める人々に語られます「「主はサムエルに言われた『民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上に私が王として君臨することを退けているのだ』」(サムエル記上8:7)。
・ギデオンの答えは表面上信仰的ですが、ギデオンは本当に主の支配を求めていたのか、疑念を感じさせる文書を士師記は残します。彼は王になるのは断りましたが、人々に戦利品の金を提供するように求めます。「ギデオンは更に、彼らに言った『あなたたちにお願いしたいことがある。各自戦利品として手に入れた耳輪を私に渡して欲しい』。敵はイシュマエル人であったから金の耳輪をつけていた。人々は『喜んで差し上げます』と答え、衣を広げて、そこに各自戦利品の耳輪を投げ入れた。彼の求めに応じて集まった金の耳輪の目方は、金千七百シェケルで、そのほかに・・・飾り物があった」(8:24-26)。
・集められた金は総量20キロにも達しました。ギデオンはそれを用いて、大祭司の衣服であるエフォドを作ります。彼は王にこそなりませんでしたが、個人崇拝を求めたのです。ここからギデオン一族の堕落が始まります。「ギデオンはそれを用いてエフォドを作り、自分の町オフラに置いた。すべてのイスラエルが、そこで彼に従って姦淫にふけることになり、それはギデオンとその一族にとって罠となった」。(8:27)。
・ギデオンは王になることを辞退しましたが、実際には「王のような生活」をむさぼります。「ヨアシュの子エルバアルは、自分の家に帰って住んだ。ギデオンには多くの妻がいたので、その腰から出た息子は七十人を数えた。シケムにいた側女も一人の息子を産み、彼はその子をアビメレクと名付けた」(8:29-31)。
彼は多くの妻たちを抱え、子供も70人生まれます。実質的に彼は王のような生活を行ったのです。晩年の驕りは息子の名前にアビメレク(訳すると「わが父は王」)とつけたことにも現れています。人は成功すれば驕り、やがては自分が正しいと思うことをし始め、そこに世の乱れが生じてきます「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」(21:35)。士師記が教えるのは、主のために戦った人もやがては堕落する事です。信仰は主の名を呼び続けない限り、堕落していくのです。

3.神の人でありつづけるために

・今日の招詞に申命記8:17-18を選びました。次のような言葉です。「あなたは『自分の力と手の働きで、この富を築いた』などと考えてはならない。むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである」。イスラエルをミディアン人から救ったギデオンは、王になってほしいという民の要請を断りますが、事実上彼は王のような生活を行い、生まれた子にアビメレク(父は王)と名づけます。そのギデオンの高慢が罪を生みます。
・ギデオンが死ぬと子のアビメレクは母方のシケムに行き、「王として立つので支援して欲しい」と要請し、シケムの一族はそれを受け入れます(9:1-3)。ギデオンは王になることは神の主権を侵すことだと拒否しましたが、息子のアビメレクは王になるために兄弟を殺します。「彼らがバアル・ベリトの神殿から銀七十をとってアビメレクに渡すと、彼はそれで命知らずのならず者を数名雇い入れ、自分に従わせた。彼はオフラにある父の家に来て、自分の兄弟であるエルバアルの子七十人を一つの石の上で殺した。末の子ヨタムだけは身を隠して生き延びた」(9:4-5)。彼を支援したのはカナン人であるシケム族、資金は偶像神の神殿から出ました。彼はその資金で親衛隊を雇い、兄弟を殺して王位につきます。彼の生き方は「自分で正しいと思うことをする」、彼はレメクの末裔です。創世記は記します「レメクは妻に言った『・・・私は傷の報いに男を殺し、打ち傷の報いに若者を殺す。カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍』」(4:23-24)。
・王とは神の委託を受けて民を統治するものであり、彼は最初から王の資格を欠いていました。神の召命を受けずに自分の力でなった王位は、神により剥奪されます。士師記は記します「神はアビメレクとシケムの首長の間に、険悪な空気を送り込まれたので、シケムの首長たちはアビメレクを裏切ることになった。こうしてエルバアルの七十人の息子に対する不法がそのままにされず、七十人を殺した兄弟アビメレクと、それに手を貸したシケムの首長たちの上に、血の報復が果たされることになる」(9:23-24)。アビメレクは反抗するシケム族を攻め滅ぼしますが、戦いの中で女の投げた碾き臼が彼の頭を直撃し、彼は死にます(9:52-53)。
・この物語は、「歴史は誰が支配しておられるのか、人間か神か」を問いかけます。歴史の主体が人であればそこは弱肉強食の力の世界になります。物語後半のギデオンのように、です。しかし、歴史の主体が神であれば、そこにおいては委託と正しさが求められます。物語前半のギデオンはまさにそうでした。今日の招詞の言葉は深い意味を持ちます「あなたは『自分の力と手の働きで、この富を築いた』などと考えてはならない。むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである」。この感謝の心をなくした時、人は滅んでいくのです。
・神が共におられる時、人間はその力を超えた業ができます。ギデオンが300人の手兵で10万人を超えるミディアン軍を破ったように、です。しかし人が「その業は私が行った」と考え始めた時、主の霊はその人を離れ、彼は「自分の目に正しいとすることをおこなう」ようになり、破滅します。パウロが語りました。「力は弱さの中でこそ十分に発揮される・・・だから、キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう・・・なぜなら、私は弱いときにこそ強いからです」(第二コリント12:9-10)、自分の無力を知るゆえに神の名を呼び続ける、そのような人生を歩みたいと願います。


カテゴリー: - admin @ 08時14分44秒

09 17

1.ギデオンの戦い

・ギデオン物語を読んでいます。砂漠の民ミディアン人は収穫期になると、らくだの大部隊でイスラエルに襲い掛かり、全ての収穫を持ち去り、人々は平地には住めないほどの略奪を受けたと士師記は記します。そのミディアン人と戦うために召されたのがギデオンで、彼が近隣部族に声をかけると、32,000人の人が集まりました。しかし、敵は13万人を超えていました。ギデオンは3万人でも少ないと感じていましたが、主はこの3万人は「多すぎるから減らせ」と言われ、3万人が1万人になります。しかし主はギデオンに「1万人でも多すぎるから、さらに減らせ」と求められ、最終的に300人が残されました。
・ギデオン軍の3万人は烏合の衆であり、訓練された13万人の軍勢に正面から立ち向かっても勝ち目はありません。そのため、ギデオンは主の指示に従い、2万人を予備役に回し、精鋭の1万人で立ち向かい、さらにその中から300人の奇襲部隊を選びます。ギデオンには「私があなたを遣わす」(6:14)という主の言葉が与えられましたが、ギデオンは不安でした。しかし、敵を偵察してみると、意外なことにギデオン軍を恐れる敵の姿を見出しました。「ミディアン人、アマレク人、東方の諸民族は、いなごのように数多く、平野に横たわっていた。らくだも海辺の砂のように数多く、数えきれなかった。ギデオンが来てみると、一人の男が仲間に夢の話をしていた『私は夢を見た。大麦の丸いパンがミディアンの陣営に転がり込み、天幕まで達して一撃を与え、これを倒し、ひっくり返した。こうして天幕は倒れてしまった』。仲間は答えた『それは、イスラエルの者ヨアシュの子ギデオンの剣にちがいない。神は、ミディアン人とその陣営を、すべて彼の手に渡されたのだ』」(7:12-14)。敵は意外なことにギデオン軍を恐れていたのです。ギデオンは勝利を確信し、部下を励まします「立て。主はミディアン人の陣営をあなたたちの手に渡してくださった」(7:15)。ギデオン軍は敵陣に夜襲をかけ、敵は総崩れになりました。

2.追撃戦へ

・ミディアン軍を破ったギデオン軍は、ヨルダン川を越えて、敗走した敵を追跡していきます。ギデオン軍において直接に戦闘に参加したのは300人であり、3万人以上の兵力が温存されていました。ギデオンはこの予備兵力をミディアン軍追討に振り向けます「イスラエル人はナフタリ、アシェル、全マナセから集まり、ミディアン人を追撃した」(7:23)。さらに戦闘に参加しなかった同胞のエフライム族にも協力を求め、エフライムの戦力が敗残した敵軍を追いつめていきます「ギデオンは、使者をエフライム山地の至るところに送って、言った。『下って来て、ミディアン人を迎え撃ち、ベト・バラまでの水場とヨルダン川を占領せよ。』エフライム人は皆集まって、ベト・バラまでの水場とヨルダン川を占領した。彼らはミディアンの二人の将軍、オレブとゼエブを捕らえ、オレブをオレブの岩で、ゼエブをゼエブの酒船で殺し、ミディアン人を追撃した。彼らはオレブとゼエブの首を、ヨルダン川の向こう側にいたギデオンのもとに持って行った」(7:24-25)。
・ギデオン軍は敵を追跡するためにヨルダン川を渡りました(8:4)。途中、ギデオンはガド族の町スコトの人々に支援を求めましたが、人々はギデオン軍の軍勢の少なさを見て、これを拒否します(8:4-6)。スコトの町は長い間ミディアン人の支配下にあり、彼らはギデオンの貧弱な兵を見て、勝利を危ぶんだのです。ギデオンは協力を拒んだスコトを呪って先を急ぎます。ペヌエルの町も同じように協力を断り、ギデオンは報復を誓います(8:8-9)。ミディアン軍はヨルダン川東岸の奥深くまで逃げていましたが、ギデオン軍が攻めのぼり、ついには王も捕らえられました(8:10-12)。こうして、ギデオン軍は完璧にミディアン軍を打ち破り、その結果「ミディアン人は、イスラエルの人々によって征服されたので、もはや頭をもたげることができず、ギデオンの時代四十年にわたって国は平穏であった」(8:28)と士師記は記します。
・ギデオン物語が私たちに告げるのは、戦いの帰趨を決するのは人数ではなく、戦う人の勇気と信仰だということです。烏合の衆である3万人で訓練された13万人の軍勢に立ち向かっても勝ち目はありません。相手を奇襲すれば勝ち目があり、そのためには迅速に動ける少数者がいればよいのです。ギデオンは3万人の兵力を300人に減らされたが、残りの3万人は追撃戦において大きな役割を果たします。戦略家のクラウゼヴィッツは語ります「追撃がなければ勝利は大きな効果を持ちえない」(戦争論から)。

3.主に従うとは

・敵を制圧したギデオンは、追撃戦の時にパンを求めたが拒否したスコトとベヌエルの町の人々を虐殺します。「ギデオンは町の長老たちを捕らえ、荒れ野の茨ととげをもってスコトの人々に思い知らせた。またペヌエルの塔を倒し、町の人々を殺した」(8:16-17)。これは主が命じられた戦いではありませんでした。6-7章の主語は「主」でしたが、8章の主語は「ギデオン」です。戦いの性格が変わり始めています。勝利したことにより、ギデオンが信仰の人から力を誇る権力者に変わり始めているのです。
・今日の招詞に創世記4:25-26を選びました。次のような言葉です「再び、アダムは妻を知った。彼女は男の子を産み、セトと名付けた。カインがアベルを殺したので、神が彼に代わる子を授けられたからである。セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである」。創世記によれば、カインの子孫からレメクが生まれ、レメクは誇ります「私は傷の報いに男を殺し、打ち傷の報いに若者を殺す。カインのための復讐が七倍ならレメクのためには七十七倍」(4:23-24)。レメクが主張する七十七倍の復讐は自己の力を誇示するためのものです。敵を制圧したギデオンは、自分たちに協力しなかったスコトとベヌエルの人々を虐殺します(8:16-17)。ギデオンは主によって立てられたのに、いつの間にか自分の力に頼る権力者に変質したのです。ギデオンはヘブル書において「弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」とその信仰を称賛されています(ヘブル11:32-34)。そのギデオンも勝利者となれば変質するのです。
・アダムとエバは次男を殺され、長男は追放されます。その二人に、主は新しい子、セトを与えられます。セトのヘブル名シャトは「授かる」という意味です。「主によって子を授かった」との感謝の気持ちが込められています。前にカインを生んだ時にはエバは「私は主のように人を創った」(4:1)と誇りました。カインを生んだ時、エバは自分の力で子供を産んだと理解していました。しかしその傲慢の罪の結果、弟息子は殺され、兄息子は遠い所に追放されます。その罪の悔い改めが、次の子セトを「授かった(シャト)」いう言葉に反映しています。そして、セトの子の時代に「主の名を呼び始めた」(4:26)と創世記は記します。「主の名を呼ぶ」、神を礼拝するという意味です。弱さを知り、それ故に主の名を呼び求める人々の群れがここに生まれたのです。
・イエスは「七の七十倍赦しなさい」と教えられました(マタイ18:22)。この流れの中で、「七十七倍の復讐をやめ、七の七十倍の赦しを」求める人々が生れていきます。神に赦されたから人を赦していく、神中心主義の流れです。人間の歴史はこのカインの系図とセトの系図の二つの流れの中で形成されてきました。カインの子孫たちは「人間に不可能はない。劣った者は滅びよ」という考えを形成して来ました。現代社会ではこの流れが多数派です。しかし少数であれ、「人間は弱い者であり、神の赦しの下でしか生きることが出来ない」ことを知るセトの流れを汲む者たちが存在し、キリスト者は自分たちがセトの子孫であることを自覚します。私たちは「殴られたら殴り返す」社会の中で生きています。その中で、私たちは「七の七十倍までの赦し」を求めていきます。それはイエスの十字架を見つめる時にのみ可能になります。弟を殺したカインさえも赦しの中にあり、殺されたアベルもセトという形で新たに生かされたことを知る時、私たちも、「主の名を呼び求める者」に変えられていきます。そしてイエスの十字架を仰ぐ時、イエスが死から復活されたように、私たちも新しい命を与えられることを信じて生きます。
・人は成功すれば驕り、やがては自分が正しいと思うことをし始めます。そこに世の乱れが生じてきます。士師記が教えるのは、主の言葉に従って戦った人もやがては堕落する事です。第二次大戦でホロコストを経験したイスラエルに世界中の同情の目が集まり、イスラエルは1948年にパレスチナの地に国家を樹立します。世界中がイスラエルに祝福を送りました。しかし、何度かの防衛戦争を経て、イスラエルが最終的な勝者になると、今度は先住のアラブ人たちを迫害するようになります。人は成功すれば驕り、やがては自分が正しいと思うことをし始めます。士師記はその最後に記します「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」(21:25)。信仰者もまた、は主の名を呼び続けない限り、堕落していく現実を士師記は隠さずに見つめます。
・「キリスト教と戦争」という本を書いた石川明人氏(桃山学院大准教授)は語ります「キリスト教は、それ自体が『救い』であるというよりも、『救い』を必要とする救われない人間の哀れな現実を、これでもかと見せつける世俗文化である。キリスト教があらためて気付かせてくれるのは、人間には人間の魂を救えないし、人間には人間の矛盾を解決できない、という冷厳な現実に他ならない」。「人間には人間の魂を救えない」、ミディアン人から国を守ったギデオンはイスラエルの英雄です。その英雄さえ、「成功すれば驕り、やがては(神ではなく)自分が正しいと思うことをし始める」と書く士師記はまさに神の書です。ギデオンの物語を古代の英雄物語ではなく、私たちの物語として聞く時、士師記から神の言葉が聞こえてきます。


カテゴリー: - admin @ 07時53分27秒

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