すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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12 31

1. イエスの神殿奉献

・本年最後の礼拝を迎えます。本日与えられた聖書個所はルカ2:21以下のイエスの神殿奉献の記事です。
ルカは記します「八日たって割礼の日を迎えた時、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である」(2:21)。ユダヤの慣習では、子の誕生から8日目に割礼と命名が行われます。名前を付けるのは通常は父親ですが、この場合は「天使から示された名」である「イエス」と命名されました。「子の誕生に深く神が関わられた」とルカは語ります。赤子の命名式は誕生から8日目で、イエスの誕生日を12月25日とすれば、8日目は1月1日になります。教会は伝統的に12月25日にクリスマスをお祝いし、1月1日を「主イエスの御名によって歩みを始める」記念の日として祝います。
・さてユダヤの律法は、誕生から40日目に、生まれた子を神殿に捧げるように命じています。そのためにヨセフとマリアは子を奉献するために、神殿に参拝しました。ルカは記します「さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎた時、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、『初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される』と書いてあるからである」(2:22-23)。二人が神殿に向かった理由は二つあります。一つはマリアの産後の「清め」のため、もう一つは「長子を聖別して神に献げる『初子の贖い』の儀式」のためです。神殿では、燔祭と罪祭の生贄を、祭司立会いで献げます。燔祭(焼き尽くす)の献げ物は一歳の小羊とされていましたが、貧しい人は「山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げる」ことでも良いと定められていました(2:24)。イエスの両親は「鳩」を捧げました。この記事が示しますことは、イエスは厳格なユダヤ教の信仰を持つ両親に生まれ、育まれたことです。その意味ではイエスはユダヤ教徒です。しかし初代教会の人々は、イエスをヘブル語で「イエシュア・マシーアハ」と呼びました。「メシアであるイエス」という意味です。ここにおいて、初代教会はイエスをメシアと認めないユダヤ教会と決別し、キリストの教会を形成していきます。

2.シメオンの賛歌

・イエスは両親に連れられて神殿に来られました。イエスの両親が奉げたのは貧者の奉げものとされた鳩でした。このことはイエスが家畜小屋で生まれられ、飼い葉桶の中に置かれたことと通じます。イエスは王の宮殿の中でお生まれになったのではなく、貧しい家庭に生まれられた。ルカは「主イエスは居場所がなく、家畜小屋で誕生された。神は居場所を見いだせずに悩む私たちの悲しみ、苦しみを担うために、あえて御子を家畜小屋で生まれさせられた」と語ります。
・その神殿で、イエスの両親は預言者シメオンに出会います。ルカは記します「その時、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた」(2:25-26)。このシメオンがどのような経歴の人であったかは何も記されていません。ただかなり高齢の人であったと思われます。彼は語ります「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。私はこの目であなたの救いを見たからです」(2:29-30)。メシアに出会うことが出来たので、「もう、いつ死んでも良い」と彼は語ります。シメオンは80歳代、あるいは90歳代だったかもしれません。
・老預言者シメオンは、その後、賛歌を歌い始めます。後に「ヌンク・デミティス(「今こそあなたはしもべを去り行かせたもう」)という典礼歌になった歌で、J.S.バッハのカンタータ第82番「我は満ちたれり」はこの時の情景を歌ったものです。第1曲の歌詞は歌います「私は満ち足りています。私は救い主を、敬虔な者たちの希望を、待ち望むこの腕に抱きしめたのです。私は満ち足りていすます。私はあのお方を見たのです。今や私の望みは、今日にでも喜びのうちにこの世を去ることです」。死後の命を信じる者には、死は「恐怖の時」ではなく、「解放の時」になります。しかし現代では新しい死の有様も出ています。12月30日朝日新聞に「ひきこもり29年目、親子の孤立、このままでは共倒れ」という記事が出ていました。「86歳男性の長男は47歳。ひきこもりは1989年から続き、29年目になる。彼は語る『あと3〜4年の命でしょうが、ひきこもりの解決を考えることが使命。できるだけのことをしてあの世にいこうと思っています』」。このような人々にイエスであれば何らかの行動をされるでしょう、私たちはイエスの弟子として何が出来るのかを考えることが、今日シメオンの預言を聞いた私たちの課題です。
・ところで賛歌はその後半で、イエスの十字架を預言しています。イエスはメシアとして生まれられ、「信じる者には救いの石ですが、信じないものにはつまずきの石になる」と彼は語ります。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。多くの人の心にある思いがあらわにされるからです。」(2:34-35)。「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」、イエスの母マリアはイエスの十字架刑に立ち会い、わが子が目の前で殺されていくのを目撃します。まさに彼女の心は「剣で刺し貫かれて」いきます。
・現代のクリスマスは、子供たちがプレゼントをもらって喜ぶ日、家族全員でケーキを囲む時、若者たちが聖夜を恋人と過ごす時となっていますが、真実のクリスマスは、「心を剣で刺し貫かれても、主の誕生を喜ぶ」日です。何故ならば十字架という苦難を通して、復活という喜びを待望する時だからです。十字架なしには復活はない、だから私たちは十字架を喜ぶのです。クリスチャン小説家に椎名麟三という人がいますが、彼が洗礼を受けた時、友人の遠藤周作にこう言ったそうです。「これでじたばたして、虚空を掴んで、死にたくない、死にたくないと叫んで死ねるようになった。」キリスト信仰を逆説的に語る言葉です。洗礼を受けて、「死にたくない」と叫ぶ相手ができた、その相手は私の叫びを聞き入れて下さる方だという告白です。椎名麟三は「私の聖書物語」の終わりに書きます「私は死ぬまで生きるだろう。それから後のことは、私は知らない。天国に行くのか、地獄に行くのか、私にはわからない。ただ今の私は十分生きられるようにされているので、死後のことなんか、キリストに任せてしまったのである」。

3.私はこの目であなたの救いを見た

・今日の招詞に使徒言行録2:17を選びました。次のような言葉です。「神は言われる。終わりの時に、私の霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る」。イエスの復活後、弟子たちはエルサレムに集まり、「これからどうしたら良いのか」と祈っていました。もうイエスはおられない、自分たちだけではどうしたらよいのか、わからない。その時、ペテロに与えられた幻が招詞の言葉です。この言葉はヨエル書の中にあります。ヨエル書は捕囚から帰還した人々を襲ったいなごと干ばつの災害を前にして、落胆する民に、ヨエルが語った言葉です。ヨエル時代にユダを襲ったいなごの害は史上まれに見る悲惨なものだったと言われています。数億匹のいなごが大量発生し、地上の穀物や木々を手当たり次第に食べ尽くしました。ぶどうの実はもちろん、その樹皮さえも食われ、ぶどうの木は立ち枯れ、もうぶどう酒を作ることもできません。小麦や大麦の畑の実りも食い尽くされ、農夫たちは泣き叫び、人々は絶望の声を上げました。その絶望の中で「主の名を呼び求めよ、主はあなたたちを見捨てられない」とヨエルは預言します。
・初代教会の人々は、自分たちへの聖霊降臨こそが、ヨエルの預言成就だと受け止めました。「イエスが復活された、自分たちに聖霊が下った。今まさに主の日が来ている」との高揚感の中で、ペテロは説教を始めます。使命感にあふれた説教は人々を動かし、その日だけで3千人が受洗したと言われています。ここに夢と幻という言葉が使われていますが、夢とは将来に対する希望です。キング牧師は「私には夢がある」(I have a dream)という説教しました。「いつの日か、白人と黒人の子どもたちが差別なく一緒にテーブルにつくことができる日」を夢見るという説教です。その夢は実現し、黒人のオバマが大統領になりました。ヨエル書で言われている夢は、これと同じで、将来の希望という意味での夢です。
・幻も、幻想という意味ではありません。英語訳聖書はこの幻を、ビジョン(vision)という言葉で訳します。ヨエル書で預言されている事柄も、ビジョン、将来に対する希望です。今、日本の教会は苦難の中にあります。新来者が減り、受洗者も減少し、教会員の高齢化が進み、60歳以上の比率が50%を超えるようになり、教会は将来の絶滅が予想される「限界集落」になったと叫ぶ人もいます。この流れは全世界的であり、人々は神の存在を疑い、宗教的な組織や施設に懐疑的な目を向け、教会の礼拝に参加する人が減少しています。
・それにも関わらず、私たちのバプテスト連盟は15千人の現在会員を抱えており、毎週日曜日にそれだけの人が教会に集まっています。これは驚くべき出来事です。また世論調査等によれば、キリスト教を信じている人は0.9%ですが、キリスト教に親しみを感じる人は12.5%、聖書を読む人は26.4%、聖的な存在や霊的な存在を信じる人は26%います。福音を人々は求めており、求めている人たちをいかに教会に招くかを考える時であります。「若者は幻を見、老人は夢を見る」、今、教会に必要なものはまさに、「夢」と「幻」なのです。私たちが夢と幻を持ち、「この目であなたの救いを見た」という確信を持てば、神は必要な方をお与え下さり、教会は再生します。今年最後の礼拝でそのことを思い起こし、新しい年、再生の時を待望します。


カテゴリー: - admin @ 08時11分31秒

12 24

1.ルカの描く生誕物語

・クリスマスになりました。私たちは12月25日を、主イエス・キリストの誕生日としてお祝いし、今年は直前の主日である12月24日にクリスマス礼拝を持ちます。クリスマスとはクリストス・マス、キリストのミサ(礼拝)の意味です。しかし、キリストと呼ばれるようになったイエスがいつお生まれになったのか、歴史上はわかっていません。イエス・キリストの誕生日を12月25日として祝うようになったのは4世紀頃からで、当時祝われていた「冬至の祭り」を、教会がキリストの誕生日に制定してからだと言われています。冬至、夜が一番長い暗い闇の時、しかしそれ以上に闇は深まらず次第に光が長くなる時、教会は冬至の日こそ、光である救い主の誕生日に最もふさわしいと考えるようになりました。
・今年はルカ福音書からクリスマス物語を聞きますが、ルカはイエスがお生まれになった時代の描写から、その生誕物語を始めます。「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であった時に行われた最初の住民登録である」(2:1-2)。ローマ皇帝アウグストゥスが当時の世界を支配し、皇帝の部下キリニウスがシリア州の総督であった時、シリア州の一部であったユダヤにおいて、住民登録をせよとの命令が下されたとルカは記します。イエスの両親ヨセフとマリアは、住民登録をするために、ガリラヤのナザレから、父ヨセフの本籍地であるユダのベツレヘムまで旅をしました。住民登録とは、今日でいえば国勢調査であり、目的は植民地住民への課税のためでした。
・ナザレからベツレヘムまで120辧∋海△蠱ありの道です。ヨセフの妻マリアは身重でしたので、その旅は難儀であり、一週間以上も歩いてベツレヘムに着いたとされます。ルカは記します「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで、飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」(2:6-7)。宿屋には「彼らの泊まる場所がなかった」、この「泊まる場所」を「居場所」と訳し直せば、今日の私たちの問題になります。現代の日本において、職場で、学校で、家庭で、「居場所を見いだせない」人々は、「死にたい」とつぶやき、本当に死を選ぶ人もいます。「自分を必要としてくれる人は誰もいない」、「生きていてもしょうがない」と苦しむ人々に、ルカは「主イエスも居場所がなく、家畜小屋で誕生された。神は私たちの悲しみ、苦しみを担うために、あえて御子を家畜小屋で生まれさせられた」と語ります。ルカは成人後のイエスの言葉も紹介しています「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(ルカ9:58)。私たちの主イエスは居場所のない人たちの苦しみ、悲しみを知ってくださる方だとルカは語ります。
・ルカの短い文章が示すことは、ユダヤはローマの植民地であり、ローマに税金を支払うために、全国の人々がその本籍地への移動を強制されたということです。命令に従って、イエスの両親は、遠いベツレヘムまで旅をし、旅先でイエスは生まれられました。ベツレヘムはダビデの町です。ダビデはイスラエルの全盛時代を築いた王、人々はダビデの子孫からイスラエルを異邦人の支配から解放する救い主が生まれる日を待望していました。その預言通り、ダビデの血を引く、一人の幼子が、ダビデの町に生まれられましたが、それを目撃したのは貧しい羊飼いだけだったとルカは語ります(2:16)。エルサレムの王宮にいる王や貴族も、ローマにいる皇帝や議員たちもこの出来事を知らないし、仮に知ったとしても何の意味も見出さなかった。だから歴史はイエスの誕生日を知らないとルカは語ります。

2.アウグストゥスではなくイエスを

・歴史はイエスの誕生日を知りませんが、ローマ皇帝アウグストゥスの誕生日は知っています。彼は紀元前63年9月23日に、ローマ貴族の家に生まれ、成人してローマの支配者ユリウス・カエサルの養子となり、カエサル死後、政敵との争いに勝利を収め、初代ローマ皇帝となりました。彼の長い治世下(前27〜後14年、在位41年間)に、ローマは帝国として統一され、「ローマの平和(パックス・ロマーナ)」と呼ばれる繁栄期を迎えます。人々は彼を「救い主」(ソーテール)と呼び、「主」(キュリエ)と呼んで崇めました。
・ルカはイエスが生まれられた時、天から声があったと伝えます。その声は「民全体に与えられる大きな喜びを告げる」(2:10)でした。「告げる」、ギリシア語「エウアンゲリゾー」、「福音(エウアンゲリオン)」の動詞形であり、元々はローマ帝国の皇帝礼拝で用いられた言葉でした。当時の人々は「皇帝アウグストゥスこそ、平和をもたらす世界の“救い主(ソーテール)”であり、神なる皇帝の誕生日が、世界に新しい時代の幕開けを告げる“福音(エウアンゲリオン)”の始まりである」と考えました。それに対してルカは、「皇帝アウグストゥスの時代にローマ帝国のはずれ、ユダヤの片田舎に一人の幼子が生まれた。この方こそ本当の主(キュリエ)である」と語っているのです。
・イエスの時代、世界はローマにより統一され、ローマの平和が讃美され、皇帝アウグストゥスは主(キュリエ)と呼ばれ、その治世は福音(エウアンゲリオン)をもたらすと言われました。しかしその「ローマの平和」は武力による平和です。武力は一時的に敵対勢力を抑えますが、暴力は次第に増大し、やがて戦争が起こり、平和は崩れます。ローマの平和もローマの勢力衰退と共に崩れ、ローマが滅びた後、誰もアウグストゥスを「主」とは呼ばなくなりました。しかし誰にも知れずにお生まれになったイエスは、今日、世界中の人々がその生誕をクリスマスとして祝います。
・ルカのクリスマスの使信は、現代の私たちへの使信でもあります。現代のローマ帝国はアメリカと言えましょう。アメリカは軍事力と経済力で世界を支配し、その支配は「パックス・アメリカーナ(アメリカの平和)」と呼ばれています。しかし相次ぐ戦争を経て支配力に陰りが見え、今は中国が新興勢力として登場し、将来中国とアメリカが覇権をめぐって戦うという危惧さえ生まれています。日本はこの「アメリカの平和」に自国の安全保障を委ね、沖縄を始め多くの軍事基地をアメリカに提供しています。仮に米中戦争が起きれば、日本はアメリカの前線基地として戦場になる可能性があります。ルカが命がけで伝えた使信、「ローマの平和ではなく、神の平和を」との使信は、私たちの生存がかかっている言葉なのです。

3.キリスト教は何故受け入れられたのか

・今日の招詞にマタイ25:35-36を選びました。次のような言葉です「お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ」。ロドニー・スターク著「キリスト教とローマ帝国」によれば、福音書が書かれた紀元100年当時のキリスト教徒は数千人という小さな集団であり、100年後の紀元200年においても数十万人に満たない少数であったとされています。キリスト教が根付かないと言われている現代の日本のキリスト教徒の数100万人にも満たない、まことに小さな群れであったのです。しかし、信徒数は紀元300年には600万人を超え、4世紀には3千万人、人口の50%を超えて、キリスト教はローマ帝国の国教になります。何故信徒がそのように増えたのか、スタークは「キリスト教の中心教義が人を惹き付け、自由にし、効果的な社会関係と組織を生み出していった」からだと述べます。
・その中心教義の一つが、「飢えている人に食べさせ、渇いている人に飲ませ、病人を見舞いなさい」という招詞の言葉です。ローマ時代には疫病が繰り返し発生し、死者は数百万人にも上り、疫病の流行がローマの人口減少を招き、ついには滅ぼしたと考える歴史家さえいます。人々は感染を恐れて避難しましたが、キリスト教徒たちは病人を訪問し、水とパンを与え、死にゆく人々を看取り、埋葬し、中には疫病に感染して死んで行った信徒たちも多かったと伝えられています。「彼らは何故そうしたのか」、キリストがそうせよと命じ、教会もそれを勧めたからです。今日の招詞の後にありますイエスの言葉「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」(マタイ25:40)を、初代の信徒たちは文字通りに受け取り、命を懸けて実行したのです。
・この「病人に食物と飲み物を与え、死者を葬り、自らも犠牲になって死んでいく」信徒の行為が、疫病の蔓延を防ぎ、人々の関心をキリスト教に向けさせたとスタークは考えています。彼はテキストの最後に述べます「キリスト教が改宗者に与えたのは人間性だった」と。原著が書かれたのは1997年で、その時点では著者スタークは無神論者でしたが、この研究を通して信仰を持ったと語ります。「お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれた」、この信徒たちの行為がローマ帝国内の人々を動かし、終にはローマ皇帝がその前に頭を下げるに至ったのです。
・事情は今日でも同じです。人々は牧師の説教を聞いて、あるいは聖書の言葉を読んで、クリスチャンになるのではありません。マザー・テレサは語りました「もし貧しい人々が飢え死にするとしたら、それは神がその人たちを愛していないからではなく、あなたが、そして私が、与えなかったからです。神の愛の手の道具となって、パンを、服を、その人たちに差し出さなかったからです。キリストが、飢えた人、寂しい人、家のない子、住まいを探し求める人などのいたましい姿に身をやつして、もう一度来られたのに、私たちがキリストだと気づかなかったからなのです」。人の心を動かすのは、信仰に裏打ちされた信徒の行為です。福音を持ち運ぶのは私たち一人一人であり、私たちがそのように行為する時、本当のクリスマスが世に来るのです。


カテゴリー: - admin @ 08時08分50秒

12 17

1.マリアのエリサベト訪問

・待降節第三主日の今日、与えられた聖書箇所はルカ1章39〜45節、「マリアのエリサベト訪問」と呼ばれる箇所です。ルカはまず、洗礼者ヨハネの父、祭司ザカリアに天使ガブリエルが現れ、高齢の妻エリサベトが「子を産む」という預言を伝えます(1:5-25)。6ヶ月後に天使ガブリエルは、ガリラヤのナザレの町に現れ、マリアに対して、彼女が「神の子の母となる」ことを告げます(1:26-38)。今日の箇所は、この2人の女性が会う場面です。エリサベトは長い間子が与えられず、しかも高齢になっていたので、子を持つことは既にあきらめていました。ところがそのエリサベトが懐妊します。高齢で不妊の女性を通して洗礼者ヨハネが生まれた、そこに神の力が働いたとルカは理解しています。マリアもそうです。彼女はヨセフと結婚する前に、聖霊によって子を身ごもったとルカは記します。人間的には信じられない、だからマリアは言います「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。
・この不思議な体験をした二人の女性が、今ここに出会っています。「マリアとエリサベトは親類であった」(1:36)とありますから、エリサベトはマリアの叔母さんだったのかもしれません。高齢になった叔母さんが子を身ごもった、そして自分も信じがたいあり方で子を身ごもった、その喜びと不安を分かち合うために、マリアが叔母さんの家を訪れたのです。エリサベトはマリアに出会うと、「あなたは女の中で祝福された方」(1:42)と言います。エリサベトは自分の身に起こった不思議な出来事がマリアにも起こったことを聞き、彼女を祝福します。この祝福が有名なアヴェ・マリアです。「恵まれた女よ、おめでとう」という歌の前半は、このエリサベトの言葉から採られています。
・その時、エリサベトの胎内の子が、「喜んで躍った」(1:41)とルカは記します。ルカは成人した後のイエスと洗礼者ヨハネの関係が、このマリアとエリサベトの会話の中に先取りされていると理解しています。やがてエリザベトの子、洗礼者ヨハネが神の国運動を始めた時、マリアの子、イエスはヨハネの許に行って洗礼を受け、そこからイエスの宣教活動が始まりました。洗礼者ヨハネは「イエスを教育し、世に送り出す」ための役割を果たしたのです。ここでエリサベトの述べた言葉、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」(1:45)は重い意味を持つ言葉です。実のところ、二人にとって、この懐妊を受け入れることは勇気のいる事柄であったからです。

2.聖霊による懐妊

・エリサベトに子が与えられる経緯をルカは1:5-25に記します。エルサレム神殿の祭司であったゼカリアに「妻エリサベトが懐妊して、預言者となるべき子が与えられる」との天使の告知がありますが、ゼカリアは妻が不妊の女であり、もう高齢になっていたので、これを信じません。しかし告知通りにエリサベトは懐妊します。彼女は主を賛美して言います「主は今こそ、こうして、私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去ってくださいました」(1:25)。古代ユダヤ社会では子を生めない女性は恥だと考えられていました。日本でも不妊に悩む多くの夫婦が不妊治療を行っていますが、なかなか子が与えられない現実があります。特に40歳を超えると妊娠の可能性は極端に低下するそうです。エリザベトは何歳だったのでしょうか。50代、あるいは60代だったかもしれません。子を産むことのできる年代をはるかに超え、望みはなくなっていました。その彼女が懐妊した、「主は私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去って下さいました」との言葉はエリサベトの苦しみと喜びを如実に示しています。
・それから6ヶ月後、今度はナザレの少女マリアに主の霊が現れます「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(1:28)。天使はマリアに伝えます「恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」(1:31)。未婚のマリアに「あなたは身ごもって男の子を産む」と告げられます。マリアはこの知らせを聞いて困惑したと思われます。婚約中の女性が婚約相手以外の子を産む、それは人の眼からみれば不倫を犯したことになります。現に婚約者ヨセフもそう思い、マリアを密かに離別しようとします(マタイ1:18-19)。マリアは戸惑い、抗議します「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。夫なしに子を産む、社会の差別と偏見の中で身ごもることは大変なことです。
・天使は答えます「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神に出来ないことは何一つない」(1:35-37)。「神に出来ないことは一つもない」、その言葉を受けて、マリアはためらいながらも答えます「私は主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」。「何故私にこのようなことが起こるのか私にはわかりません。わかりませんが、あなたがそう言われるのであれば受入れます」とマリアは答えます。

3.主の恵みを喜ぶ

・今日の招詞にルカ1:46-48を選びました。次のような言葉です「そこで、マリアは言った。『私の魂は主を崇め、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めて下さったからです。今から後、いつの世の人も、私を幸いな者と言うでしょう。』」ヨハネの母エリサベトに祝福されたマリアは、「感謝の賛歌」を歌います。その冒頭の句が今日の招詞です。後に「マグニフィカート(ラテン語=崇めます)」と呼ばれるようになるマリアの賛歌は、今日でもカトリック教会でミサの典礼歌として歌い継がれています。新生讃美歌でも151番「わが心はあまつ神を」として残されています。
・マリアの賛歌はサムエル記やイザヤ書等の旧約の伝統に立つ歌です。そこには新約の教会にも継承された信仰が歌われています。「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません」(1:51-53)。「権力のある、富んでいる者は、身分の低い人、飢えた人、貧しい人と場を入れ替わる」という運命の逆転こそ、イエスの福音(良い知らせ)の真髄です。イエスは語られました「貧しい人々は幸いである、神の国はあなたがたのものである。今飢えている人々は幸いである。あなたがたは満たされる。今泣いている人々は幸いである。あなたがたは笑うようになる」(ルカ6:20-21)。イエスの教えられた神は、「身分の低い人、飢えた人、貧しい人」に眼をとめて下さる方だとの信仰がここに歌われています。
・この物語は私たちに大切なメッセージを与えます。一つは、「子が与えられることは神の祝福の業だ」ということです。ユダヤ人は「子は父と母と神の霊から生まれる」と理解しました。現代の私たちは、「子は与えられるものではなく、造るものだ」と考えています。「造る」、そこには神はいませんから、作るのをやめる=人工妊娠中絶もまた人間の自由となります。日本での妊娠中絶は年間20万件、100件の懐妊のうち20件は中絶という形で、生まれるべき命が闇から闇に葬り去られています。「子は与えられる」、「子は父と母と神の霊から生まれる」ことの大事さを今日、再確認したいと思います。
・もう一つのメッセージは、「神にできないことはない」という信仰です。エリサベトもマリアも信じがたい言葉を受け入れ、「お言葉通り、この身に成りますように」と受け入れました。そこから偉大な物語が始まりました。「神が為されるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」という信仰です。「御心のままに」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。
・エリサベトはやがて子を産み、その子は洗礼者ヨハネとして、人々に神の国の到来を伝える預言者となります。しかし、時の王ヘロデ・アンティパスの不道徳を告発したため、捕らえられて処刑されます。マリアもやがて子を産み、その子はやがてナザレのイエスと呼ばれ、多くの人々が彼に従って行きましたが、世を乱す者としてローマ帝国に捕らえられ、十字架刑で殺されます。二人の母親への「おめでとう」という言葉は、「やがて二人の母親の心を刺し貫く」(2:25)出来事に変わります。二人とも暴力によって子供を奪われていく困難な人生を歩みます。しかしそれは意味ある人生でした。マリアはイエスの死後、初代教会の祈りの輪の中に加えられ(使徒1:14)、多くの人がイエスの語られた福音により、「生きる力」を与えられるのを見ることが許されたのです。
・聖書の語る祝福とは、「幸福な人生を求める人に」与えられるのではなく、「意味のある人生を求める」人に与えられるような気がします。意味ある人生とは何か、それを示唆する有名な祈りがあります。「病者の祈り」として知られています「私は神に求めた、成功をつかむために強さを。私は弱くされた、謙虚に従うことを学ぶために。私は求めた、偉大なことができるように健康を。私は病気を与えられた、より良きことをするために。私は求めた、幸福になるために富を。私は貧困を与えられた、知恵を得るために。私は求めた、世の賞賛を得るために力を。私は無力を与えられた、神が必要であることを知るために・・・求めたものは一つも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。神に背く私であるのに、言い表せない祈りが答えられた。私はだれよりも最も豊かに祝福されている。」この祝福をいただくために、私たちは今日、ここに集められました。


カテゴリー: - admin @ 08時12分15秒

12 10

1.マリアへの受胎告知

・待降節第二主日の今日、イエスの受胎告知の記事を読みます。イエスがお生まれになる前、御使いがマリアに現れ、「あなたは男の子を産む。その子こそ神の子である」と告げたという、有名な物語です。聖書ではその物語がルカ1章26節以下にあります。それによれば、天使ガブリエルがナザレの町に住むマリアという娘に現れ、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(1:28)と挨拶し、その後に子が生まれることが告知されています。「マリアよ、おめでとう」という言葉のラテン語訳が有名な「アヴェ・マリア」で、多くの作曲家が曲を作っています。また、フラ・アンジェリコの「受胎告知」という絵を通しても、有名な場面です。私たちはこの受胎告知をロマンチックな出来事と捉えています。
・しかし、その後の文章を読んで解ることは、告げられた出来事は、人間的にはおめでたいどころか、非常に重い、困難な出来事であるということです。「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさ」(1:31)とマリアに告げられていますが、マリアはまだ、結婚していません。未婚の娘が子を産む、当時においても現代においても、それは困難な出来事です。その困難な出来事が「おめでとう」という言葉で告げられています。
・当時の慣習では男が18歳、女が14歳になれば結婚適齢となり、親の決めた相手と婚約し、数年の婚約期間をおいて結婚します。従って、天使がマリアを訪れた時、マリアは15歳ごろであったと思われます。ユダヤの戒律は、婚約に結婚と同じ様な拘束を与えます。仮にマリアが婚約者の知らない処で身ごもった場合、姦淫の罪を犯したとして石打の刑で殺されるか(申命記22:23-24)、あるいは婚約を取り消されて「罪の女」として共同体から追放される可能性を持ちます。従って、未婚の娘が身ごもるという出来事は命をも左右する出来事でした。だからマリアは不安におののき反論します「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。
・このマリアの不安、懸念が不当なものでないことは、マリアが身ごもったことを知らされた婚約者ヨセフの態度からもわかります。ルカ福音書は婚約者ヨセフに触れませんが、マタイ福音書によれば「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」(マタイ1:19)とあります。「ひそかに縁を切ろうとした」、ヨセフはマリアが、不倫によってか、あるいは暴力によって身ごもったと考えています。もし不倫であればマリアは戒律により殺されるでしょう。暴力によるものとしても、自分以外の男の子を宿した娘を嫁に迎えようとする男はいません。だからヨセフは密かにマリアを離縁しようとします。しかし、神の使いがヨセフに現れ、「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである」(マタイ1:20)と語ったため、この言葉を受け入れてマリアを妻としたとあります。
・もしヨセフがマリアを妻として迎えなければ何が起きていたのでしょか。マリアはナザレの町で出産することは出来ないでしょうから、遠い町に行って子を産んだでしょう。当時の厳しい戒律の中にあって、彼女は一生日陰者とされ、生まれた子もまた同じ苦しみを生きたと思われます。マリアは御使に対して「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と答えますが(1:38)、この言葉はまさに命がけの言葉であったのです。マリアはここで、夫とは無関係にたった一人で子を産む決断をしたのです。

2.暗き中を生れられたイエス

・女性にとって子を授かることは祝福ですが、夫や家族の保護を離れて子を産むことは重い出来事です。古代ローマでは奇形児や虚弱児、姦通や暴力により生まれた子は、殺害や遺棄の対象になりました。マリアが直面したような状況に追い込まれる女性は今日の日本でもあります。日本では年間18万件の妊娠中絶が行われていますが、未婚女性が妊娠中絶を選ぶ理由の最大は「結婚前の妊娠」です。現代の日本で毎年18万人の女性たちが心身ともに傷つきながら子供を中絶しています。他方、未婚のまま子供を生む選択をされたシングルマザーの方が13万人います。彼女たちはお腹の子供の命を守るために生み、社会の荒波の中で厳しい生活をされています。この現代日本でも、「生むか生まないか」の厳しいマリアの選択を迫られている人が毎年相当数に上っていることを考える必要があります。
・戒律の厳しい2000年前のユダヤ人社会においては、マリアの負った十字架はさらに重たいものでした。そしてこの重い十字架をイエスも負われました。イエスの存命時に、その出生について多くの非難中傷があったと伝えられています。聖書からもそのことを読み取れます。マルコ6:3ではナザレの人々がイエスを「マリアの息子」と読んでいますが、父親の名(ヨセフの子)で呼ばれるのが通常の社会にあっては異様な呼び名です。ルカ福音書は「イエスはヨセフの子と思われていた」(ルカ3:23)という微妙な表現を用います。またマタイが福音書冒頭に4人の罪ある(世間からは不倫と呼ばれるような)女性を入れた系図を置いたことも、「婚姻外の妊娠」というユダヤ教側からの批判に応えるためであったとされています。マリアが負った十字架をイエスも負われたのです。
・何故神は、イエスをこのような、人が信じることが難しい、あるいは人に嘲笑される危険性を持つ形で降されたのでしょうか。それは「人間を不幸にするのは人間であり、人間は祝福されるべき出産を、夫婦という形が整わない場合は呪いの下においてしまう」罪を取り除くためです。ナザレで説教されたイエスに人々は言います「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」(マルコ6:3)。イエスが疑わしい出生の形で生れられた故に、人々はイエスの言葉に耳を傾けなかったとも読み取れます。そして人々はやがてイエスを十字架につけます。イエスの苦難は人間がもたらしたものです。
・私たちの人生も同じです。幸せな結婚をしても夫の両親と折り合いが悪ければ、その結婚は地獄になる可能性があります。希望の学校に入学しても同級生から仲間はずれにされれば、学校生活は悲惨なものになります。男性たちは精力の大半を仕事に取られ、妻や子供が病気で臥せっていても、それに目をつむって会社や役所に出かけます。以前の私がそうでした。このような結婚生活はいつか破綻します。人間は所詮、自分のために他者を愛する存在であり、相手に愛する価値がなくなればこれを捨てる存在です。
・人間をそうさせるものは自我であり、この自我(エゴ)を聖書は罪と呼びます。この自我が「祝福されるべき出産を、夫婦という形が整わない場合は呪いの下においてしまう」のです。このような罪の奴隷になっている人間を救うために、神はあえてイエスを困難な状況の中でこの世に送られたと私たちは理解します。神は御子を暗き中に降されたのです。これが聖書の語るクリスマスの出来事です。12月の讃美歌として新生讃美歌179番「暗き夜に」を歌いましが、この讃美歌はクリスマスの意味を鋭く言い表した讃美歌だと思います。私たちの主は「暗き夜に」お生まれになったのです。

3.暗き中を降られた神

・今日の招詞にフィリピ2:6−9を選びました。次の様な言葉です「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」。イエスは私生児だと陰口されるような状況下でマリアの胎に宿り、ベツレヘムの馬小屋の中で産声をあげられました。聖書は、それは神自らが、私たちと苦しみを共にする為だと語ります。神自らが卑しくへりくだられた、そのへりくだりの極致が十字架の死です。パウロはそれを招詞の言葉で表現しています。
・私たちはルカによるイエスの降誕物語を信仰告白として受けとめます。ルカが伝えたいことは、マリアが処女降誕によってイエスを生んだことではなく、思いがけぬ困難を与えられながら、信仰を持って受け入れていったことです。マリアは「神にできないことはない」(1:37)という言葉を受けて、信じがたい告知を受け入れ、「お言葉どおり、この身に成りますように」と受け入れました。そこから偉大な物語が始まったのです。「神がなされるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」、彼女はそれを信じた。ルカはその信仰の決断をここに示しているのです。
・マリアに与えられた道は困難な道でした。しかし、戸惑いながらも彼女は答えます「お言葉どおり、この身に成りますように」。婚約者ヨセフは当初マリアを離別しようとしますが、マリアの罪ではないことを知り、やがて彼女を妻として受け入れ、お腹の子を自分の息子として認知します。ルカ1章後半に「マリアの賛歌」がありますが、その47-48節で彼女は歌います「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも、目を留めてくださったからです」。岩波訳聖書で佐藤研氏はそれを次のように訳します「私の心は私の救い主なる神を喜びます。そのはしための悲惨を顧みて下さったからです」。「はしための悲惨を顧みて下さった」、婚約者ヨセフが受入れてくれた喜びをマリアは歌ったと佐藤氏は訳しています。
・私たちの人生には不条理があります。理解できない苦しみや災いがあります。希望の道が閉ざされて考えもしなかった道に導かれることもあります。しかしその導きを神の御心と受け止めていった時に、苦しみや悲しみが祝福に変わる経験を私たちはします。「お言葉どおり、この身に成りますように」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。「思い通りにならないことは世の常であり、最善を尽くしても惨憺たる結果を招くこともある。最善を尽くすことと、その結果とはまた別な次元のことである。しかし、最善を尽くさなくては、素晴らしい一日をもたらすことはない」(飯嶋和一著「出星前夜」p212から)。「お言葉どおり、この身に成りますように」、今日はこの言葉をクリスマスの福音として共に聞きたいと願います。


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1.最期の預言者、最初の証人

・イエスの生涯を記すものが四つの福音書ですが、その中でルカ福音書だけがイエスの生誕と同時に洗礼者ヨハネの生誕の次第を書きます。それがルカ1章の記事です。今週から降誕節が始まります。今日はルカ1章5‐25節から洗礼者ヨハネの誕生預言について学び、来週主日は1章26-38節からイエス・キリスト誕生預言を学び、この二つの命の誕生の預言から私たちに何が語られているのかを聞いていきます。
・洗礼者ヨハネは「最期の預言者」だと言われています。預言者は歴史の転換点で現れ、神の言葉を預かって、それを人々に告げます。旧約聖書はその預言者の言葉を集めたものです。旧約の終わり、キリストの降誕以降、預言者は現れていません。それは「キリストが来られ、神が人間の歴史に最終的、直接的に介入された以上、神の言葉を預かる預言者は要らなくなった」からです。へブル書は語ります「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によって私たちに語られました」(ヘブル1:1-2)。「御子によって私たちに語られる」、キリストこそ生ける神の言葉であり、私たちはキリストを通して神に出会うことが出来ます。
・洗礼者ヨハネは「最期の預言者」ですが、同時に、「最初の証人」でもあります。ヨハネは人々に神の言葉を伝えましたが、最終的に伝えたのは「イエスこそキリストである」ということでした。ヨハネはイエスより先に生まれ、先に活動を始めました。ヨハネの「悔い改めよ、神の国は近づいた」(マタイ3:2)との宣教の噂を聞いて、イエスは故郷ナザレを出られてヨハネのもとに行かれ、ヨハネから洗礼を受けられました。従って、ヨハネはイエスの先生でした。しかし、イエスが独立され、人々がヨハネを離れてイエスの元に集まり始めた時、ヨハネは語ります「彼は必ず栄え、私は衰える」(ヨハネ3:30)。人間的に見れば師であるヨハネが、弟子であるイエスを、「神の子」と証言しました。ヨハネは最初のキリストの証人でした。そのヨハネの誕生預言を聖書にそって見ていきます。

2.ヨハネの誕生預言

・ヨハネの父親はザカリア、母はエリサベトです。母エリサベトは不妊の女性でした。ユダヤの人々にとって子が与えられないことは神の祝福がないことを意味し、子を持てない女性は恥ずべきもの(1:25)とされていました。二人は熱心に「子を与えて下さるように」祈っていましたが、子は与えられず、高齢になり、もう子を持つことを諦めていました。そのザカリアに御使いが現れ、子を与えるとの言葉が伝えられます「恐れるな、ザカリアよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベトは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい」(1:13)。二人は長い間祈りが聞かれなかったため、もう祈ることも止めていたのでしょう。だから、年老いてしまった今になって、子を与えるとの約束が御使いから与えられても、にわかに信じることは出来ません。ザカリアは答えます「どうしてそんな事が、私にわかるでしょうか。私は老人ですし、妻も年をとっています」(1:18)。「私たちは長い間祈って待ったのにあなたは子を与えて下さらなかった、いまさら子を与えると言われてもどうして信じることが出来ましょうか。もし、本当に子を与えてくださるなら、そのしるしを見せて下さい」、ザカリアはそう言ったのです。ザカリアは神の約束を信じることが出来なかったのです。
・人間は未来が見えない時には、神の約束を信じることが出来ません。ザカリアとエリサベトの夫婦は子を持てる年齢を既に越していました。これはザカリアだけでなく、信仰の祖と言われたアブラハムに子が与えられた時も同じでした。アブラハムが100歳、サラが90歳の時に、子を与えるとの神の約束がありましたが、アブラハムは信じませんでした「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」(創世記17:17)。妻のサラも信じませんでした「私は衰え、主人もまた老人であるのに、私に楽しみなどありえようか」(創世記18:12)。神は往々にして、信じることの難しい約束をされます。それは人生の喜びは神の恵みと力から出るものであり、決して人間の力から出るものでないことを示す為です。そのために、あえて年老いた不妊の女から約束の子を産ませ給う、それが神の経綸、導きです。
・ザカリアは信じることが出来ない故にしるしを求め、神はしるしとしてザカリアの口を閉ざされます。彼はものが言えなくなりました。それはザカリアが神の言葉を信じなかったためではありません。ザカリアを信じる者へと導くためでした。ザカリアは子が生れるまで9ヶ月の間、口を閉ざされます。ザカリアは祭司であり、祭司は民に神の言葉を伝え、民のために祈ることが職務です。口が利けなければ勤めを果たすことが出来ない、彼は困ったでしょう。それ以上に祭司として神に仕える身であり、子を与えてくれるよう熱心に祈っていながら、いざ約束を果たそうという神の言葉があった時、それを信じることが出来なかったことに苦しめられたことでしょう。しかし、この9ヶ月間の苦しみがザカリアの感謝を大きくします。子が生れて、再び口が利けるようになった時、ザカリアの口から最初に出たのは神への讃美です。「ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した『褒め称えよ、イスラエルの神である主を』」(1:67-68)。
・子が生まれた時、彼は御使いに告げられた通り、子に「ヨハネ」という名をつけます。ユダヤでは名前は特別の意味を持ちます。ヨハネは「主は恵み給う」の意味で、正に9ヶ月間、口を閉じられるという苦しみを通して、子のヨハネが恵みとして与えられた感謝がその名前に現れています。高齢になってもう子を持てなくなった時に、子を与えると言われても信じることが出来ないのは当然です。その信じることの出来ない者に神の不思議な業が示され、信じる者とされていきます。私たちも同じです。苦しみや悲しみの中で神が共におられると信じることが出来ない時があります。しかし神はその私たちを信じる者に変えて下さる、私たちは「信じるから救われるのではなく、救われたから信じる」のです。
・この物語はルカ福音書のみにありますが、おそらく歴史的事実というよりも伝えられた伝承をルカが編集したものと考えられています。岸本羊一牧師は「葬りを超えて」という説教集の中で語ります。「ザカリアとエリサベトの物語は、ルカが創った寓話であって、事実ではありません。つまり起こった出来事そのものではなく、旧約聖書の中の人物たちの姿を幾重にも反映しながら、人間とはこういう者だという仕方でルカが展開したものです・・・寓話を通してしか伝えられない、事実を超えた真実をルカは伝えているのです」。ザカリアは神のために香を焚いていた時にその名を呼ばれました。ルカは「ザカリアは神を礼拝しながらも神に出会うことを予期していなかった」、私たちの信仰とはそのような程度なのです。しかしそのザカリアに神は語りかけられます。この場面について榎本保郎牧師は語ります「どうして神を喜ばせていくかではなく、神が私たちの方にどのようにして近づかれ、何をされたかに眼をとめていくのがキリスト教である・・・私たちの信仰の基盤は、私のような者を神が心にかけて下さったということを知ることである」と(新約聖書一日一章から)。ルカはそのことを伝えたかったのです。

3.一人一人の名を呼ばれる神

・ルカ1章前半はヨハネの誕生予告、後半はイエスの誕生予告です。神は先にザカリアの名を呼ばれ、次にはマリアの名を呼ばれます。ルカ1章の「二つの命の誕生」から教えられることは、私たちの信じる神は、一人一人の名を呼ばれる神であるということです。神はザカリアに現れて彼の名を呼ばれました。ザカリアは一人の平祭司に過ぎませんでした(当時のユダヤには2万人の祭司がいました)。神はマリアに現れ、彼女の名を呼ばれました。マリアはナザレの年端も行かない田舎娘にしか過ぎませんでした(マリアは当時14−15歳と推測されています)。その二人に「ザカリアよ」、「マリアよ」と主は名前を呼ばれます。私たち一人一人の生もまた、このように覚えられています。
・今日の招詞にイザヤ46 3-4を選びました。次のような言葉です「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、私に負われ、胎を出た時から、私に持ち運ばれた者よ、私に聞け。私はあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。私は造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う」。500年前、戦争に負け、バビロンに捕囚として連れて行かれたユダヤの民は、自分たちの神がバビロンの神に打ち負かされた、だから国が滅んだと思いました。しかし、彼らがバビロンで見たのは、動物の引く車に載せられて運ばれる偶像の神々でした。偶像の神は人に持ち運ばれないと自分では歩くことも出来ない。それを見た時、捕囚の民は知りました「私たちの信じる神はこのように人によって持ち運ばれる神ではなく、私たちを持ち運び、背負われるためにここにもおられる神である」と。その信仰を告白したものが招詞の言葉です。
・神はザカリアに現れてヨハネの誕生を祝福されました。神はマリアに現れてイエスの誕生を祝福されました。神は私たち一人一人に現れて、その誕生を祝福されています。どのような人も神の祝福を受けて生れてきます。そして、私たちに、「あなたがたの年老いるまで変らず、あなたがたを持ち運ぶ。造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う」との約束が与えられています。私たちは、この約束故に、苦難の時も希望をもって生きて行くことが出来ます。私たちはそれぞれが自分の小さな十字架を背負って、ここにいます。しかしその解決は既に目途がついています。何故ならば神が「あなたがたの年老いるまで変らず、あなたがたを持ち運ぶ」と約束して下さるからです。ザカリアはその約束を信じることが出来ませんでしたが、約束は果たされました。アブラハムも信じなかったが神は約束を果たされた。そして私たちも「この約束を信じても良い。苦難の時には私があなたを持ち運ぶ」と宣言されて、それぞれの人生を歩むのです。


カテゴリー: - admin @ 08時22分45秒

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