すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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10 14

1.神の偉大と人間の卑小

・詩編の学びの二回目、今日は詩編8篇がテキストとして与えられました。詩編8篇はエルサレム神殿の前庭に集う夜の集会の会衆によって歌われた讃美の歌です。最初に会衆が合唱します「主よ、私たちの主よ、あなたの御名は、いかに力強く、全地に満ちていることでしょう」(8:2a)。それにこたえて独唱者が進み出て歌い始めます「あなたの天を、あなたの指の業を、私は仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの」(8:4)。最後に会衆が再び合唱します「主よ、私たちの主よ、あなたの御名は、いかに力強く、全地に満ちていることでしょう」(8:10)。
・詩人の信仰体験が会衆讃美を通して礼拝共同体全体のものとなっています。詩人は夜空に果てしなく広がる月や星を見て、この無限の宇宙を創造された神に驚嘆し、その偉大さを讃美しています。現代の私たちは自然の壮大さに驚くことを忘れてしまいました。都会で夜空を見上げても、見える星はわずかです。しかし、人里離れた場所に行けば様相は一変します。私はオーストラリアの砂漠で夜空を見上げた時の感動を忘れることができません。まさに足元から星空が広がっている光景を見て、宇宙の広大さを思わずには居られませんでした。
・詩人は同じ光景を見ています。彼は夜空に広がる満天の星を見て、その宇宙のかなたに創造の神がいまし、天と地を支配しておられることを全身で感じたのです。だから詩人は歌います「天に輝くあなたの威光をたたえます」(8:2)。天には神の創造の業が力強く刻印されています。人は果てしなく広がる天空を見る時、宇宙の悠久無限に想いを馳せます。だから詩人は歌います「あなたの天を、あなたの指の業を、私は仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの」(8:4)。古代の人々は太陽や月を神として拝みましたが、イスラエルの民はこの偶像崇拝から自由です。月も星も被造物に過ぎないと歌います。
・その無限大の宇宙の前にたたずむ時、人は自分があまりにも小さな存在であることを痛感します。彼は歌います「そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは」(8: 5)。「人間は何ものなのでしょう」、人間と訳されている言葉は「エノシュ」、人間の弱さを示します。人間は有限であり、やがては死すべき存在にすぎません。「人の子」、ベン・アダム、アダムの子、アダムは土(アダマ)から来ますから、塵の子と訳すべきでしょうか。人間は塵によって造られた卑小な存在に過ぎないことを詩人は認識しています。一人の人間の生涯は70年、あるいは80年です。それは決して短くはない。しかし人類の数百万年という長い歴史の中で見た時、その生涯は一瞬です。詩編90編は歌います「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても、得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります」(詩編90:10)。
・そして別の詩編詩人も歌います「人の生涯は草のよう。野の花のように咲く。風がその上に吹けば、消えうせ、生えていた所を知る者もなくなる」(詩編103:15-16)。私たちはやがて死に、私たちが生きてきた痕跡も消えてしまいます。それなのに私たちはこの地上で、「何を食べようか、何を飲もうか」と思い悩み(マタイ6:25)、瞬く間に過ぎゆく富や地位に目を奪われ、反目し、嫉妬し、恨み、争って、その生涯を終えます。神の造られた自然がこんなにも美しく、雄大であるのに、人の世は何故こんなにも騒々しく、醜いのか、詩人は満天の星の輝く夜空を前にして思います。
・しかし詩人はただ人間の卑小さだけに注意を奪われているのではありません。その無に等しい者に目を留め、顧みて下さる方に思いを馳せます。彼は歌います「神に僅かに劣るものとして人を造り、なお、栄光と威光を冠としていただかせ、御手によって造られたものをすべて治めるように、その足もとに置かれました」(8:6-7)。「無に等しい人間が神の似姿に創造された」、そして「万物の支配をその人間が委ねられた」、詩人はそのことを驚き、感謝しています。この言葉の背景には創造信仰があります。創世記は記します「神は言われた『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう』」(創世記1:26)。

2.人を二重の視点で見る

・人は塵で造られた故に塵に帰る、はかない存在です。しかしそのはかない存在に神は天地万物を治める権能を与えることによって、神とつながる存在にして下さったと詩人は歌います。ここに人間の持つ二重性が見事に描かれています。すなわち、人は貧しく無に等しい存在ですが、神はその人間に尊厳を与えて下さった。人は卑しいけれども、同時に尊い存在であるという視点です。「卑しくかつ尊い」、その人間の両面性を正しく認識しない時に、人は過ちを犯します。自分が「尊い存在である」ことを忘れた時、人は虚無の世界に引き込まれ、自分なんかいなくとも良い、自分は誰にも必要とされていない、そう思い込んで自殺します。しかし聖書は「あなたは「神に僅かに劣るものとして造られ、栄光と威光を冠としていただいている」存在だと語ります。
・他方、自分が「限界を持つ存在」であることを忘れた時、人は傲慢になります。今や人間は高度に発達した科学技術によって宇宙の神秘にメスを入れ、遺伝子操作を用いて生命でさえも操作できると考えるようになりました。しかし技術の進歩は人を殺す大量殺戮武器の開発にも向けられ、人はこの美しい地球を何回でも破壊できるほどの核弾頭を抱えて、さまよっています。その人々に詩人は幼子を見よと言います「神は幼子、乳飲み子の口によって、あなたは刃向かう者に向かって砦を築き、報復する敵を絶ち滅ぼされます」(8:3)。幼子は自分では何もできないことを知るゆえに親を信じ、親に自らの生存を委ねます。詩人は自分が「限界を持つ存在」であることを忘れた人に、「幼子の生き方を見よ」と言っているのです。

3.命の息を吹き込まれた存在としての人間

・詩篇8篇の背景には創世記の人間理解があります。今日の招詞に創世記2:7を選びました。「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」。人は土(アダマ)の塵で創られたから、人は(アダム)と呼ばれたと創世記は言います。土から創られたことは、人は神の前では土くれのような、つまらない存在であることを示します。その無価値な存在に、神は生命の息を吹き込まれた。神の息が吹き込まれた故に、人は生きる者になった。人の人たるはその肉にあるのではなく、神が吹き込まれた息(ルーアハ)、すなわち霊が与えられているためです。この霊こそ神の賜物であり、神の霊なしには人は動物にすぎないのです。
・「神を信じないならば人は動物にすぎない、神を信じてこそ人は人たりうる」と聖書は言います。人間の歴史は戦争の歴史、殺しあいの歴史です。私たちは人と人が殺し合い、国と国が争う歴史を形成してきました。動物は決して無用な殺戮は行いませんし、同族同士の殺し合いはしない。社会学的に見れば人間は動物以下の存在です。神の息、霊を失ったゆえです。神を知らない人間は本当の意味での平和を形成できません。人間の平和とは「争いのない」状態であり、誰かの武力に他の人が対抗できない時に争いのない状態=平和が生まれます。「ローマの平和=パックス・ロマーナ」は、ローマ帝国の軍事力を背景に生まれ、帝国が衰退すると各地の民族が反乱を繰り返し、その平和は崩れていきました。現代の平和=パックス・アメリカーナも同じで、アメリカの国力の衰退と共に平和は崩れてきます。この世の平和は軍事力の脅しによって生まれる、偽りの平和です。そのような平和は聖書の語る平和(シャローム)ではない。本当の平和は、人が己の限界を知り、神の霊を受けているゆえに生かされていることを知った時に来ます。
・それは国だけではなく、個人生活においても同じです。私たちが神を知らない時、私たちの人生は偶然にもてあそばされる人生です。たとえ、現在が幸福だとしても、それは偶然のなせる業であり、外部の環境が変われば、すぐに不幸になります。しかし、私たちが神によって生かされていることを知った時、私たちの人生は偶然ではなく、必然になります。私たちに災いが起こっても、その災いは必然のもの、神がその災いを通して私たちを導こうとしておられることを信じる時、災いの意味が変わってきます。この神の導き、神の霊によって生かされる生き方こそ本来のものなのだと聖書は語ります。悔い改めるとは、この本来の状態、神が霊を吹き込まれた最初の状態に立ち返ることであり、そのしるしとして、私たちはバプテスマを受け、神の霊を再び受けます。その時、私たちの人生は外部環境の変化によって翻弄される偶然の人生ではなく、外部環境がどうあっても心は平安である必然の人生に変えられていきます。
・人は塵だから塵に帰ります。神を知る者は、「自分がいかに卑小か」を知る故に、驕り高ぶることをしません。その人間に神は万物の支配を委託されました。神に出会うことによって、人生の意味が違ってきます。病の人は病のままに、貧乏な人は貧乏なままに、祝福を受けるからです。神を知ることによって、私たちは「運命に翻弄される人生」から、「神に生かされる人生」へと解放されます。詩編8篇は私たちにそのことを告げています。「あなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう」(8:5)と歌った詩人が、「あなた・・・は神に僅かに劣るものとして人を造り、なお、栄光と威光を冠としていただかせ、御手によって造られたものをすべて治めるように、その足もとに置かれました」(8:6-7)と賛美することができました。この詩編に出会えたことを感謝します。


カテゴリー: - admin @ 08時08分58秒

10 07

1.詩編全体に対する序詞としての第1篇

・私たちは今日から1カ月間、説教で詩編を学んでいきます。詩編150篇の中にはいろいろな詩があります。神を讃美し感謝する詩もあれば、苦難の中で救済を求める詩もあります。今日学びます詩編第一篇は詩編全体を統合する始まりの詩篇です。詩篇1篇の特徴の一つは「幸いなるかな」という祝福で始まっていることです。第二に、この詩では旧約聖書の代表的な考え方、「神を愛する者は報われ、神に逆らう者は滅びる」(1:6)という因果応報が歌われています。
・詩編第一篇は「いかに幸いなことか」という言葉で始まります。詩人は歌います「いかに幸いなことか、神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、傲慢な者と共に座ら(ない者)」(1:1)。「神に逆らう者」、へブル語レシャイーム、邪悪な者、悪事を働く者の意味です。彼らは驕り高ぶり、寡婦、孤児、寄留者を虐げます。今日でいえばヘイト・スピーチを繰り返す人々です。「罪ある者(ハッタイーム)」とは、的を外す者、神の方を向かない者を指します。偉い人に忖度し、公文書さえも書き換える人々です。「傲慢な者(レツイーム)」とは嘲る者、高慢な者を言います。悪を犯しても「知らぬ、存ぜぬ」で悔い改めない人々です。詩人は「悪を働かず、神にそむくことがなく、高慢でない者」義人(正しい人)は幸いだと語ります。それを言い換えたのが2節「主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人」(1:2)です。主の教えとはトーラー(戒め、律法)ですが、それを毎日唱和し、守る人は幸いだと言われています。
・詩人は続けます「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば、実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」(1:3)。主の教えに従う者の生活は「流れのほとりに植えられた木」のようであり、彼は豊かな水(御言葉)に養われて、多くの実を結ぶと祝福されています。詩編1篇の作者は詩編全体の編集者であり、彼は詩編の中に「悪しき者が栄え、正しい者が虐げられる」ことを訴えた詩が数多くあることを知っています。次の二編を見ると「なにゆえ、国々は騒ぎ立ち、人々はむなしく声をあげるのか。なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して、主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか。「我らは、枷をはずし、縄を切って投げ捨てよう」と彼らは言う(2:1-3)。その現実を知った上でなお、「神を愛する人のすることはすべて、繁栄をもたらす」と詩人は断定します。「正しい者が虐げられ、悪が栄える」現実があっても、「悪の企てに加担しない者こそ幸い」だと歌い上げているのです。
・詩人は律法を守らない人、主の教えに逆らう者は災いだと続けます「神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされる籾殻。神に逆らう者は裁きに堪えず、罪ある者は神に従う人の集いに堪えない」(1:5)。穀物は収穫が終わると実をたたいて実と殻に分離し、空中に放り投げられます。その時、中身のないもみ殻は風に飛ばされ、重さを持つ実だけが再び容器の中に戻されます。悪しき者は、たとえ一時的に隆盛を誇るように見えても、内容のない空疎な存在として、あらゆる方向に吹き飛ばされる。それ故、悪人は「神の裁きに堪え得ない」(1:5)と詩人は歌います。悪しき者、神に逆らう者は終末の審判で滅ぼされる。「神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る」(1:6)。邪悪な者の道が栄え、正しい者が虐げられるという現実があったとしても、それは一時的であり、「世界を支配される神はその悪を糺される、悪がいつまでも栄えることはない」とその信仰を歌います。

2.詩篇には救済の力はない

・詩編第一篇は義人を水辺の樹木に、罪人を風に吹き飛ばされるもみ殻にたとえて、両者の人生が対照的であることを印象付けます。第一篇の中心的な思想は因果応報です。因果応報とは行為の善悪と人生の幸不幸を関連付ける考え方です。「善は報われ、悪は滅びる」、「人は自分の蒔いたものを刈り取る」、「頑張った人は報われる」、そうであって欲しいという願いを込めて、現代社会もまた因果応報を考え方の基礎にしています。旧約学者の月本昭男氏は、詩篇釈義の中で述べます「何が悪で何が善かは相対的であり、立場を変えれば、善が悪に、悪が善になりえます。また何が本当の幸福か、誰も知りません。このような中で、善と悪、幸と不幸を二分化して固定する応報的世界観の下では、応報原理があらゆる人生の出来事に当てはめられ、悪人が悪ゆえに栄え、善人が善ゆえに滅びる現実社会の不条理は無視されてしまいます。その結果、ヨブのように災難に見舞われた者は神に罰された者として断罪されることになります。因果応報論は、時には因果関連を世代間に広げ、あるいは死後の世界へと延長して、人生の不条理を安易に合理化し、社会のゆがみや矛盾を正当化するようになります」(詩篇の信仰と思想より)。
・詩人は、義人の生涯は邪悪な者の生涯よりも幸福だと見ているわけではありません。そうではない現実があることを見つめながら、それでも悪に加担しない、正義を求めていく生き方こそ、幸いだと歌うのです。しかし、この詩は限界を持っています。詩人は人を義人と罪人に分け、対立させていますが、どこに完全な人、義人がいるでしょうか。「善を行う者はいない。一人もいない」(詩編14:3)という叫びは真実です。人は心の中に重い闇(原罪)を抱えています。パウロは叫びます「私の五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、私を、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれが私を救ってくれるでしょうか」(ローマ7:23-24)。詩編1篇は偉大な詩ですが、そこにあるのは因果応報であり、基本的な考え方は利害得失です。利害得失はこの世の生き方ですが、私たちを滅びから救う力はありません。

3.詩篇1編を祝福に変えられるイエス

・今日の招詞にマタイ5:3‐5を選びました。次のような言葉です「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ」。山上の祝福の冒頭の言葉です。詩編1篇は「幸いだ」と言う言葉で始まります。「幸いだ」(ヘブル語アシュレイ)はギリシャ語訳聖書(70人訳)では「マカリオス」と訳されました。この「マカリオス」が、「山上の祝福」の冒頭の言葉です。原文では「幸いだ、貧しい者たち。神の国は彼等のものだ」とあります。他方、詩篇1:1は「幸いだ、神に逆らう者の計らいに従って歩まない者は」と語ります。両者の構成は同じです。イエスはガリラヤ湖のほとりで、詩編1篇を想起しながら、山上の祝福を述べられているのです。そして目の前にいる人々に「あなた方は貧しいゆえに幸いだ」と言われています。
・何時の時代でも人々は幸福を求めます。イエスの下に集まってきた人々も幸福を求めていました。ある者は、長い間病気で苦しみ、別の人は食べるものもない貧乏の中にいます。精神的な悩みを持つ人もいた。彼らは現在の情況さえ変われば、病気や貧困さえ取り除かれれば、幸福になれると思っていました。「でも本当にそうか」とイエスは問われます。1997年夏に亡くなったダイアナ妃の人生について、ある人は語ります「ダイアナは人に愛されたい、幸せになりたいと願い、それを追い続け、それが得られないままに世を去っていった」。幸福とは「求めたものを獲得する」ことではない。そのような喜びは一瞬に終わり、また新しい幸福の追求に人は追われていきます。イエスは言われます「あなた方は貧しい、しかし貧しいからこそ幸いだ。あなた方は悲しみを持つ、しかし悲しんでいる者が幸いなのだ」。聞いた人々は理解できません。貧しいこと、病気であることが幸いとは思えない。イエスはなぜ「貧しい人々、悲しむ人々」を祝福されたのでしょうか。
・イエスは貧しさや病気は耐え難い現実を十分に承知したうえで、苦しむ人々に「私の所に来なさい」と呼びかけ、その不幸を幸いに変えようと約束されます。彼はナザレでの宣教の始めに宣言されます「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである」(ルカ4:18)。イエスは自らの十字架死を通して、不幸を幸いにする道を開かれました。ペテロは告白します「(この方は)十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました。私たちが、罪に対して死んで義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によってあなたがたはいやされました」(第一ペテロ2:24)。私たちの罪を担うことを通して、私たちを死の刺から救い出して下さったとペテロは告白します。
・水野源三さんは子どもの時に熱病にかかって全身麻痺になり、生涯寝たきりの生活を送りました。人間的に見れば、悲惨な人生です。彼の体で動くものは唯一その眼球だけでした。彼は自由になる目の瞬きで意思を母親に伝え、母がそれを文字にする形で、詩を書きました。彼は歌います「もしも私が苦しまなかったら、神様の愛を知らなかった。多くの人が苦しまなかったら、神様の愛は伝えられなかった。もしも主イエスが苦しまなかったら、神様の愛は現われなかった」。「苦しんだからこそ神様に出会えた、だから私は幸いだ」といえる世界がここにあります。
・戦時下の日本、国家による宗教統制が激しさを増し、キリスト教が敵性宗教として弾圧されていた1941年の受洗者は5929 名でした。その後、日本が平和になり、信教の自由が許された1998 年の受洗者は1900名でした。迫害の時には6千名が受洗し、平和になると受洗者は1/3に減った。このことが示しますことは、苦難の時、悲しみの時にこそ、人は神に出会うという事実です。私たちに本当に必要なものは、病のいやしではなく、貧乏からの救済でもなく、苦難からの救いでもない。心が貧しくされて、神の言葉が聞こえるようになることです。その時、貧乏も、病気も、苦難もまた、祝福に変わって行くのです。「いかに幸いか、神の子を知る者は」、まさに私たちにキリストが与えられていることこそ、幸いなのです。


カテゴリー: - admin @ 08時08分14秒

09 30

1.サムソンの愚かさ

・旧約聖書「士師記」にありますサムソンとデリラの物語は、文学や音楽、映画などで数多く取り上げられて有名です。「失楽園」等を書いた17世紀英国の詩人ミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩「闘士サムソン」として創作しました。またヘンデルやサン・サーンスは「サムソンとデリラ」をオペラ化しています。レンブラントは「目をえぐられるサムソン」を絵画にしています。さらにセシル・デミルは物語を「サムソンとデリラ」として映画化しています。サムソン物語は、聖書の中でも最も知られた物語の一つです。何が芸術家たちをそのように魅惑するのでしょうか。今日は士師記の最終章である16章から物語を聞いていきます(士師記17章以下は後代の付加であり、サムソンは最後の士師です)。
・「サムソンは聖別されたナジル人として、人々の期待の中で生まれ、成長しました」(13:24-25)。彼は無双の力を持つ救国の英雄でしたが、欠点は女性の魅力に弱いことで、最初はペリシテ人女性を愛し、結婚しますが、争いを起こして失敗しています。そのサムソンがまたもペリシテの女に迷うところから16章の物語は始まります。「サムソンはソレクの谷にいるデリラという女を愛するようになった」(16:4)。ペリシテ人たちは自分たちを苦しめるサムソンの怪力の秘密を知るためにデリラを誘います「サムソンをうまく言いくるめて、その怪力がどこに秘められているのか、どうすれば彼を打ち負かし、縛り上げて苦しめることができるのか、探ってくれ。そうすれば、我々は一人一人お前に銀千百枚を与えよう。」(16:5)。
・デリラは金銭の欲と同胞の脅しの中で、サムソンに言い寄り、力の秘密を探ろうとしますが、サムソンは応じません。デリラは何度も哀願します「あなたの心は私にはないのに、どうしてお前を愛しているなどと言えるのですか。もう三回もあなたは私を侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった」(16:15)。来る日も来る日もデリラがこう言って迫ったので、サムソンは耐えきれず、ついに心の中を一切打ち明けたと士師記は記します「私は母の胎内にいた時からナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、私の力は抜けて、私は弱くなり、並の人間のようになってしまう」(16:17)。デリラはサムソンを眠らせて、その髪の毛をそり、力はサムソンを去ります。彼はペリシテ人に捕らえられ、目をくりぬかれて奴隷にされます。「サムソンは眠りから覚めたが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた」(16:20-21)。私たちは神によって生かされています。サムソンの力も神から与えられたものです。その力は、彼が生まれる前からナジル人として神にささげられた者であることによって、神から与えられた賜物でした。しかしそのことを忘れた時、神の力はサムソンから去り、サムソンはただの人になってしまいました。

2.サムソンの悔い改め

・サムソンは、全てを失い、光さえも失った牢獄の中で、自分がかつて主なる神に捧げられた者だったこと、それによって力を神の賜物として与えられていたのだということを、初めて本当に知り、自覚します。そして自分の神に捧げられた者としての人生を、デリラへの執着、彼女への欲望のゆえに売り渡してしまったこと、神との関係よりも人間との関係を、女性への欲望を第一としたために、かけがえのないものを失ってしまったことを、後悔と共に知ったのです。人間は追いつめられないと真実は見えないのです。
・しかし追い詰められた人が真摯に悔い改めて祈る時、神は人の声を聴いてくださいます。サムソンの髪の毛は再び伸び始め、それに伴い、彼の力も復活しました。サムソンは自分の罪を悔い、祈り、神との交わりが回復したのです。それを知らないペリシテ人はサムソンを見世物にして楽しもうと宴席にサムソンを呼びます。士師記は記します「ペリシテ人の領主たちは集まって、彼らの神ダゴンに盛大な生贄をささげ、喜び祝って言った。『我々の神は敵サムソンを我々の手に渡してくださった』。民もまたサムソンを見て、彼らの神をたたえて言った。『わが国を荒らし、数多くの同胞を殺した敵を、我々の神は、我々の手に渡してくださった』。彼らは上機嫌になり、『サムソンを呼べ。見せ物にして楽しもう』と言い出した。こうしてサムソンは牢屋から呼び出され、笑いものにされた」(16:23-25)。
・サムソンは最後の力を振り絞って主に祈ります「私の神なる主よ。私を思い起こしてください。神よ、今一度だけ私に力を与え、ペリシテ人に対して私の二つの目の復讐を一気にさせてください」(16:28)。そこには自分の命をも捨てる真剣な祈りがありました。サムソンは「建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。サムソンは『私の命はペリシテ人と共に絶えればよい』と言って、力を込めて押した。建物は・・・そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった」(16:29-30)。

3.サムソン物語をどう読むか

・今日の招詞に詩篇107:12-14を選びました。次のような言葉です。「主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた。闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断ってくださった」。17世紀英国の詩人で『失楽園』を書いたミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩として創作しました(闘士サムソン)。そこにはかつて天下無双の怪力を誇った英雄の姿はなく、妖艶な女性の魅力に負けた結果、敵方に囚われ、視力を奪われ、労役を科せられながら、過去を内省して苦闘する人間の姿が描かれています。ジョン・ミルトンは41歳の時、過労で失明しています。自らが失明して、彼は失明したサムソンの悲しみと祈りを理解したのでしょう。ミルトンは盲目でありながら「イリアス」や「オデッセイア」を描いたギリシャ詩人ホメロスをあげ、盲目が〈内面の目〉を培い、真の洞察に至ることを説きます。
・ミルトンが代表作「失楽園」を書いたのは、彼の失明後です。ミルトンは語りました。「盲目であることが悲惨なのではない、盲目に耐えられないことが悲惨なのだ。真理のための受難は崇高なる勝利への勇気なのだ」。ミルトンと同じように、盲目の中で自分は何を為すべきかを考え抜いた全盲の牧師がいます。玉田敬次牧師は神学校を卒業して宮城県の教会に牧師として赴任しますが、全盲の自分が晴眼者ばかりの教会に赴任して仕事が出来るだろうかという不安を持っていました。その彼に恩師が語ります「教会は牧師一人が働くところではなく、役員や会員が一緒になって奉仕する場所である。目に見える牧師はつい自分一人でやっていくことが多い。しかしあなたは目が見えないから、嫌でも信徒の手助けを借りなければならない。その方が真の教会の姿である」。目が見えないからこそ為すべきことがあることを示されたのです。
・玉田牧師はやがて故郷に戻り、芦屋三条教会の牧師になり、多くの人を育てましたが、その一人が小森禎司氏です。小森氏も全盲でしたが、励ましを受けて明治学院大学で英文学を学び、やがて桜美林大学の教授となり、ジョン・ミルトン研究に生涯を捧げます。盲目の中で「失楽園」を書いたミルトンを紹介する事こそ、自分に与えられた天命だと全盲で生まれた小森氏は思われた。詩編は歌います「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた」。主の助けがあれば、盲目になっても多くのことが出来ることを、サムソン物語は語ります。ミルトンはサムソンの生き方に励まされて「失楽園」を書き、小森禎司氏は失楽園を読んでジョン・ミルトン研究に生涯を捧げ、その小森氏に触れて多くの盲人たちが励まされました。
・サムソンは途方もない乱暴者で、女性の誘惑に弱く、失敗ばかりを繰り返し、最後は敵に捕らえられて目を抉り出されるような悲劇も経験しています。しかし、残酷な抑圧者であるペリシテ人に対し、繰り返し抵抗します。民衆は失敗しても失敗しても諦めないサムソンの姿に感動しています。このことは現代日本社会に大事なメッセージを語るのではないかと思います。サムソン物語が私たちに伝えるのは、やり直すことを認める寛容性です。田原総一朗氏は「日本人の不寛容性が日本の成長を阻害している」と語ります。「日本の最先端の研究所はアメリカのシリコンバレーに集中している。何故か、それは日本の経営者たちは失敗を恐れてチャレンジせず、企業の価値判断が失敗を許されない空気に包まれているからだ。しかし、シリコンバレーでは、3回4回失敗しないと相手にされない。失敗をおかすことが特権なのである。社会全体が失敗を甘受しないと、研究者が活躍できない」。畑村洋太郎氏は「失敗学」という本を書きました。失敗に学び、同じ愚を繰り返さないようにするためにはどうすればよいか、それは人を責めるためではなく、同じ失敗を繰り返さないための学問です。日本人は不都合な真実を隠そうとしますが、それは失敗に向き合うことを許さない社会の体質があるためです。しかしやり直すことを認めない不寛容の国は滅びます。多くの芸術家たちが、盲目になったサムソンに惹かれたのは、盲目になってもあきらめず、今一度のやり直しを祈って為し遂げたからです。
・ペテロは生前に三度イエスを否定していますが、教会は、彼の失敗を責めず、彼を教会の筆頭使徒に立て、そのことによって初代教会は活動を拡大する事ができました。パウロは教会の迫害者でありながら復活のイエスと出会い、偉大な伝道者になりました。もしパウロがかつて教会を迫害したことをもって教会が彼の伝道活動を阻んだら、今日のキリスト教会はなかったでしょう。神は自分に不誠実であったサムソンに、何度もやり直しの機会を与えられました。髪の毛をそられて力を喪失したサムソンに対し、彼の髪の毛を再び伸ばすことにより力を与えてくれました。聖書は「人にやり直すことを認める赦しの福音」に満ちた書なのです。聖書は、「人間の失敗とそれを赦す神の憐れみの歴史」を物語る書なのです。


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09 23

1.サムソンとペリシテ人との戦い

・9月は礼拝の中で士師記を読んでおります。士師記はサムソン物語を13−16章の4章にわたって記します。士師記の中で、最も長い物語です。サムソンはペリシテ人と対峙した士師(戦争指導者)です。ペリシテ人は、紀元前15-13世紀に、エーゲ海よりパレスチナ海岸に侵入した海洋民族で、それ以降、彼らの名によってこの地域は「パレスチナ=ペリシテの地」と呼ばれるようになりました。彼らは、ガザ、アシュドデ、アシュケロン、ガテ、エクロン等の海岸部に都市を築き、士師時代後期からイスラエル最大の強敵となります。そのペリシテ人の支配からイスラエルを救い出すために、士師サムソンが起こされました。
・サムソンはペリシテ人からイスラエルを守るために士師として召命されますが、「彼はナジル人として召命されて生まれた」(13:5)と描きます。ナジル人は神から特別の召命を受け、聖別(ナーザル)された者という意味で、強い酒を飲まないこと、髪をそらないことが求められました。「サムソンは聖別された者として、人々の期待の中で生まれ、成長した、主は彼と共におられた」(13:24-25)と士師記は描きます。
・そのサムソンが成人した時、彼はペリシテ人女性を愛し、結婚します。サムソンの両親は異民族の女性との婚姻に反対しますが、士師記は、これは主の計画であったと描きます(14:3-4「父母にはこれが主の御計画であり、主がペリシテ人に手がかりを求めておられることが分からなかった。当時、ペリシテ人がイスラエルを支配していた」)。サムソンはペリシテの女性をめとりますが、妻はサムソンの力の秘密を同胞のペリシテ人に漏らしてしまい、怒ったサムソンはペリシテ人30名を殺してしまいます(士師記14:17-19「宴会が行われた七日間、彼女は夫に泣きすがった。彼女がしつこくせがんだので、七日目に彼は彼女に明かしてしまった。彼女は同族の者にそのなぞを明かした。七日目のこと、日が沈む前に町の人々は彼に言った。『蜂蜜より甘いものは何か、獅子より強いものは何か。』するとサムソンは言った。『私の雌牛で耕さなかったなら、私のなぞは解けなかっただろう。』その時主の霊が激しく彼に降り、彼はアシュケロンに下って、そこで三十人を打ち殺し、彼らの衣をはぎ取って、着替えの衣としてなぞを解いた者たちに与えた。彼は怒りに燃えて父の家に帰った」。)
・サムソンの乱暴に憤慨した妻の父は娘をサムソンと離縁させ、同胞のペリシテ人の男に嫁がせます。怒ったサムソンは報復にペリシテ人の畑を焼いてしまう乱暴をします(士師記15:3-5「サムソンは出て行って、ジャッカルを三百匹捕らえ、松明を持って来て、ジャッカルの尾と尾を結び合わせ、その二つの尾の真ん中に松明を一本ずつ取り付けた。その松明に火をつけると、彼はそれをペリシテ人の麦畑に送り込み、刈り入れた麦の山から麦畑、ぶどう畑、オリーブの木に至るまで燃やした」)。

2.ペリシテ人の報復

・ペリシテ人たちは自分たちの畑を焼いたサムソンへの報復に、最初にサムソンの嫁と舅を殺し、さらにサムソンの身柄引き渡しをイスラエルに求めます(15:9「ペリシテ人は、ユダに上って来て陣を敷き、レヒに向かって展開した」)。恐れたイスラエルの人々はサムソンを縛って、ペリシテ人に差し出します。ここにサムソン物語の本来の意味、支配者たちが敵を怖れる中で、一人でペリシテ人と戦うサムソンの姿があります。イスラエルの人々は言います「我々がペリシテ人の支配下にあることを知らないのか。何ということをしてくれた」(15:11a)。それに対してサムソンは答えます「彼らが私にしたように、彼らにしただけだ」(15:11b)。ここにあるのは、現在の沖縄・普天間基地の辺野古移転問題と同じ構造です。基地の県内移転に反対する沖縄住民に対して、日本政府は威嚇します「我々がアメリカ軍の支配下にあることを知らないのか」。それに対して沖縄の人々は応えます「私たちは自分の国で平和に暮らしたいだけなのだ」。政府の役割は、住民の切実な声を汲み上げて官民一体で米軍と交渉することですが、政府はその役割を放棄し、先頭に立ってアメリカ軍基地造成を行っています。それはペリシテ軍の圧力に押されて、「我々は、お前を縛ってペリシテ人の手に渡すためにやって来た」(15:12)と語るイスラエルの指導者と同じです。
・共に戦うイスラエル人は誰もいなかったのに、サムソンは一人で立ち向かっていきます。「サムソンがレヒに着くと、ペリシテ人は歓声をあげて彼を迎えた。そのとき、主の霊が激しく彼に降り、腕を縛っていた縄は、火がついて燃える亜麻の糸のようになり、縄目は解けて彼の手から落ちた。彼は、真新しいロバのあご骨を見つけ、手を伸ばして取り、これで千人を打ち殺した」(15:14-16)。ここには敵を殺すことに対する罪悪感はなく、殺した敵の数を誇る風潮があります。サウルやダビデの時代もそうでした(サムエル記上18:5-7「イスラエルのあらゆる町から女たちが出て来て、太鼓を打ち、喜びの声をあげ、三絃琴を奏で、歌い踊りながらサウル王を迎えた『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』」)。これは、ある意味やむを得ないことかもしれません。戦国時代とは、敵を殺すことが正義である時代なのです。

3.サムソン物語をどう読むか

・今日の招詞にヘブル11:32-34を選びました。次のような言葉です。「これ以上、何を話そう。もしギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル、また預言者たちのことを語るなら、時間が足りないでしょう。信仰によって、この人たちは国々を征服し、正義を行い、約束されたものを手に入れ、獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」。
・サムソン物語をどう読むかは難しい課題です。今日の私たちから見ますと、サムソンは士師にふさわしくない乱暴者です。それにも関わらず、士師記は最大の記述をサムソンについて割り当てます(13−16章)。彼は当時イスラエルを占領し、支配するペリシテ人に、恐れず立ち向かった救国の英雄として描かれています。乱暴者サムソンがペリシテ人を殺したことを士師記は礼賛します。「神の民イスラエルは無割礼のペリシテの支配下にいてはいけなかった。ペリシテを恐れて何もしない民を奮起させるために主はサムソンを用いられた」と理解し、新約時代のヘブル書ですら、彼を信仰の人として描きます。士師記の人物は、ギデオンにせよ、エフタにせよ、サムソンにせよ、不完全な人です。主は不完全な人を用いて御旨を行われることを士師記は示しています。
・勝村弘也は「サムソン物語雑考」の中で語ります「士師記13〜16章に描き出されているサムソンの姿は、読者に独特の奇妙な印象を与える。サムソンは、ここで〈士師〉の一人に数えられているようではあるが、イスラエルをペリシテ人の抑圧から解放したわけでもなく、何らかの軍勢を指揮したわけでもない。彼はどこまでも単独で行動する〈テロリスト〉的な人物に見える。聖書の読者は当惑するほかない。」彼は続けます「サムソンは、ふつうの士師でもナジル人でもない。しかし、まさにこの男からイスラエルの解放は〈開始〉されたと申命記史家は主張している。サムソンによってペリシテ人に対する闘争は始まった。ペリシテからの救出ないし解放はダビデによって完成するが、サムソンはこのサウルからダビデへと続く展開の先駆者と見られていることになる。」
・新約のへブル書はサムソンを肯定します。「獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」と。サムソンは途方もない乱暴者で、また女性の誘惑に弱く、失敗ばかりを繰り返し、最後は敵に捕らえられて目を抉り出されるような悲劇も経験しています(16:21)。しかし民衆は失敗しても失敗しても挑戦を続けるサムソンの姿に感動し、そのことが多くの伝承を生み、士師記に最大のページ数を割り当てさせたと思います。このことは現代日本社会に大事なメッセージを伝えるのではないかと思います。先に述べた沖縄の基地問題です。沖縄に米国の軍事基地を提供することが、本当に日本の「平和と安全」に寄与するのかの議論がなされないままに、新しい基地建設が進められています。それに対して「普天間飛行場の移設先は国外、最低でも県外」と唱えた鳩山前首相はつぶされて行きました。世の人々は「鳩山氏はアメリカという巨大な風車に、ドン・キホーテのように突っ込んで見事にぶっ飛ばされた」と嘲笑しますが、ある意味でペリシテ人という強大な風車に跳ね飛ばされたサムソンの生き方もドン・キホーテに似ています。沖縄の自治が、日本政府とアメリカ政府によってつぶされようとしている現在、ドン・キホーテ的存在は必要です。
・聖書は私たちに世の大勢に流されず、「主によって示された正しいことをせよ」とサムソン物語を通して語っておられます。教会は世にあって世に仕えますが、世にならうことはしません。「人の目ではなく、神の目に何が正しいのか」を求めて生きます。サムソンは、多くの人々がペリシテ人を怖れて何もできなかった時、一人でペリシテ人に立ち向かって行きました。国民の多くがアメリカ軍の威圧の下に何もしようとしない時、「平和に暮らしたい」と基地建設反対を訴える沖縄の人々がいます。かつてユダヤを攻めてきたアッシリアの軍隊から逃れるために、エジプトに頼った人々にイザヤは語りました「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない・・・エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない」(イザヤ31:1-3)。日本の安全保障を何故アメリカの軍事力に頼るのか、アメリカ人も肉に過ぎないではないか。サムソン物語は私たちに、今の日本の国家としての在り方をどう考えるかを、一人一人に迫る物語です。


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09 16

1.マルタとマリア

・教会では9月の礼拝は、聖書教育を用いて「士師記」を連続して読む計画を立てていますが、今日は予定の一部を変えて、ルカ福音書から「マルタとマリア」の個所を読んでいきます。8月の女性会誌「世の光」の中でこの個所が取り上げられ、何人かの女性会会員の方から、「食事の奉仕」と「御言葉の奉仕」のどちらが大事かについて議論があったが、聖書は何を語っているかを教えてほしいとの要望があったからです。本日は予定を変えて、ルカ福音書を読んでいきます。
・ルカ福音書「マルタとマリア」の物語は、「善きサマリア人の例え」同様、ルカ福音書だけが伝える物語です。客をもてなすために忙しく立ち働くマルタが、ただ座ってイエスの話を聞いているマリアを「叱って下さい」とイエスに呼びかけ、それに対してイエスが「マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とマルタをたしなめられる場面です。物語はイエスが旅の途中にマルタの家にお入りになることから始まります。「一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた」(10:38)。マルタ、マリアの姉妹はエルサレム近郊のベタニヤ村の住人であることがヨハネ福音書から知られています(11:1)。マルタにはラザロという兄弟もいて、イエスはこのマルタ、マリア、ラザロの兄弟たちと親しくされていたようです。
・ルカは、「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた」(10:39)と記します。マリアはイエスの足もとに座って、イエスの言葉に耳を傾けていました。姉のマルタは、一行のもてなしのためせわしく立ち働いていましたが、マリアの態度を見て腹を立て、イエスのそばに行って言いました。「主よ、私の姉妹は私だけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(10:40)。マルタは長女で、一行をもてなすために台所で忙しく立ち働いています。しかしマリアは手伝わない。マリアに対する不満が言葉となって、イエスに伝えられました。それに対してイエスは答えられます「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」(10:41-42)。

2.マルタ的生き方の良さと欠点

・多くの人々が、この物語に女性の対照的な二つのタイプを想定します。つまり、マルタ的生き方(行動的、能動的女性)とマリア的生き方(瞑想的、受動的女性)の二つのタイプです。一般的に男性はマリア的女性を好み、それに対して女性はマルタ的女性を支持します。そのため女性会での議論で、ルカ福音書が「イエスがマリアを肯定し、マルタを否定するニューアンスを打ち出している」ことに疑問を呈し、「皆がマリアのようにイエスの足元に座って話を聞いていたら、誰も食事が出来なくなるではないか」、「マルタのようにほかの人のために働く人がいなければ世間はなり立たない」等の反論が出たと聞いています。ドイツのプロテスタント教会では多くの修道女たちが、共同生活をしながら、福祉施設や教会の御用のために働き、その宿泊施設は「マルタの家」と呼ばれるそうです。マリアの家ではなく、「マルタの家」です。
・マルタの反論は当然です。この物語をマルタの立場から読んでみましょう。マルタは、イエスと弟子たちが長旅に疲れ、埃まみれであることを見て、手や足を洗う水を用意し、渇きをいやす飲み物を差し出しました。そして今、食事の支度に忙殺されています。10人を超える人々のためにパンを焼き、野菜を洗い、ぶどう酒を準備し、マルタはてんてこ舞いです。しかし妹のマリアは食事の準備を手伝おうともせず、イエスの足元に座って話を聞いています。だから彼女はイエスに苦情を申し立てます。「主よ、私の姉妹は私だけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」。
・マルタはイエスと弟子たちをもてなすために一生懸命なのに、マリアは手伝おうとはせず、イエスもそれをとがめない。自分の正しさが否定されたという憤りが、マルタの言葉遣いの中に滲み出ています。マルタは世話好きの女性であり、献身的に家のために尽くす一家の主婦でした。身を粉にして家族のために働いているのに誰も評価してくれない、その不満が爆発したのです。この不満は現代の日本においても、主婦の働きが正当に評価されず、多くの女性たちが不満を覚えているのと同じです。家事労働を外部化し、家政婦や介護ヘルパーに仕事を依頼すると、時給1000円以上の支払いが必要で、それを年間に換算すると300万円から400万円になります。主婦はそれだけの仕事をしているのに、世間は外で働く女性をより高く評価し、主婦の評価は低い。主婦の働きによってそれぞれの家庭は維持されているのに、家族からは感謝の言葉もなく、夫からは「それが主婦の役割でしょう」と言われる。もう耐えられない、マルタの言葉に多くの女性が共感するのは当然です。
・イエスはマルタの苦労に気づいておられないわけではありません。イエスは語られます「マルタ、マルタ」、名前を二度呼ぶことの中に、イエスがマルタの気持ちを理解しておられることが読み取れます。ただイエスは彼女の問題点を指摘されます「あなたはあまりにも多くのことに、思い悩み、心を乱している」。「今ここであなたの不平・不満を爆発させて、マリアを同じせわしさの中に引き込むことでは、物事は解決しないのではないか。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とイエスは語られます。

3.マリア的生き方の必要性

・今日の招詞にルカ8:14を選びました。次のような言葉です。「茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである」。イエスは大勢の人を前に、種まきの喩えを話されました「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。またほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」(ルカ8:5-8)。
・11節以降でその喩えの説明がなされますが、その中の一節が今日の招詞です。「御言葉を聞くが、途中で人生の思いわずらいや富や快楽に覆いふさがれて成長しない」と言われています。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している」とここでもイエスは語られています。イエスにより神の言葉を語られた、しかし福音の種は様々な理由により成長できない。道端に落ちた種は鳥に食べられ、石地に落ちた種は水分の不足で干上がり、せっかく発芽した種も茨に(即ち人生の思いわずらいに)捕らわれてしまい、実を結ぶことができない。イエスは言われます「思いわずらうことをやめ、福音の種に水を与え、日に当たらせ、茨があれば取り除きなさい。そうすれば種は百倍の実を結ぶ」と。
・思いわずらい、世の様々な出来事が私たちの信仰の成長を妨げています。聖書学者の大貫隆は「ルカ14:15-24、盛大な宴会の喩え」の注釈で語ります。「主人が宴席(神の国の食事)に招待しようとしても人々が多忙を理由に断る。最初の人は『畑を見に行かねばなりません』と断り、次の人は『牛を買ったばかりなのでそれを見に行きます』と言い、別の人は『妻を迎えたばかりですので行けません』と答える。日常の時間、つまりクロノスの根強さがここにある。仕事に追われて宴会どころではない。神の国、そんな話を聞いている暇はさらにない。イエスの『今(カイロス)』が、生活者の『クロノス』と衝突し、拒絶される」(大貫隆『イエスという経験』)。
・イエスがマルタに言われたことは「マリアを見習いなさい」ということではなく、「あなたの忙しい仕事を一旦中断して、今は私の話を聞いたらどうか。食べるパンも大事だが、命のパンはもっと大事なのではないか」ということです。「私たちはどこから来て、どこへ行くのか。私たちはなにものか」、いくら考えても正解などなく、私たちは考えることをやめます。それでなくとも忙しい、学校を卒業し、就職し、恋をして結婚する。やがて子供が出来て、小さな家を買い、会社で少しだけ昇進する。そのうち子どもは大きくなり、年老いた両親は介護が必要になる。考えなければいけないことは次から次へ出てくる」(森達也/私たちはどこから来て、どこに行くのか)。
・しかしある時、立ち止まって考えることが必要なのではないか。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」ことの意味を考えなければ、思い悩みが御言葉の成長を消してしまう。教会では多くの人が洗礼を受けますが、二年たち三年経つと、いつの間にか教会にいなくなります。この世の思いわずらいや富や快楽への誘惑が、日曜日の礼拝よりも大きな力を持ち、人々の信仰を食い尽くすからです。日本基督教団小岩教会の澤正彦牧師は、学校が日曜日に授業参観をすることにより、娘・澤千恵の礼拝参加が妨げられているとして、小岩小学校の校長を相手に訴訟を起こしました。日曜日訴訟と呼ばれ、昭和57年に起こされたものです。その中で澤牧師は「自分の都合で礼拝を休まない。クリスチャンとはそういう存在だ」だと主張しました。訴訟の妥当性はともかく、礼拝をそこまで大事に守ることは今日の話に通じるものがあると思えます。「人はキリスト者に生まれるのではない、キリスト者になるのだ」(テルトリアヌス)という言葉があります。思いわずらいをいったんやめて、命のパン、神の言葉を食べよ。仕事を一生懸命にすることは大事だが、せめて日曜日は仕事をいったんやめて礼拝に参加する、そうしないと魂が干上がってしまう。イエスがマルタに言われたことはそういうことではないかと思います。


カテゴリー: - admin @ 07時58分05秒

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