すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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02 18

1. 金持ちの青年とイエスの出会い

・マルコ福音書を読み続けています。今日の聖書箇所は「所有についてのイエスの教え」です。10:17以下を見ていくことにしましょう。マルコは記します「イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた『善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか』」。この人は22節で「たくさんの財産を持っていた」とあります。並行箇所マタイでは「青年」(19:20)、ルカでは「議員」と呼ばれています(18:18)。家柄が良く、金持ちで、地位の高い、この世的には成功者と見られていた青年が、イエスの所に来て、「永遠の命をいただくためには何をしたら良いのでしょうか」と問いかけてきました。この人にイエスはそっけない対応をされます「なぜ、私を『善い』と言うのか。神お一人のほかに、善い者はだれもいない」(10:18)。
・彼はたくさんの財産を持ち、地位も高かった。この世で生きるには十分なものを持っていた。しかし何かが欠けている、死んだ後どうなるのかについて確信が持てない。だから「永遠の命を受け継ぐには何をすればよいでしょうか」と聞いてきました。イエスは彼の問題を一目で見抜かれました。彼は善いことをすれば救われると考えているが、善い方である神を求めていない。「神お一人のほかに善い方、救いを与える方はだれもいない」のに、救いを自分の手で勝ち取ろうとしている。イエスは彼を試すために言われます「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」(10:19)。「戒めを守れば救われると考えるのであれば、守ったらどうか」とイエスは言われます。金持ちの青年は答えます「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」(10:20)。しかし彼には救いの実感がありません。だからイエスのもとに来たのです。
・イエスはその彼に驚くべきことを言われます「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、私に従いなさい」(10:21)。ここでイエスは五つの指示を彼に出しておられます。「行きなさい」、「売り払いなさい」、「施しなさい」、「来なさい」、「従いなさい」。「売り払いなさい」、「施しなさい」、という言葉で彼の問題点が浮き彫りになります。彼は自分の救いのために一生懸命に努力してきましたが、その中に「他者」という視点が欠けていたのです。「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」、すべては「自分を愛するように隣人を愛しなさい」という他者のための戒めなのに、彼は自分の救い、満たしのことだけを考えていた、だから彼に信仰の喜びはなかった。それを知るために、「今持っている全てを捨てなさい」と命じられたのです。しかし彼はあまりにも多くを所有していましたので、イエスの言葉に従えませんでした。マルコは書きます「その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである」(10:22)。

2.所有からの解放

・この物語が私たちに何を語るのかを知るために、教会の解釈の歴史を振り返って見ます。最初の弟子たちはイエスの言葉を文字通りに受け止め、「全財産を捨ててイエスに従うべきだ」と考えました。使徒行伝は記します「信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである」(使徒行伝4:34-35)。ところが、しばらくするとこの共同体はきしみ始めます。使徒行伝6章によれば、教会の中に「日々の配給」の件で争いが起こります。「自分たちのもらい分は少なく、これでは生活できない」という人々が出てきたのです。共同体の全員が「財産を捨てて従う」生活をするとは、生産の伴わない消費生活であり、食べ尽くせばそこで終わりです。イエスがやがて行き詰るような生き方を薦められたとは思えません。初代教会の解釈はイエスの語られた真意とは異なります。
・初代教会を継承したカトリック教会は、この教えを限定的に受け止めました。全ての信徒が財産を捨てた場合、社会が機能しないため、教会は、聖職者には「清貧の誓い=全てを捨てる誓い」をさせますが、一般の人には強制しませんでした。その結果、聖職者には厳しく、一般の人には緩やかに規定を適用するという二重倫理が形成されていきます。ここから聖職者と平信徒という社会の二重構造が生まれていきます。このような社会をイエスが望まれたことでないことは明らかです。
・カトリック教会の改革者として生まれたプロテスタント教会は、この教えを象徴として受け取りました。富そのものは神の祝福であり、感謝していただけばよい。しかし、富を愛し、富に頼ることは禁じました。メソジスト教会の創始者ジョン・ウェスレーは言います「正直に稼ぎ、できるだけ節約し、必要以外のものは他に与えよ」。その「富を社会のために用いよ」と語ったのです。私たちはプロテスタント教会の一つとして、このウェスレーの考え方に同意します。富やお金そのものが汚れているのではなく、用い方によっては神に喜ばれるものとなります。しかし同時に、私たちがお金のとりこになった時に、それは悪に変わり得るし、人間を罪に誘うものとなる。私たちは金銭の神(マモン)から解放されなければいけない。だから私たちは痛みを感じながら、収入の十分の一を捧げる献金をするように勧められています。しかし、十分の一を捧げなければいけないと思った時、十一献金は義務になり、苦痛になります。十分の九を自分のために用いることが許されていると考える時、それは感謝と喜びの行為になります。

3.問題はお金ではなく生き方だ

・富める若者の物語はここで終わりません。物語の後半で、イエスは出来事の意味するものを弟子たちに教えられます「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか」(10:23)。「貧乏人だから」、「全てを捨てたから救われる」とイエスが言われていないことを留意すべきです。それに続くペテロのエピソードもそれを示唆します。ペテロは言います「このとおり、私たちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」(10:28)。並行箇所マタイは書き足します「では、私たちは何をいただけるのでしょうか」(マタイ19:27)。ペテロは何も捨てていない、イエスから良き物がいただけると思うから、職業を捨ててイエスに従っているだけのことで、イエスの十字架刑後には故郷のガリラヤに戻って漁師の職に戻っています(ヨハネ21:1-3)。いつでも戻ることのできる余地を残しながら従っていたのです。人は全てを捨てて従うことは出来ないのです。ペテロと富める青年と本質は何も変わらないです。それは私たちも同じです。
・イエスは何故、この青年に「財産を捨てて従いなさい」と言われたのでしょうか。それは彼が「善い事」、行いを積むことによって天国を獲得しようとし、命の源である神(善い方)を求めていなかった、それに気づくために彼は挫折する必要があったからです。青年が「全てを捨てることは出来ません。でもあなたに従いたいのです」と訴えたら、イエスはそれを喜んで受け入れられたと思われます。ルカ福音書でイエスは、徴税人ザーカイが職業と財産を持ったままで従うことを喜んでおられます(ルカ19:8)。パウロが語る通り、「全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、私に何の益もない」(第一コリント13:3)のです。
・ここまで来ますと、物語の主題がお金や富を棄てるかどうかではなく、生き方の問題であることが明らかにされていきます。自分の力に頼って救いを求めた時、それは挫折します。救いは恵みであり、ただ受ければよいのです。幼子がなぜ「神の国を受け入れる者」と言われているのか(10:15)、何も持たないから、「ただ受ける」しかないからです。イエスは言われました「人間に出来ることではないが神には出来る」(10:27)。金持ちの青年はお金や才能があったばかりに自分の力に頼り、「人には出来ない」という場所で引き返してしまいました。もし彼が、「神には出来る」という信仰でイエスの下に留まれば、神の国を見ることは出来たのです。
・今日の招詞に箴言30:7-9を選びました。次のような言葉です「二つのことをあなたに願います。私が死ぬまで、それを拒まないでください。むなしいもの、偽りの言葉を私から遠ざけてください。貧しくもせず、金持ちにもせず、私のために定められたパンで私を養ってください。飽き足りれば、裏切り、主など何者か、と言うおそれがあります。貧しければ、盗みを働き、私の神の御名を汚しかねません」。聖書学者の市川喜一氏は注解の中で記します「富は神からの祝福です。それは良いものです。しかし、それを神からのものと自覚するところに、富に処する道の出発点があります。受けた人間は与えた神に、その富の使い方について報告する責任があります。その責任感が神への畏敬です・・・ところが、神への畏敬を教える宗教を極力排除してきた日本では、成功した者たちは“勝ち組”と称して、自分の力で得たものを自分の欲するままに使って何が悪いとばかり、富を豪奢な邸宅や生活に注いで自慢し、傲慢になるばかりで、社会との連帯感をもって、貧しい者を顧みる謙虚さはどこにもありません。社会が真に豊かになるためには、富に処する知恵が必要です」。その知恵こそが「貧しくもせず、金持ちにもせず、私のために定められたパンで私を養ってください」という箴言の言葉ではないでしょうか。
・ペテロはイエスの生前は、イエスのことを本当には理解できなかったと思えます。しかしイエスに従い通し、復活のイエスに出会った。金持ちの青年はお金や才能があったばかりに自分の力に頼り、「人には出来ない」という場所で引き返し、イエスとの真の出会いをしなかった。イエスに従い続ける時、私たちは、「見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く」(イザヤ 35:5)体験をするのです。自己実現が人生の目標になっている人は常に欠乏に悩まされます。どんなに金持ちになっても、どんな高い地位についても、またどんなに幸せな家庭を築いても、それらはやがて無くなります。イエスは言われます「この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(マタイ10:42)。自分のためだけではなく、他者のためにも生きる決心をした時、神の国が現れます。イエスが言われたように「実に、神の国はあなたがたの間にある」(ルカ17:21)。神の国は努力して掴み取るものではなく、イエスに従う時に与えられる。そのことを覚えたいと思います。


カテゴリー: - admin @ 08時03分59秒

02 11

1.エッファタ

・今日与えられました聖書箇所は、マルコ7章「耳が聞こえず、舌の回らない人の癒し」です。マルコ、マタイ、ルカの三福音書(共観福音書)には、115にのぼる病気治癒の物語が記録されていますが、現代に生きる私たちがこれをどう理解するかは難しい問題です。ある人は、「病気癒しの奇跡などあるはずがない」と一笑に付します。別の人は、「イエスは神の子であるから奇跡が出来て当然だ」と理解します。第三の立場では、「実際に癒しがあったかどうかはわからないが、対象となった本人と周囲の人々にとっては、癒されたとしか表現できない体験をした」と考えます。私自身はこの第三の立場に立ちます。イエスが多くの癒しや悪霊追放を為され、そのことによってイエスの評判が高まっていったことは歴史的な事実です。
・印象的な癒しの記事が福音書の中にあります。それは当時の話し言葉であるアラム語で伝えられた奇跡物語です。マルコ福音書にはアラム語をそのまま残したいくつかの記事があります。今日の聖書箇所では「エッファタ=開け」という言葉が用いられ、マルコ5章の少女の癒しでは「タリタ・クム=少女よ、起きなさい」という言葉が用いられています。イエスは呼吸の停止した少女に向かって、「タリタ・クム」といわれ、少女を起こされました。その場所には、三人の弟子たち、ペトロ、ヤコブ、ヨハネが居合わせました。「タリタ・クム」というイエスから発せられた言葉が弟子たちの心に強く刻まれ、いつまでも忘れることができなかった。そして目撃者の一人ペテロが出来事をマルコに伝え、マルコも感銘を受けて、アラム語の発音をそのまま表記して、自分の福音書に書き込んでいったと思われます。「エッファタ=開け」も同様でしょう。イエスの肉声がここに記録されています。
・7章では、イエスがデカポリス地方を通ってガリラヤ湖に来られた時、「耳が聞こえず舌の回らない人」が連れてこられ、イエスがその人を癒されたことが報告されています。この出来事が起きた場所はデカポリスという異邦の地でした。イエスはガリラヤで宣教の業を始められましたが、ユダヤ教指導者はイエスを「宗教的権威に従わない者、体制に反抗する者」として憎み、イエスを殺す計画を立て(3:6)、ガリラヤ領主ヘロデ・アンティパスもイエスを「秩序を乱す者」として、捕らえようとしています(6:14)。イエスはご自分の民であるユダヤの人々から受け入れられず、異邦の地に一時的に避難され、旅の途上でこの人に会われたのです。「人々が、耳が聞こえず、舌が回らない人を連れてきて、その上に手を置いてくださるようにと願った」(7:32)とあります。
・人々は奇跡行為者として名を知られていたイエスに、癒してくれるように求めたのです。イエスは「この人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた」とマルコは記します(7:33)。この人と一対一で向き合われ、そして病んでいる患部、耳と舌に触れられました。しかしそれだけでは十分ではありません。だからイエスは「天を仰いで、深く息をつかれた」(7:34)。「天を仰ぐ」、神に力を与えてくれるよう請い願う動作です。「深く息をつき」、ギリシア語「ステナゾー」、「うめく、もだく」の意味です。イエスは、人間自身の力では変えることの出来ない嘆きや苦しみを負う人を前にもだえ、うめき、「エッファタ」という言葉を言われました。すると「たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった」とマルコは記します(7:35)。

2.物語が伝えるもの

・マルコは、イエスが「共にうめかれた」と記します。イエスは何故、この人と共にうめかれたのか、それはこの人と「出会った」からです。その出会いを導いたのは村人でした。マルコは記します「人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った」(7:32)。村に「耳が聞こえず、舌の回らない人」がいた。村人たちは他者とコミュニケーションができないこの人に心を痛め、何とか治らないものかと願っていたが何も出来なかった。そこにイエスが来られた。イエスはこの地方でかつて悪霊につかれた人を癒されたことがあります(マルコ5:20)。村人たちはその評判を聞き、その預言者が近くに来られたことを知り、この人ならば癒してくださるかもしれないと思って、その人をイエスの前に連れてきたのです。イエスはそこに、村人の信仰を見られました。村人たちの信仰が障害のある人をイエスに「出会わせ」、イエスの「うめき」をもたらしたのです。このうめきが、この人を交わりに中に戻しました。
・作家・柳田邦夫氏は「犠牲、わが息子・脳死の11日間」という本を書いています。彼の次男は自殺を図り、11日間脳死状態を続けた後亡くなりましたが、柳田氏はその時のことを本に書きました。柳田氏は死につつある息子に寄り添いながら、死には三つの形態があることに気づきます。「一人称の死」、「二人称の死」、「三人称の死」の三つです。一人称の死とは自分自身の死で、これは人間には認識できない死です。二人称の死とは、親子や配偶者、兄弟、親しい友人等の死で、この死を経験した者は、自分の一部がなくなるような深い悲しみ、喪失感を味わいます。三人称の死とは、自分と関りのない人の死で、例えばアフリカで何千人が餓死しても、隣町で自殺する方がいても、自分の生活は昨日と同じで変わりません。
・イエスはこの障害の人と出会われた時、その人を三人称ではなく、二人称の関係ととらえられた。そのため、「共にうめく」という出来事が生じたのです。そして、それをもたらしたのは、隣人たちの信仰でした。彼らもまたこの病の人を三人称ではなく、二人称として、自分の問題として、とらえたのです。マルコはこの物語を人々の賛美で締めくくります「この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」(7:37)。他者のために労した人々は、やがて神の出来事の証人になっていきます。ユダヤ人たちはイエスの業を見ても讃美できませんでしたが、異邦の人々は「今、神の国が来た」ことを喜ぶことが出来た。そして神の国は、人々の信仰とイエスのうめきによって、もたらされたのです。

3.共にうめく

・今日の招詞にローマ8:22-23を選びました。「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、私たちは知っています。被造物だけでなく、“霊”の初穂をいただいている私たちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます」。パウロの語る「うめく」という言葉も、「ステナゾー」です。パウロは「被造物がすべて、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっている」と言います。この世にはあまりにも悲しいこと、不条理なことが多く、その中でどうしてよいかわからない時、うめくしかないです。しかしその「うめき」から何かが生まれます。パウロは言います「このうめきは産みの苦しみであり、うめきを通して救いが与えられる」と。パウロはローマ書の中で言葉をつなぎます「私たちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです」(8:26)。私たちが祈ることも出来ない時には、神の霊が私たちに代わってうめいて執り成してくださると。「うめきは力である」というのです。
・マルコ7章の物語では、近隣の人たちが、「耳が聞こえず舌の回らない人」の課題を三人称、自分には関係のない問題とはとらえずに、二人称、自分の家族の問題と同じようにとらえ、その人をイエスの元に連れて来ました。その信仰がイエスに「共にうめく」ことを可能にさせ、この人の癒しを導きました。その癒しを通して、この人はコミュニケーションを回復することが出来ました。心を通わすことが出来ないでいた人が、隣人と一緒に喜ぶ存在に変えられました。それを可能にしたのは、村人の働きでした。
・「三人称の出来事を二人称化する」、それこそイエスが私たちに求められていることです。「隣人と共に生きる生き方」です。マザーテレサは語ります「あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう・・・善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう・・・助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく助け続けなさい。あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい」。
・隣人と共に生きるとは、ある時には相手の重荷を担う生き方になります。しかし素晴らしい生き方です。何故ならそのことを通して神の栄光を見る、神と出会うのですから。障害を持つ人々の隣人は讃美して言いました「この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」。イザヤはメシアの到来を預言しました。「神は来て、あなたたちを救われる。その時、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。その時、歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う」(イザヤ35:5-6)。人々はイエスの行為の中に神の働きを見て讃美したのです。
・この物語で恵みをいただいたのは、癒された本人でしょうが、それ以上にこの隣人たちかもしれないと思います。私たちも隣人になるよう招かれています。そして隣人になるとは「三人称の出来事を二人称化する」ことなのです。「神の国は既に来ている」、この希望の福音を私たちは伝えていきます。私たちが「エファタ」と言っても耳の悪い人の耳を開けることは出来ないでしょう。私たちが「タリタ・クミ」と言っても死んだ人が生き返るわけではない。しかし、私たちは「聖なる方との出会い」体験を通して、それが出来る方がおられることを知ります。マルコ7章では「村に耳が聞こえず、舌の回らない人がいた。村人たちはその人をイエスの前に連れてきた。村人たちの信仰が障害の人をイエスに出会わせ、イエスのうめきをもたらし、このうめきが、この人を交わりに中に戻した」。私たちには出来ないことでも神には出来る、その信仰を持って、私たちは人々を教会に招き、イエスとの出会いを祈るのです。


カテゴリー: - admin @ 08時00分37秒

02 04

1.ゲラサの悪霊つきの男の癒し

・マルコ福音書を読んでいます。イエスはガリラヤ湖畔の町々、村々を訪れて宣教されていましたが、ある日、「向こう岸に渡ろう」と言われて、舟で対岸の地に渡られました(4:35-36)。ガリラヤ湖の対岸は異邦人の地であり、デカポリス(十の町)と呼ばれ、ゲラサ人(ギリシャ人)が住み、ローマ帝国の直轄領でした。今日のシリア地方になりますが、ユダヤ人にとっては、異邦人の地、律法が不浄とみなす豚を飼っている汚れた地でした。イエスはそのゲラサの地で一人の男に出会われます。この出会いから物語が始まります。
・マルコは語り始めます「一行は、湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た」(5:1-2)。異様な状況で物語が始まります。「この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかった・・・彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた」(5:3-5)。当時の墓地は山や谷の洞窟を利用して造られていました。この人は死体に囲まれて一人で暮らしていたのです。「度々足枷や鎖で縛られた」とありますから、彼は精神の病のために自分や他人を傷つけ、家族も手に余って、この人を町外れの墓場に閉じ込めていたのでしょう。彼は絶望のあまり、夜昼叫び、石で自分の体を傷つけていました。家族から捨てられ、共同体からも追放され、うめいていたのです。当時の人々は、このような状態を「汚れた霊に取りつかれた」と呼んでいました。
・マルコは続けます「(この人は)イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、大声で叫んだ『いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい』」(5:6-7)。悪霊たちが叫びだしたのでしょうか。イエスは霊たちに名前を聞かれました。霊たちは答えます「名はレギオン、大勢だから」(5:9)。この言葉は象徴的です。レギオンはローマの軍団(6000人隊)の呼び名で、当時のデカポリスはローマ軍団(レギオン)の占領下にありました。マルコ福音書のこの人も、ローマ軍の残虐行為を経験して狂気に陥った可能性があります。ある解釈者(ゲルト・タイセン)は「この悪霊は死者の霊であり、ローマへの抵抗運動で殺された戦死者の霊ではないか」と推測します。
・イエスは悪霊たちに、「この男から出ていけ」と言われました。悪霊たちは「この地に留まらせてほしい、あそこにいる豚の群れの中に入らせて欲しい」と願います。やがて、悪霊たちが乗り移った豚は狂気に駆られて暴走し、2000匹の豚が湖に沈んで死んだとマルコは報告します。グニルカという新約学者は「マルコは悪霊の乗り移った豚が次々に溺れ死ぬという物語の結末を提供して、今は圧倒的な力で支配しているかに見えるローマの政治権力もイエスの支配の前に崩壊せざるを得ないと告げているのではないか」と理解します(EKK聖書注解)。異様な光景が語られています。
・豚の番をしていた豚飼いたちは驚いて、町の人々を呼びに行き、町の人々は自分たちの豚が湖に沈み、男が正気になっているのを見ました(5:15)。人々にとって男が正気になったのは何の喜びでもありません、既に棄てていたからです。しかし、人々にとって豚2000匹は貴重な財産でした。ゲラサの人々にとって、イエスは自分たちの大事な財産を犠牲にしても一人の男を救おうとされた得体のしれない男、自分たちの日常を破壊する男、だから「出て行ってくれ」と言いました。

2.この物語は私たちの物語ではないか

・現代においても悪霊は存在するのでしょうか。20数年前にユーゴスラヴィアで内戦が起こり、連邦を形成する各民族が独立を目指して10年間に渡って内戦状態になりました。ユーゴでは、異なる民族が長い間、共に暮らしていましたが、ソ連崩壊に伴う民族主義の高まりの中で、ある日、指導者たちが「隣人は憎むべきイスラム教徒である」と叫び始めると、その声に踊らされて人々が殺し合いを始めました。同じような出来事がルワンダでもインドネシアでも起りました。何故、人々は隣人と殺し合い、狂おしいほど残虐になるのでしょうか。聖書はそれを悪霊、レギオンの故と言います。この悪霊の力を打ち破るためにイエスは来られたとマルコは述べます。
・悪霊につかれたゲラサの人は、現代では統合失調症と分析されるかもしれません。この病気は妄想・幻覚・幻聴が生じ、治癒は難しい病気です。患者が自分を傷つけたり他人を傷つけたりする恐れがあれば、法律により強制入院させられます。神学生の頃、牧会実習で1年間、精神科病院に通ったことがあります。病院の多くは閉鎖病棟で、治療と言うよりも隔離に近い状態です。日本で精神の病に苦しむ人々は100万人、その内30万人は入院し、精神の病気の場合、5年、10年、さらには20年と入院期間が長いのが特徴です。治っても帰る所がないからです。ゲラサの男は夜昼叫んで、体を傷つけていました。回復の希望がなかったからです。日本においても精神科病棟の中に多くのゲラサの人がいると考えた時、この物語は私たちの物語になります。マルコの描く世界は現代日本の物語なのです。
・また病院の外にも狂気がアリます。2008年に秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大被告は派遣労働者として「もののような扱いを受けていた」と告白しています。社員の人事を扱うのは人事部ですが、派遣労働者は調達部が担当していました。事件の背景に犯人の疎外感があったと言われています。6年後、加藤被告の弟は遺書を残して自殺しました「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なのだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけない。それが現実。僕は生きることを諦めようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がない。何かありますか。あるなら教えてください」。この社会は居場所をなくした人を追い詰める世界、悪霊が暗躍する社会なのです。

3.悪霊につかれた男が伝道者になった

・ゲラサの男は墓場に住み、イエスに言いました「かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい」と。それでもイエスはこの男と関わりを持たれました。「かまわないでくれ」という人に、神は関わりを持たれるのです。今日の招詞に詩編68:7を選びました。次のような言葉です「神は孤独な人に身を寄せる家を与え、捕われ人を導き出して清い所に住ませてくださる。背く者は焼けつく地に住まねばならない」。イエスは来る必要のない異邦人の地に来られ、声をかける必要のないこの人に声をかけられました。イエスは土地の人から疎まれる危険を冒して男を憐れまれました。その結果、彼は正気になり、人間社会に復帰する事ができました。癒された男は「イエスに従いたい」と申し出ますが、イエスは「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」と言われます(5:19)。
・マルコはその後の出来事を報告しています「その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことを、ことごとくデカポリス地方に言い広め始めた。人々は皆驚いた」(5:20)。「言い広める」という言葉はギリシャ語「ケッリュソウ=宣教する」という言葉が使われています。マルコは福音書を書くためにいろいろな地方を訪ね、イエスに関する諸伝承を集めたと思われます。その時、この異邦人の地デカポリスに教会があり、その教会に、「ゲラサの悪霊つきと呼ばれた男がイエスに癒され、その後、伝道者になってこの地に教会を立てた」という伝承が残されていたと推測されます。
・仮にそうであれば、ここには偉大な物語が記されていることになります。「自分の家に帰りなさい」と言われた人が、「主があなたに何をしてくださったかを知らせなさい」というイエスの命に従って伝道者となり、その実りとして教会が立てられたことを、マルコは報告しているのです。「汚れた霊につかれた人が宣教者になった」、まさに詩編68篇が歌うように「神は孤独な人に身を寄せる家を与え、捕われ人を導き出して清い所に住ませてくださった」のです。ここには疎外状態にあった一人の人物の人間回復の物語があります。「死んでいた人が生き返った」、「いなくなっていた人が見つかった」という喜びの知らせがあります。
・このことは現代の私たちにも勇気を与えます。私たちの周りにも、抑圧のためにで外に出ることが出来ず、家に引きこもっている人がいます。安定した職につけず、将来に希望を失っている人がいます。心身の病気のために礼拝に出ることが出来ない人を覚えます。その人たちに、私たちが「神は孤独な人に身を寄せる家を与え、捕われ人を導き出して清い所に住ませてくださる」との福音を伝え、その人と祈りを共にする時、そこに何かが生まれます。汚れていた霊にとりつかれて石で自分の身を傷つけていた人が、イエスと出会いを通して、イエスに従う者になりました。「主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」という言葉に従う時、そこに神の業が現れます。マザーテレサにある人が言ったそうです「カルカッタの伝道はすばらしい。私にも何か手伝わせて下さい」。その人にマザーは答えました「まずうちに帰って、あなたの家族と周りの人に福音を伝えなさい」。イエスは狂気を癒やされた男に「あなたはこの地にとどまってなすべきことをしなさい」と言われました。私たちも「家族と周りの人に福音を伝える」ために、召されているのです。


カテゴリー: - admin @ 08時13分41秒

01 28

1.嵐の中で慌てふためく

・マルコ福音書を読んでいます。今日与えられたテキストは「湖上の嵐」の物語です。イエスが弟子たちと舟に乗って向こう岸に行こうとされた時、突然の嵐になり、舟が沈みそうになりますが、イエスが風と波をお叱りになると嵐は静まったという不思議な物語です。現代の私たちは、このような奇跡があったことを信じるのが難しくなっています。しかし初代教会はこの物語を通して大きな励ましを受けました。今日は、この初代教会の受け止め方を通して、この物語が現代の私たちに何を語りかけてくるのか、聞いていきます。
・物語は4章前半から続きます。イエスはガリラヤ湖のほとりで人々を教えておられましたが、夕方になりましたので、人々を解散させ、弟子たちに「向こう岸に渡ろう」と言われました。一日の働きに疲れて、休息の時を持ちたいと思われたのでしょう。弟子たちは舟を出して、漕ぎだし始めました。イエスは疲れのためか、すぐに深い眠りにつかれます。舟を漕ぎ出してまもなく、突然強い風が吹き始め、波が激しくなりました。あたりは全くの暗闇です。風が強まり、波は荒れ、舟は木の葉のように舞い、沈みそうになります。
・ペテロやアンデレはガリラヤの漁師でしたので、湖のことはよく知っています。最初は自分たちで何とか出来ると思い、努力しました。しかし、このたびの嵐は彼らの手に負えないほどの嵐で、舟は水をかぶって沈みそうになります。ところが、イエスは平気で寝ておられます。弟子たちはイエスを揺り動かし、訴えます「先生、起きてください。私たちがおぼれてもかまわないのですか」(4:38)。イエスは起き上がり、風を叱り、湖に黙れと言われました。すると、風も波もおさまり、静かになりました。イエスは弟子たちを叱られました「何故怖がるのか、まだ信じないのか」(4:40)。
・イエスは弟子たちを叱られました。それは、イエスが共におられたのに、彼らが恐れおののき、慌てふためいたためです。「私と毎日共にいて、神の不思議な業を見、話を聞きながら、なぜ嵐になると、あたかも神がおられないかのように慌てふためくのか」。イエスは嵐の中で熟睡されておられました。天地を支配される父なる神に対する信頼の故です。「一羽の雀さえも神の許しなしには死ぬことはない、ましてやあなたがたは神の子とされているではないか、それなのに何故怖れるのか」とイエスは言われています。

2.嵐を静めるキリスト

・この物語はイエスがガリラヤ湖で嵐を静められたという伝承を元にマルコが編集したものと思われています。イエスは紀元30年に十字架で死なれ、復活され、復活のイエスに出会った弟子たちは、「イエスは神の子であった。イエスの死によって私たちの罪は赦され、イエスの復活によって私たちにも永遠の命が与えられた」と福音の宣教を始めました。その結果、ローマ帝国各地に教会が生まれ、首都ローマにも教会が生まれました。しかし、教会は、ローマ帝国内において邪教とされ、迫害され、紀元64年にはローマ皇帝ネロによる大迫害を受けます。教会の指導者だったペテロやパウロたちもこの迫害の中で殺されていきます。
・マルコ福音書は紀元70年ごろ、ローマで書かれたと推測されていますが、マルコが福音書を書いた当時のローマ教会は、迫害の嵐の中で揺れ動いていたのです。人々はキリスト者である故に社会から締め出され、捕らえられ、処刑されていきます。教会の信徒たちは神に訴えます「あなたはペテロやパウロの死に対して何もしてくれませんでした。今度は私たちが殺されるかもしれません。私たちが死んでもかまわないのですか」。ガリラヤ湖の弟子たちは「私たちがおぼれてもかまわないのですか」と訴えましたが(4:38)、この「おぼれる=アポルーマイ」の本来の意味は、「滅ぼす、殺す」です。また「起きて下さい」の「起きる」には、ギリシャ語「エゲイロー」が使われています。この言葉は「イエスが死から起き上がられた」という時に使われます。弟子たちは、「私たちが滅ぼされても平気なのですか」、「どうか私たちを助けに来て下さい」と叫んでいるのです。つまり、マルコは湖上の嵐の伝承の中に、迫害の中にある初代教会の人々の叫びを挿入して、物語を構成しているのです。
・嵐の中で慌てふためく弟子たちを見て、イエスは「風を叱り、湖に黙れ、静まれと言われます」(4:39)。この「叱る」という言葉エピテモーは、他の箇所では悪霊を叱る場面で出てきます(1:25,3:12)。当時の人々は、海の中には、竜とかレビヤタンという怪物(悪霊)がおり、その悪霊どもが騒ぎ立てるので嵐になると考えていました。ですから「悪霊を叱る」ことによって、海は平安を取り戻すのです。迫害の中で慌てふためく教会の人々に、マルコは「何故怖がるのか、まだ信じないのか。天地は全て神の支配の下にある。それを信じて静まりなさい」と語っているのです。
・私たちは、順調な時には、神が共にいてくださるという事実を、感謝をもって承認します。しかし、危急存亡の時には慌てふためきます。神がおられるという事実が何の意味もないように思えます。人生には嵐があります。信仰者も末期癌だと告知されれば慌てふためきます。愛する人を病気で奪われた人々は訴えます「主よ、何故あの人を取り去れたのですか」。仕事を失くした人は「主よ、これからどのように生きればよいのですか」と訴えます。教会分裂が起こり、残された人は言います「主よ、この教会を壊そうとされるのですか」。私たちは救いを求めて叫びます。しかし、目に見える助けがすぐに来ない時、私たちの信仰は揺らぎます。叫んでも応答がない神に自分を委ね続けることが出来なくなるのです。
・このマルコの物語は、信仰が揺らいだ時には、イエスが起きられるまで、叫び続けよと教えます。イエスは眠っておられるが、求めれば起きて下さり、「黙れ、静まれ」と嵐を静めて下さる。その後で、私たちは叱られるかもしれない。しかし、その叱りを通して、私たちは成長していきます。イエスの弟子たちも、主に従う者として、信仰と信頼にあふれて舟に乗り込みましたが、一旦嵐にあうと、今まで信じていたものはどこかに飛び去り、慌てふためきます。私たちは苦難に会うと信仰をなくしてしまう存在なのです。嵐の中では、神の国の喜ばしい知らせなど、弟子たちの頭から消えうせています。彼らの頭にあるのはおぼれる、死ぬ、その恐怖だけです。

3.天地を支配される方に委ねて生きる

・今日の招詞に詩篇107:28-29を選びました。次のような言葉です「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから導き出された。主は嵐に働きかけて沈黙させられたので、波はおさまった」。詩篇107編はバビロン捕囚の地からイスラエルを解放して下さった主を賛美する歌だと言われています(月本昭男「詩編の信仰と思想」より)。「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから救ってくださった」という告白が四度も繰り返されています(107:6,13,19,28、)。
・国が滅びて50年、離散した民が新国家建設のためエルサレムに集められます。バビロンからエルサレムまで1000劼鯆兇┐觜嗅遒鯤畆民は歩いて帰り、主は旅路を守って下さいました。地中海地方に離散した民は船で帰国しました。23節から航海の様子が記されています「彼らは、海に船を出し、大海を渡って商う者となった・・・主は仰せによって嵐を起こし、波を高くされたので、彼らは天に上り、深淵に下り、苦難に魂は溶け、酔った人のようによろめき、揺らぎ、どのような知恵も呑み込まれてしまった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから導き出された。主は嵐に働きかけて沈黙させられたので波はおさまった」(詩編107:23-29)。
・私たちの人生は、荒海を航海する舟のようです。海の上を航海しますから、常に不安定です。船板一枚の下には、底知れない闇があります。嵐が来れば、木の葉のように翻弄されます。しかし、私たちの舟にはイエスが乗っておられる。眠っておられるかもしれないが、起こせば起きて下さり、嵐を静めて下さる。「風と波を叱り、静める力をお持ちの方が、私たちと共におられる」、その事を私たちは信じることが許されている、これが福音です。
・最後に大泉教会・太田協力牧師のこの個所への説教要約を紹介します。太田先生は語ります「このガリラヤ湖で弟子たちは、嵐に恐れて言う。『私たちが、滅びてもかまわないのですか』、イエスは叱られた。滅びるなどと、なぜ、情けないことを言うのだ。おまえたちは、滅びることのない永遠の命を頂いているのだ。まだ信じられないのか。『おぼれてもかまわないですか』と聞かれたら、イエスはおっしゃるでしょう。『おぼれてもいいのだ。死んでもいいのだ。決して、滅びることはないのだから』」。
・太田牧師は続けます「けれども、人間というのは、弱いものです。この私がそうでした。私は3年前のクリスマスの頃、大病をして手術をしました。直腸癌のステージ4。再発して、三回手術して、最後は腹膜にも転移して、お腹を空けたけれど、何もせずにそのまま閉じました。病院にいたころは、このまま出られずに死ぬのだなと、覚悟していました。正直言って、怖かった。死を恐れました。平静な気持ちにはなれなかった。『死んでもいい』とは思えなかった」。
・太田先生は続けます「しかし、落ち着いて横を見ると、私の舟にも、イエスが乗っているのです。ただ、私たちは苦しさのあまりに、そのことを忘れていた。苦しい時こそ、隣にいるイエスに祈りましょう。眠っているイエスを、起こせばいいのです。イエスはおっしゃるでしょう。『波よ、静まれ』と。しかし、すぐに湖の波は静まらないかもしれない。イエスは、本当はこうおっしゃりたいのではないか。『あなたの、心の波を静めなさい』、試練はいつ襲ってくるかわからない。今日、東京に直下型地震が起こるかも知れない。しかし、地震でも津波でも嵐でも、どんな災難が来ても、心が平静ならば大丈夫です。恐れてパニックになったら、助かるものも助からない。たとえ死んでも滅びることはない、そう思って冷静に対処すれば、逃れる道が見えてくる。神は、試練を与えると同時に、逃れる道を備えてくださる方です」。
・この物語の主題は、「イエスは神の子だから、嵐を静める奇跡が出来る」ということではありません。迫害の嵐の中で、初代教会の人々が、「何故怖がるのか、私が共にいるではないか、私を信じて静まりなさい」というイエスの声を聞き、静まって、迫害を乗り越えることができたことです。嵐や波が静まったことではなく、初代教会の人々の「心の波が静まった」ことにこそ、大きな意味があります。「地震でも津波でも嵐でも、どんな災難の時も、心が平静ならば逃れる道が見えてくる」、それを知ることは、私たちにとって何ものにも勝る祝福であることを覚えたいと思います。


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1.安息日に手の萎えた人を癒す

・マルコ福音書を読み続けています。イエスは繰り返し、安息日に病の人を癒されました。これは安息日を絶対の聖日(一切の仕事をしてはいけない日)とする律法学者やファリサイ派の人々は、イエスを異端の教師と見始めています。そのイエスが安息日に会堂に入られました。イエスを待ち受けていたのは、安息日に癒しの業を行うかどうかを試みるファリサイ派の人々の視線でした。マルコは記します「イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気が癒されるかどうか注目していた」(3:1-2)。イエスは試みる者たちの視線にためらうことなく、手の萎えた人に近づかれます。そして監視するファリサイ人たちに、「安息日を守るためなら人の命を救わなくても良いのか」と問われます。人々は答えられません。マルコは記します「イエスは手の萎えた人に、『真ん中に立ちなさい』と言われた。そして人々にこう言われた。『安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。』彼らは黙っていた」(3:3-4)。
・イエスはその日が安息日であるかを問わず、病人を癒されました。無視されたファリサイ派とヘロデ派の人々は、イエスを抹殺すべく共同謀議を始めたとマルコは記します「そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、『手を伸ばしなさい』と言われた。伸ばすと手は元通りになった。ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一諸に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」(3:5-6)。
・イエスは律法を犯すことが死の危険を伴うことを承知の上で、安息日に人を癒されます。イエスは自分の身を削って人の命を救われた。福音書記者マタイはそのイエスに、「苦難の僕」の姿を重ねます。「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆癒された。それは預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった『彼は私たちの患いを負い、私たちの病を担った』」(マタイ8:16-17)。イエスは先に、安息日に麦の穂を摘んで食べた弟子たちを批判するファリサイ人に対して、「安息日は、人のために定められた」と答えておられます(2:27)。今また、安息日の癒しを非難する人々に対しては「安息日に許されているのは、善を行うことではないのか」と問いかけられました。イエスを動かしているのは神への愛と隣人への愛です。神は人間の休息のために安息日を設けて下さった、人はそれに細かい規定を作り、煩雑にし、束縛の規則に変えてしまった。「それは神の御心に反するのではないか」とイエスは問われたのです。
・ファリサイ人たちも緊急の場合は安息日規定を破っても良いと認めていました。当時のラビは語りました「人間の命を救うことは安息日を押しやる」。マタイでは緊急時には安息日規定は停止されるとのイエスの言葉が紹介されています「あなたたちのうち、だれか羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちた場合、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。人間は羊よりもはるかに大切なものだ。だから、安息日に善いことをするのは許されている」(マタイ12:11-12)。しかし「この場合は緊急事態にはあたらない」とファリサイ派の人々は言います。「手の萎えた人を今日治す必要はないではないか。明日でもよいのに、なぜ安息日の今日、行うのか」ということです。しかしイエスは更に一歩を踏み込まれます「安息日に行うべきは善か悪か」、「安息日に病人を癒して何が悪いのか。安息日は人のためにあるのではないか」と。隣人愛の要求が律法に新しい命を吹き込みました。しかし、「規則は規則だ」とするファリサイ人や律法学者にはそれは受け入れがたい要求でした。だから彼らはイエスを殺そうとの相談を始めるのです。

2.今日における安息日とは何か

・現代の私たちは、安息日をどのように考えるべきなのでしょうか。教会はイエスの復活を覚えて、安息日を土曜日から日曜日にしました。安息日を土曜から日曜に動かすことのできるキリスト教会は、もはや律法の戒めからは自由です。ですから私たちも杓子定規ではなく、イエスならどうされるだろうかという視点から安息日を考え直すことが求められます。
・私たちは日曜日に礼拝に参加し、神の前に静まります。それが私たちの安息です。しかし、教会に来ることの出来ない時もあります。子供の運動会がある時は礼拝を休んでいいのか、夫が病気で寝込んでいる時はどうするのか、会社に日曜出勤しなければいけない時はどうするのか、多くの信仰者が悩まされています。基本的には、イエスが言われた言葉「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」に従って判断すればよいと思えます。私たちは神の前に安息するために教会に集まるのですから、仮に、他の用事を神様からいただいたのであれば、それに従って安息日を過ごせば良いのです。
・「子どもの運動会が日曜日にある」、子どもと共に過ごすことが神から与えられた安息かどうか祈って、そうだと思えば礼拝を休んで運動会に行く、それは信仰の決断です。しかし運動会が午後も続くのであれば、礼拝を終えてから運動会に駆け付ける方がもっと良い。「日曜日に出勤しなければいけない」、多くの場合日曜出勤しなくとも業務に影響はありません。とすれば労働の束縛から解放されるために日曜日の出勤は断る、それもまた信仰の決断です。「夫が病気で寝込んでいる」、夫の看護のために自分が必要だと思えば、礼拝を休むこともまた信仰の行為です。礼拝を休んでも良い、しかし夫の枕元で聖書を共に読み、共に祈るならば、もっと良い。今日、礼拝を休むことが、ある場合には正当かもしれません。しかし、同時に、礼拝には、今日でなければいけないという面もあります。礼拝は一期一会、今週の礼拝と来週の礼拝とは異なる。イエスが「今日癒された」ことの意味を考える必要があります。明日ではいけない、まさにこの時、時間がクロノス(流れる時)からカイロス(この時)に変わりうることを覚えることもまた大事なことです。

3.安息日の神学的意味を考える

・今日の招詞にマルコ2:27-28を選びました。次のような言葉です「そして更に言われた。『安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある』」。マルコ福音書には繰り返し安息日をめぐる論争が出てきます。マルコ2章では、イエスの弟子たちが安息日に麦の穂を摘んだために咎められ、イエスとファリサイ人との間に論争が起きたことを伝えます。当時麦の穂を摘んで食べることは許されていました(申命記23:25-26)。しかし、「安息日にはしてはいけない」とファリサイ人は咎め立てたのです。
・当時のユダヤ人にとって、安息日を守ることは戒めの根幹をなすものでした。捕囚時代、国を失ったユダヤ人は民族のアイデンティティーを「割礼と安息日」に求め、「割礼を受けることがユダヤ民族の証し」であり、「安息日に礼拝を守る」ことで、民族の同一性を保ちました。捕囚から帰還した後もユダヤの指導者たちは安息日を最重要の戒めとし、そのため細かい規則を作って、安息日厳守を人々に要求しました。安息日には一切の仕事をすることが禁じられ、火をおこすこと、薪を集めること、食事を用意することさえも禁じられ、侵す者は「主との契約を破る者」として批判されるようになります。
・しかし、「本来の安息日はそうではない」とイエスは批判されます。申命記5:14は記します「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、驢馬などすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる」。「あなたも、息子も、娘も、奴隷も、休むことができる」、本来の安息日は農耕生活における休息日として設けられました。農耕は過酷な労働であり、休まないと体力を回復できない。だから「6日間働いて7日目には休みなさい」という祝福が与えられた。安息日は祝福の日だった。しかし、人間はこの祝福を、「これはしてはならない」、「あれはしてはならない」という人を束縛する戒めに変えてしまった。だからイエスは戦われた。それがマルコ2章から3章の安息日論争です。イエスは恵みとして与えられた安息日を束縛と苦痛の日にしている、ファリサイ人や律法学者の偽善を追求されています。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」、律法を命よりも大事と考えるパリサイ人や律法学者には、これは許すことの出来ない言葉でした。イエスの宣言はまさに革命的な言葉なのです。
・イエスは安息日に多くの癒しを行われました。ある意味、「あえて安息日に癒しを行われた」と思えるほどです。イエスはその行為を通して、「安息日の意味をもう一度考え直せ」、「安息日を再び祝福の日に戻せ」と言われているのです。今日のマルコ3章ではイエスが安息日に会堂で片手のなえた人を癒された時に、それを安息日故に批判する人々に言われた言葉が記されています「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか悪を行うことか。命を救うことか殺すことか」(3:4)。
・イエスの後に続く教会が「安息日は礼拝を守らなければいけない。礼拝を守らない者には厳罰を課す」と言い始めたら、それは再び人間を律法の奴隷にする行為です。西暦321年、コンスタンティヌス帝が「日曜休業令」を出して、日曜日の仕事を法律で禁止し、中世のカトリック教会はその伝統を受けて、「日曜日の商店の開業や娯楽を禁止」しました。その流れを受けて、アメリカやイギリス、フランス、ドイツなどでは、ごく最近まで、日曜日の商店営業は禁止されていました(閉店法等)。日本で日曜日が休日になったのは明治9年(1876年)からで、在留の外国人、特に宣教師フルベッキ等の要請を受けて制定されたと言われています。それ以前の休みは、「盆と正月」くらいでした。日本は、休むことを知らない社会、あるいは、休むことを許されない社会であったと言うこともできます。この日曜日休日がやがて、「日曜日の休息は国家が保障しなければならない労働者の権利である」ことが認められて、日本でも一般化していきます。イエスの「人の子は安息日の主でもある」という言葉は、日本でも制度の中に取り入れられているのです。
・カール・バルトは教会教義学の中で、キリスト者の倫理を「神の御前での自由」という表題で記し、さらに安息日を巡る問題を「祝いと自由と喜びの日」として書き始めています。このことは安息日の戒めが私たちにとって自由を与える特別な日としての性格を持つことを示しています。日曜日を「礼拝を守らなければいけない日」と考えた時、それは私たちを縛る日になります。そうではなく、日曜日を「礼拝に参加することが出来る日」に変えることが出来れば、私たちの人生はどんなにか豊かになるでしょう。
・新約学者の荒井献氏は聖書注解の中で述べます「安息日は人のためにある。この安息日を法一般に置き換えたならば、現代にも通用する普遍的原理になるであろう。つまり『法は人間のために定められたものであって、人間が法のためにあるのではない』」(荒井献「問いかけるイエス」)。筑豊じん肺訴訟では一審敗訴の国が控訴・上告を行い、判決確定までに19年を要しました。この結果、原告170人のうち144人は最終判決前に亡くなります。同じ問題が水俣病訴訟、原爆症訴訟、B型・C型肝炎訴訟でも生じています。何のための、誰のための法律であるかが見失われています。規則と公平を建前とする官僚の態度はファリサイ人と同じです。「法は人のためにある」という考えはそこにはありません。「安息日は人のためにある」を、「法は人のためにある」と読み替えるならば、安息日規定は優れて現代的な意味を持ちます。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」。この言葉はイエスが命をかけて戦い取られた福音であることを覚えたいと思います。


カテゴリー: - admin @ 07時20分18秒

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