１．異邦人の罪
・ローマ書を読み始めています。今日が2回目になります。パウロは手紙の冒頭で「何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、願っています」と書きました（1：10）。しかし、今はエルサレムに行かなければならないため、ローマに向かうことができません。だから自分を紹介するために手紙を書いています。しかし、この手紙は単なる自己紹介の手紙ではありません。パウロがエルサレムに行くのは、亀裂の見え始めたエルサレム教会と異邦人教会の和解のために、異邦人教会からの献金を持って行くためです。エルサレムから始まった福音は、今ではギリシャ・ローマ世界にまで広まり、新しい教え（キリスト教）はその土台であるユダヤ教から独立する動きを示していました。しかし、ユダヤ教の強い影響下にあるエルサレム教会は異邦人教会のユダヤ教からの自立の動きに反発し、両者の不和が更なる福音宣教を難しくし始めていました。現に、ローマの教会の中でも、ユダヤ人信徒と異邦人信徒の間に対立が起きています。同じ教えを信じる信仰者の間に、なぜ対立や争いが生じるのか、パウロはその根本原因に人間の罪を見ます。そのため最初の挨拶の言葉を終えるや、パウロは「罪とは何か」を説き始めます。ローマ教会の人々は困惑し、また不快になったと思います。挨拶の言葉が終わるや、突然に「あなた方は罪の中にある」という言葉で批判されているからです。
・それが1章18節以下の言葉で、最初にパウロは教会内の異邦人信徒の罪を指摘します。当時のローマ教会では異邦人信徒が主力だったと推定されています。彼は「異邦人の最大の罪は、神を知りながら、神を神として認めない」ことだと言います。彼は語ります「神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです」（1:19）。外にあっては天地を通して、内にあっては人間の良心を通して、神は自己を示された、しかし人はそれを認めようとしない。だから「彼らには弁解の余地がありません。なぜなら、神を知りながら、神として崇めることも感謝することもせず、かえって、空しい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです」（1:20-21）。パウロが語っているのは教会内の異邦人キリスト者です。キリスト者になってもかつての習慣から解放されていないのです。
・神以外のものを拝むことを聖書は「偶像礼拝」と呼びます。偶像とは人間の自由になる神です。病気になれば癒してくれる、不幸になったら慰めてくれる、それは人間の欲望の具体化です。このように神を神としない人間を欲望のままに放置されることによって、神は人を裁かれるとパウロは言います。当時のローマの人々の偶像礼拝は、「性的放縦」として現れていました。パウロは言います「神は彼らを恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、同じく男も、女との自然の関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています」（1:26-27）。当時のギリシア世界においては同性愛（特に少年愛）が盛んであり、哲学者プラトンやアリストテレスでさえ同性愛者であったと言われています。パウロはこのような性の倒錯を創造の秩序を犯す行為だと考えています。問題は現代でも同じです。キリスト教国といわれるアメリカにおいてさえ、同性愛を認めるのか、妊娠中絶をどう考えるのかが国論を二分する議論になっています。性の問題は人間には解決できない罪、原罪なのです。
・偶像礼拝はまた、対人関係に関する悪としても現れます。1章29節以下に悪のリストが列挙されています。そこにあるのは他者に対する不義や貪り、妬みや争い、無慈悲、傲慢、一言で言えば「自分さえ良ければ良い」というエゴイズムが人間世界を支配しており、パウロはこのエゴイズムも「神を神としない偶像礼拝」から生じるとみています。現代人もまたエゴイズムの奴隷になっています。私たちは、他人が成功すれば妬み、他人が失敗すれば喜ぶ存在であり、見返りなしには人を愛せない存在です。このエゴイズムの問題もまた原罪なのです。
・パウロは異邦人社会における人間の実態を見て、そこに神に背いた人間の罪を認めました。神を認めず、したいことをすることを、人は「自由」と呼び、その自由を追及していきますが、その結果現れるものは、お互いを傷つける悪であり、それらの悪が人を悲惨に陥れて行きます。神という絶対者のいない所では自分が神となり、自分の欲望が露わに表に出る、それが性的放縦やエゴイズムとなるのです。これは当時のローマだけの問題ではありません。現代日本の偶像礼拝の典型は「科学技術信仰」でしょう。人々は便利で快適な生活を目指して原子力発電所を建設してきましたが、それは福島の事故を通して人間に復讐しています。また医学の発達により人は長生きが出来るようになりましたが、その長生きは寝たきりと認知症を伴い、人は長寿を喜ぶことが出来なくなっています。「彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました」（1：28）は、現代文明に対する警告のように聞こえます。「神を神としない」時、人は欲望のままに生き、お互いの欲望と欲望がぶつかり合って、そこに混乱（カオス）が生じます。多くの人は「私は神なしでも生きて行けます」と福音への招きを断ります。しかし人は本当に神なしで生きていけるのか、神なしの世界とは「欲望と欲望がぶつかり合う闇の世界である」ことを知る必要があります。
２．ユダヤ人の罪
・「神を神と認めないところに異邦人の罪があった」とパウロは指摘しました。ローマ教会内のユダヤ人たちは「神の戒めである律法を知らないからあなたたちは罪人なのだ。だから私たちのように割礼を受け、律法を守る生活をしないと救いはないのだ」と異邦人信徒を批判していたようです。しかしパウロは返す刀で今度はユダヤ人信徒の罪を指摘します。それが2章1節からの言葉です。パウロは言います「人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです」（2:1-2）。ユダヤ人キリスト者であるあなたたちは、「自分たちは神との特別な契約の中にいるのだから、神はいつも私たちを赦して下さる」と考えている、しかし、神は人を裁く者を裁かれる。パウロはユダヤ人キリスト者に迫ります「あなたは、神の裁きを逃れられると思うのですか・・・あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています」（2:3-5）。
・あなたたちは自分たちには律法があるというかもしれない。しかし、律法を知りながら罪を犯しているとしたら、あなたたちは律法によって裁かれるのだとパウロは言います「すべて悪を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、苦しみと悩みが下り、すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます」（2：9-10）。律法の有無が問題ではなく、どう行為するかが問題だとパウロは指摘します。「律法を聞く者が神の前で正しいのではなく、これを実行する者が、義とされるからです」（2:13）。
・ユダヤ人キリスト者たちは、異邦人改宗者に、割礼を受けることを求め、律法を守らなければ救われないと主張していました。それは自分たちこそ正しい者であり、異邦人のような罪人ではないとの驕りから生じるのだとパウロは言います。パウロはそのユダヤ人信徒に対して、選民として特権意識を持ち、異邦人を見下して傲慢となっているあなたたちこそ神の目から見れば罪人なのだ。その証拠に、あなた方はローマ教会の中で異邦人キリスト者と対立し、そのことによって「神の御名を汚しているではないか」（2：24）とさえ言うのです。
３．心に割礼を受ける
・パウロは異邦人の罪を「偶像礼拝」という一点に絞って追及し、ユダヤ人の罪を「他者を裁く」という一点において見ます。今日の招詞にローマ2：29を選びました。今日の議論の延長線上にあります言葉です。「内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく“霊"によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです」。パウロはユダヤ人の罪を2章17節以降で更に追求しています。ユダヤ人たちは「自分たちこそ神の民だ。そのしるしとして割礼を受け、律法が与えられた」と誇っていました。しかしパウロは本当にそうかと言います「あなたはユダヤ人と名乗り、律法に頼り、神を誇りとし、その御心を知り、律法によって教えられて何をなすべきかをわきまえています」（2：17）。しかし、「あなたは他人には教えながら、自分には教えないのですか。盗むなと説きながら、盗むのですか。姦淫するなと言いながら、姦淫を行うのですか」（2：21-22）。あなたも異邦人と同じ行為をしているではないかと彼は言うのです。
・その後で、パウロはユダヤ人に向かって、「割礼が救いの要件ではない」と言います。「あなたが受けた割礼も、律法を守ればこそ意味があり、律法を破れば、それは割礼を受けていないのと同じです」（2：25）。この割礼を「洗礼」と読み替え、律法を「御言葉」と読み替えた時、パウロの言葉は、私たちへの言葉となります「あなたが受けた洗礼も、御言葉を守ればこそ意味があり、御言葉を破れば、それは洗礼を受けていないのと同じです」。「割礼が救いの要件ではない」のであれば、「洗礼さえ受ければ救われる」こともないのです。
・パウロは勧めます「心に割礼を受けなさい」。心の割礼とは洗礼者ヨハネの言う「霊の洗礼」です。ヨハネは「私は水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる」と言いました（マルコ1：8）。私たちは自分たちの罪を認め、先ず水に入ります。水の洗礼です。その後の信仰の歩みの中で、旧い自分が火によって焼き尽くされ、霊に満たされて新しくされる時を迎えます。これが霊による洗礼です。パウロは洗礼を受けるとは、キリストの死に預かることだと言います（ローマ6：4）。前にもお話しましたが、私は20歳の時に水の洗礼を受けました。教会には行っていましたが、生活は何も変わりませんでした。週6日は会社員としてこの世の慣わしに従って行き、日曜日は教会に来て、それで十分正しい生き方をしていると思っていました。社会人として、夫として、父親として、責められるところは無いと思っていました。その自分が、どうしようも無い罪人であることを知らされたのはそれから25年後、45歳の時です。過ちを犯し、その過ちの報いが自分の生活を具体的に犯し始め、家族関係が耐え難いものになって初めて、自分が罪の縄目の中にいることが始めてわかりました。そしてパウロのように泣き叫びました「私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれが私を救ってくれるでしょうか」（ローマ7：24）。
・人は水の洗礼を受けてもその本質はなかなか変わり得ないものです。アカデミー賞を受けたアメリカ映画「それでも夜は明ける」を見ました。1840年代の米国南部における奴隷労働の実態を描いた映画です。最も衝撃的だったのは黒人奴隷に厳しく当たる農園主も日曜日には教会に行き、説教を聞き、その説教を黒人奴隷たちにも語ります。聖書は「奴隷制を認め、奴隷が主人に従うことを求めている」という説教です。奴隷制に批判的な北部の教会は批判し、私たちの母教会であるバブテスト連盟も1845年に南北に分裂します。それはメソジスト教会や長老教会も同じでした。その対立がやがて南北戦争へとつながっていきます（1861年）。パウロ時代のローマ教会と同じです。水の洗礼を受けるだけでは人はキリスト者にはなりえないのです。自分が罪の中にいる、過去の人生が全否定される経験をする。その時、霊の洗礼が与えられます。もちろん、霊の洗礼を受けても、生きている限り、罪は残ります。しかし、霊の洗礼を通して、人は決定的に変えられます。自分が泣いて初めて、世には泣いている人がいかに多いかに気がつきます。自分の涙を神がぬぐって下さったから、苦しむ人の涙をぬぐいたいという願いが起こされます。その時、神の声が聞こえてきます「あなたは私の愛する子」（マルコ1：11）。その声に促されて、私たちは神の子としての新しい生活に入って行きます。
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