すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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01 14

1.中風の人のいやし

・マルコ福音書を読み始めています。今日、私たちはイエスが中風の人を癒されたマルコ2章の物語を手がかりに、病の癒しと罪の赦しの問題を考えます。イエスは言葉の説教をされると同時に、多くの癒しを行われました。らい病人が癒され(1:42)、熱病の人が治され(1:31)、悪霊に取りつかれた人から悪霊が追い出されました(1:33)。人々はその不思議な業を見て、この人には神が特別な力を与えておられると思い、イエスの所に押しかけてきました。イエスがシモンの家で人々に話をされていた時も、たくさんの人々が押し寄せ、家の外まで人があふれていました。そこに、四人の男に担がれて、中風の人が床に乗せられて運ばれてきました。イエスの評判を聞き、この人なら病を治して下さるかもしれないと思い、近隣の人に頼んで、運んでもらったのでしょう。中風とは「麻痺」と言う意味で、何らかの理由で体が麻痺になり、起き上がることも出来ないようになった、脳卒中や脳梗塞の後遺症だったのかもしれません。
・この人は四人の男に担がれてここに来ました。どの程度の距離を担がれたのかは不明ですが、人を戸板に載せて担ぐのは重労働です。男たちは汗びっしょりになって、やっとイエスのおられた家まで病人を運んで来ました。ところが、家は戸口まで人があふれていて、中に入ることは出来ません。苦労してここまで来た人々は、それくらいではあきらめません。四人の男たちは屋根に上り、それをはがして、病人をイエスの前に降ろそうとします。パレスチナの屋根は平らで、木の骨組みの上に粘土がかぶせてあるだけで、外側には屋上に上がるための階段もありました。四人の男たちは床を担いだまま、屋根に上り、屋根に穴をあけ、その穴から、病人をつり下ろしました。中にいた人たちは驚きました。イエスも驚かれたでしょう。もうもうたる土煙が立ったと思われます。しかし、イエスは、そこまでして癒しを求めてきた男たちの熱心さに、感動されました。イエスは「その人たちの信仰を見て」(2:5a)、屋根から降ろされてきた病人に言われました「子よ、あなたの罪は赦された」(2:5b)。イエスは必死に求めて来た長血を患う受精にも言われました「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」(5:34)。真摯な信仰(信頼)は報われるのです。
・そこにいた律法学者はイエスの言葉を聞いて、つぶやきます「神お一人のほかに罪を赦すことの出来るお方はいない。この男は神を冒涜している」(2:7)。イエスはそれを悟って言われました「中風の人に『あなたの罪は赦された』というのと、『起きて床をとって歩け』というのとどちらがたやすいか」(2:9)。「罪が赦された」と宣言されても、誰もその結果を検証できません。言うのはたやすい。しかし「起きて歩け」と言うのは難しい。「歩け」といって歩けなければ、言った人はうそをついたことになります。イエスは言われます「人の子が地上で罪を赦す権威を持っている事をあなたが知るために、私は言おう『起き上がり、床を担いで家に帰りなさい』」(2:10-11)。中風の人の病は癒され、床から起き上がり、歩き始めました(2:12)。

2.人が求めるのは病の癒しだ

・イエスは病の癒しに先立って、罪の赦しを宣言されました。何故でしょうか。「罪の赦し」と「病の癒し」は、どのように関係するのかが今日の私たちの主題です。私たちが人生において求めるものは、自分の力ではどうしようもない病気や苦難が取り除かれることです。失業すれば、生活困難の問題が生じます。子供が不登校になれば、家庭は荒れます。元気な人が病気で倒れれば、生きる力さえなくなります。生きることは苦難の連続です。その現実の中で、私たちは現実を打ち破る力、病を癒し、困難を取り除く力を求めています。ですから、シモンの家には癒しを求める人々があふれ、教会にも癒しを求めて人が訪ねて来ます。私たちが求めるのは、「目に見えない罪の赦し」ではなく、「目に見える病や苦難の解決」です。
・しかし、イエスは中風の人に、まず罪の赦しを語られました。当時のユダヤ社会では、病気は「罪を犯した人間に対する神の罰だ」と考えられていました。これはユダヤ教だけではなく、多くの宗教にある「因果応報」の考え方です。イエスはこれをきっぱりと否定されます「あなたの罪は赦された」、あなたは神の怒りの下にあるから病気になったのではない」と言われたのです。イエスは神の愛を示すために、「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われます。家に帰る、社会生活に復帰しなさいとの意味です。
・イエスは別の箇所では、病の癒しを「神の御業が現れるため」(ヨハネ9:3)と言われます。「神の御業が現れるため」、神は人を罰する方ではなく、憐れまれる方である、その憐れみをあなた方が見ることができるようにと、イエスは病人を癒されるのです。イエスの癒しの力は、病む心を共感する力から生まれます。イエスが癒された人々は、当時の社会において罪人、穢れた者とされていた人々でした。触れてはいけないと禁止されていたらい病人を、「深く憐れみ」、「手を差し伸べてその人に触れ」、癒されます(マルコ1:40-45)。一人息子の死を悲しむ母親を「憐れに思い」、死体に触れるなという当時のタブーを冒してまで「棺に手を触れ」、彼を生き返らせます(ルカ7:11-17)。「癒し」の行為は、禁止されていた安息日にも行われました(マルコ3:1-6)。そのことにより、イエスは祭司や律法学者から異端と糾弾され、神を冒涜する者と批判され、捕らえられ、十字架で殺されていきます。イエスは自らが痛むことにより、病む者たちの痛みを共有されて行かれました。「あなたの罪は赦された」という宣言は、「あなたの罪は私が代わりに引き受ける、そのことによって私は死んでもかまわない」という決意のもとで為されているのです。

3.罪を赦し、病を癒す力

・今日の招詞に詩篇41:4-5を選びました。次のような言葉です「主よ、その人が病の床にある時、支え、力を失って伏す時、立ち直らせてください。私は申します『主よ、憐れんでください。あなたに罪を犯した私を癒してください』」。詩篇の作者は最初に「罪の赦し」を求め、次に「病の癒し」を求めています。マルコ2章のイエスも、まず「罪の赦し」を宣言され、その後で「病気の癒し」をされました。何故イエスは最初に罪の赦しを宣言されたのか、赦しと癒しはどう違うのかが今日の主題です。
・「罪とは神との関係の破れ」であり、その回復が「罪の赦し」です。イエスは言われました「人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される」(3:28)。私たちは神の赦しの中にある。ですから、教会はイエスの権威を継承して、罪の赦しを宣言します。「神はあなたを子とされた、その事を喜びなさい」と伝えます。その時、多くの人は言います「イエスは神の国のしるしとして病を癒して下さいました。あなたも私の病を癒して下さい。そうすれば信じます」。罪の赦しという目に見えないものではなく、病の癒しという見えるしるしを下さいと人々は望みます。
・しかし、私たちは、「病の癒しはあくまでも神の出来事である」ことを伝えなければいけません。神は必要な時には病を癒し、また必要な時には病をそのままにされます。ある牧師は歌いました「病まなければささげ得ない祈りがある 。病まなければ信じ得ない奇跡がある 。病まなければ聞き得ない御言葉がある 。病まなければ近づき得ない聖所がある 。病まなければ仰ぎ得ない御顔がある 。おお、病まなければ、私は人間でさえもあり得ない」(河野進「病まなければ」)。病が祝福になることがある、癒されないこともまた神の恵みとして受け止めていくのが聖書の信仰です。
・前にもお話ししましたが、福音書に繰り返し出てくる「癒し」という言葉はギリシャ語「セラペオー」です。本田哲郎神父は「小さくされた人々のための福音」の中で語ります「文字通り“癒す”という言葉“イオーマイ” が出るのは、マタイとマルコ両福音書について言えば、合わせて五回しかない・・・あとはすべて“奉仕する”という意味の、“セラペオー”が用いられる。マタイとマルコ合わせて二十一回も出てくる。英語 Therapy の語源となった言葉だが、これを病人に当てはめると、“看病する”、“手当てする”となる・・・イエスにとって、神の国を実現するために本当に大事なことは、“癒し”を行うことではなく、“手当て”に献身すること、しんどい思いをしている仲間のしんどさを共有する関わりであった」。イエスが為されたのは病の治癒ではなく、病人の苦しみに共感し、手を置かれる行為だった、「その結果ある人々の病が癒されていった」と本田氏は語ります。
・今年は明治維新から150年です。ある人は語りました。「4年間の太平洋戦争期間を除けば、73年ごとになる。戦前の73年、戦後の73年である」。その戦前に書かれた「きみたちはどう生きるか」という本が漫画化されて、100万部を超えるベストセラーになっているそうです。原作が書かれたのは1937年、日中戦戦争が始まった年、著者の吉野原三郎は治安維持法違反で検挙され、投獄され、発言の自由を奪われたため子供向けの本を書きました。その本は岩波文庫となり、版を重ねてきましたが、半年前に漫画化され、若者を中心に、どう生きたらよいかを悩む人々の心を「癒す」書になっているそうです。この本を漫画化した羽賀翔一さんは語ります「1937年、人々の生活が大きく変わろうとしているこの時代に、日々自分の中の疑問と向き合い、人として成長しようとした、一人の中学生とその叔父さんがいました。…小説の出版から80年経った今も、あらゆる世代の人たちが生き方の指針となる言葉を、物語の中から見出しています」。真摯な言葉、熱心な訴えは、時代を超えて、受容されます。言葉には癒しの力があります。イエスの言葉も生きています。「あなたの信仰が、あなたの熱心が、あなたを救った」、この言葉が自分の体験になれば、それは力を持つのです。
・私たちにはイエスのような病の癒しは出来ませんが、自分たちに出来る癒しの業に取り組む必要があります。私たちは足の不自由な人に、「起きて歩け」ということは出来ません。しかし、足の不自由な人が、教会に来ることが出来るように、玄関の段差をなくし、車椅子のままトイレを使えるように改造することは出来ます。私たちは、病気で寝ている人の病気を治すことは出来ません。しかし、寝ている人を訪ね、その枕元で一緒に讃美することは出来ます。ペテロが自分の家の屋根が壊されても文句を言わなかったように、私たちも自分の家を解放して、家庭集会を行うことは出来ます。私たちはイエスのように癒しを行うことは出来ませんが、イエスの前に中風の人を運んだ四人の男にはなりうるのです。そしてイエスは「その人たちの信仰を見て」行為されます。イエスの前に人を運ぶ、その先は、赦しと癒しの権能を持たれるイエスにお委ねする。教会は多くの癒しの業を行うことが出来ることを覚えたいと思います。


カテゴリー: - admin @ 07時55分46秒

01 07

1.イエスの伝道の始め

・2018年度は1月から3月まで、マルコ福音書を読んでいくことになりました。新約聖書には四つの福音書がありますが、その中でマルコが最初に書かれた福音書です。紀元70年代初めに書かれたと伝えられますが、当時の教会は混乱の中にありました。紀元64年、ローマ皇帝ネロによる迫害により、教会の指導者ペテロやパウロが殺されました。ユダの地ではローマ帝国支配に抵抗する騒乱が生じ、エルサレム教会の指導者ヤコブも殺され(62年)、66年からはローマからの独立を目指す絶望的なユダヤ戦争が始まっています(紀元70年エルサレムは壊滅)。教会を支えて来た使徒たちが次々に殺され、ユダの国そのものも滅亡に直面する中で、マルコは「このままでは教会は滅びるのではないか」と思い悩み、残された信徒のために、「主イエスこそ本当のメシアである」と証しする書を書きました。彼は「ペテロの通訳で、パウロの伝道旅行にも同行した」と言われている人物であり、ペテロから聞いた事柄や、イエスについての伝承を集め、文書にまとめました。それがマルコ福音書です。最初に書かれた福音書であり、マタイ福音書やルカ福音書はこのマルコを参照しながら自分たちの福音書を書いています。従って、「イエスとはどのような方であったのか」を知る上で、このマルコ福音書が基本となる大事な書です。
・マルコは福音書を書き始めます「イエス・キリストの福音の初め」(1:1)。ギリシャ語原文では「始まった、福音が、イエス・キリストの」となります。「始まった」、ギリシャ語「アルケー」、このアルケーは、当時の人々が読んでいた70人訳ギリシャ語聖書の創世記冒頭に用いられています「初めに神は天地を創造された」(創世記1:1)、「初めに」、ヘブル語「ベレシート」がギリシャ語「アルケー」に翻訳され、その言葉をマルコは福音書冒頭に用いています。旧約聖書も新約聖書も、「初めに」という言葉で始まっているのです。この「初めに」という言葉を通して、マルコは「天地創造によって世界は始まったが、イエス・キリストが来られて天地は再創造され、新しい時代が始まった」と宣言しています。
・何が始まったのか、「福音が始まった」とマルコは語ります。福音=ギリシャ語「エウアンゲリオン」は良い知らせの意味です。「イエスが来られて良い知らせが始まった」とマルコは語ります。当時エウアンゲリオンという言葉はローマ皇帝即位時に使われました。ローマ皇帝が世界を支配し、戦争をなくし、人類に平和と救いをもたらした、その皇帝の出現こそ、エウアンゲリオン=良い知らせであると帝国の人々は告知されました。その言葉をマルコはキリストの出現に用いています。使徒たちがローマ皇帝によって殺され、祖国ユダもローマ帝国の支配にあえぐ中で、マルコはあえて「福音」という特別な言葉をイエスに用いるのです。それは「ローマ皇帝ではなく、イエス・キリストこそ救い主である」と語るためです。マルコは続けます「イエス・キリストの」、イエスはヘブル名「ヨシュア」のギリシャ語訳、キリストはヘブル語「メシア」のギリシャ語訳です。「ナザレのイエスこそキリスト、救い主だ」との信仰告白です。
・そしてマルコは「洗礼者ヨハネがイエスの宣教を準備するために遣わされた」と説明します。それが1:2から始まる記事です。「預言者イザヤの書にこう書いてある『見よ、私はあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』」(1:2-3)。当時のユダヤはローマの支配下にあり、反乱が各地に起こり、多くの血が流されていました。人々はユダヤを救うメシアを待望していました。その待望に応えて、マラキは歌います「見よ、私は使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は、突如、その聖所に来られる」(マラキ3:1)。「世を救うためにメシアが遣わされる、そのしるしとしてまず使者が送られる」とマラキは預言し、マルコはその使者こそ「洗礼者ヨハネ」であり、ヨハネの紹介でイエスが世に出られることを予告します。

2.イエスの伝えた福音

・マルコは記します「(ヨハネは)荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた」(1:4-5)と。イエスは故郷ガリラヤで、ヨハネの「神がイスラエルを救うために行為を始められた」との宣言を聞き、燃える思いで、ガリラヤを出られました。30歳であったとルカは伝えています。イエスはヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられますが、その時、「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて"霊"が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった」とマルコは記します(1:10)。この洗礼を通してイエスは、自分が神から使命を与えられた者として召されたことを自覚されました。
・人々は力強い言葉で神の言葉を語るヨハネこそが、メシア=救い主ではないかと思いましたが、ヨハネは否定し、「私よりも優れた方が、後から来られる・・・私は水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる」(1:7-8)と言いました。マルコは、その「来るべき方こそ、ナザレのイエスであった」と主張しています。ヨハネは荒野で人々に悔い改めを迫りましたが、時の領主ヘロデ・アグリッパを批判したために逮捕され、それを契機に、イエスは荒野を出て故郷ガリラヤでその宣教を始められました。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)。イエスの最初の肉声は「時は満ち、神の国は近づいた」というものです。この「時」には「カイロス」というギリシャ語が用いられています。通常流れる時間(クロノス)ではなく、「今、この時」という言葉が「カイロス」です。人々はやがてイエスの言葉を聞いていきます。その言葉が「右の耳で聞いて左の耳に流れる」のではなく、今この時の「出会いの言葉」となる時、人は「悔い改め」、「時はクロノスからカイロスに変わる」と語られます。

3.福音〜喜ばしきおとずれ

・今日の招詞としてルカ7:22-23を選びました。次のような言葉です「それで、二人にこうお答えになった『行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。私につまずかない人は幸いである』」。洗礼者ヨハネは捕らえられて、牢に幽閉されていましたが、牢の中でイエスの言動を聞き、この人は本当にメシアなのかを疑い、弟子たちをイエスのもとに派遣して聞かせます「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」(ルカ7:20)。
・ヨハネが期待したメシアは罪人たちを滅ぼし、正しい者のための世を来たらせる裁き主でした。しかし、イエスは罪人と交わり、貧しい人を憐れみ、病人を癒されています。裁きの時に罪人は滅ぼされる運命にあるのに、イエスは罪人の救いのために尽力されている。神の国は裁きではなく救いであることをヨハネは理解できず、ヨハネはイエスにつまずきました。そのヨハネにイエスはイザヤ61章を引用してお答えになりました。それが招詞の言葉です。「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」、「福音とは喜ばしき知らせであり、喜びの知らせを聞いて、人は神の前にふさわしい者に変えられて行く」のだと。
・「時は満ち、神の国は近づいた、「神の国が始まった、その良い知らせを伝えるために私は来た」とイエスは宣教の業を始められます。イエスは言われます「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである」(ルカ6:20)。「今飢えている人々は、幸いである。あなたがたは満たされる。今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる」(同6:21)。どのように貧しい人は慰められ、飢えている人は食べることが出来るようになるのでしょうか。沖浦和光「宣教師ザビエルと被差別民」の中にその答えがあるような気がします。日本のキリスト教宣教は1549年のザビエル来日から始まりますが、わずか90年の間に多くの人が洗礼をうけ、最盛期には40万人が信徒になったと言われています。当時の日本人口は2000万人ですから、率にすると5%以上の人がキリスト教に帰依したことになります。戦国時代、戦乱が繰り返され、田畑は荒らされ、人々は戦争に駆り出されて死に、多くの戦争孤児が生まれ、病気になれば看病なしに死んで行き、遺体は放置されました。その中で宣教師たちは、各地に戦争孤児の施設や学校を造り、生活困窮者や戦禍の犠牲者の救助活動を精力的に行い、病人を見舞い、死者を丁寧に葬りました。その活動に感動した人々が次々に洗礼を受けて行ったと沖浦氏は語ります。
・宣教師たちは「悩める人々を救うために神はイエスをこの世に遣わされた、イエスの信仰に生きる人たちは、世の罪の贖いのために、神の愛に応えなければならない。そのためには信徒自らが苦しみ悩んでいる人々への愛、すなわち慈悲の行いを実践せねばならない」と教えました。イエスの生き方に関する感動が宣教師を支え、その宣教師たちの生き方に関する感動が教会を形成していきました。
・聖書学者ゲルト・タイセンは「イエス運動の社会学」という本の中で述べます「イエスが来られても社会は変わらなかった。多くの者はイエスが期待したようなメシアでないことがわかると、イエスから離れて行った。しかし、少数の者はイエスを受入れ、悔い改めた。彼らの全生活が根本から変えられていった。イエスをキリストと信じることによって、『キリストにある愚者』が起こされた。このキリストにある愚者は、その後の歴史の中で、繰り返し、繰り返し現れ、彼らを通してイエスの福音が伝えられていった」。キリストにある愚者とは、世の中が悪い、社会が悪いと不平を言うのではなく、自分たちには何が出来るのか、どうすれば、キリストから与えられた恵みに応えることが出来るのかを考える人たちであり、この人たちによって福音が担われ、私たちにも継承されています。
・私たちがキリストにある愚者になることによって、この世に神の国が生まれていきます。「貧しい人々は、幸いである。あなたがたは、私の弟子たちによって必要なものは与えられる」。「今飢えている人々は、幸いである。あなたがたは、私の弟子たちが運ぶ食べ物で満たされる」。「今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは私の弟子たちがもたらす慰めによって笑うようになる」。聖フランシスの祈りが語る通りです「主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください。なぜならば、与えることで人は受け取り、忘れられることで人は見出し、許すことで人は許され、死ぬことで人は永遠の命に復活するからです」。神が今年一年、私たち一人一人を器としてお用い下さるように祈ります。


カテゴリー: - admin @ 07時26分49秒

04 20

1.空の墓

・イースター礼拝の日を迎えました。イースターはキリストの復活を祝う時です。そして復活はキリスト教信仰の中核です。パウロが語るように、「キリストが復活しなかったのなら、私たちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄」(1コリント15:14)です。「キリストが死から復活された」、だから私たちも永遠の命をいただくことが出来る、それが私たちの希望です。しかし、復活は人間の理解を超えた出来事であり、信じることが難しい出来事でもあります。今日はマルコ福音を読みながら、復活の問題を考えていきます。 (続き…)


カテゴリー: - admin @ 08時19分49秒

04 13

1.神の見捨ての中のイエスの死

・マルコ福音書を読んでおります。イエスは木曜日の夜に捕らえられ、死刑宣告を受け、金曜日の朝9時に十字架にかけられました(15:25)。十字架刑は両手とくるぶしに鉄の釘が打ち込まれて、木に吊るされます。手と足は固定されていますので、全身の重みが内臓にかかり、呼吸が苦しくなり、次第に衰弱して死に至ります。十字架はローマが反逆者に課した残虐刑です。イエスの時代、ユダヤでは、支配者ローマに抵抗する多くの人たちが、反逆者、テロリストとして、捕らえられ、殺されました。その数は数千人を超えるといわれています。何千人もの人々がローマ軍により十字架刑で殺されて行きましたが、その中でイエスの十字架死は世界史を動かす力を持ちました。それは「十字架で死なれたイエスが死に打ち勝って復活された」という信仰が生まれたからです。「イエスは復活された」、それ故に「イエスは神の子であった」と弟子たちは信じます。この信仰が教会を誕生させます。しかし、「その神の子が何故十字架で殺されたのか」、弟子たちには大きな疑問でした。「イエスの死の意味は何だったのか」、弟子たちは聖書(旧約聖書)を手がかりに探求していきます。その探求の結果が福音書にあるイエスの受難物語です。受難週の今日、マルコを通じてイエスの死の意味を考えていきます。 (続き…)


カテゴリー: - admin @ 08時21分22秒

04 06

1.イエスの伝道の始め

・受難節の今、マルコ福音書を読み続けています。新約聖書には四つの福音書がありますが、その中でマルコが最初に書かれた福音書です。紀元70年代初めに書かれたと言われていますが、当時の教会は混乱の中にありました。紀元64年に、ローマ皇帝ネロはキリスト教徒への大迫害を行い、教会の指導者であったペテロやパウロが殺されました。ユダの地ではローマ帝国支配に反対する騒乱が各地で生じ、その中でエルサレム教会の指導者ヤコブも殺されています(62年)。66年からはローマからの独立を目指すユダヤ戦争が始まりました。教会を支えて来た使徒たちが次々に殺され、ユダヤの国そのものが滅亡に直面する中で(ユダヤ戦争の結果、70年にエルサレムは破壊され、ユダヤ人は国を追放されます)、これから何を基準に教会を形成していけば良いのか、マルコは、イエスについての伝承や言葉を集め、「この方に従っていく」として、文書をまとめました。それがマルコ福音書です。最初に書かれた福音書、本来的には新約聖書の最初に来るべき書がマルコ福音書です。 (続き…)


カテゴリー: - admin @ 08時18分08秒

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