すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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01 13

1 故郷ナザレでのイエスの宣教

・イエスはヨルダン川で洗礼を受けられた後、ガリラヤに戻られ、その地で宣教の業を始められました。ルカは記します「イエスは"霊"の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた」(4:14-15)。ガリラヤ各地を巡回された後、イエスは生まれ故郷のナザレに行かれました。各地でのイエスの言葉と癒しの業は、評判となり、ナザレにも伝わっていましたから、人々は郷里出身の評判の預言者の話を聞こうと、会堂に集まって来ました。当時のユダヤでは、安息日に人々は会堂に集まり、最初に律法(モーセ五書)が読まれ、その後に預言書が読まれました。会堂に入られたイエスは係りの者から巻物を渡され、読まれました。預言書イザヤ61章の箇所でした。その箇所が、ルカ4:18−19に再録されています。もう一度確かめてみましょう。
・「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」。イエスが聖書を読み、席に着かれると、会堂にいるすべての人の目が、イエスに注がれました。何事かを期待する目でした。当時のユダヤの人々は約束の成就を待ち望んでいました。ユダヤは、ローマの植民地であり、ローマへの税金と、ローマが任命した領主への税金の二重の取り立てがあり、もし払えなければ妻や子を売り、それでも払えなければ投獄されました。
・また、多くの人々は自分の土地を持たない小作人でした。地主は都市に住む貴族や祭司たちで、彼らは収穫の半分以上を徴収しました。ですから小作人の手元に残るものは少なく、豊作の時でさえ食べてゆくのがやっとで、天候が悪く凶作になれば飢え、病気になれば医者にもかかれず死ぬばかりの生活でした。ですから彼らはひたすら救い主を待ち望み、この生活が変えられる日を待望していました。その彼らが注目する中で、イエスは「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき実現した」と話されたのです。「救いが今ここに来た」と宣言されたのです。

2 イエスの真の姿を見ようとしないナザレの人々

・イエスは人々の困窮を憐れんでイザヤ書「主の救いの年」の預言を語られました。同時にご自身がその困窮から人々を救い出す救い主であることを宣言されました。19節「主の恵みの年」は、「ヨベルの年」を指しています。ヨベルの年についてはレビ記25:8−17に書かれていますが、古代のイスラエルでは50年ごとに債務が免除され、奴隷は解放される定めがありました。そのとき雄牛の角で出来た笛(ヨベル)を吹きならして知らせたので、ヨベルの年と呼ばれました。そのいわれは、エジプトで奴隷として苦しんでいた民が主に救われ、今のような安泰な生活ができる。だから感謝のしるしとして、苦しんでいる人々の債務を赦してあげ、奴隷も解放しなさいという規定です。
・イエスは言われました「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき実現した」、今、そのヨベルの年が来ている。あなた方の債務は免除され、苦しみから解放される。今、それを知らせるために、父なる神から油を注がれた私が、ここに来ていると宣言されたのです。それを聞いた人々はその言葉に感動してイエスを讃えます「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いた」(4:22)。しかし、人々が求めたのは病の癒しであり、貧からの解放でした。それに対してイエスは、「神の言葉に信頼せよ」と言うだけで何も具体的なしるしを行わない。だから人々はつぶやき始めます。「この人はヨセフの子ではないか」(4:22)。大工のヨセフの子、自分たちと同じく貧しく、地位も権力もないヨセフの子が、なぜ解放の約束ができるのか。彼には私たちを解放する財力も権力もないではないか。一度は感動した彼らですが、イエスの中に預言者ではなく、大工の子を見てしまった時、イエスの言葉を聞けなくなってしまいました。ナザレの人々は父ヨセフのことも、母マリアのことも、その兄弟たちも知っています。また、イエスの子ども時代のこともよく知っていた。そのため心がくもって、イエスの真の姿が見えなくなってしまった。その結果、イエスが彼らのために用意された恵みと救いの言葉は、彼らの心には届きませんでした。何よりも一番大事なこと、信じる心が欠けていたのです。
・イエスは彼らに言われます。「あなたがたは『医者よ,自分自身を治せ』と言うことわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない」(4:23)と言われ、さらにつけ加えて「預言者は自分の郷里では歓迎されないものだ」(4:24)と言われました。イエスは目に見えるものしか信じようとしない、彼らの心を見透かされていたのです。ルカはイエスのナザレでの出来事を通して、心の目を開かなければ、真実は決して見えないことを教えているのです。

3 預言者は郷里で受け入れられなくとも

・今日の招詞にヨハネ6:35−36を選びました。次のような言葉です。「イエスは言われた。『私が命のパンである。私のもとへ来る者は、けっして飢えることがなく、けっして渇くこともない。しかし、前にもいったように、あなたがたは、私を見たのに信じない。』」イエスはナザレでは「何のしるしもできなかった」、あるいは「されなかった」とマルコも記します。ナザレの人々がイエスに求めたものは、目に見えるしるしでした。イエスは言われます「カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ」とあなた方は求めていると。人々はイエスに、病気を治し、石をパンに変えて腹一杯食べられるような奇跡を求めたのです。しかしイエスは拒否されました。だからナザレの人々は怒り始めたのです。
・イエスは村人に霊のパンを与えようとされましたが、人々は物質的なパンを求めました。イエスは人々にお互いが愛し合って生きることのできる神の国を与えようとされましたが、人々はローマの支配から自由な地上の王国を欲しました。ナザレの人々はせっかくイエスを自分たちの村の会堂に迎えたのに、イエスを否定してしまいました。私たちはこの物語をどうきくのでしょうか。私たちはイエスに何を求めているのでしょうか。私たちは自分たちが捕らわれており、目が見えず、圧迫され、債務を負っていることを本当に知り、それからの解放を求めているのでしょうか。私たちは本当にナザレでイエスが宣言されたように、「神の国は来た、解放の時は来た」と受け止めているのでしょうか。もし、そうならば何故私たちから応答の行為が出ないのでしょうか。
・ルカ4章のイエスの言葉を文字通り受け止めて行動した人々がいます。ジュビリー2000の運動を推し進めた人たちです。ジュビリーとはヘブル語「ヨベルの年」の英訳です。西暦2000年、イエス生誕2000年はヨベルの年、主の恵みの年でした。イギリスの聖公会を始めとするキリスト教諸団体が、発展途上国の累積債務免除運動を主の恵みの年の具体化として始めました。アフリカや中南米等の最貧国と言われる国々は、先進国からの債務の返済が国家予算の半分以上を占め、教育や福祉のお金を削って債務の返済を行っていました。その結果、貧しいものがさらに貧しくなるという悪循環の中にあり、これを打破するには累積債務の免除を行うしかないとして、教会は国連や先進諸国に働きかけました。99年のケルンサミットの時には1700万人の署名を集めて、債務の一部削減を合意させます。そして翌年の沖縄サミットでは貧困国のためのエイズ基金の設置が合意され、エイズ治療薬を無料で配布できるようになりました。エイズは治療薬の開発により先進国ではエイズは普通の病気になりましたが、薬を買えない貧しい国では依然死病でした。この基金の創立により、多くの命が救われるようになります。祈りが行為となった。これこそ私たちが目指すべき事柄ではないでしょうか。信仰の具体化です。
・「預言者は郷里で受け入れられない」、それは現在でもそうです。キリスト者は神の言葉を預かり、世を改める新しい世界観を世に示す役割を担っています。しかし人々はそんなものは要らない、毎日を楽しく暮らせるものを欲しいと言います。それゆえにキリスト者は人々から理解され難い。それが日本の社会でキリスト者が少数派であり続ける原因の一つと考えられます。それでも私たちは伝道を続けたいと思います。マルコは、「(イエスは)そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった」(マルコ6:5)と書きます。もし村人らがイエスを信じることができれば、イエスはもっと多くの業をされたであろうと彼は示唆します。信仰のないところでは神の祝福は限定されるのです。
・私たちは、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)ことを知っています。そして「求めなさい。そうすれば与えられる」(ルカ11:9)ことも知っています。例え私たちが少数であっても、私たちは何かが出来るのです。そのことを私たちが信じた時、神はあふれるような祝福を、「私はあなたたちのために、天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう」(マラキ3:10)といわれたような出来事が生じます。パウロは言いました「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです」(第一コリント1:21)。この宣教の言葉を私たちはイエスから委ねられ、述べ伝えていくのです。


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01 06

1.先駆者ヨハネの教えたこと

・2019年度私たちはルカ福音書を読んでいきます。ルカはイエスの公生涯を洗礼者ヨハネについての記事から始めます。洗礼者ヨハネはイエスが世に出られることを助けました。ヨハネがヨルダン川のほとりで、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイ3:2)と宣教を始め、多くの人々がヨハネの元に集まり、「罪の赦しのバプテスマ」を受けました。その中に、ガリラヤのナザレから来られたイエスがおられ、後にイエスの弟子となるペテロやアンデレもいました。イエスはその最初に、ヨハネの弟子として宣教の生涯を始められ、ヨハネがヘロデに捕らえられた時、ご自分の時が来たことを悟られ、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)とご自身の宣教を始められます。イエスはヨハネの下で準備をされてから、宣教の業をお始めになったのです。
・ルカは洗礼者ヨハネが現れたことを次のように記します「皇帝ティベリウスの治世の第十五年に・・・神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った」(3:1-2)。皇帝ティベリウスは初代皇帝アウグストゥスの養子で、第2代ローマ皇帝です。皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ヨハネが宣教を始めたのは紀元28年から29年ごろのことになります。その時、歴史に記すべき重大なことが起こった、「神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った」とルカは記述します。ヨハネは「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝え」(2:3)ました。「洗礼」はギリシア語で「バプテスマ」、「水に沈めること、浸すこと」を意味します。ヨハネのバプテスマとは、ヨルダン川に全身を沈めるものでした。一度水の中に沈んで死に、そこから立ち上がって新たな命に生きる。「悔い改め」はギリシア語「メタノイア」、心の向きを変える、回心を意味します。「心の向きを変えれば罪が赦される、だから神に立ち返れ」とヨハネは叫んだのです。そして悔い改めの告白をした者に、ヨハネはバブテスマを授け、罪の赦しを宣言しました。
・3章7節から、洗礼を受けに来た人々に対するヨハネの言葉が記してあります。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ・・・斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」(3:7-9)。厳しい裁きのメッセージです。ヨハネは、ユダヤ人であろうと異邦人であろうと、「悔い改めない者は裁かれる」と宣言しました。
・なぜ悔い改める必要があるのか。人はみな罪人だからです。罪=ハマルティアとは、「的をはずす」、自分を創り、生かしてくださる神の方を見ないで、自分の方だけを見ることが罪です。自分のことだけを見つめ、自分の願い、自分の欲望の実現だけを求めて生きる時、隣人はむさぼりの対象となっていきます。「金の切れ目が縁の切れ目」、「役に立たないものは捨てる」、そのような人間関係から、人と人との争いが生じます。その根本部分を悔い改めること、自分が罪人であることを認めること、救いはそこから始まるとヨハネは言っています。
・斧は既に木の根元に置かれている、このままでは滅びるとのヨハネの宣告に、人々は驚き、恐れ、尋ねます「私たちはどうすればよいのですか」(3:10)。ヨハネは彼らに答えます「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」(3:11)。下着を二枚持つ、裕福な、ゆとりのある生活ではない。その中で分かちあっていけとヨハネは言います。次に「徴税人」が来て尋ねます「先生、私たちはどうすればよいのですか」。彼らに対してヨハネは答えます「規定以上のものは取り立てるな」。「徴税人」はローマ帝国のために同胞から税を取立て、規定以上に取り上げた分が彼らの取り分とされていました。そのため不正な取立てをする者も多く、民衆から嫌われていました。兵士たちも尋ねます「私たちはどうすればよいのですか」。彼らにヨハネは言います「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」。彼らは少ない給与を補うために、民衆を脅して金を取っていました。その兵士たちにヨハネが語ったのは、「自分の給料で満足せよ、人から貪るな」ということでした。ヨハネは徴税人や兵士に向かって、仕事を辞めることを要求しません。「悔い改めにふさわしい実」として必要なことは、修道院に行くことではなく、断食することでもなく、今、自分の置かれた場で神の心にかなう生き方、隣人と共に生きることだと言います。

2.来るべき方を指し示すヨハネ

・ヨハネの出現は、メシアを待ち望んでいた人々に大きな期待を与えました。このヨハネこそ待望されていた「メシア」ではないかと人々は期待しました(3:15)。それに対してヨハネは、「自分はメシアではない」と答えます。彼は語ります「私はあなたたちに水で洗礼を授けるが、私よりも優れた方が来られる。私はその方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」(3:16-17)。
・ヨハネは「自分は「水による洗礼を授けるが、その方は『聖霊と火による洗礼』を授けられる」と言います。「聖霊と火による洗礼」とは何でしょうか。「霊」はギリシア語「プネウマ」で、「風、息」を表します。「風と火」のイメージは本来、裁きのイメージです。収穫された麦は叩いて殻を外しますが、そのままでは実と殻が混ざった状態です。種と殻の混ざったものを空中に放り上げると、殻は軽いので「風」に飛ばされ、重い実だけが残ります。そして殻は集めて焼かれる、神の裁きを示します。洗礼者ヨハネが予告した「来られる方」は、神の裁きをもたらす人でした。ヨハネは裁き人の到来の前に、人々に回心することを呼びかけたのです。
・しかし、メシアとして来られたイエスは、裁き人ではありませんでした。地上のイエスは、神の赦しを説かれました。ヨハネはこの後、ヘロデに捕えられ(3:20)、獄中でイエスの活動の様子を弟子たちから聞き、「罪人を裁くのではなく、赦していく」やり方に疑問を感じ、弟子たちを派遣します「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」(7:20)。それに対してイエスは答えられます「行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」(7:22)。ルカは語ります「イエスは私たちの罪のために、十字架で贖罪の死を死なれた。そのことによって、私たちの罪は赦された」と。ここに自分を見つめるのではなく、神を見つめる生き方が示されました。そのことを知った時、私たちも「聖霊による洗礼」を受けるのです。

3.自分を愛するように隣人を愛することこそ礼拝だ

・今日の招詞にマタイ25:40を選びました。次のような言葉です「そこで、王は答える『はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである』」。最後の審判についてイエスが述べられた言葉です。イエスは十字架を前に弟子たちに話されました「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来る時、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く」(マタイ25:31-33)。イエスは続けられます「王は右側にいる人たちに言う『さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ』」(マタイ25:34-39)。そしてイエスは言われます「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのだ」。
・洗礼者ヨハネは人々に教えました「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ」、「規定以上のものは取り立てるな」、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな」。ヨハネの語る「悔い改めにふさわしい実」とは、自分の置かれた場で神の御心にかなう生き方をすることでした。それをマタイの文脈で言い直せば「飢えている人に食べさせ、のどが渇いている人に飲ませ、旅をしている人に宿を貸し、裸の人に着せ、病気の人を見舞い、牢にいる人を訪ねる」行為です。生活の中での愛の実践です。今まで隣人の欠乏を苦にもしなかった私たちが、隣人の困窮に気付き、一つのパンを二つに分けて片方を相手に差し出した時、私たちは「悔い改めにふさわしい実」を得ます。
・「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」という言葉は、多くの人々を動かして来ました。レフ・トルストイはこの言葉を読んで、「愛あるところに神あり」(靴屋のマルティン)という民話を書きました。トルストイは目の前にいる、困っている人こそイエスなのだと気づきました。マザーテレサは言います「この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。人から見放され、自分は誰からも必要とされていないと感じる事なのです」。
・この隣人愛の実践が社会を変えていきました。ロドニー・スターク「キリスト教とローマ帝国」によれば、ローマ時代には疫病が繰り返し発生し、死者は数百万人にも上り、人々は感染を恐れて避難しましたが、キリスト教徒たちは病人を訪問し、死にゆく人々を看取り、死者を埋葬したそうです。この「食物と飲み物を与え、死者を葬り、自らも犠牲になって死んでいく」信徒の行為が、疫病の蔓延を防ぎ、人々の関心をキリスト教に向けさせたとスタークは考えています。彼はテキストの最後に述べます「キリスト教が改宗者に与えたのは人間性だった」と(p271)。この生活の中での愛の実践、それこそがイエス・キリストに従う者にとってのふさわしい行為なのです。


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01 01

1. 荒野の誘惑

・新しい年を迎え、今年は元旦礼拝を持つことが出来ました。与えられた聖書箇所はルカ4章1-13節「荒野の誘惑」です。イエスはヨルダン川でバプテスマを受けられましたが、その時、天からの声を聞かれました「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」(3:21)。この時、イエスはご自分が神の子として、使命を与えられて世に遣わされたことを自覚され、「神の子として何をすべきか」を模索するために、荒野に行かれます。ルカはそのことを「イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた」(4:1)と記述します。神の霊がイエスを荒野に追い込んだ、神によってこの試練が与えられたとルカは書いています。その荒野で悪魔がイエスの前に現れます。ここでいう悪魔とは、イエスの心の中にあった思いでしょう。さまざまの人間的な思いの中でイエスは悩まれた、それが悪魔の試みとして記録されているように思えます。
・悪魔はイエスに三つのことをささやきます。第一のささやきは「石をパンに変えてみよ」との誘いです。イエスは40日の断食の後に、空腹になられました。悪魔はささやきます「お前は神の子であり、人々を救うために来たのであろう。今、多くの人々が食べるものも無く、飢えに苦しんでいる。もし、おまえがこれらの石をパンに変えれば彼らの命を救うことができるではないか」とのささやきです。これに対しイエスは言われました「人はパンだけで生きるのではない」。
・キリスト教は明治になって日本に伝えられましたが、海外から来た宣教師たちはライ病や結核にかかった病人が路傍に捨てられ、子どもたちは十分な教育を受けられない現実を見て心を痛め、本国からの資金援助で、各地に病院や学校を建てました。それから150年、キリスト教系の病院、たとえば聖路加病院や聖母病院等は、良心的治療で、今日でも高い評価を得ています。多くのミッションスクールが立てられ、白百合や聖心、また立教や青山等のミッションスクールは、今日でも熱心な教育をしてくれる学校として人気があります。150年間、多くの人たちがキリスト教系病院で治療を受け、キリスト教系学校で教育されましたが、ほとんどの人たちはクリスチャンになりませんでした。教育や医療、すなわちパンが与えられても、人々はそれをもらうだけで、与えて下さる神のことは考えなかったのです。ですからイエスは言われました「人はパンだけで生きるのではない」。パンは人を救いに導かないのです。
・次に悪魔は誘います「あなたが私にひれ伏すならば、この世の支配権をあげよう」。悪魔はささやきます「人々はローマの植民地支配に苦しんでいる。あなたがローマからユダヤを解放すれば、ここに神の国ができるではないか」。それに対してイエスは答えられました「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」。キリスト教はその誕生以来、迫害に苦しんで来て、多くの殉教者が出ました。その迫害を経て、4世紀にキリスト教はローマの国教になりますが、教会が支配者側に立った途端、堕落が始まります。迫害の300年間、教会は「剣を取るものは剣で滅ぶ」というイエスの教えを守り、信徒が兵士になることを禁じてきました。しかし、教会が支配者になると、教会の教えは変わり、「政府は神により立てられ、全てのキリスト者は政府に従うべきで、国家の秩序を守るためであれば戦争も許される」と教え始めます。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」(マルコ12:17)という聖書の教えに反する行為です。教会が地上の権力と手を結んだ瞬間から、福音が曲がって行きます。神の国はこの世には、地上にはない。私たちの地上でなすべきことは「人を拝むことではなく、主を拝む」事です。
・第三の誘惑は神殿の屋根から飛び降りてみよとの誘いでした。「おまえが神の子であれば、神が守ってくださる。この屋根から飛び降りて、神の子であるしるしを見せれば、多くのものが信じるだろう。そうすれば神の国を作れるではないか」とのささやきです。それに対してイエスは言われました「あなたの神である主を試してはならない」。人々は繰り返し、しるしを求めました。十字架のイエスに対しても人々は言います「神の子なら自分を救え。十字架から降りて来い」(マタイ27:40)。現代の私たちもしるしを求めます。「私の病気を癒してください」、「私を苦しみから救ってください」、「私を幸福にしてください」。この後には次のような言葉が続きます「そうすれば信じましょう」。私たちは信仰さえも取引の材料にしているのです。

2.この世で試みにあう私たち

・三つの誘惑には共通項があります。いずれも与えられた力を使って、地上に神の国を作れとの誘いです。「お前は石をパンに変える力を与えられた。民衆にパンを与えれば、彼らは喜んでおまえを王にする。お前はローマを倒す力を与えられた。ローマを倒してユダヤを独立国にしたら民衆は喜ぶ。お前は奇蹟を起こす力を与えられた。奇跡を起こせば、人々はおまえに従う」。「神の子であればその力を使え、十字架で苦しんでも何も生まれないではないか」との試みです。教会もまた同じ試みの中にあります。私たちは「地域に仕える」ことを教会の標語にしていますが、地域の人々が教会に求めるのは、病の癒しであり、苦しみからの解放です。目の前の苦難を取り除いて欲しい、それが地域の人々の願いです。
・荒野の試みを通して、私たちが知るのは、そのような求めに私たちが応じることが出来ても、そこには何も生まれないという事実です。パンは一時的な飢えを満たすかもしれませんが、やがてまた空腹になります。私たちがホームレスの方々の支援活動を行い、カウンセリング活動をすることは意味がありますが、教会の本質的な業ではありません。教会はあくまでも、解放の言葉である福音を宣べ伝え、福音の光の中で人々に自分の罪を知らせ、その罪を赦して下さるキリストを指し示すことを本来の使命とします。
・病の癒しも同じです。癒されれば、人々は一時的には幸福になりますが、やがて死にます。本当に必要なものは心の救い、平安です。福音はどのような状況の中でも、平安をもたらす力を持っています。これを信じて、福音伝道にまい進することこそが教会の使命です。また教会はこの世的な繁栄を求めるべきでないことも知らされます。私たちの教会は30人ほどの小さな集まりですが、100人、200人の大教会を目指すことが大事だとは思いません。人数は少なくても、一人一人が福音を生活の中で生きる、そのような共同体を目指したいと思います。

3.主からの鍛錬としての試み

・今日の招詞としてヘブル12:5-6を選びました。次のような言葉です「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである」。イエスは試みの中で最後まで、ご自分の力を用いようとはされませんでした。ある人は言います「キリスト者にとって最大の誘惑は、試みに会った時、自分で勝とうとする、また勝ちうると思う、更には勝たねばならないと思う時だ」と。
・カトリックでは、祭司は独身を貫き、肉欲に打ち勝たなければいけないと勧めます。プロテスタントでは信徒に禁酒禁煙を勧め、それが清くなることだと言います。しかし、人が自分の力で試みに勝とうとする時、そこに罪が生まれます。カトリック教会では抑圧された性欲が少年に向かい、多く性的犯罪を生みました。プロテスタント教会では禁酒禁煙を守る人は他の人がお酒を飲み、たばこを吸うことを許すことが出来ず、裁きます。イエスは、自分はどうしようもない罪びとだと悲しむ徴税人の祈りを肯定されました「徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人の私を憐れんでください』。言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(18:13-14)。自分は正しいとして誇るファリサイ人の祈りは否定された。人が自分で試みに勝とうとする時、その心は神から離れます。試みに負けて打ちのめされ、どうしていいかわからなくなる時、人は始めて神に生かされている自分を見出します。試みに勝つ必要はない、試みを神からの鍛錬と受け入れればそれでよいのです。
・人生に試みは必要です。河野進という牧師がいます。50年間岡山のライ病院で奉仕した人です。彼の詩に「病まなければ」という歌があります。 “病まなければ聞き得ない慰めのみ言葉があり、捧げ得ない真実な祈りがあり、感謝し得ない一杯の水があり、見得ない奉仕の天使があり、信じ得ない愛の奇跡があり、下り得ない謙遜の谷があり、登り得ない希望の山頂がある”。自らが病むことによって始めて見えてくる世界があるのです。いろいろな試みがあります。ある人は重い病を与えられ、別の人は事業の失敗という挫折を与えられます。家庭の不和という苦しみを与えられる人もいます。しかし、苦しみの中で祈り、その祈りを通して、試みが私たちを導くために与えられたことを知る時、苦難や挫折の意味が変って来ます。ヘブル書は語ります「鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです」(12:11)。試みこそが私たちを門の外で苦難に遭われた主へ(ヘブライ13:12)、そして救いに導くのです。私たちはこの年にも、様々の苦しみや悲しみがあるでしょう。苦しみや悲しみの多くは、人の心の闇がもたらすものです。その闇を取り除くために、私たちに何が出来るかを祈り求める1年でありたいと願います。


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12 22

1.ルカ福音書はイエス・キリストの誕生の時に、天から声があったと記す

・「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」(2:14)。ルカ福音書はイエスが生まれられた時、天からこのような声があったと記します。「天に栄光、地に平和」、有名な言葉です。イエスは平和をもたらすために来られたと聖書は記します。そのイエスが生まれられた時、地上の世界はどのような状況だったのでしょうか。地に平和があったのでしょうか。2章前半にイエス誕生時の様子が描かれています。それによれば、両親が住民登録のために、ガリラヤのナザレから父ヨセフの本籍地であるユダヤのベツレヘムに行き、イエスはそこで生まれられた(2:4)。ガリラヤからユダヤまで120キロ、山あり谷ありの道であり、身重の女性を連れての旅は難儀であったと思われます。しかも旅の目的は納税と徴兵のために住民登録をせよとの占領者ローマの命令によるものでした。彼らはベツレヘムに行きましたが、そこには泊まる宿もなく、マリヤは馬小屋でイエスを生んだとされます。地には、平和がなかったのです。
・両親に住民登録を命じたのは、ローマ皇帝アウグストスであったとルカは記します(2:1)。ローマはアウグストスのもとに世界帝国になり、「ローマの平和」(パックス・ロマーナ)と称されました。しかし、それは力による平和であり、力の均衡が崩れれば、すぐにも騒乱が起きる状況でした。彼の養父ユリウス・カエサルは暗殺され、彼自身も大勢の政敵を殺してローマ皇帝になっており、手は血にまみれていました。彼の死後、多くの皇帝が立ちましたが、多くは暗殺されたり戦死したりしています。ローマにも平和はなかったのです。
・ユダヤを統治していたのはヘロデ王でしたが、彼はエドムの出身でユダヤ人ではなく、ローマ皇帝に任命されてユダヤ王となっています。政治基盤は弱く、いつ権力の座から追われるかもしれない状況下にありました。そのため、彼は自分の地位を守るために、王家出身の妻を殺し、王位継承権を持つ三人の子も殺しています。マタイ福音書によれば、イエスが生まれた時、ヘロデは新しい王が生まれたとの噂に怯え、ベツレヘムの二歳以下の幼児を皆殺しにしたといいます。史実かどうかの確認はできませんが、そのような噂が流れたことは本当でしょう。ヘロデの手も血にまみれていました。ユダヤにも平和はありませんでした。
・このような状況の中でイエスは生まれられます。その時、天から声がありました「地には平和あれ」と。イエスが来られることにより、平和が生まれたのでしょうか。歴史家は問います「イエスの前には平和はなかった。それは確かだ。でも、イエスの後も人間は戦争を繰り返している。人類の2000年の歴史は戦争の歴史だ。イエスが生まれられても、状況は何も変っていない。何処に平和があるのか」と。私たちは何と答えれば良いのでしょうか。

2.平和(エイレネー)、シャローム(平安)

・新約聖書で「平和」と言う言葉は、ギリシャ語「エイレネー」が用いられています。ルカ福音書8章に12年間も出血を患う女性の癒しがありますが、彼女にイエスは言われました「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」。出血を患う病は汚れた病として社会から忌み嫌われていました。この女性は病だけではなく、社会から排斥されて苦しんでいました。イエスは女性の病を癒されると同時に、社会の中でも平安に生きるように慰められ、言われました「安心して行きなさい」。この安心がエイレネー=平和です。平和=エイレネーとは、単に戦争のない状態ではなく、もっと積極的な平和、シャローム=神の平安です。
・この平安は神との和解により生まれます。この平安なしに、人と人との間にも平和はありえないと聖書は語ります。ヤコブ書は語ります「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか」(4:1)。平和を妨げているのは人間の欲望、根源的な悪、エゴです。そのエゴが敵意を生み、敵意が争いを生みます。従って、平和の実現のためには、この敵意が滅ぼされねばなりません。聖書は、この敵意がイエスの十字架により、滅ぼされたと宣言します。「キリストは・・・御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは・・・十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」(エペソ2:14−16)。
・キリストが十字架により身を捧げられたことを通して、神との和解がなされ、この和解を通して、人の敵意が滅ぼされ、人との平和が成立したと聖書は語ります。しかし、人間の理性では、十字架の意味は理解できません。イエスの弟子たちでさえ、わからなかった。イエスが十字架につけられた時、弟子たちは失望して故郷ガリラヤに戻ります「この人は救い主ではなかった」。そのガリラヤでイエスが復活して彼等の前に現れた時、弟子たちは根底から変えられます。ペテロは自分の信仰を次のように告白します「(イエスは)十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担って下さいました。私たちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたは癒されました」(第一ペテロ2:24−25)。ペテロのように、私たちも復活のイエスに出会い、跪くことを通して、その存在が変えられます。

3.十字架を通して人は変えられる

・キリストの十字架を通して赦され、神と和解した人は、人との平和をも確立します。人が変えられた時、争いは消えます。何故なら、彼が先ず、考えることは相手の利害だからです。彼は赦されたから、彼も赦します。人が相手を赦し愛する時、争いは発生しません。しかし、人は問います「確かに聖書はそう教えるかも知れない。だが、その聖書の言葉を実行している者はいるのか。もしいれば、現実社会の中で人間が憎みあい、殺し合うこともなくなるのに、現実は何も変っていないではないか」。キリストの生きざまを知る私たちは反論します「違う、私たちがいる。私たちは右の頬を打たれた時、怒りを持って相手に打ち返すことはしない。私たちは右の頬を打たれた時、怯えて下を向くこともしない。私たちは右の頬を打たれた時、左の頬を出す。何故なら、イエスがそうされたから」。
・マルティン・ルーサー・キング牧師は、「汝の敵を愛せよ」という説教を行いました「イエスは汝の敵を愛せよと言われたが・・・汝の敵を好きになれとは言われなかった。我々の子供たちを脅かし、我々の家に爆弾を投げてくるような人をどうして好きになることが出来よう。しかし、好きになれなくても私たちは敵を愛そう。何故ならば、敵を憎んでもそこには何の前進も生まれない。憎しみは憎しみを生むだけだ。また、憎しみは相手を傷つけると同時に憎む自分をも傷つけてしまう悪だ。自分たちのためにも憎しみを捨てよう。愛は贖罪の力を持つ。愛が敵を友に変えることの出来る唯一の力なのだ」。キング牧師は「敵を愛せ」として非暴力の黒人解放運動を進めましたが、彼自身は白人に殺されています。現実の世界では「善を持って悪に勝つ」ことは難しい。それにもかかわらず、キング牧師の誕生日はアメリカの祝日となり、黒人のオバマが米国の大統領になりました。神は働いておられるのです。
・イエスが来られたことによって、「右の頬を打たれても、左の頬を出す」人々が生まれてきました。「愛が敵を友に変えることの出来る唯一の力」であることを信じる者たちこそが、「平和を創り出す」のです。今、世界の平和は威嚇によって保たれていますが、このような平和は遅かれ早かれ崩れます。力をもって世界を支配しようとするアメリカの大統領の生き方は、ローマ皇帝アウグストスにそっくりです。そのアメリカの支配に頼って自国の安全を確保しようとする日本の生き方はまるでヘロデ王のようです。本当の平和、神との平安の中にある平和が来ない限り、未来はありません。「地に平和」この言葉に命を賭ける者が、人類を破滅の中から守ってきました。そのような願いを人に起こさせる出来事がクリスマスの夜に起きました。イエスは悪に報復せず十字架で死なれました。無意味と思われた十字架が救いであったことをその後の歴史は示します。「地に平和」、キリストが死なれることを通して、私たちは、神との平和を得ました。今度は私たちがエゴに死ぬことによって、私たちの隣人との平和が与えられます。


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09 16

1.マルタとマリア

・教会では9月の礼拝は、聖書教育を用いて「士師記」を連続して読む計画を立てていますが、今日は予定の一部を変えて、ルカ福音書から「マルタとマリア」の個所を読んでいきます。8月の女性会誌「世の光」の中でこの個所が取り上げられ、何人かの女性会会員の方から、「食事の奉仕」と「御言葉の奉仕」のどちらが大事かについて議論があったが、聖書は何を語っているかを教えてほしいとの要望があったからです。本日は予定を変えて、ルカ福音書を読んでいきます。
・ルカ福音書「マルタとマリア」の物語は、「善きサマリア人の例え」同様、ルカ福音書だけが伝える物語です。客をもてなすために忙しく立ち働くマルタが、ただ座ってイエスの話を聞いているマリアを「叱って下さい」とイエスに呼びかけ、それに対してイエスが「マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とマルタをたしなめられる場面です。物語はイエスが旅の途中にマルタの家にお入りになることから始まります。「一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた」(10:38)。マルタ、マリアの姉妹はエルサレム近郊のベタニヤ村の住人であることがヨハネ福音書から知られています(11:1)。マルタにはラザロという兄弟もいて、イエスはこのマルタ、マリア、ラザロの兄弟たちと親しくされていたようです。
・ルカは、「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた」(10:39)と記します。マリアはイエスの足もとに座って、イエスの言葉に耳を傾けていました。姉のマルタは、一行のもてなしのためせわしく立ち働いていましたが、マリアの態度を見て腹を立て、イエスのそばに行って言いました。「主よ、私の姉妹は私だけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(10:40)。マルタは長女で、一行をもてなすために台所で忙しく立ち働いています。しかしマリアは手伝わない。マリアに対する不満が言葉となって、イエスに伝えられました。それに対してイエスは答えられます「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」(10:41-42)。

2.マルタ的生き方の良さと欠点

・多くの人々が、この物語に女性の対照的な二つのタイプを想定します。つまり、マルタ的生き方(行動的、能動的女性)とマリア的生き方(瞑想的、受動的女性)の二つのタイプです。一般的に男性はマリア的女性を好み、それに対して女性はマルタ的女性を支持します。そのため女性会での議論で、ルカ福音書が「イエスがマリアを肯定し、マルタを否定するニューアンスを打ち出している」ことに疑問を呈し、「皆がマリアのようにイエスの足元に座って話を聞いていたら、誰も食事が出来なくなるではないか」、「マルタのようにほかの人のために働く人がいなければ世間はなり立たない」等の反論が出たと聞いています。ドイツのプロテスタント教会では多くの修道女たちが、共同生活をしながら、福祉施設や教会の御用のために働き、その宿泊施設は「マルタの家」と呼ばれるそうです。マリアの家ではなく、「マルタの家」です。
・マルタの反論は当然です。この物語をマルタの立場から読んでみましょう。マルタは、イエスと弟子たちが長旅に疲れ、埃まみれであることを見て、手や足を洗う水を用意し、渇きをいやす飲み物を差し出しました。そして今、食事の支度に忙殺されています。10人を超える人々のためにパンを焼き、野菜を洗い、ぶどう酒を準備し、マルタはてんてこ舞いです。しかし妹のマリアは食事の準備を手伝おうともせず、イエスの足元に座って話を聞いています。だから彼女はイエスに苦情を申し立てます。「主よ、私の姉妹は私だけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」。
・マルタはイエスと弟子たちをもてなすために一生懸命なのに、マリアは手伝おうとはせず、イエスもそれをとがめない。自分の正しさが否定されたという憤りが、マルタの言葉遣いの中に滲み出ています。マルタは世話好きの女性であり、献身的に家のために尽くす一家の主婦でした。身を粉にして家族のために働いているのに誰も評価してくれない、その不満が爆発したのです。この不満は現代の日本においても、主婦の働きが正当に評価されず、多くの女性たちが不満を覚えているのと同じです。家事労働を外部化し、家政婦や介護ヘルパーに仕事を依頼すると、時給1000円以上の支払いが必要で、それを年間に換算すると300万円から400万円になります。主婦はそれだけの仕事をしているのに、世間は外で働く女性をより高く評価し、主婦の評価は低い。主婦の働きによってそれぞれの家庭は維持されているのに、家族からは感謝の言葉もなく、夫からは「それが主婦の役割でしょう」と言われる。もう耐えられない、マルタの言葉に多くの女性が共感するのは当然です。
・イエスはマルタの苦労に気づいておられないわけではありません。イエスは語られます「マルタ、マルタ」、名前を二度呼ぶことの中に、イエスがマルタの気持ちを理解しておられることが読み取れます。ただイエスは彼女の問題点を指摘されます「あなたはあまりにも多くのことに、思い悩み、心を乱している」。「今ここであなたの不平・不満を爆発させて、マリアを同じせわしさの中に引き込むことでは、物事は解決しないのではないか。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とイエスは語られます。

3.マリア的生き方の必要性

・今日の招詞にルカ8:14を選びました。次のような言葉です。「茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである」。イエスは大勢の人を前に、種まきの喩えを話されました「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。またほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」(ルカ8:5-8)。
・11節以降でその喩えの説明がなされますが、その中の一節が今日の招詞です。「御言葉を聞くが、途中で人生の思いわずらいや富や快楽に覆いふさがれて成長しない」と言われています。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している」とここでもイエスは語られています。イエスにより神の言葉を語られた、しかし福音の種は様々な理由により成長できない。道端に落ちた種は鳥に食べられ、石地に落ちた種は水分の不足で干上がり、せっかく発芽した種も茨に(即ち人生の思いわずらいに)捕らわれてしまい、実を結ぶことができない。イエスは言われます「思いわずらうことをやめ、福音の種に水を与え、日に当たらせ、茨があれば取り除きなさい。そうすれば種は百倍の実を結ぶ」と。
・思いわずらい、世の様々な出来事が私たちの信仰の成長を妨げています。聖書学者の大貫隆は「ルカ14:15-24、盛大な宴会の喩え」の注釈で語ります。「主人が宴席(神の国の食事)に招待しようとしても人々が多忙を理由に断る。最初の人は『畑を見に行かねばなりません』と断り、次の人は『牛を買ったばかりなのでそれを見に行きます』と言い、別の人は『妻を迎えたばかりですので行けません』と答える。日常の時間、つまりクロノスの根強さがここにある。仕事に追われて宴会どころではない。神の国、そんな話を聞いている暇はさらにない。イエスの『今(カイロス)』が、生活者の『クロノス』と衝突し、拒絶される」(大貫隆『イエスという経験』)。
・イエスがマルタに言われたことは「マリアを見習いなさい」ということではなく、「あなたの忙しい仕事を一旦中断して、今は私の話を聞いたらどうか。食べるパンも大事だが、命のパンはもっと大事なのではないか」ということです。「私たちはどこから来て、どこへ行くのか。私たちはなにものか」、いくら考えても正解などなく、私たちは考えることをやめます。それでなくとも忙しい、学校を卒業し、就職し、恋をして結婚する。やがて子供が出来て、小さな家を買い、会社で少しだけ昇進する。そのうち子どもは大きくなり、年老いた両親は介護が必要になる。考えなければいけないことは次から次へ出てくる」(森達也/私たちはどこから来て、どこに行くのか)。
・しかしある時、立ち止まって考えることが必要なのではないか。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」ことの意味を考えなければ、思い悩みが御言葉の成長を消してしまう。教会では多くの人が洗礼を受けますが、二年たち三年経つと、いつの間にか教会にいなくなります。この世の思いわずらいや富や快楽への誘惑が、日曜日の礼拝よりも大きな力を持ち、人々の信仰を食い尽くすからです。日本基督教団小岩教会の澤正彦牧師は、学校が日曜日に授業参観をすることにより、娘・澤千恵の礼拝参加が妨げられているとして、小岩小学校の校長を相手に訴訟を起こしました。日曜日訴訟と呼ばれ、昭和57年に起こされたものです。その中で澤牧師は「自分の都合で礼拝を休まない。クリスチャンとはそういう存在だ」だと主張しました。訴訟の妥当性はともかく、礼拝をそこまで大事に守ることは今日の話に通じるものがあると思えます。「人はキリスト者に生まれるのではない、キリスト者になるのだ」(テルトリアヌス)という言葉があります。思いわずらいをいったんやめて、命のパン、神の言葉を食べよ。仕事を一生懸命にすることは大事だが、せめて日曜日は仕事をいったんやめて礼拝に参加する、そうしないと魂が干上がってしまう。イエスがマルタに言われたことはそういうことではないかと思います。


カテゴリー: - admin @ 07時58分05秒

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