すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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04 01

1.空の墓

・イースターの時を迎えました。今日はイエスの復活の出来事をマルコ福音書から聞いていきます。マルコはイエス復活の出来事を、「空の墓」として私たちに提示します。マルコ16章には「イエスが十字架につかれて三日目に婦人たちが墓に行ったが、墓は空であった」という短い記述があるだけです。他の福音書にあるような、婦人たちや弟子たちが復活のイエスと出会ったという記事がありまません。マルコはただ「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」(16:8)で唐突に福音書を終わらせます。なお結びとして16:9−19までありますが、この部分が当初のマルコ福音書にはなく、後代の付加であることは、写本研究等で明らかにされています。あくまでも、マルコ福音書の最後は「婦人たちは恐れた」で終わっています。このマルコの記事は何を物語るのでしょうか。
・イエスは金曜日の午後3時に息を引き取られたとマルコは記します。弟子たちは逃げていなくなっており、婦人たちだけが十字架を遠くから見ていました。金曜日の日没と共に、安息日が始まり、安息日を汚さないために、遺体はあわただしく葬られました。イエスの遺体を引き取ったのは、アリマタヤのヨセフで、彼は「身分の高い議員であった」とマルコは記します(15:43)。マルコは「この人も神の国を待ち望んでいた」と記します(15:43)。生前にイエスと何らかの関わりを持ち、イエスに好意を持っていたのでしょう。ヨセフはイエスの遺体を十字架から降ろして、亜麻布で巻き、岩を掘って作った自分の墓の中に納めます(15:46)。婦人たちは何も出来ず、ただ遺体が納められた墓を見つめていました(15:47)。
・安息日が終わった日曜日の夜明けと共に、婦人たちは香料を買い整え、墓に向かいます。あわただしく葬られたイエスの体に香油を塗って、ふさわしく葬りたいと願ったからです。婦人たちは墓に急ぎますが、墓の入り口には大きな石のふたが置かれており、どうすれば石を取り除くことが出来るか、わかりません。ところが、墓に着くと、石は既に転がしてありました。ユダヤの墓は岩をくりぬいて作る横穴式の墓です。婦人たちが中に入りますと、右側に天使が座っているのを見て、婦人たちは驚き、怖れたとマルコは伝えます。婦人たちは天使の声を聞きます「あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である」(16:6-7)。
・マルコの記す復活の根拠は「イエスの墓は空であった」という事実です。聖書学者の多くも「イエスの墓が空であった」ことを史実と考えています。イエスの遺体消失に驚いた婦人たちは「墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」(16:8)とマルコは記します。マルコ福音書の終わり方はあまりにも唐突で、後の教会の信仰の土台となった復活物語を書いていません。そのため、後代の人々はマルコ福音書の付録として、9−20節の顕現物語を付け加えました。しかしマルコはあくまでも9節で福音書を閉じているゆえに、私たちも9節までしか読みません。

2.ガリラヤへ

・マルコの物語では、天使が現れ、婦人たちに語ります「あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である」(16:6-7)。このマルコの記事は二つの事実を私たちに知らせます。一つはイエスの遺体を納めた墓が空になっていたという伝承があり、二つ目は弟子たちがガリラヤで復活のイエスと出会ったという伝承があることです。
・最初に「空の墓の伝承」を見てみましょう。マルコでは「婦人たちは墓を出て逃げ去った・・・そして、だれにも何も言わなかった」とありますが、その後の消息を伝えると思われる記事がルカ福音書24章にあります。ルカは述べます「婦人たちは・・・墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた・・・使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」(ルカ 24:8-12)。婦人たちは「イエスの遺体がなくなっている」と弟子たちに伝え、弟子たちは墓が空であることは確認しましたが、「まさかイエスが復活されたとは考えもしなかった」とルカは報告しています。ユダヤ教には世の終わりに、神が死者たちを復活させて下さるとの思想がありました。しかしそれは世の終わりであり、今ではありません。ですから、イエスの復活の報告を聞いても弟子たちは信じることができなかったし、弟子の一人トマスは「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ私は信じない」と言い放ちました(ヨハネ20:25)。また反対派の人々は「イエスは復活したのではなく、弟子たちが夜中に来て死体を盗んでいったのだ」と言いふらしていました(マタイ28:13-15)。イエスの墓が空であったことは反対派の人々も認めています。
・その後、弟子たちはどうしたのでしょうか。おそらく故郷のガリラヤに戻ったと思われます。その間の事情を伝えると思われる記事がヨハネ福音書21:2-7にあります。そこには、弟子たちがエルサレムを去ってガリラヤに戻り、元の漁師として働いていた時に、復活のイエスと出会ったとあります。弟子たちがガリラヤで復活のイエスと出会ったという伝承を元に、マルコは「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」と天使に語らせているのです。

3.私たちは復活をどう生きるのか

・今日の招詞にマルコ1:15を選びました。次に様な言葉です「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。マルコは最初に「洗礼者ヨハネがイエスの宣教を準備するために遣わされた」と説明します(1:4-5)。イエスは故郷ガリラヤで、ヨハネの「神がイスラエルを救うために行為を始められた」との宣言を聞き、燃える思いで、ガリラヤを出られました。そしてイエスはヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられ、弟子になられました。
・しかし、ヨハネは領主ヘロデ・アグリッパを批判したために逮捕され、それを契機に、イエスはヨハネ教団を離れ、故郷ガリラヤに戻られ、ご自分の宣教の業を始められました。その最初の肉声が招詞の、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という言葉です。「時は満ち、神の国は近づいた」、この「時」には「カイロス」というギリシャ語が用いられています。通常流れる時間(クロノス)ではなく、「今、この時」という言葉が「カイロス」です。人々はやがてイエスの言葉を聞いていきます。その言葉が今この時の「出会いの言葉」となる時、人は「悔い改め」、「時はクロノスからカイロスに変わる」と語られます。
・そして弟子たちが招かれ、イエスと共にガリラヤの町や村を宣教して回りました。ここにイエスと弟子たちの原点があります。この「原点に戻れ」と復活者イエスが語られたとマルコは記します。それが「「あの方は復活なさって、ここにはおられない・・・さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われた通り、そこでお目にかかれる』と」(16:6-7)のメッセージです。「ガリラヤに行く」は現在形で書かれています。そしてそこで「イエスと出会うだろう」という表現は未来形で書かれています。イエスの復活顕現が「完了形ではなく、未来形でかかれている」ことに留意すべきです。
・マルコが書かれた当時、既にエルサレム教会の中心人物であったペテロたちは、「私たちはイエスに出会った」と自分たちの復活体験を語り、その体験を基礎にエルサレム教会を形成していました。その弟子たちに対してマルコは、「あなたたちはエルサレムではなく、ガリラヤに行け。そこで復活されたイエスと出会うだろう。エルサレムにはイエスはおられない。ガリラヤにいる貧しい者や泣いている者と共にイエスはおられる」とマルコは語っているのです。ガリラヤはヘブル語=ガーリール(周辺)から来ています。中心であるエルサレムから見れば周辺の地です。「周辺で=現場で生きる」、「自分のためだけではなく、隣人と共に生きる」生活を私たちが始めた時、私たちは「生けるイエス」と出会います。
・「時は満ち、神の国は近づいた」とイエスは宣言されました。しかしイエスはユダヤ教当局者に捕らえられ、殺され、「すべては終わった」ように見えました。しかし、終わらなかった。聖書学者ゲルト・タイセンは「イエス運動の社会学」という本の中で述べます「イエスが来られても社会は変わらなかった。多くの者はイエスが期待したようなメシアでないことがわかると、イエスから離れて行った。しかし、少数の者はイエスを受入れ、悔い改めた。彼らの全生活が根本から変えられていった。イエスをキリストと信じることによって、『キリストにある愚者』が起こされた。このキリストにある愚者は、その後の歴史の中で、繰り返し、繰り返し現れ、彼らを通してイエスの福音が伝えられていった」。キリストにある愚者とは、世の中が悪い、社会が悪いと不平を言うのではなく、自分たちには何が出来るのか、どうすれば、キリストから与えられた恵みに応えることが出来るのかを考える人たちであり、この人たちによって福音が担われ、私たちにも継承されているのです。「ガリラヤに行きなさい」、「イエスが活動された現場に行きなさい」、「自分一人の信仰に安住するのではなく、イエスと共に現場に飛び込め」とマルコは私たちに迫るのです。


カテゴリー: - admin @ 08時29分10秒

03 25

1.神の見捨ての中のイエスの死

・マルコ福音書を読んでおります。イエスは木曜日の夜に捕らえられ、死刑宣告を受け、金曜日の朝9時に十字架にかけられました(15:25)。十字架刑はローマに反逆した者に課せられる特別な刑で、受刑者はむち打たれ、十字架の横木を担いで刑場まで歩かされ、両手とくるぶしに鉄の釘が打ち込まれて、木に吊るされます。手と足は固定されていますので、全身の重みが内臓にかかり、呼吸が苦しくなり、次第に衰弱して死に至ります。マルコはイエスの死の有様を、感情を入れないで淡々と書き記します。
・マルコは記します「昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた」(15:33)。聖書においては、闇や暗黒は神の裁きを象徴します。実際に天変地異が生じたというよりも、マルコがイエスの十字架死を神の裁きの出来事と理解したゆえの表現でしょう。アモス書には「その日が来ると・・・私は真昼に太陽を沈ませ、白昼に大地を闇とする」(アモス8:9)という預言があります。「神の子が十字架で殺される」、「これは主の裁きの日だ」と、マルコは「全地は暗くなり」という表現で語っています。
・3時になった時、イエスが大声で叫ばれます「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」(15:34)。イエスの十字架刑の時、ガリラヤから来た女性たちが立ち会っていました。彼女たちはイエスの断末魔の叫びをゴルゴダで聞き、それを聞いたままに弟子たちに報告し、それが伝承となり、マルコ福音書の中に取り入れられたものと思われます。この言葉はイエスが日常話されていたアラム語で残されています。おそらく、イエスの肉声を伝える言葉、その言葉をマルコは、「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」とギリシャ語に直して掲載します。
・イエスは十字架上で七つの言葉を残されたと福音書は伝えます。その中で最も有名な言葉の一つがルカ23:34「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」という言葉です。十字架上で自分を殺そうとする者のために祈られたイエスの言葉に、私たちは感動します。私たちもそうありたいと願います。しかし、マルコの伝える言葉「わが神、わが神、どうして私を捨てられたのか」は困惑する言葉です。「神の子が何故絶望の叫びを挙げて死んでいかれたのか」、弟子たちはイエスの言葉を理解できませんでした。そのような思いがこの叫びを、イエスは詩篇22篇の冒頭の言葉を語られたのだという理解に導きます。マタイはイエスの叫びをヘブル語に修正します「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(27:46)。ヘブル語で書かれた詩篇の言葉に近づけるためでしょう。詩篇22篇は4節からは讃美に転じており、イエスは神を賛美して死んでいかれたのだという理解です。ただこの解釈には無理があります。何故ならば、引用句自体が絶望の叫びであることは否定出来ないからです。
・ルカは、イエスが絶望の叫びをされるはずがないという視点から言葉を削除し、「父よ、私の霊を御手に委ねます」(23:46)という従順の言葉に変えました。ヨハネはイエスの十字架死は贖いのためであったと理解し、最後の言葉を「成し遂げられた」(19:30)という言葉にします。それぞれの福音書記者の信仰によって、イエスの最後の言葉の修正が加えられていきました。このような修正を経ることによって、イエスの十字架死の意味が、「神の見捨て」から、「栄光のキリスト」に変えられていきます。
・しかし、イエスの死の美化はゲッセマネで悶え苦しむイエスの姿を無視しています。マルコは死を前にして悶えるイエスの姿を隠しません。ゲッセマネのイエスは「私は死ぬばかりに悲しい」(14:34)と言われ、「この杯を私から取りのけて下さい」と神に切望されます(14:36)。またヘブル書もイエスの苦しみを証言します「キリストは、肉において生きておられた時、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました」(ヘブル5:7)。断末魔のイエスの言葉「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」こそ、イエスにふさわしい言葉だと思います。イエスは苦しんで、絶望の中で死んでいかれた、しかし絶望の中でなお神を呼び続けておられた。このイエスの信仰が十字架を救いの出来事にします。
・「わが神、わが神、どうして」、多くの人がこの体験をします。先の大震災では無念の内に2万人の人が亡くなりました。原爆で殺されていった人たちも、「何故」と問いながら死んでいかれました。人生には多くの不条理があります。もしイエスが平穏の内に、神を賛美されながら死んでいかれたとしたら、そのイエスは私たちと何の関わりもない人です。「イエスもわれわれと同じように生きて、同じように死の苦しみと不安を覚えられた。この事実がイエスとわれわれの距離感を縮める。神の前では全てが受け入れられる。嘆き悲しむ時は嘆き悲しんでも良い。イエスですら死に臨み、悲鳴し、絶望したのだから、死に直面した時のわれわれの弱さとて義とされる。これは何よりも慰めになり、癒しになるのではないか」(モルトマン説教集「無力の力強さ」から)。

2.弟子たちもその場にいなかったが、婦人たちがいた

・イエスの叫びを聞いて、周りにいた人々は言いました「そら、エリヤを呼んでいる」(15:35)。預言者エリヤは生きたまま天に移され、地上の信仰者に艱難が望むとこれを救うと信じられていました。そのため、人々はイエスの「エロイ、エロイ」という叫びを、エリヤの助けを求める叫びと考え、「エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いました(15:36)。しかし、エリヤは来ませんでした。ローマの番兵は海綿に酸いぶどう酒を含ませてイエスに飲ませようとしますが、イエスは拒否されます。ぶどう酒には没薬が混ぜてあり、飲むと痛みが軽減されます。しかし、イエスは苦痛を軽減されることなく、苦しみをそのままに受けられました。そして最期に大声で叫ばれて息を引き取られます。何の奇跡も起来ませんでした。
・その時、「神殿の垂れ幕が上から下まで真二つに裂けた」とマルコは報告します(15:38)。神殿の垂れ幕、神殿の聖所と至聖所を隔てる幕のことです。この言葉も象徴的な意味を持ちます。イエスの死によりユダヤ教の神殿祭儀はもはや不要になったとマルコはこの表現を用いて語っているのです。マルコ福音書の読者は紀元70年にエルサレム神殿がローマ軍によって破壊され、今は廃墟となっている歴史を知っております。読者たちは神殿の垂れ幕が裂けたことを通して、神ご自身が神殿を破壊されたと理解しています。
・イエスの十字架刑の時、ただ婦人たちのみが立ち会ったとマルコは記します(15:40)。弟子たちは逃げ去っていました。イエスの仲間として捕えられるのが怖く、また十字架上で無力に死ぬ人間が救い主であると信じることが出来なかったのです。弟子たちはイエスを捨てました。しかし、婦人たちはそこに残り、細い糸はなおつながり、やがてこの婦人たちがイエスの復活の目撃者になり、その出来事を通して弟子たちに信仰の回復が起こります。

3.イエスの十字架の中に神の臨在を見る

・今日の招詞に詩編22編2-3節を選びました。次のような言葉です。「私の神よ、私の神よ、なぜ私をお見捨てになるのか。なぜ私を遠く離れ、救おうとせず、呻きも言葉も聞いてくださらないのか。私の神よ、昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない」。イエスは十字架上で「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫んで、息を引き取られましたが、この叫びは詩篇22編冒頭の言葉です。弟子たちは「イエスこそメシア、救い主」と信じてきたのに、そのメシアが無力にも十字架につけられ、十字架上で絶望の言葉を残して死なれた。「この方は本当にメシアだったのか、メシアが何故絶望して死んでいかれたのか」、弟子たちは詩篇22編を通して、イエスの死の意味を探していきます。
・詩篇22編にはイエスの受難を預言するような言葉が満ちています。福音書にある人々の嘲笑の言葉も、詩篇22編から引用されています「私を見る人は皆、私を嘲笑い、唇を突き出し、頭を振る『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら、助けてくださるだろう』」(詩編22:8-9)。ローマの兵士たちはイエスの服をくじで分けますが、その光景も詩篇22編の引用です「犬どもが私を取り囲み、さいなむ者が群がって私を囲み、獅子のように私の手足を砕き・・・私の着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く」(詩篇22:17-19)。最後に詩人は歌います「主よ、あなただけは私を遠く離れないでください。私の力の神よ、今すぐに私を助けてください。私の魂を剣から救い出し、私の身を犬どもから救い出してください」(詩篇22:20-21)。
・イエスは人に棄てられ、神に棄てられ、絶望の中に死んで行かれました。イエスが十字架にかけられた時、人々はイエスを嘲笑しました。しかし、イエスが息を引き取られた後では嘲笑は消え、その代わりに思いがけない言葉が語り始められます。マルコはイエスの十字架を目撃したローマ軍の百卒長が「本当にこの人は神の子であった」と告白したと記します。ローマでは皇帝が神の子と呼ばれました。そのローマ帝国を代表してその場にいた百人隊長が、皇帝の名によって処刑されたイエスを「神の子」と呼んでいます。何がローマの兵士にこの言葉を言わせたのでしょうか。彼はイエスの十字架死に神の働きを見ました。そこに神がおられることを感じたのです。この出来事から100年もしないうちに、ローマ帝国の到る所に、イエスを救い主とするキリスト教会が立てられていきます。何故イエスの死が人々の魂を揺さぶったのか。十字架とそれに続く復活が多くの人々を、「信じない者を信じる者に変えていった」(ヨハネ20:27)です。
・神は私たちの苦難と共におられる、それを象徴する挿話があります。エリ・ヴィーゼルはアウシュビッツ強制収容所を生き残ったユダヤ人作家ですが、その著書『夜』の中で自身が収容所の中で体験した出来事を記しています。「ある日、3人が絞首刑にされた。二人の大人ともう一人は子供だった。収容所長の合図で三つの椅子が倒された。二人の大人はすぐに息絶えた、しかし子供は体重が軽いため首輪が閉まらず、何時間も臨終の苦しみを続けた。それを見ていた一人が叫ぶ『神はどこにおられるのだ』。その時心のなかで、ある声がその男に答えているのを感じる『どこだって。ここにおられる、ここに、この絞首台に吊るされておられる』」。その後、ヴィーゼルは、あるユダヤ人のラビに聞いたそうです「アウシェビッツの後でどうしてあなたは神を信じることが出来るのですか」と。するとラビは「アウシェビッツの後で、どうして神を信じないでいられましょうか」と答えたそうです。
・苦難が私たちに重くのしかかる時、私たちはしばしば言います「この苦しみはあなたなどにはわからない」。そして私たちは心を閉ざし、自分の世界に閉じこもります。しかしイエスの十字架の苦しみは私たちのどのような苦しみよりも深い。イエスは苦難の底で絶望しながらも、「わが神、わが神」と叫ばれました。イエスは「神なしで死んでいかれた」。しかし「神はイエスと共におられた」。イエスの叫びが私たちに伝えることは「聖書の神は私たちの苦しみを知り給う。正にこのことが、絶望のどん底にいる人を慰める」という事実です。私たちが苦難の中にあり、誰もそれを理解してくれない時にも、神はそこにおられる。その信仰が教会を形成していったのです。


カテゴリー: - admin @ 08時09分24秒

03 18

1.イエスの逮捕

・マルコ福音書の受難物語を読み続けています。最期の晩餐を終えられたイエスと弟子たちは祈る為にオリーブ山に向かわれます。オリーブ山はエルサレム郊外にある小高い丘で、そのふもとにゲッセマネ(油絞り)の園がありました。イエスと弟子たちはこれまでに何度も祈りのためにゲッセマネに来ておられました(ヨハネ18:2)。その場所でイエスは弟子たちに共に祈ってくれるように要請されます「私は死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい」(14:34)。死を前にして、イエスはもだえ苦しまれました。マルコはイエスの祈りを伝えます「父よ、あなたは何でもおできになります。この杯を私から取りのけてください。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(14:36)。神からの応答はありません。イエスは沈黙の中に神の意志を見出されました。「誰かが苦しまなければ救いはないのであれば、私が苦しんでいこう」とイエスは決意され、眠り続けている弟子たちを起こして言われました「立て、行こう。見よ、私を裏切る者が来た」(14:42)。
・イスカリオテのユダが神殿兵士たちを引き連れて、イエスを捕えるためにやって来ました。ユダが連れて来たのは、「祭司長・律法学者・長老たちから送られてきた群衆」とあります(14:43)。ヨハネによれば「一隊の兵士と千人隊長、ユダヤ人の下役」(ヨハネ18:3、18:12)が来たとありますので、神殿警護兵たちと共にローマ兵も出動してきたと思われます。ローマ兵の出動は単なる異端者の逮捕ではなく、ローマに反乱を起こしかねないメシア運動の首謀者たちを鎮圧に来たことを伺わせます。彼らは、イエスと弟子たちが抵抗することを予想し、相当の人数と武器をそろえて来たのです。木曜日の深夜、あたりは暗く、松明の明かりだけが闇を照らしていました。ユダはあらかじめ「私の接吻する人がイエスだから、その人を捕まえるように」と取り決めており、イエスに近づいて接吻し、それを合図に兵士たちがイエスを捕えました。兵士たちはイエスの顔がわからなかったのでしょう。
・この時、イエスは何の抵抗もされませんでしたが、そばにいた者の一人は剣を抜いて大祭司の僕に切りかかります。ヨハネはペテロと伝えています(ヨハネ18:10)が、イエスはそれを止められます。ヨハネ福音書によれば、その時イエスは「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」と言われています(ヨハネ18:11)。「父がお与えになった杯」、イエスは受難を父なる神から与えられたものとして受けようとされています。だから「剣を納めなさい」とイエスは言われ、この言葉で弟子たちの戦意は削がれ、弟子たちはみなその場から逃げ去って行きました(14:50)。この場にはもう一人の人がいました。亜麻布をまとった若者で、彼も捕えられそうになり、亜麻布を捨てて裸で逃げ去ったとあります(14:51)。伝承に依ればこの若者は福音書の著者マルコで、彼も様子をうかがうために現場に来ており、騒ぎに巻き込まれて慌てて逃げ去ったと言われています。

2.イエスの逮捕と弟子たちの逃亡をどう理解するか

・私たちはこの物語で二つのことに注目したいと思います。一つは「イエスが捕らえられた場所はゲッセマネであった」という事実です。イエスは最後の晩餐を弟子たちと取られた時、イスカリオテのユダの裏切りを指摘され、ユダはその場から退出しています(ヨハネ13:30)。イエスはユダがその足で祭司長たちの所に行くことを推察されたでしょう。それにもかかわらず、いつものように、ユダも良く知る場所である、ゲッセマネの園に向かわれました。もしこの時、イエスが逃亡を決意されて、別の場所に行かれれば、逮捕を免れることは可能だったでしょう。しかしイエスはあえてゲッセマネに行かれ、そこにユダが祭司長の手下たちを連れてイエス逮捕に来ます。つまり、イエスは自分が捕らえられるように行動されたのです。
・44節「イエスを裏切ろうとしていたユダ」の個所のギリシャ語は「パラディドーミー」です。「引き渡す」という意味を持つギリシャ語です。神的受動態と言われ、「(神が)イエスを引き渡された」とマルコは記しています。それ故、49節のイエスは語られます「これは聖書の言葉が実現するためである」。イエスの逮捕はユダの裏切りにより生じたのではなく、むしろイエスが自らの身を与えられた積極的行為だとマルコは語っています。「父がお与えになった杯は飲むべきではないか」、イエスの逮捕により、裁判が始まり、死刑が宣告され、十字架による処刑が実行されます。もしイエスが十字架で死なれなければ、復活もなく、世の救いもなかった。イエスが死という極限状況を回避しようとはされなかったことを銘記すべきです。私たちも同じような極限状況に追い込まれることがあるでしょう。その時、どうするか、「イエスは死を恐怖されたが、それを回避されなかった」ことは、私たちに指標となり得ます。
・二番目の留意点は「イエスが何の抵抗もされなかった故に、弟子たちの戦意が削がれた」という事実です。捕り手が来た時、弟子たちの一人はイエスを守るために剣を抜きましたが、イエスはそれを止められます。もしイエスが「私のために戦え」と言われたら、弟子たちは戦ったかも知れません。しかし、イエスは弟子たちを止められ、弟子たちの戦意は萎え、彼らはその場から逃亡しました。もしここで、弟子たちが勇敢に踏み止まり、戦ったらどうなっていたでしょうか。ある者は殺され、別の者は逮捕されて処刑されたかも知れません。そうすれば受難物語の証人はいなくなり、物語は書かれることなく、またイエスの復活を証しする者もいなくなり、教会は成立しなかったかも知れません。弟子たちの逃亡の中にも神の摂理が働いています。逃亡したからこそ、弟子たちは復活の証人となることが出来、自分たちが逃げ出したという隠したい出来事をあからさまにして、それを福音として伝えるようになり、私たちが今その物語を読んでいます。私たちはこの場面で、「弟子たちの弱さ」を見るのではなく、怖くなって逃げ出した「弟子たちの弱さをやがて強さに変えられる」神の摂理を見るべきです。

3.神の業を信じて

・今日の招詞にヘブル11:13を選びました。次のような言葉です「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」。多くの人の人生は未完の人生です。しかし、未完には意味があります。私たちは偉大な未完の人生を送った二人の人を聖書から知ります。
・一人は申命記に記されるモーセの生涯です。モーセは、エジプトで奴隷として苦しむ民を救うために預言者として立てられ、40年間の荒野の旅を経て、約束の地カナンを前にしたモアブまで民を率いてきました。約束の地はヨルダン川を挟んで目の前にありますが、モーセはその地に入ることは許されず、モアブで死にます。私たちはモーセがどのように苦労して、民をここまで導いてきたのかを出エジプト記や民数記を通じて知っています。約束の地に入る資格があるとしたら正にモーセこそ、その人です。しかし、モーセは約束の地を前にして、人間的に見れば無念の中に死んでいきます。何故神はモーセに未完の人生を与えられたのでしょうか。申命記は記します「あなたは間もなく先祖と共に眠る。するとこの民は直ちに、入って行く土地で、その中の外国の神々を求めて姦淫を行い、私を捨てて、私が民と結んだ契約を破るであろう」(31:16)。「これからあなたが生きて見るものは民の堕落だ。もう見ない方が良い。あなたはやるべきことをやった。だから休みなさい」と神は言われたのです。ヘブル書が語るように、モーセは「約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげて」、死んでいったのです。
・聖書はもう一つの無念の死を私たちに告げます。イエスの死です。イエスは死を前に、ゲッセマネで血の汗を流して祈られました「この杯を私から取りのけてください。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(14:36)。神はイエスの祈りを聞かれず、イエスを十字架につけられました。十字架上でイエスは叫ばれます「我が神、何故私をお見捨てになったのですか」(15:34)。福音書はイエスが無念の思いで死なれたことを隠しません。しかしこの無念の中から奇跡が起こります。イエスの復活です。神はイエスを見捨てられなかった。神はイエスを死から起こし、逃げた弟子たちをも起こして復活の証人とされ、教会が形成されます。イエスは時の権力者により、無念の中に殺されました。しかしその無念の中から復活という出来事が生じました。
・ヒットラー暗殺計画に失敗して捕らえられたボンヘッファーは、牢獄の中で次のように語りました。「神はすべてのものから、最悪のものからさえも、善を生ぜしめることができ、またそれを望み給うということを、私は信じる。そのために、すべてのことが働いて益となるように奉仕せしめる人間を、神は必要とし給う。私は、神はいかなる困窮に際しても、われわれが必要とする限りの抵抗力を、われわれに与え給うと信じる。私は、神は決して無時間的な運命ではなく、誠実な祈りと責任ある行為とを期待し給い、そしてそれらに答え給うと信じる(ボンヘッファー「抵抗と信従」から)。これを信じて行くのが信仰です。だから私たちは、どのような絶望の時にあっても、絶望しない。そして神の業は私たちの思いを越えて働きます。私たちも長い人生の間に過ちを犯し、取り返しのつかない失敗をすることがあるでしょう。しかし神はその「悪を善に変える力」をお持ちである。そのことを私たちは今日、マルコ福音書の受難物語から確認することが出来ます。逃亡した弟子たちの無様なありようがやがて福音となりうるのです。人生は信じるに足ります。何故なら、どのような闇の中にあっても、そこに神がおられるからです。それを信じることが許されることこそ、神の恵みです。


カテゴリー: - admin @ 08時04分41秒

03 11

1.ベタニアでの香油注ぎ

・マルコ福音書は16章で構成されていますが、14章から受難週の日々の出来事が克明に語られていきます。マルコの受難物語は、「イエスを殺す計画」と、「ベタニアでの香油注ぎ」の二つの物語で始まります。14:1-2に「イエスをどうやって捕らえて殺そうか」という祭司長たちの相談があり、14:10-11にそれに答えるように、イスカリオテのユダが、イエスを「祭司長たちに引き渡す約束をした」旨の記事があります。このイエスの逮捕・殺害という枠に挟まれて、「ベタニアでの香油注ぎ」の物語が語られます。
・イエスはガリラヤ伝道を終えてエルサレムに来られました。祭司長たちや律法学者たちは、イエスを伝統の教えを否定する異端者、民衆の扇動者として憎みました。そのイエスに対する憎しみが殺意にまで変わったのが、イエスの行われた神殿粛清の出来事でした。イエスは神殿で、両替商の台や鳩を売る者の腰掛をひっくり返され、こう言われました「私の家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。ところが、あなたたちは、それを強盗の巣にしてしまった」(11:17)。神殿はユダヤ教信仰の中心であり、神聖な場所でした。その神殿を批判されたイエスを祭司長たちは許せません。マルコは記します「祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った」(11:18)。
・「イエスをどのようにして殺そうか」、ユダヤ当局の謀議が始まります。マルコの受難物語はその記事から始まります「過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、何とか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。彼らは、『民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう』と言っていた」(14:1-2)。その時、12弟子の一人ユダがこの動きに内応し、イエスを引き渡すことを祭司長たちに約束します(14:10-11)。イエスもこのような動きがあることを感じておられ、最後の時、死の時が来たことを予感されています。そのような時に出来事が起こりました。
・マルコは記します「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられた時、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた」(14:3)。異常な行為がここに描かれています。「重い皮膚病=らい病」は伝染病であり、神に呪われた不浄な病として、病人は人前に出ることを禁じられ、当然他者との会食等も禁じられていました。しかしイエスはあえて、らい病者シモンの招待を受けて、食事の席に着いておられます。戒律から自由なイエスがここにおられます。
・その食事の席に一人の女性が来て、香油をイエスの頭に注ぎかけます。この香油はヒマラヤに生えるナルドという植物から取られるもので、この香料をオリーブ油に混ぜて使います。非常に高価で、通常は一滴、二滴をたらして体に塗ったり、埋葬時に遺体に塗ったりします。価格は300デナリもしたと言われています。1デナリは労働者1日分の賃金、300デナリは、今日の貨幣感覚で言えば、200万円〜300万円に該当するでしょう。その高価な香油を入れた石膏の壷を女性は壊し、全てをイエスに注ぎました。壷の蓋を開けて数滴を注ぐことも出来たのに、女性は壷ごと壊してしまった。もう使い切るしか無い。異常な状況の中で物語が進行します。
・部屋の中は香油の香りで一杯になり、そこにいた人々は唖然としました。人々は興奮して言います「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに」(14:4-5)。それに対してイエスは言われます「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。私に良いことをしてくれたのだ」(14:6)。イエスは言われます「この人は出来る限りのことをした。前もって私の体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」(14:8)。
・今、祭司長たちはイエスを殺す計画を立て、弟子の一人であるユダはイエスを裏切ろうとしています。他の弟子たちは誰もイエスの最後の時が来ていることに気付きません。その中で、この女性は持っているもの全てを捨てて香油を求め、それを注いでくれました。この香油は、メシヤ=油注がれた者としての自分への戴冠だとイエスは感じられたのでしょうか。また、香油は死者の臭いを消す為に体に塗られますが、イエスは香油が自分の死への準備として注がれたと感じられたのかもしれません。この女性のひたむきな行為が死を前にしたイエスを慰めました。

2.一期一会の出会い

・この女性は誰だったのでしょうか。ヨハネはこの女性は「ベタニアのマリア」だったと言います(ヨハネ12:3)。ルカはこの女性を「罪深い女」と表現します(ルカ7:37)。マルコとマタイは女性の名前を記しません。「マグダラのマリアではないか」と考える人もいます。この女性は、以前は娼婦だったのではないかと聖書学者は想像します。ルカの記す「罪深い女」とは娼婦を指す言葉ですし、300デナリもする香油を普通の女性が買うことが出来ないからです。かつて娼婦として社会からつまはじきされていた女性を、ある時、イエスが人格を持つ人として対応してくれた。女性は震えるほどうれしかった。その時の感謝が女性にこの異常な行為をさせたのでしょう。
・女性は、イエスがシモンの家に滞在しておられる事を聞き、全財産をはたいてナルドの香油を求め、献げたものと思われます。女性の行為は愚かです。しかし、彼女は感謝の気持ちを表わすために持っている全てを投げ出してイエスに献げたかった。だから損得抜きに香油を求め、後先を考えずに全てを注いだ。イエスはこの女性の気持ちを受け入れられました。女性をとがめる弟子たちにイエスは言われます「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したい時に良いことをしてやれる。しかし、私はいつも一緒にいるわけではない」(14:8)。
・ここに二組の人々が登場します。一組目の人々は祭司長や律法学者やユダたちです。彼らが用いる言葉は、策略、捕える、殺す、騒ぐ、お金、売る、とがめる、です。このグループは人間社会そのものです。人間社会における秩序は、力で捕え、金で売り買いをし、相手を殺し怒らせることです。彼らは常に損得を計算しますから、後先を考えない女の行為に腹を立てます。彼らは語ります「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに」。世の人々は行為から何らかの実益が生まれなければ、見るべき成果が上がらなければ、満足しません。3百デナリオンというお金で貧しい人たちが助けられるという見える実績が必要だったのです。
・他方、もう一組の人々がいます。イエスと香油を献げた女性です。彼らが使う言葉は、香油、すべて、注ぐ、施す、良いことです。第二のグループは神の国に属します。神の国の秩序は無償で与え、向こう見ずに無駄遣いをすることです。「愛の浪費」、愛は多すぎるとか、これで十分と言う計算をしないで、全てを与えます。この女性は自分の全てを投げ打って香油を求め、その香油を全てイエスに注ぎました。部屋はナルドの香油の香ばしい匂いで満ちました。やがてイエスも十字架につかれます。イエスに属さない人々はイエスに尋ねます「何故十字架で死ぬのか。あなたが十字架で死んで何が起きるのか。あなたがそれを愛だというならば、何故愛をそんなに無駄遣いするのか」と。しかし、イエスはあえて十字架につかれました。その十字架上でイエスの壷が壊され、キリストの香りが全世界に流れ出ました。

3.キリストの香りを放つ者に

・今日の招詞に第二コリント2:15-16を選びました。パウロがキリストの香りについて言及している個所です。「救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても、私たちはキリストによって神に献げられる良い香りです。滅びる者には死から死に至らせる香りであり、救われる者には命から命に至らせる香りです。このような務めにだれがふさわしいでしょうか。」ベタニア村で女性がナルドの香油の入った石膏の壷を壊してイエスに注いだことで、香ばしい香りが部屋中に漂いました。イエスが十字架で私たちのために死なれることによって、キリストの香りが全世界に広がりました。私たちはその香りを受けてキリストに従う者となりました。
・私たちがキリストに従う者として命の香りを放つ時、私たちに出会う人々はキリストの命に導かれ、他方、私たちがキリストに従う者にはあるまじき死の香りを放つ時、その人はキリストの命から離れていきます。私たちはキリストの香りを身にまとう存在なのです。キリストの香りを身にまとう者は、もうこれで十分とか多すぎるとかの計算をしません。ベタニア村で女性はナルドの香油の入った石膏の壷を壊し、高価な香油を全て献げました。エルサレム神殿で貧しいやもめは持っているもの全て、レプタ二つとも献げました。イエスに従うとはこういうことだと聖書は告げます。
・キリストの香りはどのような時に流れ出るのでしょうか。「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の創設者である熊本市の慈恵病院院長・蓮田太二氏は語ります「私どもの病院では、たくさんの赤ちゃんが生まれ、育っていきました。その赤ちゃん、また育っていくお子さん、そして成人された方々に会いますと、命のひとつひとつが神様から頂いたかけがえのない尊いものだということを痛切に感じずにはおられません。しかし私たちの身近なところでも、18歳の少女が産み落としたばかりの赤ちゃんを殺して庭に埋めるという事件や、21歳の学生がトイレで赤ちゃんを産み落とし、窒息させ6年の実刑判決を受けるなどといった痛ましい事件が発生しました。神様から授かった尊い命を何とかして助けることができなかったのか、赤ちゃんを産んだ母親もまた救うことができたのではなかろうか、という悔しい思いをし、どうしても赤ちゃんを育てられないと悩む女性が、最終的な問題解決として赤ちゃんを預ける所があれば、母子共に救われると考え、開設しました」。
・それから10年、「こうのとりのゆりかご」は全国的な広がりを見せていません。24時間常駐できる医師や看護師が確保できないことと、行政の高くて厚い壁あるからだと言われています。採算に合わない行為なのです。「神様から授かった尊い命を何とかして助けたい」という祈りが行為を後押しし、キリストの香りを放つ存在になりました。慈恵病院はカトリック教会が設立した病院です。キリスト者しかできない無償の業なのです。旧約聖書に「逃れの町」の規定があります(ヨシュア記20:1-3他)。過って人を殺した者を血の復讐者から救う規定です。古代の駆け込み寺、慈恵病院は赤ちゃんを産み育てることのできない女性たちの駆け込み寺になりました。病院の元看護部長、田尻由貴子さんは語ります「多いとか少ないとかではなく、この10年間で130人の命がつながったということです。その事実を重く受け止めています。ゆりかごがなければ、つながらなかった命かもしれないので、それがつながってよかったという思いです」。
・イエスは十字架で私たちの罪のために全てを献げられました。それは、持っているもの全てを献げた貧しいやもめや、ベタニアの女性の行為と同じです。二組の人々がいます。一組の人々は損得を計算し、これくらいで十分だろうとして献げます。もう一組の人たちは、相手の苦しみを見て自分のはらわたがねじれるような痛みを感じ、持っているものすべてを差し出します。何故なら自分たちも苦しんでいる時に与えられたから、その感謝と喜びを示さずにはいられないのです。このひたむきな行為が信仰であり、その信仰によって行為する人々がいます。私たちもそういう存在でありたいと願います。そして私たちがそう願う時、私たちもキリストの香りを放つ者となるのです。


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1.イエスはすべてを捧げるために来られた

・マルコ福音書を読み続けています。イエスは日曜日にエルサレムに入られ、神殿で民衆に教えられました。パリサイ人やサドカイ人が論争を挑んできましたが、誰もイエスに勝てません。その後、イエスの方から人々に問われます「どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか」(12:35)。イエスがエルサレムに入城された時、人々はイエスを歓呼して叫びました「ダビデの子にホサナ」。メシア、救い主はダビデの子孫から生まれる、そのメシアこそイスラエルをローマの植民地支配から解放してくれる人だとユダヤの人々は信じていました。人々はイエスの為された不思議な業を見、力ある教えを聞いて、この人こそメシアかもしれないと思いました。だからエルサレムの人々はイエスを迎えて、「ダビデの子にホサナ」と叫びました。
・それに対してイエスは言われます「私はダビデの子ではない。私はエルサレムをローマの支配から解放する為に来たのではない」。自分の使命は地上に神の国を建てることではなく、人々の心の中に神の国を建てることだ。「神の平安の中に生きることこそ神の国なのだ」とイエスは言われます。そしてイエスは、神殿で一人の貧しいやもめが自分の持っているもの全て献げたのを見て、心を動かされて言われました「私はあの貧しいやもめと同じだ。私はあなた方に自分を献げるためにこのエルサレムに来た」。マルコ福音書12章41節以下の物語は「やもめの献げもの」して、よく知られています。今日はこの物語を通して、「信仰による平安」について学んでいきたいと思います。
・イエスの時代、エルサレムには祭司やサドカイ派など神殿と結びついた裕福な人々がいました。また、律法学者は神の戒め=律法を守るように民衆を指導していました。しかしイエスは彼らを批判して言われます「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、 また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる」(12:38-40)。彼らの行動はすべて「人に見せるため」(マタイ23:5)だとイエスは批判されます。「彼らは神を信じ崇めているのではなく、自分を信じ崇めている」と。
・この律法学者や祭司たちと正反対の立場にいたのが、「やもめ=寡婦」でした。聖書の中で、寡婦は、孤児と並んで、いつも社会的弱者の代表です。孤児は自分を守ってくれる親がいない子どもであり、寡婦は自分を守ってくれる夫を失った人でした。彼らの後ろ盾は誰もいない、だから彼らは神に頼って生きる。だからこそ、この人々を大切にするように律法は要求していたのです。出エジプト記は記します「寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼が私に向かって叫ぶ場合は、私は必ずその叫びを聞く。そして、私の怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる」(出エジプト記22:21-23)。

2.貧しいやもめの献金

・イスは神殿の賽銭箱に向かって座っておられました。イエスのおられるところから人々が献金する様子がよく見えます。当時、エルサレム神殿の中庭には13の賽銭箱があり、献金の種類によって賽銭箱が分かれていたそうです。箱のそばには祭司がいて、大口献金の時には、祭司が献金者と献金額を読み上げる慣習があったそうです。そのため、周りの人たちも誰がいくらくらい献金しているのかを知ることが出来、人々は先を争ってたくさんの献金をしました。献金額の大小が、その人の信仰を測るものさしになっており、たくさん献金した人は人々の賞賛を集めたのです。
・その時、一人のやもめがレプタ二つを献金しました。おそらくは祭司のいないところで隠れるようにして献金したのでしょう。レプタは当時使われていたギリシア貨幣の最小銅貨レプトンの複数形、レプタ二つで1デナリの64分の1、1デナリが労働者1日分の賃金で今日の貨幣感覚では8千円程度、その64分の1であれば価値では100円位のお金、レプタ二つとは50円玉二つのようなものです。しかし、イエスはやもめの表情から、彼女が持っているもの全てを入れたことを悟られ、感動されます。イエスには、やもめの気持ちが手を取るようにお解りになりました。やもめの手元に今、レプトン銅貨が二つあります。最期のお金です。今日は神様に特別に恵みをいただいた、この感謝を表したい、そのためには手元にあるものの一部ではなく、全部を献げたい。やもめはこのお金を献げてしまった後、今日のパンをどうするのかは考えていません。「必要なものは神が与えてくださる。だからすべてを捧げよう」。イエスはやもめの表情から彼女の心を推察され、「持っている全てを献げる、後のことは父なる神に委ねる」、そのやもめの信仰をご覧になった。イエスはその信仰に感動され、「アーメン」と言われたのです。
・彼女の前には三つの選択肢がありました。「一つは、この二枚のお金でパンを買い、あと一日だけ飢えをしのぐということです。しかし、その後、どうするかは何も見えていない。もう一つの道は、一枚のお金でパンを買い、もう一枚を神に捧げる道です。神の恵みを得るためには、これでも十分な捧げものになったと思うのです。しかし、彼女は、もっとも考えにくい道、二枚のすべてを神にお捧げするという道を選びました。明日からどうやって生きていくつもりだろうか、けれども彼女自身にはそんな心配はなかったに違いないのです。明日の心配をするくらいなら、初めからすべてを捧げたりはしません。しかし、自分のために取って置いたからといって、救いになるほどの財産ではありません。一日分のパンを買えるかどうかというお金なのです。彼女は、いっそすべてを神様にお捧げして、明日の心配も含めて、神様にお委ねしようと考えたのだろうと思うのです。」(日本基督教団荒川教会・国府田祐人牧師の説教から)

3.持たない者の幸い

・やもめは持っているものをすべて献げました。では、私たちも、持っているものを全て売り払って貧しい人に施すべきなのでしょうか。あるいはすべてを捨てて修道院に入り、すべての時間を神に献げることを求められているのでしょうか。ある人たちはそう考え実行しましたが、平安は来ませんでした。犠牲的に献げてもそこに喜びは生まれないのです。献げるとは生かされている恵みに対する感謝であり、献げる事の出来ることを喜んだ時、その献げものは神に喜ばれる献げものになるのです。
・今日の招詞に列王記上17:13-14を選びました。次のような言葉です「エリヤは言った『恐れてはならない。帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれで私のために小さいパン菓子を作って、私に持って来なさい。その後あなたとあなたの息子のために作りなさい。なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。主が地の面に雨を降らせる日まで、壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない』」。エリヤの時代、大旱魃があり、飢饉がシリヤ地方にも及び、貧しいサレプタのやもめの家では食糧備蓄が底を尽き、死を覚悟していました。そのやもめに、主は「エリヤのためにパンを供せよ」と命じられます。やもめは、最後の一握りの小麦粉でパンを作り、それを差し出します。すると「壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない」という主の言葉通り、飢饉の間もやもめ一家とエリヤは養われたという話です。どのようにして必要が満たされたのか、私たちにはわかりませんが、何らかの事実が基底にあって伝説化された物語であろうと思われます。「すべてを差し出した、後は神に委ねる」、そのところに神の救いの力が働いたのです。現代の複雑な経済社会でも、サレプトのやもめやレプタ二つを捧げたやもめのような生き方は可能なのでしょうか。可能だと思います。
・私たち夫婦は今、教会の牧師館に住んでいます。引退後、住む家は用意していません。結婚して40年になりますが、これまで何度も住宅を買う機会はありました。30歳の時にはマンションの売買契約書にサインしたこともありますし、45歳の時には住宅購入のために頭金を振り込んだこともあります。しかし本社から離れたり、福岡に転勤になったりで、住宅を購入することなく、今に至りました。もし住宅を購入して多額のローンを抱えていたら、50歳で勤め先を退職して牧師になることはなかったでしょう。持たないゆえに、牧師になることが出来た。そこに神の導きがあったと感じています。今、将来に特に不安はありません。「68年間養ってくださった神は、これからも養ってくださる」と信じているからです。
・「持たない者の後ろ盾は神しかいない」。貧しいやもめはレプタ二つしか持っていないから全てを献金できたと思います。レプタ二つ(50円玉二つ)ではどうしようもない。仮に彼女が10デナリ(8万円)を持っていたら半分の5デナリを自分のために残したでしょう。しかし、持たない故に神に頼り、すべてを捧げたことにより、そこから神の国が見えて来ました。へブル書は語ります「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」(ヘブル11:13)。
・私たちはこの世では寄留者、仮住まいの身です。トルストイの短編に「人間にはどれだけの土地が必要か」というものがあります。少しでも広い土地を獲得しようとして、死にものぐるいの努力を続けて倒れた男が必要としたのは、その遺骸を葬るための墓穴にすぎなかったという作品です。信仰の祖と呼ばれたアブラハムが地上で手に入れたのは、妻と自分を葬るための小さな墓所でした(創世記25:10)。私たちは家を持ち、貯金を積んで将来のために備えようとしますが、その時聞こえてくるのは「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか」という声です(ルカ12:20)。
・サレプタのやもめは最後の粉と油でパンを焼いて、食べたら死のうと思っていました。そこにエリヤからの要望(私のためにパンを焼きなさい)があり、エリヤのために最後の粉でパンを焼いて提供しました。彼女も神に頼らざるを得ませんでした。神に頼るしか道がない時、「必要なものは神が与えてくださる」という不思議な経験をし、「これまで養ってくださった神はこれからも養ってくださる」との信仰が生まれ、何者にも代えがたい「神の平安」が与えられていきます。持つ能力を与えられた人は、「大いに稼ぎ、大いに貯め、大いに捧げる」ことを目指すべきだと思います。他方、持たない人は「神に依り頼む」ことを目指していく。そして共に神を賛美して生きる、その時、私たちの教会が神の国の一部になって行きます。


カテゴリー: - admin @ 08時04分14秒

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