すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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08 12

1.サラの死

・創世記23章はアブラハムの妻サラの死と彼女の埋葬の記事です。サラは127歳で死んだと創世記は記します。「サラの生涯は百二十七年であった。これがサラの生きた年数である。サラは、カナン地方のキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ」。(23:1-2)。サラがアブラハムと共に約束の地に向かったのは65歳の時、それから62年間、サラはアブラハムと労苦を共にし、いまその生涯を閉じました。妻の死をアブラハムは悲しみ、泣きました。しかし、すぐに次の行動に移ります。サラの死によって、サラの遺体を葬る墓をどうするかという課題が出てきました。アブラハムはこの地においてまだ一坪の土地も自分のものとして持ってはいませんでした。
・アブラハムは、サラのためにカナンの地に墓地を購入しようとし、土地の人々と交渉を始めます。「私は、あなたがたのところに一時滞在する寄留者ですが、あなたがたが所有する墓地を譲ってくださいませんか。亡くなった妻を葬ってやりたいのです」(23:4)。アブラハムは自分を「寄留者」と表現します。信仰者はこの世では寄留者、旅人です。その寄留者がこの地上で持つ唯一のもの、それが家族と自分のための墓地です。アブラハムはそれを所有したいと申し出ましたが、土地の民は「お貸しします」と答えて、婉曲に売却を断りました。「どうか、御主人、お聞きください。あなたは、私どもの中で神に選ばれた方です。どうぞ、私どもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた方を葬ってください。私どもの中には墓地の提供を拒んで、亡くなられた方を葬らせない者など、一人もいません」(23:5-6)。彼らは異国人であるアブラハムに土地を所有させたくないと考えており、アブラハムの所有を断っています。
・しかし、アブラハムはあくまでも譲ってほしいと交渉します「ぜひ、私の願いを聞いてください。ツォハルの子、エフロンにお願いして、あの方の畑の端にあるマクペラの洞穴を譲っていただきたいのです。十分な銀をお支払いしますから、皆様方の間に墓地を所有させてください」(23:7-9)。所有者のエフロンはアブラハムに「あの畑は差し上げます。あそこにある洞穴も差し上げます。私の一族が立ち会っているところで、あなたに差し上げますから、早速、亡くなられた方を葬ってください」(23:11)と語ります。贈与は古代特有の売買の婉曲表現です。「差し上げると言ったのに、あくまでも買いたいと言うから、やむを得ず売却した」という形式をとるための交渉手続きでした。
・ですからアブラハムは「代金を支払います」と申し出ます。「私の願いを聞き入れてくださるなら、どうか、畑の代金を払わせてください。どうぞ、受け取ってください。そうすれば、亡くなった妻をあそこに葬ってやれます」(23:13)。エフロンがアブラハムに提示した価格は銀400シュケルでした。「どうか、御主人、お聞きください。あの土地は銀四百シェケルのものです。それがあなたと私の間で、どれほどのことでしょう。早速、亡くなられた方を葬ってください」(23:15)。
・相手の言い値の銀400シュケルは法外な値段です。後代のエレミヤが故郷アナトトの畑を買った時の価格は銀17シュケルでした(エレミヤ32:9)(銀1シュケルが11.4g、400シュケルは銀4.5圓砲發覆襦法B佝罎垢譴弌∩蠑譴凌十倍の金額を吹きかけられたことになります。しかし、アブラハムは価格交渉をせず、そのまま受け入れて、妻のための墓地を購入します。アブラハムがここで、少しでも安く土地を手に入れようという取引をしていないことに留意すべきです。「アブラハムはこのエフロンの言葉を聞き入れ、エフロンがヘトの人々が聞いているところで言った値段、銀四百シェケルを商人の通用銀の重さで量り、エフロンに渡した。こうして、マムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、土地とそこの洞穴と、その周囲の境界内に生えている木を含め、町の門の広場に来ていたすべてのヘトの人々の立ち会いのもとに、アブラハムの所有となった」(23:16-18)。異国で墓を購入する、それはその地に骨を埋めるとの覚悟です。この墓地購入を通してカナンの地は異国ではなく、約束の地になりました。そのために必要な代価は、たとえ高くとも払って行こうというアブラハムの決意がここにあります。

2.墓地購入の意味するもの

・アブラハムは「あなたの子孫にこの土地を与える」(12:7)との約束を受けて故郷を離れ、約束の地に来ました。そして約束の地において「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで」(15:18)との約束の確認を受けています。しかしアブラハムにはまだ一片の地さえ与えられていません。彼は放浪する寄留者なのです。そして、この墓地が約束の地でアブラハムに与えられた最初の土地でした。だからアブラハムは約束の一歩として、いくらの価格であれ、それを手に入れようとします。やがてアブラハム(25:10)もイサク(35:28)もヤコブ(49:29)もこの墓地に埋葬されます。このマクペラの洞穴がやがて、ユダヤ教・イスラム教共通の聖地となっています。アブラハムはイサクを通してユダヤ教徒の父になると同時に、イシマエルを通してイスラム教徒の父にもなります。このマクペラの洞穴を銀400シュケルで購入するという行為が、後に世界史的決断になって行ったのです。
・アブラハムは満足して死んだと思われます。人はこの世では寄留者であり、自分を葬るためには一片の土地があれば良い。トルストイは「人にはどれほどの土地がいるのか」という民話を書きました。少しでも広い土地を獲得しようとして、死にものぐるいの努力を続けて倒れた男が必要としたのは、その遺骸を葬るための墓穴にすぎなかったという作品です。詩編も歌います「自分の名を付けた地所を持っていても、その土の底だけが彼らのとこしえの家、代々に、彼らが住まう所」(詩編49:12)。旧約の人々は復活を知りません。彼らにとって死者の存在の唯一のしるしは遺骨です。ですから自分の遺骨がどこに葬られるかは、重要な問題でした。だからアブラハムは価格交渉をせずに相手の言い分を飲み、やがてアブラハムの子イサクも孫ヤコブも、さらにはひ孫になるヨセフもこの墓に葬られます(創世記50:24-25)。

3.人は何を残して死ぬのか

・今日の招詞にヘブル11:13を選びました。次のような言葉です「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」。私たちはこの世では寄留者、仮住まいの身です。信仰の祖と呼ばれたアブラハムが地上で手に入れたのは、妻と自分を葬るための小さな墓所でした(創世記25:10)。私たちはこの世で、家を持ち、財産を積んで将来のために備えようとしますが、その時聞こえてくるのは「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったい誰のものになるのか」という声です(ルカ12:20)。私たちが死ぬ時には地上の財産を持っては行けない。私たちは寄留者なのです。それではなぜ、アブラハムは墓地の購入にこだわったのでしょうか。
・横浜指路教会の藤掛順一牧師は語ります「アブラハムがカナンの地で得た最初の土地が、作物を得るための畑でも、家畜のための牧草地でもなく、墓だったということは意味深いことです。そこに彼の信仰の証があります。墓は、かつて生きていた人々の記念碑です。後世の人々にその記憶を伝えていくものです。アブラハムとその妻サラの墓は、彼らがこの地をかつて旅人として生きたことのしるしであり、そういう意味で彼らの信仰の証となるのです」(2007年5月13日説教から)。墓は死者がかつて生きていたことのしるしであり、またその死を記念するモニュメントです。だから寄留者も墓を大事にします。人は霊としては寄留者であり、この世の何ものも所有しませんが、生きてきた証しとして自分の墓を残していくのです。
・ローマにあった初代教会は、迫害の中で、地上での礼拝の場所を持てず、カタコンベと言われる地下墓地で、死者と共にキリストの復活を祝いました。その後教会が地上に建設されるようになった時も、彼らは教会堂の下に信徒たちのための墓地を設けました。四谷にあります聖イグナチオ教会の地下もその伝統に倣い、墓地になっています。中世の修道院では修道士たちの亡骸は地下墓所に安置され、その入り口には「メメント・モリ=死を忘れるな」と書かれていたそうです。「死を忘れない」、自分が死ぬべき存在であることを覚える、そして現在生かされていることを感謝する。その思いが「メメント・モリ」という言葉に込められています。教会は伝統的に信徒の墓の上で、死から蘇られたキリストの礼拝を続けたのです。死を思い起こし、今生かされていることを感謝するために墓地は必要なのです。
・私たちは6年前に会堂を建て直した折、会堂内に記念堂(納骨堂)を併設しました。教会員およびその家族の方の墓所とするためです。ただ法律の規制に応えるために、4年前にラザロ霊園に墓地を購入し、記念堂に納めた方の遺骨を希望があればいつでもラザロ霊園に移せるように整えました。これまで4名の召天者を葬ってきました。私たちもまた死ねば記念堂に入り、やがてラザロ霊園に移骨されます。召天された方々も教会員として共に礼拝を続けます。そして毎年秋に墓前礼拝を行い、亡くなった方のお名前を呼びます。アブラハムがサラを記念するために墓地を購入したように、私たちも生きた証を残すために、そして死を忘れないために、記念堂のある教会をここに建てたのです。


カテゴリー: - admin @ 08時05分29秒

08 05

1.アブラハムの罪とハガルの涙

・先週私たちはイサク誕生の記事を、創世記21章前半を通じて読みました。そこでの主題は「笑い」でした。「神は私たちに笑いを下さった」とアブラハムとサラは感謝しました。しかし人生には、笑いと共に涙があります。創世記21章後半の記事は笑いの反対側に涙があったことを記します。アブラハムのもう一人の子、イシマエルの記事です。物語は16章から始まります。アブラハムは「子を与える」との約束を神から受けましたが、妻サラは不妊で子供が生まれる気配もありません。「子を与える」との約束から10年が経過し、アブラハムとサラは約束の成就を待ち切れず、自分たちの力で神の約束を満たそうとします。
・創世記は記します「アブラムの妻サライには、子供が生まれなかった。彼女には、ハガルというエジプト人の女奴隷がいた。サライはアブラムに言った『主は私に子供を授けてくださいません。どうぞ、私の女奴隷のところに入ってください。私は彼女によって、子供を与えられるかもしれません』。アブラムは、サライの願いを聞き入れた。アブラムの妻サライは、エジプト人の女奴隷ハガルを連れて来て、夫アブラムの側女とした。アブラムがカナン地方に住んでから、十年後のことであった」(16:1-3)。妻に子が産まれない時、側女に子を産ませて世継ぎを得ることは当時の慣習でした。
・こうして側女ハガルがアブラハムの子を身ごもります。しかし、側女が身ごもり、正妻に子がなければ、側女と正妻の位置関係が変わり、側女は正妻を見下すようになります。創世記は記します「アブラムはハガルのところに入り、彼女は身ごもった。ところが、自分が身ごもったのを知ると、彼女は女主人を軽んじた」(16:4)。嫉妬に狂ったサラは側女ハガルを追放するようアブラハムに迫ります。「私が不当な目に遭ったのは、あなたのせいです。女奴隷をあなたのふところに与えたのは私なのに、彼女は自分が身ごもったのを知ると、私を軽んじるようになりました。主が私とあなたとの間を裁かれますように」(16:5)。
・サラとアブラハムが為したことは、約束の成就を待たずに、自力で解決しようとしたことでした。二人は「子を授かる」のではなく、「子を造る」ことを選択しました。現代の人々も「子を造る」ために不妊治療に取り組み、多くの赤ちゃんが生まれていますが、同時に不妊治療の失敗による夫婦の別離等の副作用も生まれています。「子は授かる」ものでなく、「造る」ものなのか、考える必要があります。アブラハムはサラに求められて、ハガルの追放を黙認し、家から追い出します。「アブラムはサライに答えた。『あなたの女奴隷はあなたのものだ。好きなようにするがいい』。サライは彼女につらく当たったので、彼女はサライのもとから逃げた」(16:6)。これが「信仰の父」(ヘブル11:17)といわれ、「信仰の母」(1ペテロ3:6)といわれた二人が行ったことです。創世記は信仰の父と信仰の母の二人の醜さと罪を隠しません。

2.ハガルとイシマエルを愛される神

・ハガルは逃げて砂漠を彷徨いますが、そのハガルに主のみ使いが現れ、元いた場所に帰るように促します「主の御使いが荒れ野の泉のほとり、シュル街道に沿う泉のほとりで彼女と出会って、言った『サライの女奴隷ハガルよ。あなたはどこから来て、どこへ行こうとしているのか』。『女主人サライのもとから逃げているところです』と答えると、主の御使いは言った。『女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい』」(16:7-9)。彼女は奴隷であり、故郷のエジプトに戻っても保護してくれる家はなかった。彼女はアブラハムの天幕に帰る以外に子供を安全に生む道はなかった。そのハガルに主はみ使いを通して、「私があなたと生まれてくる子を守る」と語られます(16:10-12)。思いがけない妊娠をし、誰にも相談できないままに子が生まれ、処理に困ってその子を殺したり、捨てたりする出来事が現代で起こっています。3千年前に解決されていた出来事が今日でも罪を生む要因になっています。
・女奴隷さえも気にかけてくださった神に、ハガルは感謝し、神を「エル・ロイ」(私を顧みられる神)と呼びます(16:13)。ハガルはアブラハムの天幕に戻り、アブラハムとサラも事の次第を聞いて悔い改め、ハガルを迎え入れ、彼女は子を産み、その子はイシュマエルと名付けられました。「ハガルはアブラムとの間に男の子を産んだ。アブラムは、ハガルが産んだ男の子をイシュマエルと名付けた。ハガルがイシュマエルを産んだとき、アブラムは八十六歳であった」。(16:15-16)。

3.イシマエルの追放

・その後、アブラハムとサラの夫妻に長い間約束されていた子が終に生まれました。サラは男の子を生み、アブラハムは子にイサクという名前を与えます。イサク(彼は笑う)、高齢のアブラハム夫妻に笑いが与えられたのです(21:1-4)。イサクの誕生でアブラハム家に笑いが生まれましたが、その笑いがやがて悲劇に変わっていきます。感謝してイサクを受け取ったサラが、今度は側室の子イシマエルの追放を画策するからです。創世記は記します「やがて、子供は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いた。サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、アブラハムに訴えた『あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、私の子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません』」(21:8-10)。
・正妻に子が生まれる前、アブラハム夫妻は側女の子イシマエルを相続人として育ててきました。しかし正妻の子が生まれると、側室の子は邪魔になります。サラの信仰も自分の子を相続人にしたいという現実の利害の前に砕けます。アブラハムは二人の子を前に悩みますが、神はアブラハムに、「相続人はイサクであり、イシマエルは追放せよ」と言われます。「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ」。(21:11)。
・アブラハムはイシマエルとその母を追放します。「アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった」(21:14)。二人の生存は主に委ねられました。母と子は荒野をさまよいますが、やがて水がつき、死を覚悟します「革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、『私は子供が死ぬのを見るのは忍びない』と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた」(21:15-16)。しかし神はイシマエルとその母を保護されます。彼もまたアブラハムの子だからです。
・「神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。『ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。私は、必ずあの子を大きな国民とする』。神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた」(21:17-19)。やがて子は「神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射る者となった。彼がパランの荒れ野に住んでいた時、母は彼のために妻をエジプトの国から迎えた」(21:20-21)。

4. 神は両者を祝福された

・今日の招詞に創世記25:7-9aを選びました。次のような言葉です「アブラハムの生涯は百七十五年であった。アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。息子イサクとイシュマエルは、マクペラの洞穴に彼を葬った」。アブラハムの名前はコーランに245回現れるそうです(イブラヒーム)。アブラハムはユダヤ教・キリスト教の父ですが、イスラム教もまたアブラハムをその祖とします。そしてアブラハムの子・イサクがユダヤ民族の祖となり、同じくアブラハムの子イシマエルがアラブ民族の祖となります。アラブ人もユダヤ人も共にアブラハムの子なのです。このことの意味を私たちは考える必要があります。
・ユダヤ教は、イシマエルを正統な後継者ではないとして排斥してきました。それを継承する新約聖書でも、イシマエルへの肯定的な言及をほとんどありません。パウロはガラテヤ書の中で語ります「「アブラハムには二人の息子があり、一人は女奴隷から生まれ、もう一人は自由な身の女から生まれたと聖書に書いてあります。ところで、女奴隷の子は肉によって生まれたのに対し、自由な女から生まれた子は約束によって生まれたのでした・・・兄弟たち、私たちは、女奴隷の子ではなく、自由な身の女から生まれた子なのです」(ガラテヤ4:22-32)。しかしパウロの見方は、あまりにも民族主義的な、偏った見方です。創世記はそのイシマエルのために神は荒野にオアシスを開かれたと記します。神はアラブ人さえも祝福されていると創世記は記しているのです。
・イスラムの伝統では、イシマエルを全てのアラブ人の先祖とみなしています。イスラム教の開祖ムハマッドは「コーラン」の中で、みずからをイシマエルの子孫と称しています。神と神の使いの特別な加護のあった母子は神聖視されており、イシマエルを預言者、犠牲の子として、大巡礼におけるザムザムの泉への往復は荒野に追われたハガル・イシマエル母子を追体験するものとされています。今日、イサクの子孫であるユダヤ人と、イシマエルの子孫であるアラブ人は抗争を繰り返しています。この現実の中で私たちは創世記21章を読みます。アラブ人もユダヤ人も共にアブラハムの子なのであり、アブラハムはイサクとイシマエルの二人の子により、マクペラの洞穴に葬られたのです。父アブラハムの死を契機に、対立していた兄弟の和解が為された。今日、ヘブロンにあるマクペラの洞穴にはユダヤ教の寺院(シナゴーク)とイスラム教の寺院(モスク)が並列しておかれ、両者は互いを尊重しています。このマクペラの出来事がパレスチナ全土に広がる時、パレスチナは平和になることが出来るのです。アメリカのトランプ大統領はアメリカ大使館をエルサレムに移転させることにより、アラブ人とユダヤ人の和解の動きを阻害しています。アブラハムの墓がアラブ人・ユダヤ人の共同管理であることの意味を聖書から学ぶ必要があります。


カテゴリー: - admin @ 07時56分02秒

07 29

1.イサクの誕生

・創世記を読み続けています。創世記では12章から人間の歴史が記述され、その最初が“信仰の父”と言われるアブラハムです。アブラハムはメソポタミアのウルに住んでいましたが、75歳の時に、召命を受け、「行き先も知らないで出て」行きました(12:4-5)。そしてアブラハムはカナンの地に導かれます。主はアブラハムに約束されます「見えるかぎりの土地をすべて、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫を大地の砂粒のようにする」(13:15-16)。アブラハムは子がいませんでしたが、この約束を信じます。しかし、子はなかなか与えられず、アブラハムと妻サラは次第に年を取っていきます。
・25年の時が流れ、アブラハムは100歳に、妻サラは90歳になっていました。その時、主は再びアブラハムに現れます「私はあなたの妻サラを祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。私は彼女を祝福し、諸国民の母とする」(17:16)。アブラハムは心の中では笑いました。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか」(17:17)。90歳にもなり、月のものもなくなった老齢の妻が子を産むことができるはずがない。アブラハムは神の言葉を笑いました。不信の笑いです。
・そのアブラハム夫妻に、長い間約束されていた子が、終に与えられました。それが今日読みます創世記21章の個所です。創世記は記します「主は、約束された通りサラを顧み、先に語られた通りサラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。アブラハムは、サラが産んだ自分の子をイサクと名付け、神が命じられた通り、八日目に、息子イサクに割礼を施した」(21:1-4)。アブラハムは子にイサクという名前を与えます。イサク(ツェホーク、笑う)、高齢のアブラハム夫妻に笑いが与えられたのです。この笑いは先の不信の笑いと異なり、喜びの笑いです。サラは不可能を可能にする神を賛美して歌います「神は私に笑いをお与えになった。聞く者は皆、私と笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう・・・誰がアブラハムに言いえたでしょう、サラは子に乳を含ませるだろうと。しかし私は子を生みました、年老いた夫のために」。当時の女性にとって子を生まない、生めないことは屈辱でした。主は私の屈辱を晴らして下さったとサラは喜んだのです。
・イサクが生まれた時、アブラハムは100歳、サラは90歳でした。不可能を可能にする神の業が示されました。後代の聖書記者は二人の信仰がそれを可能にしたと讃えます。パウロはローマ書の中で語ります「彼は希望するすべもなかった時に、なおも望みを抱いて信じ、『あなたの子孫はこのようになる』と言われていた通りに、多くの民の父となりました。そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。だからまた、それが彼の義と認められたわけです」。(ローマ4:18-22)

2.信じない者に恵みを与えられる主

・しかしパウロの称賛は創世記に書かれた事実とは異なります。創世記のアブラハムは「不信仰に陥って神の約束を疑」ったし、サラも信じなかったのです。創世記は不信仰者のアブラハムとサラに子が与えられたことを明記します。「神は人間の不信にもかかわらず、必要な業をなさる」、創世記が語るのはそのダイナミックの福音なのです。17章で私たちは見たのは、「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか」(17:17)というアブラハムの疑いの言葉です。「子を与える」との約束は果たされないままに二人は老齢になり、妻は生理も止まっていました。アブラハムは神の言葉を信じませんでした。
・それからしばらくして、三人の御使いがアブラハムの前に現れ、再び子が生まれるとの約束が為されます。子を与えるという約束が実現しないうちに、アブラハムは100歳に、妻サラは90歳になっています。サラはその預言を聞いて笑いました「私は衰え、主人もまた老人であるのに、私に楽しみなどありえようか」(18:12)。サラもまた神の約束を信じませんでした。あまりにも長い間、約束は果たされず、望みは尽きていました。信じることが出来ない状況に置かれていたのです。絶望が不信仰を生み、不信仰が嘲笑を生みました。二人が信じることが出来なかったのは当然です。しかし主の使いは言います「主に不可能なことがあろうか」(18:4)。私たちの目の前の現実が全てふさがれ、将来の道が見えない時、なお神を信じ、主に不可能はないと言いうるのか。その信じることの出来ない不信仰者が信仰者に変えられていく奇跡が起こる、それが今日の創世記21章の記事です。

3.その神を信じていく

・約束通り、サラに子が与えられました。「主は私に笑いを与えて下さった」、サラとアブラハムは喜びます。不可能を可能にする神の業が今、示されたのです。今日の招詞に創世記22:8を選びました。次のような言葉です「アブラハムは答えた。『私の子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる』。二人は一緒に歩いて行った」。イサクが成長した時、主はアブラハムに「イサクを焼き尽くす献げ物として捧げなさい」と命じられます(22:2)。イサクをほふり、犠牲として、捧げよとの命令です。
・イサクは何十年間もの祈りの結果、やっと与えられた子です。イサクを通して子孫を星の数ほどに増やすと約束された子です。生まれた時には、笑いが、歓喜が、両親を包んだ子です。「その子を殺せ」と命じられます。「何故なのか」、アブラハムには主の御心がわかりません。しかし、彼は一言も反論せず、主の命に従います。彼はイサクを連れてモリヤの山に向かいます。途中でイサクは父に尋ねます「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか」。それに対するアブラハムの返事が今日の招詞です「子よ、必要なものは神が備えて下さる」。
・創世記をここまで読んできて、何故アブラハムに、長い間子が与えられなかった、何故、二人が高齢になるまで約束が実現しなかったのか、その理由が見えてきます。長い、辛い、年月を通さなければ、本当の喜びは与えられないのです。望み得ない状況の中で、約束が果たされることを見て、初めて、「主に不可能はない」ことを私たちは知ります。不可能を可能にされ、約束を守られる方であれば、イサクを捧げよとの命令にも意味があることを信じることが出来ます。「何故イサクを捧げよと言われるのかわからないが、この方が言われる以上、従っていこう。必要なものは備えて下さる」、アブラハムはそう信じました。だから一言も反論せずに、イサクを捧げようとするのです。
・アブラハムがモリヤの山に着き、イサクに手をかけて殺そうとした時、主が介入され、止められます。そしてイサクの代わりに一匹の羊が与えられ、アブラハムはその羊を焼き尽くす献げ物としてささげます。主が備えて下さったのです。“主は備えて下さる”、ヘブル語「アドナイ・エレ」(口語訳)です。“備える=エレ”は、英語では“provide”です。”pro=前もって、vide=video=見る、前もって見る、ここから“Providence=摂理”という言葉が生まれました。信仰とは、この神の摂理を信じることです。私たちは神によって生かされていることを信じることです。
・前に、ヨセル・ラコーバーという人をご紹介しました。1943年ワルシャワのゲットーで殺されていったユダヤ人です。ワルシャワのユダヤ人たちは反乱を起こし、ドイツ軍の攻撃の中で、次々に殺され、彼の妻と子どもたちも死に、一人ヨセルだけが生き残りました。彼は戦火の中で手記を書き、それを瓶の中に入れ、煉瓦の裏に隠しました。やがてヨセルも炎に包まれて死んで行きました。戦後、その手記が発見され、出版されました。彼は書きます「神は彼の顔を世界から隠した。彼は私たちを見捨てた。神はもう私たちが信じることができないようなあらゆることを為された。しかし私は神を信じる」(Yosl Rakover Talks to God by Zvi Kolitz)。ここに死を超えた救済の信仰、極限の信仰があるように思います。
・「神は私たちを見捨てた。神はもう私たちが信じることができないようなあらゆることを為された」。私たちの生涯の中で、何故このような苦しみや悲しみが与えられるのか、わからない時もあります。しかし、わからなくとも良い。すべては主の摂理に中にあるのであれば、いつかわかる時が来る、その信仰です。アブラハムが体験したことは私たちにも起こりえます。その時、“アドナイ・エレ=主備えたもう”という言葉を、私たちが信じることが出来れば、人生はそれで良いのではないでしょうか。
・私たちの人生の目標は何なのでしょうか。約束の地をいただく、あるいは約束の子をいただくことなのでしょうか。家族がいつまでも幸せに生きることでしょうか。しかし最終的には、土地も子も家族もいらないと思います。私たちは天の御国を目指して、この世を旅する寄留者なのです。私たちは与えられた生を一生懸命に生きる、その時、ただ、「主が共にいませば」、「主が備えて下されば」、それでよいのです。 “アドナイ・エレ”、パウロはこの信仰を次のように語りました「神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、私たちは神に希望をかけています」(2コリント1:10)。この信仰をいただければ他に何もいらない、この信仰があれば私たちは充実した人生を送りうる、それをアブラハムの生涯は示しています。世の中では、多くの人が絶望の中で自殺しています。私たちは彼らに、どのような状況の中でも主が道を備えて下さることを伝え、その命を救う責務があります。御言葉は命にかかわる言葉なのです。


カテゴリー: - admin @ 08時15分54秒

07 22

1.ソドムの滅亡

・先週に続いて、創世記からソドム滅亡物語を学びます。ソドムの話は新約聖書にも繰り返し出てきます。イエスはガリラヤ湖沿いの町カペナウムで宣教を始められましたが、人々はイエスを受け入れようとしませんでした。そのカペナウの人々にイエスは言われます「カペナウム、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済む」(マタイ11:23-24)。罪のために滅ぼされたソドムの町の方が、イエスを拒絶するカペナウムよりも罪は軽いと言われたのです。ここに出てくるソドムの滅亡が今日の主題です。
・アブラハムの時代、紀元前2000年頃、死海沿岸にソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイム、ゾアルの五つの都市があり、考古学者たちは、それらの町々が大規模な地殻変動のために湖底に沈んだと推測しています。死海は南北に長い湖で、大きさは琵琶湖の2倍ほどです。そこは水面下400メートルの低地帯であり、ヨルダン川から水が注がれますが、高温によって蒸発するため、湖の塩分濃度が異常に高く、聖書では「塩の海」とも呼ばれています。死海の沿岸には岩塩やアスファルト、硫黄が蓄積し、おそらくは地震により地層内部のガス爆発が起こり、アスファルトや硫黄に点火し、大爆発と大火災が起き、低地全体が消失し、その後の地殻変動により死海の水が低地を覆うに至ったのではないかと推測されています。死海は紅海、エチオピヤ、ケニヤへと続くアフリカ大地溝帯(地の割れ目)の上にあり、地溝沿いでは現在でも活発な地震活動と火山活動が続いていることもその推測を裏付けます。
・ソドムにはロトが住んでいました。彼はアブラハムの甥で、幼い頃に父親を亡くし、叔父であるアブラハム夫妻の許で育てられ、彼らと行動を共にしていました(12:5)。しかし、彼自身が神からの召しを受けたわけではなく、彼はただ叔父アブラハムに従って生きているだけでした。その後、アブラハムとロトの飼っている羊がそれぞれ多くなって、共用の井戸では水がまかなえず、羊飼いたちが争うという事態が起こり、アブラハムは「お前が好きな土地を選びなさい。私たちは別れて暮らそう」と提案します(13:9)。ロトは、その提案を受けて、高台から見える豊かな土地を選びました。それがソドムの地でした。その地域は鉱石の出る山があり、岩塩も取れ、建築材料になるアスファルトなども取れて、天然資源の豊かな地だったのです。ロトは苦労の多い遊牧生活を捨てて、都市生活者になることを選び、ソドムで結婚をし、子供をもうけ、町の人間になっていました。
・そのソドムの町に主の御使が到着します。町の門にいたロトは彼らを出迎えて、「どうぞ私の家にお泊りください」と勧めます(19:1-2)。二人は「広場で夜を過ごします」と辞退しますが、ロトは強いて二人を家に招きます。町の治安が良くないことを知っているからです。案の定、夜になると町の人々が押しかけて来て「今夜、お前のところへ来た連中はどこにいる。ここへ連れて来い。なぶりものにしてやるから」とわめきます(19:5)、「なぶりものにする」、口語訳では「彼らを知る」と訳されています。二人の御使が若く、美しかったので、「性的に知りたい」と要求してきたのです。ここから男性同士の同性愛のことを「ソドミー」と呼ぶようになります。ソドムの町は風紀が乱れ、悪徳と無信仰の象徴的な町でした。
・ロトは客人を差し出すこと拒否します。すると町の男たちは怒って叫び始めます「そこをどけ。こいつは、よそ者のくせに、指図などして」(19:9)。ロトは20年近くソドムに住んでいましたが、まだ町の人々の本当の信頼を勝ち得ていなかったことが示されています。二人の御使はソドムの罪が極限にまで達しているのを確認し、暴徒たちの目を見えなくし、町を滅ぼすことを決意します。そしてロトに「家族を連れて逃げなさい、この町は滅ぼされるから」(19:15)と督促します。ロトには既に婚約した娘たちがおり、婿たちの家に急いで行き、一緒に逃げようと誘いますが、婿たちはロトの話を間に受けず、断ります。ロトは親戚からも信頼されていないことがここに明らかになります。

2.ロトと家族の避難

・日の出と共に裁きが始まりました。御使たちはロトに急ぐように言いますが、ロトはためらいます。本当に町が滅ぼされるのかどうか半信半疑なのです。御使たちはそのようなロトを急かし、言います「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる」(19:19)。「命がけで逃れよ」、原文では、「あなたの命のために逃げよ」となっています。7年前の東北大震災では、津波はここまでは来ないと判断して、逃げ遅れて亡くなった方が大勢出ました。今回の集中豪雨による洪水もそうでした。まさかここまでは来ないだろう、との油断が多くの命を喪失させました。「あなたの命のために逃げよ」という言葉はまさに数々の災害が残した教訓です。しかし、ロトは抗弁します「主よ、できません。あなたは僕に目を留め、慈しみを豊かに示し、命を救おうとしてくださいます。しかし、私は山まで逃げ延びることはできません。恐らく、災害に巻き込まれて、死んでしまうでしょう。御覧ください、あの町を。あそこなら近いので、逃げて行けると思います・・・どうか、そこで私の命を救ってください」(19:18-20)。死海沿岸の五つの町のうち、ゾアルだけが消失をまぬがれています。
・いよいよ主の裁きが始まります。創世記は記します「太陽が地上に昇った時、ロトはツォアル(ゾアル)に着いた。主は、ソドムとゴモラの上に天から、硫黄の火を降らせ、これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした」(19:23-25)。ここに太古に起こった実際の災害の遥かな記憶が残されています。逃げる中で「ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった」(19:26)。ロトの妻は出てきた場所を振り返り、逃げ遅れました。東北大震災でも、家族が避難できたかが気になって自宅に戻り、そこに津波が押し寄せて亡くなられた方も多いと聞きます。一瞬の判断ミスがロトの妻の命を奪いました。ルカ福音書のイエスはロトの妻について言及されています「ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、一人残らず滅ぼしてしまった。人の子が現れる日にも、同じことが起こる。その日には、屋上にいる者は・・・下に降りてはならない・・・畑にいる者も帰ってはならない。ロトの妻のことを思い出しなさい。」(ルカ17:28-32)。現代では「ロトの妻を見なさい」という言葉は、「失ったものを振り返るな」という戒めになっています。

3.アブラハムの執り成し

・ソドム滅亡物語は原因譚物語です。かつて栄えたソドムの町が何故滅亡したのか、人々はそこにソドムの罪をみて伝承化し、それを創世記記者が、アブラハムとロトの物語として編集したのでしょう。ソドム滅亡はおそらく地震によるものと思われますが、イスラエル人たちは神の裁きと理解し、物語化したのです。しかし創世記の記すソドム物語の主題は、ソドムの裁きと滅びではなく、その滅びの中からロトとその家族が救いだされたことにあります。今日の招詞に創世記18:32を選びました。次のような言葉です「アブラハムは言った『主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません』。主は言われた。『その十人のために私は滅ぼさない』」。
・ソドム物語は18章16節から始まっています。アブラハムの元に主の御使が来て言います「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。私は降って行き、彼らの行跡が、果たして、私に届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう」(18:20-21)。主はソドムを滅ぼす予定であることをアブラハムに告げられ、それに対してアブラハムは執り成し始めます「あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか」(18:23-24)。ソドムにはアブラハムの甥ロト一族が住んでいましたので、ソドムの滅亡はアブラハムには他人ごとではなかったのです。主は「その五十人のために町を赦す」と言われます。アブラハムはその後、「45人ではどうか」、「40人では」、「30人では」、「20人では」と問いかけ、最後に「10人の正しい者がいれば滅ぼさない」との主の約束を取り付けます。
・裁きの結末を創世記記者は記します「こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された」(19:29)。ロトが正しい人であったからではなく、アブラハムがロトのために執り成ししたゆえに、主はロトを救いだされたと創世記は記します。このことは私たちにも勇気を与えます。私たちが隣人の執り成しを祈る時、その祈りを神は聞かれているとの確信です。一人の人が信仰に生き、家族のために祈り続けた時、その家族もまた救われていくのです。
・19章後半はロトの救われた二人の娘から、新しい命が生まれたことを伝えます。その方法は、現代的にいえば近親相姦です。ロトの娘たちは言います「父も年老いてきました。この辺りには、世のしきたりに従って、私たちのところへ来てくれる男の人はいません。さあ、父にぶどう酒を飲ませ、床を共にし、父から子種を受けましょう」(19:31-32)。娘たちは自分たちの未来を拓くために非常手段をとった、そして創世記記者はその娘たちからモアブ人が生まれ、アンモン人が生まれたことを神の祝福として記述します。倫理を超えたダイナミックな生の物語がここにあります。命が残された、生かされた者から新しい命が生まれてきた、ソドム物語が伝えるダイナミックな福音を私たちは今日覚えます。広瀬弘忠先生(東京女子大名誉教授)が東北大震災に関連して、「被災者よりサバイバーとして生きよ」という短文を朝日新聞に寄せています(2011.6.21夕刊)。彼は言います「被災者、避難者という言葉には、自らは無力な被支援者だという禁欲的な自己規定がある。そうではなく、彼らは災害からのサバイバーである。ここでいうサバイバーとは、生きることを積極的に捉えて生き続ける者という意味だ。サバイバーは、生死の境をくぐり抜けて新たな命を獲得した者である」。「自分たちは災害の中から救い出された、自分たちは死ぬべき命を生かされた、そのことを大切にして生きよ」と広瀬先生は言われます。過去に何があったかを問うのではなく、これからどう生きるかが私たちの課題です。創世記19章の中心テーマはソドムの滅びではなく、ロトの救済であったことを再確認する時に、私たちは過去に目を向けて生きるのではなく、将来を主に委ねて生きる力が与えられるのです。


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07 15

1.ソドム滅亡の予告

・創世記18章、19章には、罪の町として知られていたソドム滅亡の物語が掲載されています。かつて栄えたソドムの町が突然世界から消え去り、その後に巨大な塩の柱が残されたことを、当時の人々は不思議に思い、「ソドムは神に裁かれて滅ぼされた」との伝説が生まれ、その伝説を、創世記記者が、アブラハムとロトの物語として編集していったと推測されています。私たちは創世記記者の信仰に注目して、この物語を読んでいきます。
・創世記記者は、主のみ使いがアブラハムを訪ねたところから、物語を語りはじめます「(彼らは)そこを立って、ソドムを見下ろす所まで来た。アブラハムも、彼らを見送るために一緒に行った。主は言われた『私が行おうとしていることをアブラハムに隠す必要があろうか』」(18:17)。そして主はみ使いを通して言われます「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。私は降って行き、彼らの行跡が、果たして、私に届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう」(18:20-21)。アブラハムの最初の召命から25年が経過していました。主はアブラハムを信頼し、ソドムの裁きについて、彼の意見を求められます。
・主は「ソドムとゴモラを罪のゆえに滅ぼす」とアブラハムに告げられました。「罪のゆえに滅ぼす」、洪水物語と同じ言葉です。しかし洪水物語ではノアが残され、そこから人類は再び繁栄を取り戻すことが出来ました。アブラハムは「正義と憐れみに富むあなたが、何故ソドムを滅ぼすのですか」と抗議します。「アブラハムは進み出て言った『まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか』」(18:23-25)。私たちの信じる神は独断で行為される方ではなく、人間の意見にも耳を傾けられる方であるとの信仰がここにあります。
・アブラハムがソドムの運命に関心を持つのは、一つはソドムに甥のロトが住んでいた故と思われます。しかしそれ以上に、「神は悪人の悔い改めを待っておられる方だ」と信じるからです。神は悪人でさえ滅ぶことを喜ばれない。預言者はその言葉を記しています「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか・・・私は激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」(ホセア11:8)。アブラハムはソドムのために必死に言葉を連ねます。「『もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか』・・・アブラハムは重ねて言った『もしかすると、四十人しかいないかもしれません』・・・『もしかすると、三十人しかいないかもしれません』。・・・『もしかすると、二十人しかいないかもしれません』。主は言われた『その二十人のために私は滅ぼさない』」(18:27-31)。
・アブラハムは最後に語ります「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません」。それに対して主は言われます「その十人のために私は滅ぼさない」(18:32)。アブラハムはそこで止めます。ソドムの町には「正しい者が一人もいないであろう」ことを推察したからです。「主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムも自分の住まいに帰った」(18:33)と創世記記者は結びます。

2.ソドム滅亡の伝承の背後に

・ソドムのあった死海地域は海抜マイナス418mと地表で最も低い場所で、アスファルトや硫黄等の可燃性鉱物が大量に地下に埋蔵されています。また東アフリカからトルコにかけての大地溝帯に位置していて、地震の多い地域です。現代の地質学者は、「ソドムの滅亡は地震等により地下の鉱物や気体が発火し、爆発と大火災を起こして、町々が埋没し、ソドムの遺跡は死海の下に眠っているのではないか」と推測しています。このソドム滅亡について、イエスも弟子たちも、神の裁きの結果だと認識しています。
・イエスは言われています「カファルナウム、お前は天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済む」(マタイ11:23-24)。私たちもまたソドムの住民であり、滅ぼされても仕方のない存在であるのに、神の憐れみにより生かされていることを知りなさいと、イエスは言われているのです。新約記者もソドムの滅亡を神の裁きとして理解しています。「神はソドムとゴモラの町を灰にし、滅ぼし尽くして罰し、それから後の不信心な者たちへの見せしめとなさいました」(第二ペテロ2:6)。
・ソドムは神の裁きで滅ぼされたのか、そうであれば、「地震や災害等の天災は神が裁きとして起こされるのか」という疑問を私たちは持ちます。1755年11月に発生したリスボン大地震(マグニチュード9)は、当時の教会に大きな衝撃を与えました。その日は主の日で、多くの信徒が礼拝に参加しており、信徒たちは破壊された聖堂の下敷きになり、さらに起こった津波で流されました。信仰に熱いカトリックの国の首都が、主の日の礼拝を捧げている時に、地震の直撃を受け、聖堂と市街地が破壊され、数万人の信徒たちが死んで行きました。人文学者ヴォルテールは「災害によってリスボンが破壊され、10万人の人命が奪われた、神はなんと無慈悲だ」と主張し、人々の信仰は大きく揺すぶられました。この時、地震は地球の地殻変動によって起きるのであり、神の裁きではないと主張したのが、哲学者のインマヌエル・カントです。このカントの理解を私たちは継承しています。現代の私たちも、「地震や火山の噴火等はあくまでも自然災害であり、神の裁きではない」と理解しています。とすれば、ソドム滅亡を神の裁きと理解する創世記18章を私たちはどのように読むべきなのでしょうか。

3.物語が示す福音を見よ

・今日の招詞に創世記19:29を選びました。次のような言葉です「こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された」(19:29)。創世記の記すソドム滅亡物語の主題は、ソドムの裁きと滅びではなく、その滅びの中からロトとその家族が救いだされたことにあります。何故ならば、神は裁くよりも遥かに大きく、救わんとしておられるからです。創世記記者は記します「ロトが正しい人であったからではなく、アブラハムがロトのために執り成ししたゆえに、主はロトを救いだされた」と。
・正義とは「人の罪の赦しを神に執り成し、祈る」ことです。イエスは自分を十字架にかけて殺そうとする者のために祈られました「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)。これを聞いたローマの百人隊長は語ります「本当に、この人は正しい人だった」(ルカ23:47)。アブラハムは多くの過ちを犯しましたが、その過ちを通して他者の救いのために祈るものとなりました。だからこそ、彼は「信仰の父」と呼ばれるのです。
・ロトは決して正しい人ではありません。19章後半を読みますと、酒に酔って酩酊し、助けだされた娘たちと交わって子を産ませるような失態を犯しています(19:33)。伝承ではこの子供たちが近隣民族のモアブ人、アンモン人になったとされています。しかし主はこのような罪の結果から生まれたモアブ人やアンモン人も祝福されます。モアブの婦人ルツからオベデが生まれ、オベデからエッサイが生まれ、そのエッサイの子がダビデです。ダビデの子ソロモンはアンモンの婦人ナアマを妻に迎え、そのナアマから跡継ぎのレハブアムが生まれ、その系図がイエス・キリストに繋がっていきます。つまり、イエスの血の中には、モアブ人の血も、アンモン人の血も流れているのです。
・創世記の記すソドム物語の主題は、ソドムの滅びの中からでも、アブラハムの執り成しの祈りにより、ロトと家族が救いだされたことにあります。今回の西日本地区の集中豪雨により200人を超える方が亡くなられました。なぜあの人が亡くなって、この人が生かされたのか、私たちにはわかりません。そこには不条理があります。滅ぼされたソドムにも生まれたばかりの乳飲み子もいたでしょう、彼らも亡くなった、そこにも不条理があります。
・この世の不条理をどのように受け止めていくのは難しい問題です。長崎被爆者のために医師として働き、自らも原爆症で亡くなって行った永井隆は1945年11月23日、原子爆弾死者合同葬で浦上カトリック信徒を代表として「弔辞」を読みました。「原爆は神の摂理によって、この地点に持ち来らされました。世界大戦争という人類の罪悪の償いとして、日本唯一の聖地浦上が犠牲の祭壇に屠られ、燃やされるべき子羊として選ばれました。浦上が選ばれて燔祭に供えられたる事を感謝致します」。これはどう評価するか、意見が分かれます。またアウシュビッツ強制収容所を生き残ったエリ・ヴィーゼルはあるユダヤ人ラビに聞いたそうです「アウシェビッツの後でどうしてあなたは神を信じることが出来るのですか」と。するとラビは「アウシェビッツの後で、どうして神を信じないでいられましょうか」と答えたそうです。
・不条理をどう受け止めるべきか、わかりません。ただ言えることは、ソドム物語を通して、災害から救われ、生かされた命の中から、新しい命が生まれてきた、という福音がここに語られていることです。イエスは姦淫の罪を犯した婦人に言われました「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」(ヨハネ8:11)。過去に何があったかを問うのではなく、これからどう生きるかが私たちの課題です。創世記18-19章の中心テーマはソドム滅亡ではなく、ロトの救済であったことを再確認する時に、私たちは過去に目を向けて生きるのではなく、将来を主に委ねて生きる力が与えられるのです。


カテゴリー: - admin @ 08時11分42秒

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